キャラバンの出発
レッカー村を囲む柵の門の前、朝陽を浴びて獣達が鳴き、人々が交わす声が響いている。
麦の袋が積み上げられた荷馬車、紐で繋がれた牛達、それぞれの所有者達、そして彼等を護衛する武装した男女が集まり、大いに賑わいを見せていた。
「おぉ……ケルヴィン! 見違えたなぁ!」
小太りの中年男が俺を見て破顔した。
彼は生家の近所に住んでいる人で、昔からの顔見知りだった。
俺はそんなに、変わっただろうか?
まぁ今は従士副長の外套を纏って鎧兜に身を固めてるから、ちょいと威圧感あるかもしれないが、中身はそんなに変わったつもりはないんだけどな。
ちょっと精気とか使えるようになったくらいで――うん、結構変わったっていえば変わったかもしれない。
「立派になった。ケルヴィン従士副長、道中の護衛、よろしくお願いするよ」
拝むように頭を下げてきた。
洟垂れ小僧が、なんて笑われていた相手から頼まれるってのは、なんか照れくさいな。
むず痒かった。
とりあえず笑う。
ああ、視線を逸らしたい。
「ええ、まぁ……」
しかし、俺は堪えた。
だって、護衛が挙動不審じゃイカンでしょっていうね。
握り拳を作り、己の胸にあて、軽く頭を下げる。返礼の動作。
「任せておいてください」
「きっとケルヌンノスとルテティアも喜んでる」
小父さんは最後に俺の両親の名を出して満足そうに言ってから、自分の牛のもとへと戻っていった。
集まった人々の顔にはグレゴリオのものもあった。
視線が合うと、アリシアさんの三番目の夫となった男は少し気まずそうに笑った。
俺は、眉間に皺を刻みつつ、軽く笑った。
この男も、なんでアリシアさんに惚れたのかね?
賢くて美人さんだけど、だからこそけっこー厄介なヒトだと思うんだけどなぁ。
グレゴリオは片手を顔の横まであげて軽く振った。挨拶だろう。
俺も片手だけ振って答えた。
言葉は、交わさなかった。
かわす言葉は今はなかったし、きっとそれで良いのだ。
「――出発!」
馬竜の鞍に跨った老人が、張りのある声で叫び、キレの良い動作で片手を振り上げた。
鎧兜に身を固め、雪のように白く長い豊かな顎鬚を蓄えている。
彼が従士長のダイラスだ。
ソルヴィオドゥルム家に三代に渡って仕える、もう結構なトシのジイ様だが、背筋はしゃんと伸びているし、その動作にも淀みは無い。未だ鋭い覇気を纏ったかくしゃくとした老人だ。
歴戦の宿将の号令に従い、レッカー村の村人達と家畜達と物資を満載した荷馬車等がぞろぞろ移動を開始し、門をくぐって村外へと出発してゆく。
今回の交易民隊は四百名程度の村人達と千を超える家畜達、そして彼等を護衛する百余名の兵達からなっていた。
俺の一党は全員騎兵だったが、従士長の手勢には騎兵は少なかった。ほとんどが徒歩である。徒歩勢は半数が槍を担いでいて、半数が弩を手にしている。予備武器は自弁なのか薪割り斧や山鉈などマチマチだ。刀剣を帯びている者は少なく、鎧兜を身に着けている者も少ない。矢を撃ちこまれたら、簡単に死にそうだ。
顔ぶれを見るに、徒歩勢には臨時で雇い入れられた者達が多く、騎兵は普段から従士長に仕えている子飼いの竜兵達のようだった。竜兵達はさすがに皆、鎧兜で防御を固めている。
「キャラバンへの初参加が、まさか守られる側じゃなくて、守る側としてになるとはなぁ」
グリエルモが馬竜の鞍上より後方を振り返った。
短弓を手に刀を背負い、鉄鱗鎧と鉄帽子に身を固めた彼は、このレッカー村の一団の中では、かなりの重武装の類だった。
「そういえば、キャラバンでお前を見かけた事ってなかったな」
「うちは親父と兄貴がそのへんやってたから」
「ふぅん」
「辺境のちっせぇ村だけど、やっぱパブリック・キャラバンともなると、やっぱすげぇな」
グリエルモは、数百の人々と千の家畜達が荷馬車や荷車と共に一団となってガラガラと移動する光景が珍しいんだろうな。
噂に聞く帝都とかの大都会に住んでりゃ、これくらいの人の波、そう珍しいもんでもないんだろーけど、辺境の小村での生活じゃ普段はそうそう見かけない規模だ。
「まぁこの時期だと、村のほとんどが、家から一人か二人は出すだろうからなぁ」
俺は長男だったからか、小さな頃から親父に連れられて参加していたので、キャラバンのこの光景はそれなりの回数目撃していた。しかし、やはり物珍しいとは感じる。
「これだけの人達とモノと家畜達を無事にミュンドゥングまで送り届けられるかしら……」
不安そうな若い女の声が聞こえた。
セルシウスだった。
馬竜が歩く際の上下運動に合わせて、馬尾のようなポニーテールをぴょこぴょこと跳ねるように揺らしている。
鉄帽子はかぶっているが、サークレットは嵌めていない。
リーゼさんや熟練の従士長まで含めても、伝心環を嵌めていない竜乗りは、この一団にあって彼女が唯一だった。
「まーまー、やってみりゃなんとかなるもんだよ」
相変わらずの気軽な調子を崩さなかったのはノーラさんだ。
余裕があるのは性格が能天気だからか、それとも自信の現われか。
まぁ、慣れてもいるんだろう。
過去には衛兵隊が応援にかり出された事もあったらしいしな。
「だと良いんですけど……最近物騒ですし……」
「そうだね。でも、魔物は先立って討伐したからまた増えるには時間がかかるだろう。賊だって、これだけの人数で固めているんだ、並大抵じゃ手出しなんて出来ない。このあたりは、ソルヴィオドゥルム家とミュンドュング伯のお膝元だ。まともな賊だったら両家が関わっているパブリック・キャラバンに手出ししようなんて馬鹿な考えは抱かないよ」
「ですか…………そう、ですよね。すいません、少し無駄に弱気になってたみたいです」
栗色の髪の少女はそれで少しは不安も晴れたのか笑顔を見せた。
ああ、場の空気を軽くする為に敢えて気楽そうに振舞ってるのかもしれないなノーラさん。
「この前は飛蝗人の増えるスピードが予想外の異様さだったとか聞いた覚えがあるの。魔物が異様な速度で増えてたり、まともじゃない賊がいたとしたら?」
そんな中、また不安になるような事を平然と言い放つのがマイシスターである。
さすが俺の妹だ。
空気読まねぇ。言うべきと思う事をいつでも言う。
一方の空気を読む戦乙女は笑って。
「その時は、その為の、君だろう? 存分に返り討ちにすれば良い」
「なるほどなの」
戦国童女さんは納得したようだった。
「サー・アゼルヴァリスとダイラス従士長が立てた計画だ。あの人達は油断はしない。危険があるとわかってるなら、対策はつけられている。だから大丈夫、上手くいく」
うん、頼もしい限りだ。
万事見通す天才って訳じゃないし愛想はないけれど、我等がご主君は優秀だよね。
ただ。
でも。
それと同時に、サー・アゼルヴァリスは、そこに存在しないと思っている事には、対策をしない人でもある。
財政面の仕切りでも優秀である彼は無駄な事はしない、削れるところは削る。
だからこそ、ソルヴィオドゥルム家の財政は黒字であれている。
だから、俺にも大量の兵を集めさせるような指示はださなかった。必要十分に足りているから。
しかし。
サー・アゼルヴァリス達でも把握していない、まるで想像さえつかないような危険が唐突に出現してしまった時、俺達はこのパブリック・キャラバンを守りきる事が、出来るのだろうか……?
……まぁ、そんなもんは、そうそう出てくるもんでもないか。
そうそう出てくるようなモノだったら、それこそ予想の範疇におさまるだろう。
周囲の会話を聞きながら、そんな事をつらつらと俺は思ったのだった。
人と獣達の集団が、昇る日に向かい街道を東へとゆく。
蒼天の下、夏の光を浴びて、原野を貫く道を進み、やがて紅蓮に落ちゆく陽を背に負った。
夜の訪れが近づけば、キャラバンは野営の準備を開始する。
天幕を張る者もあれば、伏せた家畜に身を寄せて、マントに包まって眠るだけの者もいた。
そして夜が明けて朝陽が昇れば、キャラバンはまた東へと進みだす。
目指す場所はミュンドゥング、湖畔の都だ。




