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青く輝く湖畔に佇む城郭都市ミュンドゥング

 巨大な湖が青く青く輝いている。

 城郭都市ミュンドゥングは、複数の河川が注ぎ込む大湖ドゥンケルブラウゼのほとりにあった。


 俺達は市を囲む石造りの分厚い郭壁の大門をくぐり、ミュンドゥング市内へと入城した。

 レッカー村のキャラバンは、ミュンドゥング市とは友好関係にあり、かつ昔からの馴染みだったから、信用がある分、そんなに念入りに検査などはされなかったのだけれども、いかんせん大所帯である。門を抜けるのに、けっこー時間がかかった。


 市内に入ると、商隊の面々は兵達を除いて各々自由行動となった。村人達が都市内へと散ってゆく。

 基本的には、三日後にまた集まって、キャラバンを組んで村へと帰るのだが、身軽であるならそれを待たずに単独で帰っても良いし、三日以上留まっても良い。そのあたりは、融通が効いた。まぁ村人の大半は帰りもキャラバンに参加して帰るのが常だったが。


「ふえー、すげぇ活気だな。おおっ、踊り子だっ!」

「上手いなぁ、リャノンの民かな」

「兄上様! じゃなくて、にーちゃん! ルーナの実が売ってる!」

「うん、後で買おうね」


 通りの屋台に並んでいる果物を指差して海色の目を輝かせている金髪童女の手を俺は左手で掴んで引いた。

 右手は馬竜の手綱を引いてるからな。あぁ今は城郭内なんで下竜して徒歩の状態だ。


「……にーちゃん、子供じゃないの」


 リーゼさんの頬にさっと薄く朱みがはしった。

 恥ずかしそうである。

 むつかしーお年頃だな。


「そうか。それじゃ、はぐれちゃ駄目だぞ。俺たちはまだ自由にゃ動けん。街を見物するのは後だ」


 クギを刺しつつ手を離すとリーゼさんはむーっと不機嫌そうに目を細めつつ「わかってるよ」と答えた。


「そうよ。きょろきょろしちゃ駄目よ皆。おのぼりさんみたいじゃない」

「みたいもなにも、レッカー村から上ってきた訳だから、事実だと思うんだが」

「だからよ!」


 セルシウス的にはそういうもんであるらしい。はは。

 俺達護衛隊はミュンドゥング市の兵の先導を受けつつ通りを抜けて、城郭内の一角にある城館へと入った。

 曰く、ミュンドゥング伯軍の兵舎として使われている建物なのだそうだ。


 兵達はしばしの待機を申しつけられ、俺はダイラス老に呼ばれた。これから伯爵に挨拶するのでついてこい、との事だった。

 そこそこに身支度をして旅の埃を落とすと、俺は従士長と共に兵舎として使われている館とは別の館へと向かった。そちらが、伯爵が居る本館である。


 伯爵に謁見した。


 南州太守(ここら一帯のボス)であるミュンドゥング伯爵は筋骨隆々の中年の巨漢で、カイゼル髭が俺の目を引いた。良いヒゲしてますね。

 一方のこちらも白く長い見事な顎鬚を持つ従士長は、なんやかんや七面倒くさい挨拶をしていた。

 俺は後ろに控えて、立派なヒゲ達のやりとりを聞いていた。


 うへぇ、これ覚えんの? 俺が?

 いつか従士長にかわってやる事になるかもしれないの、俺が?


 うんざりしたが、出来るだけ記憶にとどめられるように努力する。


 やがて白髭の老人は牛や竜を納めるような事を言って、カイゼル髭の伯爵は頷いた。

 家畜達や金銭の交換はその場では行われなかった。後で係りの者とそういう事はやるようだ。


 ダイラス老と言葉を交わし鷹揚に笑っていたミュンドゥング伯だったが、賊の話になると流石に表情が硬くなった。


「ご苦労だった。近頃不埒な者どもが増えていてな。大きいのを討伐してくれたのは、有り難い。褒美を遣わす」


 との事で金貨を従士長は授与された。サー・アゼルヴァリスのもとに運ばれた後、俺達にも分配される事となるだろう。なると良いな。

 捕らえていた賊達は兵舎の片隅に現在転がされているが、そちらも伯爵に引き渡される事となった。


 ディリス人らしき男が賊に混じっていた事を従士長が述べると伯爵は「記憶に留めておく」と重々しく頷いた。


「騎士アゼルヴァリスに伝えてくれ。兵達をよく鍛えておいてくれと」


 彼は最後に俺達へとそう言った。




 伯爵との謁見を終えた後、俺達は伯爵の兵舎に宿を借りつつミュンドゥング市に逗留した。

 グリエルもセルシウスもリーゼも連日街に繰り出して遊び歩いていたので俺もそれに付き合った。

 ノーラさんは俺達とは行動を同じにしないで、どっかいった。

 たぶん、護衛隊の同年代の人達と羽伸ばしているのだろう。

 と思ってたら二日目に一人で街を巡っているのを通りの片隅で目撃した。


 あの人、友達少ないの気にしてる癖に、自由時間は日頃から結構誰とも行動合わせないよなぁ。俺達と一緒にくりゃ良かったのに。一応誘ったんだが。

 薄桃色の髪の美人さんは対面している最中の愛想は悪くないが、人付き合いは悪い。あれこれ文句は言うけど付き合いは良いセルシウスとは逆だな。

 まぁノーラ隊長は一人だけ年代が違うから、俺達みたいなガキと一緒にいてもつまらんか。

 少し気落ちしつつそんな事を考えていると、


「ケールヴィンっ」


 セルシウスの声と共にルーナの実が放物線を描いて飛んできた。

 黄色い丸い果物だ。

 丸かじり出来て、甘酸っぱい。

 帝国よりももっと南の国で採れる果物で、リーゼの好物だったが、レッカー村ではなかなかお目にかかれない、そこそこ珍しい食べ物だった。

 きっと大湖ドゥンケルブラウへと注ぐ川をくだって交易にきた、南からの商船に積まれていたものだろう。陸路だと日数がかかるので、腐る事が多いからな。あまり陸の商人達は、このあたりまでは持ってこない。


 飛んできた果物をキャッチして視線をやると、赤茶の色のポニーテールの少女は片目を瞑って笑った。

 彼女の傍らではリーゼさんがモグモグと幸せそうにルーナの実に噛り付いている。


「高かったんじゃないか? なんか食い物色々値上がりしてるっぽいし」


 服に実をこすりつけて拭いつつセルシウスに問うと、


「ルーナの実はそんなでもなかったわよ。パンとか魚とか肉とかは高くなってるけど。果物はちょっとしか変わってないわね。あぁでも、葡萄は高かったかしら」

「へぇ……家計の為にこれからはしばらく三食果物にしてみるか」


 レッカー村にはルーナの実はないが他の果物なら一応ある。


「リーゼちゃん泣くわよ。なんでアンタはそう極端なのよ」


 セルシウスは俺に対し目蓋を半分閉ざした表情になった。

 ルーナの実に齧りつつリーゼを見やると、確かに物凄く悲しそうな表情を俺へと向けていた。

 うん、甘酸っぱい。


「それじゃあやめとく」


 セルシウスとリーゼは揃ってほっとした顔をした。

 三食果物にするってのは冗談だったんだけどな、まぁちょっとは本気が混じってたのは否定できないけども。


 しかし、大幅に値上がりしてる品とそうじゃない品の差ってのは、なんなんだろうな……?

 需要と供給。

 足りないから高くなる。

 南は北と違って不作って訳じゃないからな。

 要は大量に買い込まれてるか買い込まれてないかって事なんだろうけど。


 食い物を大量に買い込むってなると……何の為だ……?

 もしも、保存食として加工しやすい食い物が高くなってるのだとしたら……


 ……まさかなぁ……


 ある考えが思い浮かんで、背筋がゾッとした。

 馬鹿な考えだ。

 それは違う。

 きっと大方、商人達が食い物が不足してる北へと転売する為に買い込んで高くなってるとか、そういうオチだろうよ。


 なんせ、マナン・ディリスは比較的穏健な、商人達の国だ。だった筈だ。

 少なくともバリバリの武闘派とかじゃあない。そいつは北の騎馬民族どもだ。

 マナン・ディリスは戦争は嫌う国風だ。


 二十年前には大きな戦が起こったが、そこで帝国が大勝して条約が結ばれて以降、ずっと平和的な付き合いが続いていて、今じゃ友好的で、マナン・ディリス共和国とメリディア帝国はお互い良き隣人同士だ。


――ああ、でも、良き隣人だなんて思っているのは、勝者である帝国の側だけだったりしたら、どうだろう?


 マナン・ディリスの側はずっと帝国を怨んでいたとしたら?

 結ばれた条約ってのも、寛容的なものだったとはいえ、勝者たる帝国側に当然有利な内容だったらしいしな。


 ……でも、マナン・ディリスが帝国に攻めてくるなんて事は……まさか、ありえない……ああ、でも賊にいたのはディリス人。嫌な符合だ。


 けど、マナン・ディリス共和国軍とメリディア帝国軍が真っ向から戦ったら帝国軍が勝つに決まってるんだ。

 冷害だなんだでゴタゴタしちゃいるが、それぐらいメリディア帝国は強い。

 マナン・ディリスの連中だって帝国相手じゃ自分達が勝てない事くらい解っているだろう。二十年前の戦で散々に思い知らされた筈だ。死んだ親父がよく言っていた。


 戦争ってのは負けたら基本的に破滅的に大損だ。

 損を嫌うディリス商人達が、そんな危ない橋を渡ろうとするわきゃない。

 例え帝国を怨んでいるとしても、それ以上に彼等は損益を怨む。

 だから戦争を仕掛けてくるなんて事はありえない。

 連中、儲かる事は好きだが、損な事は大嫌いだからな。


 …………


 ……………………逆に考えると…………儲かると踏めば、別に怨みに思ってなくても、あの商人どもの国は、攻めて、くる……?


 だが、マナン・ディリスが帝国に勝つ?

 儲ける為には勝つのが大前提だ。

 マナン・ディリスが帝国に勝つ?


 どうやって?


 馬鹿な。

 ありえない。


――……本当に、ありえないのか?


「ねぇケルヴィン、そんなに食費が心配なの? 普段のメニューもっと安いのにしたほうが良い?」


 考えているとセルシウスがそんな事を言ってきた。

 知らず深刻な顔をしてしまっていたらしい。

 あぁ、先走って心配し過ぎだな。

 戦争とか、そうそう起こるもんじゃないし。

 起こるとしたら、俺があれこれ考えたところでどうにもならねぇ。

 俺がここで深刻になってたって意味が無い。

 連れの気分が悪くなるだけだ。


 だから、


「いや、そういう訳じゃない。ちょっと別のことを考えてた」


 俺は笑ってみせた、


「……ふぅん?」

「お前が普段作ってくれてる食事は問題ないよ。いつも美味い、有難うな」

「そ、そう? なら良いわ。どういたしまして」


 セルシウスは少しはにかむように嬉しそうな笑顔を見せた。


「なぁなぁ! 次はあの店入ってみようぜ!」


 グリエルモが通りに並ぶ店の一つを指差した。

 ……靴屋?


「……靴屋なんぞに俺達が入って何をどうするんだ?」

「そりゃ靴を見るんだよ」

「靴なんて軍靴がありゃ十分だろう」


 グリエルモとセルシウスは顔を見合わせた。

 そして、これみよがしに揃って肩を竦めて見せる。おいてめぇら。


「ケルヴィン、予言してやるぜ。お前はきっと将来、足元を見られる」


 上手いこと言ったつもりかグリエルモ?


「ねぇケルヴィン、質実剛健も良いけどさ、仕事は制服があれば良いってものなんでしょうけれども、偉くなったのなら普段から身に着けるものも少しは豪華にしたほーが良いんじゃないの?」

「まだそこまでのご身分じゃない。仕事するに問題なければそれで良い」

「貴方があたし達のご主君なの。わかる?」

「わかるが、俺は俺の好きにさせて貰うぜ。俺がそんなだってのは、承知の上だったろう?」

「……あー、もー、まったくっ」

「にーちゃんさすがなの!」

「なんでそこで褒めるのよリーゼ」


 セルシウスが痛そうに己の額を抑えた。


「武者というのはそういうものなの」


 言わずとも知れた事だが俺は武者になったつもりは一度もない。


「武者って異国の戦士達のことでしょ? けっこうお話の中じゃ奇抜に派手な格好してた気がするけど」

「違うの。そういう事じゃなくて、自分を持っていて、貫く意志がある者が武者なの」

「はぁ」

「そうなのか。ふぅん、それじゃあ、そういう訳で靴屋に入ろうぜ!」


 お前もお前で我を通すよなグリエルモ。

 他人が言ってる事流すっていうか取り合わないっていうか。


「ぜんぜんそういう訳になってないと思うんだが」

「お前は買わなきゃいーじゃん。俺達は気に入ったのがあったら買う。それで良いだろ? 駄目か?」


 こいつ、以前に従士副長の制服に興味を示してたように、俺とは違って結構身なりに気をつかう奴だからなぁ。

 農家のせがれと一応は商取引もする鍛冶屋で育ったせがれとの違いかねぇ、とか思うが、こりゃ単純に性格の違いなだけか。


「まーいーけどよ」

「よっしゃ!」

「あれは良いの?」

「理があれば認める。寛大さも美徳なのです」

「さようですか」


 そんな事を言い合いながら結局、俺達は靴屋にも入った。

 買う気になる程ではなかったが、棚に並べられている物を見ているとなかなか面白くはあった。


 店内のあちこちに教会の紋が刻まれている事に気づく。

 気になったので店主に尋ねてみると、現在都会で主流になっている靴の原型は大昔に法皇様が開発したもので、その関係で教会の紋を刻んでいるのだそうだ。


「服飾にも多いですよ」


 との事だった。

 田舎の村だとあんまり見ない風習だな。というか、村規模だと専業の靴屋や服屋というのが無い。

 そのへんはだいたい雑貨屋に一緒に置かれていて、彼等は物を作って売る職人ではなく街から物を仕入れてきて売る商人だ。


 結局、手持ちの関係で靴は誰も買わずに手入れ用の品を買っただけだったが、連れは全員楽しそうにしてたので、悪くはなかった。


 三日の間に他にも様々な店を回った。

 そうして都市でそれなりに遊んでから、俺達は再び集結したパブリック・キャラバンと共に、レッカー村への帰路についたのだった。

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