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偉大なりし聖典《グレート・バイブル》に曰く――

/////////////////////////////////


輪廻転生を司る偉大なる御方 様


拝啓


 菜青葉の候、清々しい季節を迎え、疾風をカゼと読んで我が心も大いに踊る頃、いかがお過ごしでしょうか。疾風かぜ、感じてますか?


 本日、わたくし、レッカー村がケルヌンノスの息子、疾風と踊るケルヴィン、心のお手紙に筆を執りましたる故は、どうしても、神様に「何故に戦国武将?」とお尋ね申しあげたかったからに相違ありません。

 何故、うちのリーゼさんに、前世の記憶というものが残されているのでしょう? ホワーイ? 作業もれですか?


 記憶というのは残るのが常で、消す段階の、カミサマがたの処置が、十分では、なかったのでしょうか?

 それとも、死ねば消えるのが常で 『フツーはそんなの残ってないよぉ、だって脳味噌消滅してるんだよ消滅ぅ、こーっちに文句言われても困るよ、キミィ!』 というものなのでしょうか?


 人の記憶、人の記憶は――


 奈辺に、宿るのでしょうか。


 魂でしょうか。


 魂。


 セェエエエンゴックソォオオオオウルッ!! ヘイッ!!!!!


 トゥ・ザ・スカイー


敬具


疾風と踊るケルヴィン・レッカー


/////////////////////////////////


 もちろん、心の中でそんな事を呟いてみても、誰からの返事もなかった。悲しいな。

 大聖典グレート・バイブルに書いてある作法通りに叫んでみたんだが、おかしいな。深刻なチャネリングスキル不足だろうか。


「にーちゃん、にーちゃん、ねぇ! 聞いてる?」


 ふと気がつくと、遠く遠く遠く彼方を見ていた俺にリーゼさんが声をかけていた。

 妹に呼ばれたので兄は現実逃避から回帰する。


「もちろん、聞いてたさ」


 俺は笑顔を向けた。

 するとマイシスターは、ぷっくりと頬を膨らませて上目遣いに睨んできた。

 どうやらご機嫌を損ねてしまったようだ。


「もー……」

「や、すまん、いやでもほんと、音を拾ってはいたよ? なんだっけ……トラックヒメ? 武将なの? 戦国の?」

「ト・ラ・ヒ・メ! こっちの言葉で言うと……ガオーな虎さんに、お姫様の姫で虎姫だよ!」

「武将なのに姫なの?」

「姫だけど武将なの。プリンスだってジェネラルすることもあるでしょ」


 ……なるほど? そーいうもんなんだろーか……雲上世界のことはよくわからん。

 うちの妹の場合、異世界だけど。


「前世のことを思い出したってのは、アリ――お母さんには言った?」

「ううん、お母さんには言ってないよ。にーちゃんもお母さんには言わないで欲しいの」


 ふむ。


「……お母さん、身体が弱いから……」


 ああ……一応、自分の変化が、母親に心労をかけるであろう事は、理解しているのか。


 なんか、すんごい力と記憶を手にしたら、社交性高い(おしゃべり)12歳児としては母親に嬉々として喋り倒しそうな気がしてたんだが、実際は違ったようだ。


「じゃあ。他にはまだ、誰にもこの事は話してない?」

「うん。村の皆にもまだ言ってない」


 まずは俺に話してから、とリーゼは思ったらしい。


「……そうだな、村の皆には、話さん方が良いだろうな……少なくとも、今現在はそう思う」


 何かヤバイもんに染まっちまった子、という目で見られる事から、転生云々の神秘で法皇様を権威付けている教会関係者がすっとんでくるんじゃないか、とか、他にも諸々、あげれば数にきりがない程の懸念があれこれと浮かんでくる。


「危険だ」

「そう……」


 呟いた少女の幼い顔は、憂いを帯びていた。


「リーゼさん的にはどう思ってるの?」

「よくわかんない。だから、にーちゃんが、そうした方が良いっていうなら、そーする」

「解った。ただ、今の所の話だから、もしかしたら、話した方が良いかも、って時も来るかもしれないけどね」

「うん。その時はお話するよ」

「じゃ、それまでは秘密ってことで」

「わかったよ」


 妹と俺はうんうんと頷きあった。


「それじゃあさ……秘密にするって事なら、その為に、にーちゃんにお願いしたい事があるんだけど……」


 金髪のちっちゃな女の子は両手の人差し指の先を胸の前でちょんちょんと合わせつつ、窺うように俺へと青い瞳を向けてきた。


「俺に出来ることならするぞ、なんだ?」

「その……衛兵の人達に『アニャングェラを倒したのはにーちゃんです』って言っちゃったの。だから、そーゆー事にしておいて?」


 いきなり難易度たけーなオイ。


「無理だろ、絶対バレる!」


 クリティカルしましたつっても程があるだろ?!

 どうやったら俺が農業用大鎌であのバカデカイ翼竜の首を斬り落とせるっていうんだよ?!

 しかも一発だぞ! 一発!

 一閃で斬り落としたもん。

 斬り口みりゃ、解るだろそれ。


「あ、そもそもにだ。遠目でもお前がやったとこ誰か一人くらいは見てなかったのか?」


 一部始終を目撃されていた場合、リーゼの力について黙っておくとか俺がやったことにするとか以前の問題だった。

 しかし、


「ううん、それが解るくらいの近くでは誰も見てなかったみたいだよ。アニャングェラ倒した後も、ずっと村の人達寄ってこなかったし。にーちゃんへの手当てが終わって、背負って帰りだしたら、ようやく、衛兵の人があたしのとこ来たくらいだもん」


 皆、マジで脇目もふらずに逃げたんだな。

 そして、安全圏まで逃げたら後の事は専門家に任せて、野次馬なんぞ絶対にしない。

 この村の住人は皆、魔物の怖さが骨の髄まで刻み込まれてるらしい。

 あのアニャングェラだったから、ってのもありそうだが……あれはマジヤバイ。


 そして、あのマジヤバイもんを、俺が倒した事にすんの?

 マジで?


「いや、無理だろ……誰もしんじねーって」

「火事場の馬鹿力で、ケルヴィンにーちゃんは眠っていた力に目覚め、竜を倒したの!」

「誰がそんな話を信じるよ?」

リーゼ(あたし)が倒しました、よりは信じる人多いんじゃない?」


 12歳の童女だからな。

 それに比べりゃ15歳の男の俺のほうがまだ、って所かもしれんが、いやしかし。


「そんなん、すぐバレるわ。実際のところは、俺は何の力もない一般村人なんだし」


 アニャングェラの片目を裂いた時は、俺ってもしかして結構強い? とか思ったりもしたもんだが、直後に一発KOだもんな。フツー・オブ・フツーの貧弱村人少年その一だ。


 まったく、なんの、力もねぇ。

 情けねぇ。

 情けねぇが、それが事実だ。


 嘘をついたところで、絶対、俺がやった訳じゃないと皆思うだろう。


「大丈夫だよにーちゃん」


 ん?


「今にーちゃんが力が無いのは、危機が去ったからなの。危険が去ったから、一時的に目覚めた力は今はまた眠りについてしまったの」


 へー……


「だけど、一度目覚めた力は、また再び甦るの」


 ……んんっ?

 俺の妹が、なんかまた、おかしな事を言い出したぞ?


 ……何故か、この童女、すっごいキラキラした瞳で俺を見てるんですけど…………


「リーゼがにーちゃんに『気』の使い方を教えてあげるね! そうすれば、アニャングェラの首を落とすくらい、すぐに出来るようになるよ! そうすれば、にーちゃんがアニャングェラを倒した事にしても問題なくなるよ! 名づけてにーちゃん英雄化計画!」


 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!


「無理だろ?!」

「出来るよ! だって、にーちゃんはリーゼのケルヴィンにーちゃんだもん! とっても頼りになって強いんだよ! だから、弱くて問題なら実際強くなっちゃえば良いんだよ!」


 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!


「リーゼのにーちゃんって、そうですけどね?! リーゼは強いかもしれないし俺は確かにリーゼの兄だけども! 才能の繋がりとかは関係ないじゃん?! 俺はいたって凡才の平凡貧弱村人だよ?!」


 俺が叫ぶと輝く海の色の瞳を持つ少女はその輝度を急速に翳らせグスッと涙目になった。


「あたし……あたしの、にーちゃが、あたしがちょんと小突けば吹っ飛んじゃうような、そんな……よわい人なの……ヤダ」


 ……


「あたしのにーちゃは、強い人なの……そうでないと、あたし……あたし……!」


 俺が弱いと、なんだっていうんだ?


 俺は泣き顔になったリーゼを見やって溜息をついた。


 リーゼ、現実を見なさい。

 リーゼ、そりゃあいくらなんでも無理ってもんだよ。

 リーゼ、お前の兄貴はお前と違ってフツーなの。

 リーゼ、いつまでも子供のようなことをいっていないで、現実を受け入れなさい。


 とかね?

 俺はね?

 言ってやろうかな、と思ったんだよ。


 だって、そうだろ?


 流石にさ。

 幼いっていっても、もう12歳だしさ。

 聞き訳を覚えないと将来大変だし、リーゼの為だよ。


 けれど、

 だけど、


「当然だろう! すぐに強くなってやるさ! にーちゃんに任せとけっ!!」


 なんで、この口は、こんな事を、言っちゃってるのぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


 みるみるうちにリーゼの表情が泣き顔から、にぱーっとした輝く笑顔へと変化してゆく。あぁ、雨雲が割れて太陽の光が差し込むかのようだ。


「ありがとうっ! さっすが、にーちゃん! リーゼ、にーちゃの事、大好き!!」


 俺って馬鹿なの? 馬鹿なの? 馬鹿だよね? ばかやろおおおおおおおおおおおおおお!!

 俺はリーゼに抱きつかれて頬擦りされつつ、胸中で己を猛罵倒するのだった。

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