従士長の応援について交易民隊《パブリック・キャラバン》を護衛すると共に伯爵への謁見に同行せよと騎士アゼルヴァリスは俺へと指令した
レッカー村を治める代官の館。
その一画にある執務室の扉を俺は叩いた。
入室を促す言葉を受け、扉を開き、静けさを感じる部屋に足を踏み入れる。
部屋の奥、剣がかけられた壁を背にして、整理された書類が積まれた執務机が置かれていた。
机には男が一人、着いていた。
簡素なデザインだが上等な布で作られていると解る長袖の白いシャツに身を包んだ一人の青年、羽ペンを淀みなく動かしている。
彼は手を止め、顔を上げた。
俺を見据えたサー・アゼルヴァリスの金色の瞳は、相変わらずドラゴンみたいに鋭かった。
「――三日後、レッカー村からミュンドゥング市へと向けて、当家が取り仕切る交易民隊が出発する」
この人性急というか、たぶん、無駄な事が嫌いな性質なんだろうなぁ。いつもいつも実に単刀直入である。
「パブリック・キャラバン、ですか」
交易民隊という存在について、帝国の民ならば子供でも知っている。
メリディア帝国において村落の経済はその地方の中心となる都市部と結びついている。ひらたく言うと、村で作った麦や牛などは主に都市部で売却され、また村人は都市部で村では作られていない多くの物を買う。
しかし今の時代、魔物やら賊やらで一歩村や街の外へ出れば大変な危険がある。
街道含め山野を移動し都市へと向かう際には危険を伴うので、地方の人々は集団になって移動する。
その際の移動集団が交易民隊と呼ばれているのだ。
レッカー村においては交易民隊は代官として村を治めるソルヴィオドゥルム騎士家が差配していて、定期的に出している。
基本的に、騎士家が兵力を提供して交易隊を引率し、護衛する。
キャラバンに参加する村人達は護衛料として金子を幾ばくか納める。
持ち込む荷物などで要求される護衛料金は変動する。身一つなら安いし、自分一人で背負える程度の荷物だったら身一つとさほど変わらないのだが、荷馬車に積荷を満載して持ち込んだり、牛なんかの家畜を引き連れてゆく場合、要求される護衛料金がかなり上がったりする。
まぁ値段が上がる分、そいつに対しての護衛が厚くなったり万一の際の補償がついたりするから、一応ギブ&テイクではあるが、実質税みたいなもんでもある。
村で交易民隊を仕切る騎士家はその義務と責任を負うと同時に権利と利益を有する、って奴だな。
今回、俺に与えられる指令は、どうやらこの交易民隊に関わるお仕事なようだ。
「そうだ。現場の総責任者として交易隊を仕切るのは従士長だが、お前も手勢を率いて従士長の応援に回れ。交易民隊からの収入は我が家の貴重な収入源であると同時に、村人達の生命線でもある」
俺も村の百姓だったから、生命線だってのは、よく知ってる。
百姓にとっちゃ、丹念に育てあげた貴重なレッカー牛や、収穫した麦を、街へと売りに行く最中に襲われ奪われましたなんてなったら、命は助かっても、家計が回らなくなって一家で首吊るハメになりうる。
牛にせよ麦にせよ、元手がかかってる。
売れないとゼロじゃなくて大幅なマイナスになるのだ。
だから、キャラバンが抱える荷物は、人々の命に等しい。
「報告によれば、魔物や賊の動きが活発化している。先立ってお前を哨戒任務にあてていたのも、その為だ。この状況においては、生命線に対して、例え無駄であると周囲に思われても、護衛戦力を増しておくに越した事は無い。転ばぬ先の杖、という奴だ。その杖が、お前だ」
サー・アゼルヴァリスの金色の瞳がギラリと輝いた。
なんか、気合入ってますね。
俺は、期待されているのだろうか……
周囲、周囲か。彼も若い当主だからな。
先代からの古い家臣達 VS 若いサー・アゼルヴァリスおよび彼に近しい新興の臣下達
の陣営にわかれて時たま意見の対立とかがあるのだと、ぽろっとノーラさんから聞いた事はある。
そして俺は、サー・アゼルヴァリスの新興臣下派の最先鋭と周囲からは見られている。
まぁ当主じきじきに大抜擢されて、十五歳でただの農家の少年からいきなり従士副長になったんだから、そりゃそうだわな。
つまり我がご主君曰く『ぬかるなよ』って事か。
「この応援任務の経費と報酬として、お前に金貨150枚を与える。引き続きノーラを寄騎につけるが、それ以外のお前が率いる兵力はお前が集めて率いろ。ただし、無理をしてまで人数を集める必要は無い。当然だが、従士長も奴の手勢を率いる」
従士長ダイラスは先代どころかソルヴィオドゥルム家三代に渡って仕えている古株中の古株だ。しかし、立場的には全面的にサー・アゼルヴァリス寄りらしい。
かつてはサー・アゼルヴァリスの護衛をつとめ、武芸の指南役でもあったとか。
「キャラバンの守りは人数による威圧効果によって未然に襲撃を防ぐ事も期待されるが、そういった役割は従士長のほうでやる。そういった事の主力はあちらだ。キャラバンの主将は奴で、お前は副将だ。お前の立ち位置は応援であり、期待される役割は純粋戦力の増強だ。そして増強戦力としては、お前自身とノーラと、リーゼがいれば、それで事足りる」
ですよねー。
戦いは数である面が確かにあるから、一騎当千というのが言葉通りになることはそうそうないが、リーゼさんは一騎で当百くらいなら普通にある。
「故にお前は人数集めに無理をする必要は無い。賄える範囲でやれ」
「はっ」
となると、お言葉に甘えて今ウチにいる連中だけでいいか。俺、リーゼ、グリエルモ、セルシウス、それに寄騎でノーラさんの計五名。
俺とリーゼとノーラさんの三人がいれば、ちょっとやそっとの魔物には負けないし、従士長もそれなりの規模の一隊を率いてくるみたいだしな。
魔物の異常発生なんてイレギュラーまで考えると絶対はないけれど、まぁ普通の範囲だったら、戦力的には十分だろう。
「今回のキャラバンでは、当家から伯爵家へと牛と馬竜を納める。その際に、従士長が伯爵の城館に入って挨拶をする。お前もそれについてゆけ。その際にお前がすべき事は何もないが、従士長が何をしているのかはよく見ておけ。いつか必要になる」
「……はっ!」
うげ、マジの貴族様への挨拶とか、田舎の小僧としては想像しただけで胃が痛くなるんですけど……うへぇ、嫌だなぁ。今回は見ているだけで良いってのが幸いだけど、将来それが必要になんてなりたくねー。
ああ、でも、家を手に入れる為には金が必要で、金を得るには出世するのが手っ取り早いから、偉くなりたきゃそういうのも覚える必要があるのかねぇ……しゃあない、そちらも頑張るか。剣や鋤を振り回してりゃそれで済むのなら、それで済ませたいんだが。
「今回の任務について、他の細かい所はノーラに聞け。従士長の指示に従え。以上だ」
かくて、俺は新たな指令を承り、交易民隊護衛の為の準備を開始したのだった。




