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ケルヴィン16歳。哨戒任務による討伐と次の指令

 竜が咆吼をあげた。

 視界が激しく揺れている。

 ともすれば舌を噛みそうな程に俺の身は上下に揺さぶられていた。


 なんでそんな事になってるのかって?

 二本の脚で疾走する、首が長く尾も長い、トカゲのような竜の背に跨ってるからだよ。翼の無い小型竜、前に飛蝗人討伐の時にサー・アゼルヴァリスが乗ってたアレだ。馬竜と呼ばれている。

 シルエットが近いものをあげるならダチョウだろうか。


 俺は豪速で駆ける竜の鞍上で手綱を握り、必死に進路を制御していた。

 林立し迫り来る樹木と樹木とをかわし、合間を縫うようにすり抜け、開けた場所へと飛び出す。

 天に眩い陽が輝き、緑成す草々が風に吹かれ、波打つ海のように揺れている。

 草原だ。


「――グリエル! 真っ直ぐ走らせちゃ駄目!」


 女の鋭い叫び声。

 激動の鞍上からこうべを巡らせ振り返る。鉄帽子ケトルハットをかぶったポニーテールの少女が、ガーネット色の長い髪の先端を暴れさせているのが見えた。少女は小型竜の背に跨り、乗騎を巧みに操って旋回させながら、弓に矢を番え放っている。


 放たれた矢が飛んでゆく先には、風を裂いて疾走する一個の巨大な茶塊があった。

 それは魔獣だった。

 二本足で立つ事もあるが、今は両手をつき四本足で犬のように駆けている。


 古の時代には森の荒ぶる神とも恐れられた種族、人はおろか大型の馬をもその豪爪の一撃で裂き潰す、恐るべき凶獣。

 名をマギステル・アルクトス――凶悪極まりないバカデカイ熊型の魔物だ。地元の人間からの通称は魔熊。


 空を裂いて飛んだ矢は、惜しくも魔熊の背をかすめ外れた。

 激しく揺れる馬竜の鞍上から弓矢を放って標的へと中てるのは、距離にもよるが、かなり難しい。


 魔熊が猛然と駆ける先には、馬竜に跨っている黒髪の少年の姿があった。革の脚衣を穿綿入りの布上衣キルティング・アーマーの上から鉄鱗鎧スケイル・アーマーを着こんで、黒の外套タバードを纏い、手綱と短弓を手にしている。

 俺と同じように額にサークレットを嵌め鉄帽子をかぶっているグリエルモは、しきりに手綱を引いている。小型の車輪のような器具が踵についた長靴を竜の横腹に打ち付けて、拍車も入れている。

 旋回させたいのだろう。

 この熊のような大型の魔物は、小回りが効かないのか、左右に方向を転換する際に速度が落ちる。だが直線だと速い。加速は悪いがトップスピードは抜群のものを誇っていた。

 だから、この巨熊に追いつかれない為には、左右に方向を切り返しながら乗騎を駆けさせなければならないのだが、


「この竜、言う事を聞かねえっ!!」


 不味い、グリエルの奴、焦っている。

 みるみると大熊と鉄帽子の少年が乗る馬竜との距離が縮まってゆく。


「落ち着いて!」

「くそぉおおおおおおっ!!」


 落ち着いて、と言われて落ち着けたら苦労は無い。

 その瞬間、俺はほとんど反射的に決断をくだしていた。考えを巡らせるよりも先に身体が動いていた。即座に動かないと、後悔するような気がしたのだ。本能に突き動かされていた。


(――突っ込め!)


 額にはめられたサークレット――魔導器・伝心環――へと意識を集中させて手綱を引き、跨っている馬竜へと命令を発する。

 二足で疾走する翼の無い竜が、牙並ぶ顎を開いて咆吼をあげ、勢い良く旋回した。

 景色が回転し、風が唸った。

 正面の視界、茶色の巨塊の姿を捉える。

 真っ直ぐ横に駆ける魔熊の斜め前方より交差するように突っ込んでゆく形。

 俺は精気ジンを操って体外へと伸ばすと、乗っている竜へと伸ばし、彼を対象に取って身体強化の法を行使した。その瞬間、ただでさえ速い馬竜が、さらに爆発的に加速する。


 猛加速する竜の鞍上で、俺は左手に握っている深く湾曲した短弓へと、右手で腰の矢筒から矢を一本引き抜いて番える。

 一気に距離が詰まってゆく。

 先に受けた訓練を思い出しながら、教えられた動作で、引き絞る。弓身が軋み、鈍い音を立てる。


 この弓は小振りだが鉄と月神樹に竜骨と竜腱を合わせて作られた剛弓だ。精気ジンを用いなければとても一人では引く事はできない。

 リーゼさん曰く、大将が持つ弓とは、大の男が十人以上でかかって張り合わせるような、そういう超剛弓であるべきなのだそうだ。

 それ、センゴク世界の慣習であって、メリディア帝国の慣習じゃないよね? と思ったが、武器の威力は高いにこしたことはないだろうと思って採用した。

 しかし、おかげさまで大変扱いづらく、威力はたいしたものだが、俺の腕前もあって、命中精度はお察しであった。


 だから、俺は既に弓矢の有効射程距離に入っていたが、まだ放たなかった。

 ただでさえ命中精度がお察しなのに、さらについこの間に手解きを受けて竜に乗り始めたばかりのにわか弓騎兵とくれば、普通に撃っても外れるに決まってる。


 迫る。

 迫る。

 距離が詰まってゆく。

 巨熊が俺の方を振り向き、旋回してきた。

 あちらも突っ込んでくる。

 互いに真っ向から向かい合う態勢。

 まだ放たない。

 魔熊の姿が見る見るとさらに大きくなる。近くにあるものは大きく見える。

 魔熊が牙を剥いて咆吼をあげ、迫る。

 巨熊が前脚を振り上げる。最早弓矢の間合いというよりも、歩兵の長槍の間合いだった。激突の寸前、数歩程度の距離まで互いが近づいた時、俺は竜の鞍上より矢を解き放った。


――普通に撃っても外れるなら、必中の間合いまで詰め寄ってからぶちこんでやらあッ!!


 弓身は爆ぜるような音を立て、矢は回転する穿孔工具ドリルのように、錐揉むように、その全身を旋状回転させながら、まっすぐの軌道で飛んだ。

 一瞬で距離が零になり、巨熊の眉間に吸い込まれるように突き刺さる。刹那、何かを貫き砕く、鈍い音が聞こえた。


(跳べ!)


 間髪入れず俺は念話を発していた。

 俺の乗騎たる馬竜は機敏に応え、横っ飛びに跳躍する。

 突進してきた巨熊が突き出した剛爪が俺達をかすめ、脇を突き抜けてゆく。


 着地。

 視界が揺れる。

 竜を旋回させながら頭を回し、見やる。


 巨熊は地に伏していた。


 やったか?


 良い部位に命中したが、この巨体だ。抜群の破壊力を誇る剛弓だったが、一矢で倒せているかどうかは、不安が残る。

 俺は乗騎を操って、伏した熊の周囲をぐるぐると速歩トロットで歩かせながら、弓に矢を番え、連続して撃ち込んだ。

 一発、二発。ゴスッゴスッと重く鋭い、肉を裂く音が連続して鳴り響く。

 しかし、その身に矢を受けても熊はもう反応しなかった。動かない。死んだふりをしている訳ではないようだ。

 どうやら、仕留めたらしい。


 俺は竜の足を止めさせて、息を吐いた。我知らず強張っていた肩から力が抜ける。

 グリエルモが叫び乗騎を寄せてきた。


「うぉおおおおお! 助かったぜ!!」

「ちょっとー! グリエル! もーっ、あんた、あたしの話、聞いてなかったでしょっ?!」


 セルシウスも近寄ってきた。


「聞いてたよ! 俺は聞いてたけど、こいつが、俺の言う事聞かねぇんだ! このバカ竜!」

「その子、バカじゃないわよ。あんた、いざって時、伝心環きちんと使えてないんじゃない? それなら、声が届いてないから、竜からしたら聞こえないから、言う事聞かないのは道理よ。落ち着いて、精神をしっかり集中させないと、例え伝心環を身につけていても、竜へと人の声は届かないわ」

「……くそっ!」

「ま、無事で何より」


 言葉を交し合っていると、森の方からやはり小型竜の背に跨った人間が二人、その乗騎を駆けさせて寄ってきた。


「にーちゃーん! 仕留めたんだね!」


 金色の長い髪の童女が笑顔で声をかけてきた。

 伝心環のサークレットを額に嵌め、ケトルハットをかぶり、黒のタイツの上からキルティングとスケイルのアーマーを重ね着て、黒のタバードを纏っている。


「なんとかな。えっと、もう、そっちもやったのか?」

「うん。ぜんぶ、きりころしたよ!」


 マイシスターは無邪気な笑顔で凄惨な言葉を述べてくださった。

 最近、ござるござる言うモードが減ってきたのは兄としては良いんだけれど、その代わり、素の口調でも物騒な事言うようになってきた。妹の内面精神がどのようになっているのか、おにーちゃん、ちょっと心配です。


 しかし、こっちは一匹だけだったけど、リーゼさん達の側が引きつけていた熊は結構な数がいた筈なんだがなぁ。


「リーゼが一人でほとんどやってくれたよ。なんていうか、さすがだった」


 そう言ったのはノーラさんだ。

 こちらは羽付きの鉄兜をかぶり、緑色の長袖と長い脚衣ズボンの上から要所を金属で補強した(スプリント・)柔皮鎧アーマーで身をよろっている。

 村の衛兵隊長である彼女は厳密には俺の配下じゃなくて、サー・アゼルヴァリスの直臣なんだけれど、引き続き寄騎として俺達の応援にきてくれていた。

 

 ちなみに今回、俺達は哨戒任務にでる前に、騎射の仕方とか乗騎に乗っての戦闘の仕方について、ノーラさんから訓練を受けていたんだけれど、その時にリーゼさんがみせてくれた技は、神業の領域だった。

 ノーラさんは即座にこの小柄なセンゴク童女を俺達と一緒の訓練をうける立場から逆に俺達へと教える側へと変更させていた。まぁ当然っちゃ当然だわな。

 こっそりリーゼが俺へと言ったんだが、曰く、センゴク武者は騎乗戦闘は本業なんだよとかナントカ。


 まぁとかく、今回の戦闘は一段落ついたようだった。


「それじゃ、解体するか。おいグリエル、こいつは、何処が売れるんだ?」


 俺が声をなげると、どこか上の空な様子だった辺境村の少年はハッと我に返ったように、


「んっ? ああ、魔熊は毛皮が高く売れるぜ! なるべく綺麗に剥いだ方が良い。肉は駄目だな。人間には毒だ」


 グリエルモは村の鍛冶屋の三男坊でこれまで家の仕事を手伝っていた為か、魔物や獣の何処が素材として売れるのかを知っていた。

 彼の指示に従って、俺達は剣やナイフを用いて倒した魔物の解体を始める。

 森の中でリーゼとノーラさんが仕留めたのも含めると合計で八体いたので、皮を剥ぎ取るだけでも一仕事だった。


 近頃の俺達は、魔物の討伐にあけくれていた。

 というのも、俺達は現在、レッカー村周辺における哨戒任務を受けていたからだ。

 その任務は細かい事を省くと要するに「魔物や賊、猛獣などを見つけ次第、討伐せよ」という内容だった。

 この哨戒任務に際して直接的な報酬はソルヴィオドゥルム家から貰えなかったんだが、代わりに与えられていたのが、討伐した対象から戦利品を得る権利だった。

 だから、魔物を倒してその皮や牙などを回収し売り捌いている。


 戦利品なんて倒した奴のものになるのが当然だろう? と思うかもしれないが、基本的に領内にあるものは領主(ないし、その権限を任されている代官)の持ち物になるのが、この帝国社会って奴だった。

 だから森で獣とかを許可なく勝手に狩ると、その事がバレると罰せられる。

 賊とかも返り討ちにして身包み剥いだ場合、一端そのすべてを領主に献上しなけりゃならない決まりになっていた。だいたい、その後、褒美として領主から討伐者へと大半が返されるのが慣例らしいが、場合や領主の性格によっては目ぼしいものがほとんど取り上げられてしまう事もあるとかないとか。

 まぁ、魔物に関してはレッカー村では積極的な討伐を推進する為か(命令でも受けない限り進んで魔物を狩りにいく命知らずなんぞ村人はおろか兵士達の間ですらあまりいないが)、普段から倒した人間のものにして良いという事になってるんだけどな。


 それに加えて今回の任務では、ソルヴィオドゥルム家へと無税で戦利品を売却できる権利、というのも貰っていた。

 商人に伝手があるなら、独自にそちらで売却する事も認められていたが、グリエルモ曰く、よっぽど目ぼしい物以外は大人しく代官様のトコで売っておいた方が良い、との事。


「よし、こんなもんだな」


 俺達は剥ぎ取った皮を丸めて、分担して鞍の金具にロープを通して、それぞれの乗騎の背にくくりつけた。

 物語の中の魔法使いが持っている素敵アイテムみたいに無限に収納できる背嚢とかありゃ便利なんだが、そういうのは、現実にはないらしい。だから常に、収納スペースと重量等の問題がつきまとう。魔物を討伐しても、量が多すぎて一度に持ち帰れない事も度々あった。

 幸い今回の毛皮はさほどかさばらず重量もなかったので、俺達五騎で一度で持ち帰れる量だった。


「それじゃ村にけーるべ」

「ああ、くたびれたわ。解体作業のせいで血の匂いがするし、早く水浴びしたい」

「さっぱりした後は、酒場できゅーっと一杯やりたいねぇ」

「ノーラ、いっつもそれだよね」


 俺達は並んで竜を歩かせ、森を近くに見やる草原から、石畳が敷かれた街道へと移動し、帝国内を貫く偉大なる石の道を通って村へと帰還したのだった。



 


 レッカー村を囲む堀や逆茂木を越え柵門をくぐると、道の左右には夏風に揺れる黄金の麦畑が広がっていた。

 竜の鞍上からは村の老若男女が、汗水を垂らしながら麦を刈り取っているのが見える。

 もう収穫の季節だった。

 なんやかんや時間は流れていて、俺も十六歳になっており、先日にはリーゼさんがノーラさんと一緒に祝いの席を酒場に設けてくれて、グリエルモやセルシウス達も加えて一緒に飲み食いした。


――俺もついこの間までは、この麦畑の景色に混ざっていたんだよな。同じように麦を刈っていた。


 ここしばらくで俺が刈ったのは麦じゃなくて魔物の首だった。

 危険はあるし、血の匂いが染みつくが、実入りは良い。


 今回の魔熊の毛皮も、ソルヴィオドゥルム家の館へと運び込むと、家宰の爺さんは結構な枚数の金貨を支払ってくれた。


 馬竜や弓を始め、各種の装備を整えるのにこの前の普請任務で得た金貨をほぼ使い果たしてしまっていたのだが(グリエルやセルシウスの装備の分も就任祝いって事で俺が出したので)、素材の売却で元は十分以上に回収できていた。


 日々、そのようにして村周辺の山野を巡り、ひたすら魔物を討伐する生活を送っていると、あくる日俺は、再びサー・アゼルヴァリスからの呼び出しを受けた。


 次の指令についてだった。

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