賊の正体
竜に跨った童女騎兵のリーゼさんが長大な光の刃を振り回して無双し、俺達が面していた北側の賊達はほとんどが斬り殺されるか逃走した。
あ、俺もけっこお頑張ったよ。
俺はその後、ようやく落ち着いてきた様子だったグリエルモとセルシウスも加えてリーゼさんと共に東側の援護へと向かった。
賊達は数が多く、味方は苦戦していたが、前面を蹴散らした俺達北側の戦力が応援に駆けつけるとすぐに形勢は逆転した。
北側の賊達はそれなりに粘ったが、東側の賊達はあっという間に瓦解して、逃走に入った。
長槍もない軽装の賊達に竜兵の突撃を止められる手段は乏しく、リーゼがあまりにも圧倒的な暴れっぷりだったので、頭数的なものもあり、とても敵わぬように見えたのだろう。
実際、それは正しい。
東側の賊が蜘蛛の子を散らすように壊走に入った頃には、従士長も南側で対面を蹴散らしていて、俺達レッカー村のパブリック・キャラバン護衛隊は、賊達の完全な撃退に成功したのだった。
「さて……貴様等、我等ソルヴィオドゥルムが守護するキャラバンに襲いかかるなど、愚かな真似をしたものだな」
縄で縛られた男が突き飛ばされて地に転がった。
地が擦れる音がして、煙が立つ。
彼を見下ろすサーディックの形相は、憤怒で彩られていた。
「……うるせぇ! そこの、そこの化け物さえいなければ、貴様等みたいな肥溜め臭い田舎兵どもになんぞ……!!」
賊の頭領格らしき男は、腫れあがった目蓋の下の、血走った瞳で、リーゼを睨みつけた。
化け物と呼ばれて睨まれた先、人形みたいに無機質な童女の横顔は、一片の変化も見せなかった。
でもリーゼさん、地味に傷ついてそう。
サーディックの右足が鋭く跳ね上がった。
鈍い音と共に長靴の爪先が賊頭領の腹に突き刺さる。
苦悶の声が聞こえた。
こりゃあ……いてぇだろうな。
既にボッコボコにされている所に、この一撃は効く。
サーディックさんかなり激怒中らしい。
こちら側が勝ったっていっても、兵が何人も殺されてるし、負傷者もでてる。
その上、もしも負けてたら、兵も村の皆も身ぐるみ剥がされ殺されて綺麗どころは犯されて家畜も積荷も奪われ地獄絵図になっていただろう。
それを成さんとしていたのが、目の前の男達なんだから、怒るのは当たり前だ。
俺も凶刃ふりかざして襲い掛かってきて賊達に対して同情はしない。村人に死人がでなかったのだけは、不幸中の幸いだが、もしも顔見知りが殺されていたら、俺は平静を保っていられただろうか。
男は胃液を吐き出し、激しく咽た。
「盗賊、言葉は選んで使え。お前の代わりはいる」
冷厳な眼差しと声音でサーディック。
ああ、大人の兵隊は、怖いな。
その様を、傍らで見ているだけでも、背筋が冷える。
「御主ら、ボレアスの生まれかの?」
野外用の床机に腰を降ろして様子を見守っていた従士長が疑問を差し入れた。
蹲っている男は荒く息をつきつつ無言でダイラス老へと顔を上げ、睨む。
「言葉に訛がある」
ボレアス州はレッカー村やミュンドゥングがあるこのジューデンザイデ州よりも遥か北方にある。
中央の帝都と比べてもずっと北の、帝国の北辺と言っていい地方にある州の一つだ。
「北州人! ……帝国人が、同じ帝国人を襲う賊になるとは!」
まさに帝国兵士の典型といった屈強な容姿の壮年男が怒声をあげた。
「貧窮して苦しい、それは解る。だが、同じ太陽神を主と崇め、皇帝陛下が治められし帝国の民でありながら、無辜の同胞へと襲いかかり財産やあまつさえ命まで奪わんと凶刃を振りかざすとは、恥を知れっ!!」
「……うるせぇ南州人」
搾り出すように吐き出した男の声は、どろどろとした、怨念が感じられた。
彼がサーディックを睨む瞳には強い負の感情の色が宿っていた。
「南州ッ! 南州ッ! 南州人どもがッ! 偉そうに! 苦労知らずのお前らには言われたくねぇ!! どこもかしこも大変だってのに、どうして南部地方だけはこんなに豊かなんだッ!! どうしてこの土地じゃ誰も餓えていない! 皆が腹を空かせているのに! お前達だけ、神に祝福されているとでも言うのかッ!!」
男は絶叫した。
サーディックは冷たい目で叫ぶ男を見下ろした。
「各御領主様がたを初め、皆の努力の結果だ。南部の豊かさは、その結果だ。貴様等の窮状は、貴様等の行いの結果だ。難癖をつけて他人を怨むな」
「俺達が努力をしなかったとでも言うのか……ッ!!」
噂では北の方は、気温の低下による害が直撃しているという。
冷気は作物を害し、作物が害されるから困窮する。
困窮するから、賊が生まれ、賊が生まれるから、治安が乱れる。
治安が乱れるから、経済が乱れ、困窮する。
困窮するから、弱くなって、弱体化した所を狙ってさらに北から異民族まで略奪にやってくる。
負の連鎖だ。
「ふん、北の土地には北の土地の長短があり、南には南の長短がある。南に、北のような金銀の大鉱脈は無い。南に、北のような技術力は無い。俺たちを田舎者と呼んだな。認めてやる、北の方が都会だろうが。それを活かせなかった、守れなかった、貴様等の失敗でなくてなんなのだ。どうして、それで南部が怨まれ奪われなければならない」
「うるせぇ、卑怯者め……ッ!! お前らなんかに俺達が突き落とされた地獄の何がわかるッ!!」
「なんだと?」
ダイラス老は交わされる言葉を前に、神妙な面持ちでその長く白い見事な顎髭をしごいていたが、
「ディリス人の男とは何処で知り合った?」
「……ディリス人?」
男は好々爺然とした従士長の問いに眉を潜めた。
俺はディリス人らしき男がいた事を、ダイラス老には報告していた。
「御主の手下にディリス人がおったじゃろう、陸鳥に乗った」
「陸鳥……知らねーな」
老人の副官を務める屈強な男の軍靴が飛んだ。
嫌な音だ。
それなりに長い間、続いた。
よく耐える。
賊になって無辜の他人を襲う男でも手下の事に対して口を噤もうとする情と根性は持っているらしい。
リーゼとノーラさんは無表情で、グリエルモは眉を潜めて見据え、セルシウスは立ち去った。
周囲の兵達のうち竜兵達は同じような反応をしていて、一方歩兵達はニヤニヤと笑っていた。
やがて、
「……あ、あいつ、は、ミディウム、州、の、出だと、言って、いた」
息も絶え絶えに、男は口を割った。
サーディックがさらに蹴った。
「うぅ……ほ、本当、だ……あいつ、帝国人じゃ、ない、のか」
「名は?」
穏やかながらも裏に鋼刃の色を秘めている老人が問いかける。
「ギス、カルド」
問いかけはその後も続いた。
捕らえられた賊達は縄で縛られ、幾つかのグループに分けられて、引っ立てられる事になった。
ミュンドゥング市の伯爵へと突き出し、法の裁きに委ねる、との事だった。
おそらく、頭は見せしめの為に広場で鞭打ちの上に四つ裂き。
手下達は死ぬまで鉱山等で過酷な環境のもと強制労働させられる事になるだろうとダイラス老は述べた。ミュンドゥングの法理は賊に対して甘く無い。
「偽名かのう……?」
夜、ダイラス老に呼ばれ、共に焚き火を囲んで茶を飲んでいると、従士長はひとりごちるように呟いた。
「……たまたま、ディリス語で悪態をつく癖があっただけの帝国人だったのかもしれません」
俺の言葉にダイラス老は声をあげて笑った。
「面白くないな」
「すみません」
「面白くない状況じゃ」
俺は沈黙した。
もしも誰かが何かの目的を持って、困窮した人々の状況につけこんで、賊として立つように扇動しているのなら――もしかしたら、今、南部地方は、目で見えている以上の危険に、晒されているのかもしれなかった。




