ブラウレーゼ川流域での戦い ディリス人の男(後編)
紛れもなく俺は、恐怖していた。
戦い自体を恐れている訳じゃない。……ない、筈だ。魔物とは既に何度も戦っている、敵の強さというなら、人間よりもアニャングェラのようなバケモノどものほうがよほど強くて恐ろしい。
だが、人間というのは、生きている。
無論、魔物だって生きている。
しかし、人間は人間として生きていて、そして俺は人間だった。
同族だ。
この大地に生きる、同胞なんだ。
この賊達が死んだ時、その死を悲しむ人は、いないのか?
この人々には、どんな過去があるのだろう? どうして賊なんてやっている?
キルクルス・クルクス教は教える。
人を殺める事は、罪であると。
人を殺せば、地獄に落ちる。
この戦いで、賊に負けず、殺されずに、俺は勝って生き延びられたとしよう。
けれど、人を殺して勝った後、この手を赤く染めて、罪に染めて、それで俺はリーゼの髪を、笑って撫でられるのだろうか?
思った瞬間、
――腑抜けめ!
俺は自分自身に猛烈に腹が立った。
俺は既に従士副長だ。
この手に武器を持っている。
村の皆から、頼むと言われた。
俺は護衛だ。
契約したのだ。
約束したのだ。
リーゼは叫んでいた。
あたしが守ると。
彼女は、言ったからには、やるだろう。
人を殺すは罪だ?
罪なのだろう。
だが罪と責任を、妹や仲間達に押し付けて、その陰にガタガタ震えながら隠れて、護衛の責務を放り出し、自分だけは綺麗な面をしているなんてのは、罪ではないのか。
「――撃てぇええええッ!!!!」
サーディックが叫んだ。
俺は無言だった。
だが、声にはださなかったが、きっと何かを叫んでいた。
歯を食いしばり標的を睨みつける。
殺す!!
殺意を込めて竜の骨腱と鉄からつくられた合成弓より矢を解き放つ。
俺の守るべきもの達を傷つけ奪い殺さんとするなら、そんな事は断じてやらせはしない。
俺は護衛者としての契約と信頼を守り、義務を果たす!
鋭い音が聞こえた。
矢は、奇跡的なほどに、俺が思い描いた軌跡の通りに飛んだ。彼方から突進してきていた男の顔面に突き刺さって、そして衝撃を炸裂させた。男がもんどりをうって回転し、倒れる。
男はそれきり動く様子がなかった。
多分、殺した。
矢が飛び交っている。
賊達も撃ち返して来ている。
俺の正面からも、鋭い煌きが飛び込んでくる。
俺は反射的に鞍上で身を捻った。
鎧を有効に使う為には、斜めに構える。
真っ直ぐ入ってくる攻撃に対して、斜めに角度をつけて受けると鎧でも盾でも飛躍的に貫かれにくくなるからだ。
一瞬の間の後、俺の左肩を強い衝撃が打ち、鈍い音が聞こえた。
――いっ……てぇ!!
まるで大男の拳をくらったような衝撃で、身体が少し傾いた。
俺は歯を喰いしばって耐えた。
そう、耐えられない程の痛みではかった。
どうやら今回俺が受けた矢は鉄鱗鎧を貫通はしなかったようだ。弾いている。
上手く受けられたようだ。
さすがは鉄製の鎧。精気を纏わせて強度が上がっている事もあり、簡単には貫かれない。
だが、過信はできない。
矢が次々に飛来してくる。
村の皆や家畜達の悲鳴が聞こえる。
セルシウスの悲鳴も聞こえた。
グリエルモが怒鳴っている。
リーゼさんが矢継ぎ早に矢を猛連射している。
賊達が次々に吹き飛ぶように回転しながら倒れてゆく。
味方の歩兵も何人か倒れている。
竜が吼えた。
俺が乗っている馬竜の身に矢が激突し、その硬い鱗にあたって弾かれた。生きている馬竜の鱗は柔軟かつ強靭だ。精気を送って強化すればなおの事。簡単には貫けない。
俺は飛来する矢を鎧で弾きながら次の矢を腰の矢筒から引き抜き、番え、放った。
今度は外れた。
無数の矢が猛烈に襲い掛かってくる。
ガイン、ギュインと金属が擦れる嫌な音が鳴りまくっている。
まぁ騎兵は、目立つからな。
人プラス竜で面積もデカイ。
駆けずに足を止めてただ立っているだけなら、とても狙い易いんだろう。
だが、こっちに攻撃が集中しているって事は、その分、他の誰かへの射撃が減っている訳で、悪くは無い。
その分、間接的に全体を守れている筈だ。
折角の足を使えないのは、少々もったいない気もするが、悪くは無い。
だから、
「ひ、はひぃぃぃっ!」
セルシウス、泣くな。
「畜生ぉおおお! 良い的だぜこりゃああ!!」
わかってる。
でもそれで良いんだよグリエル、俺達は歩兵達より鎧が厚いんだから。
――ああ、でも、精気を纏って防御できない分、この二人は俺より装甲が薄いか。
リーゼは無言で矢を放ち続けている。矢を受けた賊が吹っ飛ぶ、吹っ飛ぶ、吹っ飛ぶ、吹っ飛ぶ。その剛矢の威力は言うに及ばずだが、命中率と連射速度が物凄い。
俺の矢なんてほとんど中っていないのに、リーゼはほとんど百発百中だ。
盾と近接武器を手にした賊達が迫り来ている。その盾には味方が放ったのであろう矢が何本も突き刺さっている。
俺は、リーゼが前列の盾兵ではなく、その奥に立っている敵の弓兵達を優先して狙っているのだと気づいた。そちらの方が、脅威度が高いという判断なのだろう。
一般に的は、だいたいは手前から狙う。リーゼみたいな達人ならともかく素人やそれに毛が生えた程度の者達なら、そうする筈だ。
考える。
前が射撃を引きつければ、後ろへは射撃がいかない。
俺は乗騎を歩かせて、少し前に出た。
「にーちゃん!」
リーゼさんの驚きを含んだ声が背後から聞こえた。
予想通り、矢がさらに集中して、俺目掛けて飛んできた。
「はははははっ!!!!」
俺は笑った。
鉄鱗鎧が耳障りな金属音をあげながら、矢を弾き飛ばしまくっている。
怖い。
やたらと怖い。
弾けるっていっても、一発急所を抜かれれば、それで即死しても別におかしくはないからな。
けど、敵の攻撃は、敵を黙らせない限り、必ず誰かが受けなきゃならない訳で。
だから、とりあえず、踏みとどまって笑う。
笑っていたら、鋭い輝きが視界の中央正面に出現した。
顔面、装甲の隙間へと唸りをあげて一矢が迫り来る。
俺は咄嗟に顎を引いた。
鈍い衝撃。
視界が揺れる。
強い痛みは、感じなかった。
上手く鉄帽子の庇かなんかで、矢を弾けたようだ。
心臓が激しく脈打っているのが解る。
呼吸が浅く、息が荒くなってゆく。
「にーちゃん、無茶しないでっ!!」
矢を放ちながらリーゼさんが隣りに馬竜を並ばせてきた。
「なぁリーゼ、こいつら、あんまり良い弓使ってないな?」
俺は気づいた。
距離や受ける角度、部分にもよるところは、まぁ大きいんだろうが、しかし俺でおおよそを防げるなら、リーゼさんの鎧も連中はきっと貫けない。きっと。
「人の話聞いて!」
「サーディックさん! ケルヴィンは突撃するッ! 許可をッ!!」
俺は鞍上で身を捻り、半身に構えながら叫んだ。
返事はすぐに返ってきた。
「許可するッ!! 暴れろ悪魔殺しッ!!」
悪魔殺し?
あぁ、悪魔は俺が倒した事になってるからか。
「グリエル! セルシウス! 援護を頼む! リーゼ! 行くぞ!! 俺達が突っ込んだほうが全体への被害は減るッ!!」
「うわーい、さっすがにーちゃ、青い顔してんのにバッカじゃないのッ?!」
短弓に矢を番えて引き絞りつつ、念話と拍車を使って馬竜に指示を出し、迫って来ている賊達の前衛へと突撃する。
リーゼさんが加速して俺に並んできた。
妹はついてきてくれている。
「ありがとよッ!!」
「なんで、いっつも、いざってなると自己犠牲的に突っ込むの?!」
叫び、リーゼは俺を追い抜いてゆく。
はえー。
彼女は馬竜を巧みに操って、正面から突き出された剣の切っ先を馬竜の首で弾かせながら突っ込んで、正面の男を馬竜に体当たりさせて跳ね飛ばし、その向かって右手側にいた別の男へと駆け抜けざまサーベルを振るって首を跳ね飛ばした。
「そういうつもりは無い! 優先順位と効率の問題だ!!」
アニャングェラの時は俺よりリーゼさんが生き残るべきだから助けたし、今は俺が防御力が高いから、防御力が低い奴等よりも前に出る。
それだけの話だ。
よく考えれば、それ以外もあるかもしれないけれど、そういうのはオマケみたいなもんだから、よく考えなくて良い。
俺はリーゼさんの左側にいた大きな長方形の盾と斧を構えた男へと、一拍遅れて迫った。
はーい、狙ってますよー、狙ってますよー。
俺が弓矢で狙いをつけているのは、当然男もわかっているのか、長方形の盾を掲げて防御を固めている。このまま撃っても、盾で矢は止められるだろう。
斧を繰り出してきた瞬間、矢を撃ち込んで倒してやろうと思ってるんだが、それも読まれているのか、男は盾を前に出したまま動かなかった。
ので、俺もリーゼさんに習って馬竜をそのまま突っ込ませた。
「うぉおおおおおおらぁっ!!!!」
大聖典に書かれていた法皇様の言葉を借りるなら、破壊力というのは質量と速さであり、重いものが高速でぶちあたるほどに破壊力は増す。
小型とはいえ、竜の体重は人間の十倍に近く、その脚力もまた馬に匹敵する。その上、精気で加速している。
轟音が鳴り響き、視界が激しく揺れた。
凄まじい衝撃が炸裂していた。
盾の上からの激突だったが、構えた盾ごと、男が盛大にぶっとんでゆく。
暴走馬車の前に飛び出した人間が、五体満足ではすまないように、騎兵は歩兵を轢き殺せる。
「あたし、にーちゃが言ってること、たまに理解できない!」
にーちゃ的には君のほうがミステリアスだよマイシスター。
敵の弓兵へと矢を放つ。
賊が独楽のように回転しながら吹き飛んだ。威力だけなら俺の弓もリーゼさんに勝るとも劣らない。
俺はそのまま敵の弓兵達が固まっている箇所を目指した。まっすぐいくと流石に猛射撃を受けて不味そうなので、馬竜を旋回させ、弧を描くような軌道で向かう。
短弓を腰の留め金に納め、背からロングブレードを引き抜く。
近接武器を持つ歩兵を狙うなら相手の剣や槍が届かない程度の近距離を保ちつつ、ぐるぐると周囲を旋回しながら矢を射掛けるのが弓騎兵は強いんだが、飛び道具持ってる相手には、抜刀して突っ込んだ方が良い。
「う、うああああああああッ!!!!」
頭部に布切れを巻いた若い賊が恐怖に顔を引きつらせて悲鳴をあげている。多分、同年代だ。少年と言って良い。彼は構える弓から矢を放ったが、矢は俺の頬をかすめて後方へと抜けた。
――あぶねぇ!
こいつ、びびらなきゃ、俺の顔面ぶち抜いてたな。
でも、びびってしまった。
気持ちは、解る。人間だものな。男でも怖いよな。
でも、だから、お前はここで死ぬ。
「ハアッ!!」
俺は勢いを緩めず馬竜を突っ込ませた。殺らなきゃ殺られる。容赦はしない。
激突する。
衝撃。
弓兵の少年は反吐を撒き散らしながらぶっとんだ。
鞍上から転げ落ちないように、腿を締めて踏ん張る。
ロングブレードを一閃する。
鈍い手応えと共に別の弓兵の頭部を一つカチ割った。
兜かぶってない奴は、頭を狙えるから楽だ。
「南無三ッ!!」
リーゼさんがサーベルから白光を伸ばして収束し、長大な光の刃を発生させた。
密集していた弓兵達を三人ばかりまとめて薙ぎ払い、一撃で両断した。
……鎧ごとまとめて人身両断する人には、兜が云々とか、そういうのあんまり関係なさそうだな。
あぁでも、精気使い同士なら精気を纏わせて防具も強度が上がるから、その場合は意味はあるのだろうか?
リーゼは馬竜を矢のように駆けさせながら縦横無尽に猛烈な勢いで光の刃を振り回した。
小柄な騎兵が突き進んだ後には、真っ赤な道が生まれていた。
両断された人間が、無数に転がっている。
現在進行形で、そいつはさらに増えてゆく。
具象化された死って奴があるなら、それはきっと、この童女だ。
『――バケモノどもがっ! せめて、貴様だけでも!!』
叫びと共に陸鳥に乗った男が槍を手に突っ込んできた。
――ディリス語?
俺は驚いた。
この男が今叫んだ言葉、帝国語じゃねぇ。
俺に色んな言葉を教えてくれたアリシアさんの話が確かなら、マナン・ディリスやベルディガンのあたりで使われている言語だ。
男の肌は白く、瞳は青かった。
一見では、帝国に多く住んでいるメリダイン人と見分けがつかない。
ってことは、なんだ、こいつ、もしかしてディリス人か?
男の刺突は鋭かった。
かなりの腕だ。
だが、普段の訓練でリーゼさんを相手にしている俺は、反応できる。
迫り来る穂先をロングブレードで打ち払い、精気を収束させ、反撃の刃を繰り出す。
精気を纏った刃は、男の革鎧を斬り裂いて、その下の肉体までを断った。
この手応えは――浅い!
『くっ!』
やはり致命傷には遠かったようで、男はまだ動いていた。
交差し互いに突き抜ける。
竜を旋回させ、再び向き直る。
睨む。
相手も陸鳥を旋回させて間合いを保ちながら俺を睨んできた。
俺はディリス語で叫んだ。
『ディリス人がわざわざ帝国にまできて賊になったのか?! てめぇの地元でやってろ!!』
ディリス人らしき男はあからさまに顔色を変えた。
鳥の首を返させると、急にあらぬ方向へと駆けてゆく――逃げる気か!
『待て!』
精気を送って馬竜を加速させたが、奴の陸鳥も同じくらいに加速した。あいつも何か、精気のような技を使えるのか?
「――ちゃん!」
離れた場所から響くリーゼの声が、戦場の喧騒に紛れて、よく聞こえない。
さすがに単騎で突っ込みすぎるのは不味い。
「……くそっ!」
あいつ一騎にかかずらうよりも、周辺に残っている敵をなんとかするのが先だ。
俺は馬竜の首を返し、リーゼと合流した。




