新たな臣下達
掘と土塁が無事に完成した事を祝う宴会の席で、グリエルモが杯を片手に俺へと決意を秘めた瞳を向けてきた。
「決めたぜケルヴィン、俺は竜兵になるっ! うだつのあがらねぇ鍛冶屋の三男坊なんて、おさらばだっ! 俺もお前のもとでお前みたいに山ほどの金貨を稼ぐ、ビッグな男になってやるッ!!」
グリエルの奴が、どれほど悩んで、どれだけの決意を籠めて、その言葉を叫んだのか、俺は知らない。
従士副長というからには、直属の配下がリーゼさん一人では(戦力としてはともかく)人数としては十分な数にはとても足りない。
だから、彼が俺の配下になってくれるというのは、とても助かる。
だから。
――助かるよ、後悔はさせない。
そう答えてやりたいところだった。
だが、本当に、グリエルの奴に後悔させないなんて事が、俺に出来るのか?
無責任な事は、言えない。
だから言えたのは、
「歓迎するぜ。ビッグってのが具体的に一体どーゆーもんだかはわからねーけどな」
なんてイマイチ締まらない言葉だけだった。
しかし、奴はニヤリと笑って、
「ビッグってのは――ビッグさ。よろしく頼むぜ大将!」
若者は誰しもが未来に対して果敢だ。
まだ片足を吹き飛ばされた経験がないからな。
昔読んだ本にそんな事が書かれていたが、傍から見れば俺もそうなのだろうか。
だが、今更後戻りする気はない。片足を無くす気もない。グリエルもきっとないだろう。
「ああ」
だから俺達は杯と杯を一度ぶつけあわせてから、一気にその中身を呑み干した。
「ビッグ――なるほど、それは、つまり、天下だね?」
マイシスターが口を挟んできた。
うん、なんかややこしい事になりそうな予感。
「え、天下?」
「そう、天下。あなたも天下取りを目指しているの?」
グリエルモはきょとんとした顔をしたが、
「そう! そう! 天下! ケルヴィン妹! そいつはとてもビッグだな! ああ! 俺も俺の天下を取ってやるぜ!」
兵士になる事を決意した十五歳の少年は声をあげて笑った。
「おー、それじゃ一緒にがんばろっ! あたしもこの天地に刻みたいの! あとあたし、にーちゃん妹じゃなくてリーゼね!」
マイシスターと友人の少年は陽気にあれこれ夢物語的野望を語り始めた。
なんだろう、こいつら、火に油だったのか。
「あぁ、あぁ、こうやって、赤い風は燃え上がり、つむじをまいて、広がってゆくのね……」
詠うように呟いたのは栗色の髪を持つポニテ娘だ。普請の際には専ら竜使いと化していたセルシウスである。
「何か、巡り合わせてはいけないものを、巡り合わせてしまった気がする」
「やれやれね」
「まったくだ」
「仕方がないから、あたしもアンタの竜兵になってあげるわ」
俺は偶にこの幼馴染の少女が何を言っているのか理解できなくなる。
「は……?」
「あ、あたしがいるとお得よっ?! ほら、竜の扱いとか調教とかすっごい得意だし! そもそもあんたが仕えてるソルヴィオドゥルムの家は使竜の一門、竜に拠って立った。だから、その子飼いの兵達は竜兵の異名を取り、その名誉を分け与えられた従士等の配下達も竜兵の名を帯びるようになった。竜の兵というなら、竜使いたるあたしこそ、まさに竜兵という名に相応しいというものよ!」
うん、まぁ、こいつが竜を文字通り手足のように操るのは、餓鬼の頃から目撃し続けてはいるけどもね?
「それに、どーせ家事下手なあんた達のことだから、ろくなもの食べてないんじゃないの? 最近、あんた痩せたし。あたしを竜兵に雇ってくれるなら、毎日の三食の食事から掃除洗濯まで、きっちりやってあげるわよ!」
そ、それは大変魅力的ですねセルシウスさんっ!
俺とリーゼさんの二人だと食生活が貧困極まりないからなッ!!
美味しいご飯は素敵なご飯!!!!
「――いや、まて、おい、まて」
一瞬、心がグラッときたが、待て。
俺は同じ15歳である華奢な少女を見据えた。
「竜兵というのは、血を見るぞ? お前、荒事、嫌いだろ?」
「好き嫌いは言わないわ」
きっぱりと断言するセルシウス。
男前ですね。
「だからケルヴィン、あたしに弓と竜をよこしなさい。あんた達の行く手に逆巻く血色の大風を消し飛ばす事はあたしの力じゃできないけれど、あんた達の背を狙う、禿鷹くらいは射抜いてみせる。あんた達だけじゃ危なっかしいから、見てらんないのよ」
こいつはきっと、兵士になるということの危険性は、俺以上に承知しているだろうに。
武器を振るうのを生業とする世界に身をおけば、二度と、今までの生活には戻れない。
「……何故?」
「だって、友達でしょ、あたし達、違った?」
そういうこと本気で言われると、断りづらいね。
「……だが親父さんやお袋さん、兄弟姉妹、お前の家族は、お前が竜兵になるの、良いって言うのか?」
昔っから家を飛び出したがってるグリエルモとは訳が違う。
セルシウスの家は円満で、平穏で、彼女はそれに満足していて、彼女はその輪の中にいる筈なのに。
「皆、良いって言ったわ」
「なんだと?」
「家族仲良く円満に暮らすコツはね。知恵を巡らせて察し、互いの意志を尊重することよ」
なかなか、知ったような事を言う。
「で、お前の家は、それを実践してきた訳か」
「そういう事」
「家族でそれは、空虚じゃないのか」
「そうでもあるし、そうでもないわ。真実は虚構の中にも紛れているものよ」
「趣味じゃないな」
「あんたん家は、そうでしょうね。なんでそんなに、ってくらい、それが本能みたいに抜き身で斬り合うものね」
「そういう性質なんだよ。悪いか」
「あたしは、あんた達の事、嫌いじゃないわ。あんた達相手なら、あたしはあたしとしてあたしのまま好き放題言える」
「少しは遠慮しろ」
「あんたがそれを言う?」
確かにな。
思わず、噴き出した。
セルシウスも笑った。
「……返事は、どうなの?」
「明日の朝飯はゼロニカが良い。リーゼが好きなんだ」
かくて、この日、俺の臣下に新たな二人が加わった。




