指令の達成と利益の分配
雨に濡れた夜。
ベッドに寝転びながらランプの火を頼りに本を読みつつ、そろそろ寝ようかと考えていると、リーゼが寝衣姿で俺の部屋を訪ねて来た。
「にいちゃん」
「なんだ?」
「……なんでもない」
「そうか」
「……ごめん、やっぱり、なんでもある」
リーゼは無表情で言った。
「今日は、一緒に寝て良い?」
「子供か?」
「……悪い夢、見そうだから。それに、いつも、子供扱いするじゃない」
「わかったよ。別に笑いはしない」
「……ありがと」
ランプの火を落とす。
寝台に潜り込んで来た震える妹の身はやっぱり小さくて、闇に雨の音が響いていた。
「あの女、何か言ってた?」
「色々話はした」
「……あたし、誰なんだろう? たまに、気が狂いそうになる」
「お前はリーゼだよ」
俺は闇の中手を伸ばし妹の頭を撫でてやった。
彼女の絹糸のような白金色の髪は相変わらず柔らかかった。
リーゼは強く抱きついてきた。
感じる体温は温かい。
というよりも、むしろ暑い。
雨の日だから多少は涼しいが、それでもまだまだ夏だからな。
ひっついてたら暑いに決まってる。
汗臭い。
よその大人の女とだったらまだ色気も感じられて気が慰められたりもするんだろうが、血は繋がってないとはいえ妹相手じゃそういうもんはあるわけなく、苦行以外のなにものでもない。
それでも我慢していると――さすがに、今のリーゼを跳ね除ける訳にもいかない――いつの間にか寝てて、朝になっていた。
とりあえず、感じたのは猛烈な腕の痺れだった。
「リーゼ、すっかり元気になったみたいだね」
ノーラさんは、猛烈な勢いで穴を掘っている童女を微笑ましそうに見やって、そんな事を俺へと言った。
「おかげさまで」
欠伸を洩らしつつ答える。
リーゼの奴、また調子に乗ってやりすぎないでいてくれると良いんだが。
後でクギ刺しとこう。
「……あれ、なんか、今度は代わりに君がえらいくたびれてるな?」
「うん? あぁ……昨日の夜は眠りが悪かったから、それかな」
最近は特に疲労が累積していた事もあって、なかなかキツイ。
「ふぅーん……君もあまり無理はするなよ? 辛い時はもっとおねーさんにたよりたまへよ」
「……ノーラさんて、けっこぉ、タフだよね。日々に疲れねーの?」
この人、大体いっつもベストコンディションな気がする。まぁそりゃ偶に調子悪そうな時もあるけど、大体は高確率で元気。
「ふ、オトナとしての年季が違うよ。慣れだな。自慢じゃないが、私の特技はいつでもどこでもしっかり遊んで気を抜いて寝ることだ!」
えへんと胸をはって桃色の髪のヴァルキリーはおっしゃった。
その特技は少し羨ましい。
「そうかい。それじゃ、悪いけど、本当に無理そうになったら頼らせてよ」
「うん」
早々頼る気はないけどな。
でも、まー……
いざって時に、頼れる誰かがいてくれるってのは、そうして存在してくれてるだけでも、気が楽になるもんだな。
「おーい、目覚めた男! こいつぁ何処に置いておきゃ良いんだ?」
声に振り向くと、幼馴染のグリエルモが荷竜車と共に現場に帰ってきたところだった。御者席についてるのは同じく幼馴染のセルシウス。
「ああ! そいつは、西の二番目に置いといてくれ!」
俺は声を張り上げて指差した。
掘と土塁の普請も今となってはなんだかんだでかなり進んでいて、広範囲となっていた。資材の置き場も、それに合わせて移動している。
「あいよ!」
グリエルモが答え、竜車が即座にクルリと向きを変えた。
御者台のセルシウスは手綱を握ったまま、腕を一振るいもしていない。相変わらず、魔術じみた竜捌きである。
伝心環という魔導器を使ってるのなら念話を飛ばしてるとかでまだ話は解るんだが、どうやってんだろうセルシウスのヤツ。
あいつもイマイチ謎なところがある。偶にわけわからない言葉使うし。
まぁしっかり働いてくれてるから別に良いけど。
そんなこんなで普請は進んでゆき、着工からおよそ20日ほどで、予定よりもずっと早く、空堀と土塁は完成した。
「……場合によっては、人数をもっと増やしたり、工期延長しなきゃと思ってたんだけど、というか最初はそうなると内心思ってたんだけど……逆に短縮されるって、どういう事?」
桃髪緑瞳のヴァルキリーが呆れ半ばに言った。
「リーゼさんとノーラさんの力ですよ」
「いやぁ、それなら、リーゼだな。そりゃ私も頑張ったけれど、私もそこそこ優秀なほうだろうと自尊はするけど、でも、君の妹は、霊技の事を考慮に入れても、なんというか――常識じゃない」
うん、知ってる。
いや、知ってたつもりだった。
伊達に「1人で50人分働けば良いのです!」とか言ってた訳じゃなかったな。
あれからリーゼさんには無理はさせなかったんだけれども、結局、無理しなくてもリーゼさん一人でノーラさんが当初設定したノルマである15人分以上の働きをやってしまっていた。
その為、なんだかんだ問題は起こりつつも予定の工期より大幅に早くの完成と相成ったのである。
指令貰った時、サー・アゼルヴァリスから、
「金は、普通にやるなら、三割ほど足らんが、お前なら問題ないな? 問題があっても、なんとかしろ。以上だ」
とか言われて『うわこの職場すんげぇブラックでしたか?』とか泣きたくなったものだったが、蓋を開ければ確かに普通に問題なかった。むしろ余裕である。かなり儲かった気がする。
……サー・アゼルヴァリスはこの結果、全部ではなくともある程度はもしかして、最初から見込みがついてたのかな?
えぇっと、具体的には、普請費用として渡されたおよそ1000ディナールからかかった費用を引いた分が俺の取り分だから、ざっと740ディナールの儲けか。
俺、リーゼ、ノーラさんの三人で三等分しても一人246ディナール、6ドラクマ、6オボロイの儲けだな。
……
うひょー! ソルヴィオドゥルム家万歳! 大儲けじゃー!
完成の報告を入れると、ソルヴィオドゥルム家から従士長が手勢を引き連れて検分に来たのだけれど「うむ、問題ないのぅ。ようできとる」と太鼓判を押してくれて、俺達は晴れて初指令の達成となった。
俺は自宅にリーゼさんとノーラさんを呼んで、報酬となる余った金貨を袋から出して卓子の上に小山状に積み上げた。
「ここにいる三人で三等分とし、それぞれへの報酬としよう!」
俺がホクホク顔で言うと、リーゼさんは喜んでくれて、
「わぁ、にーちゃん、ふとっぱらー! やったー!!」
と歓声をあげてくれた。
が、ノーラさんは微笑を弱めに浮かべて、
「……物凄く儲かったみたいで何よりだけれど、私は君からは報酬は貰えないよ」
と首を左右に振った。
……え。
どうして?
「私はあくまでサー・アゼルヴァリスからの、君への寄騎だからね。私の主君はサー・アゼルヴァリスであって、君ではない。君は私の上司だけれど、私は君に仕えている訳ではないから、君から報酬を受け取る訳にはいかないんだ」
……なるほど。
「じゃあ、ノーラさん、ただ働きなのか?」
心配になって尋ねると、
「いや、そりゃあ、勿論、今回の任務を受けるに際して、私も我が君から金子をいただいてるよ」
「いくらくらい?」
「それは言えない。でもまぁ……こんなに、多くは、ないかなぁ~」
緑瞳のおねーさんが金貨の小山を見つめる目は、少し羨ましそうで、未練がましそうだった。
うん、この中途半端感。
ノーラさんて一応清廉ではあるけれど、完全に物欲断ち切れてる訳じゃないよね。
「あははっ! ノーラ、かわいそう! やーい! やーい!」
「うるさいよっ! チクショー!」
うちの妹はなんでノーラさんを指さしてそんなに満面の笑顔なんだ?
折角ノーラさん頑張ってくれたのに、評価されないんじゃ、辛いだろうに。ていうか他人様を指さすんじゃないよ。
アリシアさんも俺もリーゼの教育間違えたかなぁ。トホホ。
しかし、そうなると、これから先だって、ノーラさん、寄騎として頑張ろうって気が段々消えていってしまうんじゃないだろうか。
「えぇと、どうしても、俺から分け前としてノーラさんにお金渡すわけにはいかないの?」
「それは駄目だ。誰が誰の臣下かわからなくなる。そういうことをやるから、例えば皇帝陛下の臣下の筈の目付けが、地方現地の伯爵の臣下のようになってしまって、皇帝陛下よりも監視対象の筈の伯爵を優先するようになってしまって、目付けとして機能しなくなるんだ。だいたいの関係において、往々にしてそのようになるから、帝国のあちこちで問題が起こる。起こっている。だから駄目」
きりっとした表情でレッカー村の守護神たる女傑はおっしゃった。
「……でも、でも、もしも、ケルヴィンくんがわたしを本当に評価していて感謝していて報酬をくれちゃうっていうのなら、君からサー・アゼルヴァリスにノーラはとても頑張ってましたとお伝えしてくれないかなぁ……私を君につけた事に対してあくまでサー・アゼルヴァリスへの感謝を表明し、その心の証として、君が私の分け前としてくれようとした分の金貨を、サー・アゼルヴァリスへと献上してくれちゃうというなら、私はとてもとてもとても嬉しい」
「……そうすると、ノーラさんにとって、プラスになるの?」
「うん。私の働きが認められれば功績がより増える。評価されれば私の今後に色々プラスだ。それに、即物的にも、サー・アゼルヴァリスは太っ腹じゃないけどケチでもないから、そうやって献上された金貨の何割かは、私にくだされると思うんだ」
「なるほど」
主君だとか配下だとか、騎士や騎士家に仕える従士の社会だと、そういうのが、必要なんだろうな。
俺から直接ノーラさんへ渡すのは駄目だから、俺がサー・アゼルヴァリスへと渡して、サー・アゼルヴァリスがノーラさんへと渡す、そういう手順が、この社会では必要なんだろう。
しかし、必要なんだろうとは思うけど、面倒くさい上に、あちこちに危険がある流れだよな。上位者が信頼できる相手じゃないと、やってられない。
まぁ、サー・アゼルヴァリスはちょっと怖いトコあるけど、そのあたりは信頼してもよさそうか。
「わかった。ノーラさん、それじゃ、そうしてみるよ」
「きゃー! ありがとうケルヴィンくんっ! ノーラ嬉しい!」
「にーちゃは人が好いなぁ……」
俺は一番働いてるのに三等分で文句言わないお前こそ人が好いと思ってるけどねマイシスター。
かくて、俺はノーラさんが今回、いかに頑張って活躍してくれてそれが普請工事においてプラスになったのかをサー・アゼルヴァリスへと報告した。
それと同時に、その役に立ってくれた彼女を俺への応援につけてくれたサー・アゼルヴァリスへと感謝の言葉を捧げ、そして志として金貨を納める事にした。
サー・アゼルヴァリスは特に俺の言葉に対して感銘を受けた様子も無く、能面みたいな無表情だったが、
「ケルヴィン、俺へと金貨を献上するというのは、良い心がけだ。受け取ろう。そして、ノーラの奴には俺から褒美を与えておく。それで良いな?」
こちらの意図はしっかり伝わっていたようで、そのようにおっしゃってくれた。
「……有難うございます!」
ははーっと俺は頭を下げた。
さて、あとは我がご主君は本当に言葉の通りに実際を履行してくれるのかどうか。
世の中、口先だけの上司や権力者なんて腐るほどいる、って話をよく聞くからな。言葉は飾れる、だから、実際に行われた行動をこそ見るべきだ。
後日、俺は関係者一同を集めて酒場で催された完成記念の宴の席で、ホクホク顔のノーラさんを目撃する事に成功した。
話を聞くに、どうやらさすがに全額はもらえはしなかったようだけれど、寄騎としての本来の報酬と合算するとだいたい、献上した金額と同程度にはなったらしい。
サー・アゼルヴァリスが良い主君で――少なくとも悪くは無い主君で――よかった、と俺はほっと胸をなでおろしたのだった。




