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視線

「一般人に対しては秘密なのだけれど、似たような力を持つ者同士、君には教えてあげよう。人の視線にはな、微弱ではあるが霊気が宿っているんだ」


 先日の飲み会の席で俺にそう語ったのはノーラさんだ。

 曰く、霊気の質は人それぞれ微妙に違うという(そういえば、精気ジンの光でもリーゼさんは白だが、俺の光は夕焼けに似た黄金色だ)。

 だから、視界の端程度ならともかく、視線の焦点が中る部分ともなると収束され、霊技を一定以上のレベルで修めている人間には、微弱な霊気の照射を感じ取る事ができるのだという。

 そして、さらなる熟達者ともなれば、その霊気照射から感じ取る質の違いにより、それが誰からのものか解るのだと。


「だから、私は誰が私の何処を見ているのか、感じ取れるという訳だ」


 かなりの酒精が入っているノーラさんは赤ら顔で俺へと身を寄せてくると、にひっと口元綻ばせて、悪戯っぽい光を緑色の瞳に湛えて俺を見た。


「ねぇケルヴィン、知ってる? 男どもからじろじろ見られるのはウンザリだけど、さっぱり見てこない男というのも、それはそれで微妙な気持ちになるの。だから、君はね、礼儀を弁えていて塩梅が良いんだよ。かわいいヤツだなー少年!」


 よっぱらいのおねーさんはケラケラと笑った。

 その時、俺は恥ずかしくて思わず、そんな事ばっか言ってるから男に逃げられるんだよ! とノーラさんへと怒鳴って直後に頭をはたかれたりもしたのだが、まぁそれはどうでも良い。


 どうでも良くないのは、つまり、霊技の使い手であるノーラさんが、視線を感知するなんて芸当を使えるのならば、精気ジンの使い手である俺だって、同じ事が頑張れば出来るのではなかろうか? という事だ。


 人は普通、後ろに目はついていないが、見ることが出来ずとも感じ取れるのなら、死角を減らせる。

 これはかなり身を守る為の役に立つ筈だ。


 そして精気ジンといえばリーゼさんである。

 精気の技にはそういうのない? と尋ねたところ、


「ありまする。基礎の一つにござる」


 あっさり頷いてくださった。


「……精気ジンだと基礎なの?」

「はい。肉体強化の法と並んで基礎基本の技の一つにござる。精気ジン使い同士の斬り合いとなると、視線を散らして見ないように見たり、敢えて見て牽制や騙しに使って裏を取ったり、等々の駆け引きが発生するのですが、それらは互いに視線を感知する能力を有するが前提ですからね、いっぱしなら出来て当たり前です」


 なるほど。

 センゴク世界ではそーゆーもんだったのか。


「そうですね、良い機会ですし、そろそろ兄上様も感知能力を鍛え始めるのがよろしいのですよ」


 というトラヒメモードなリーゼさんからの勧めもあって、俺は人からの視線を感知する為の訓練を開始した。

 アシハラシントウリュウの達人さん曰く、視線を感知する為には、精気ジンを身体の外側に巡らせて纏い、第二の皮膚と成すのだとか。

 まぁそんな調子でうっすらと精気ジンを纏う己をイメージしつつ、空いた時間を見つけては俺はちょくちょくと特訓をした。


 一方、空いていない時間、仕事の方は、着工初日からトラブルはあったが、堀と土塁の普請工程はそれでもノーラさんの監督指揮のもと、皆で頑張ってなんとか進めていった。

 先日はリーゼさん関係で問題が起こったが、他にも問題っていうのはやっぱり起こるもので、その度に紆余曲折、どうにかこうにか進めていったっていう表現がまさにぴったりくる有様だった。


 まぁ、頭からつま先まで、徹頭徹尾、寄せ集めだからなぁ。


 代理監督のノーラさんは有能だし頑張ってくれてるけど、責任者である俺が俺だからな。所詮15歳の餓鬼である。

 だから、俺は毎晩クタクタだった。


 けど、俺はそんなザマだったけど、でもだからって倒れる程、ヤワでもなかった。

 それまでの農民としての日々だって結構体力勝負な所はあったし、何より、倒れてなんていられないからな。

 でなけりゃ――グレゴリオもアリシアさんも鼻で笑ったりはしないだろうが、俺が俺を許せなくなる。


 要するに意地だ。


 俺は疲労しつつも従士副長として暮らす日々の中で、感知の技術を磨いていった。

 教官たるトラヒメリーゼさんはさすが達人だけあって、教え方も上手く、やがて俺もなんとか、人からの視線を精気ジンを意識して巡らせれば、感じ取れるようになった。

 そして気づいた。


――見られている。


 俺は気づいたのだ。

 正体不明の何者かに、ずっと見られていると。





 紺碧と紅蓮の朝焼けが混じる黎明、帝国辺境の空と大地の狭間に鐘の音が鳴り響いてゆく。

 夜明けだ。


 魔物の襲来時に短く乱打されるのは鉦だが、毎日一定の時刻ごとに長く尾を引いて鳴り響くのは教会の鐘の音である。

 時を管理するから教会に権力があるのか、権力があるから時を刻む鐘を鳴らすのか、その関係について考察を巡らせた本を読んだ事があるが、俺も私見を述べるのなら、きっと卵が先か鶏が先かというものだと思う。

 メリディアの大地において、法皇の祖――輪廻転生が本当だというのなら同一人物――は人を率いた。

 人を率いた者が法皇となった。

 そして皇帝の祖を導き、共にこの大地に帝国を打ち立てた。それがメリディア帝国、俺達が暮らしている国の成り立ち。


 金は金が集まる所に集まり、人は人が集まるところに集まる。力もまた、力が集まる所に集まる。

 だから、卵が先か、鶏が先か、そういうものだったのではないかと。


「兄上様、腕前をお上げになられましたな」


 夜明け過ぎて朝を告げる定刻の鐘が鳴る中、満足そうな笑顔を浮かべたリーゼさんがふぅ、と息を吐いてのたまった。

 ちっちゃな女の子の眼前の卓には空になった食器が並んでいる。


 俺がリーゼさんより確実に優れている点があるとすれば、それは料理の腕前だろう。

 悲しいな。

 タカは知れているのに。

 我等兄妹は料理が得意でないでござる。


 まぁ俺は一応、そこそこ美味く喰えるものを作れる事は作れるんだが、酷く大雑把な男の料理だし「美味い!」と舌鼓を打てる程に上等なもんでもない。


 アリシアさんは、料理、上手かったんだなぁ……


 そんな有様だったが、リーゼさんは俺の作るものに文句は言わず、それどころか美味そうに喰ってくれる、ありがたい話である。

 三連続お粥とかやると流石に文句いうけどね。


 ちなみにリーゼさんにも一度作って貰ったことがあったんだけれど、なんというか『苦痛を感じずに栄養の補給はできます』という具合だった。

 食べられない程に不味くはないけれど、だからといって美味いかというと、そうはとても言えないとゆー微妙な塩梅だった。

 曰く、トラヒメは料理あんまりした事なかったらしい。

 まぁでもセンゴクメモリーに目覚める前のリーゼさんに比べれば格段に優れている。

 え、目覚める前の妹が作る料理の味はどうだったのかって?

 落雷のような味だったよ。


「お粗末様」


 二人暮らしになってからろくな食生活を送れていないというのに、それでもニコニコしている妹に少し不憫さを感じつつ、俺は食器をまとめて台所で洗った。

 朝の細々とした事を済ませ、身支度を整えると、普請現場へと向かう為に、俺はリーゼと共に白石造りの長屋あぱーとの部屋から出た。


 俺達の部屋は家賃の安い三階にあったから(基本的に地面に近いほうが良い部屋で値段が高い、井戸から水を汲んで運ぶ手間とかがあるからな)出かけるときは石の階段を降りてゆく事になる。


 そして、妹と二人、階段を降りきった時、俺は身に視線を感じた。


(――まただ)


 ほぼ毎朝、俺は、俺達は誰かに見られていた。

 しかし、視線のもとへと振り向いても、そこには誰もいなかった。

 だから、初めは気のせいかとも思ったのだ。

 だが……精気ジンを身に纏い感覚を研ぎ澄ませて見れば、間違いようはなかった。

 確かにそこに、人が、いる。


 俺達は同一の誰かに、毎朝、見られている。


 振り向いた今は、建物の陰にその姿を引っ込めただけだ。

 だから俺達をずっと毎日毎日見ている誰かが、その壁の陰に今も身を潜めているのだ。


「気にする必要はないですよ」


 昨晩、リーゼさんに相談したのだが、その時の彼女も今と同じ台詞を言った。

 笑みを消し、人形のように無機質な無表情で、淡々と。


「見られているだけなら、害はない。人からの視線というのは、気にしすぎても埒があきませぬ」


 だから捨て置け、という事なのだろう。

 まぁ、そうなんだろうな。

 俺はいまいち慣れなくて、落ち着かないんだが、リーゼさんは落ち着いたものだった。

 このセンゴク童女さんは、精気ジンの達人であって、前世の記憶に目覚めた時から視線を感知しているし、前世でもずっとそうして生きてきたトラヒメの記憶もあるのだから『人から見られている』と感知することに対して、既に慣れがあるのだろう。


「……そうだな」


 俺は頷いて、リーゼさんに習い、視線を無視して歩き出した。

 気にはなっているんだが、こういうのは、気にしすぎてもしょうがないものなんだろう。

 だから務めて気にしないで仕事場へと向かう。

 炎天の下、今日も一日、普請工事が始まる。

 穴を掘り、土と粘土と砂利を混ぜ、盛って叩く。水を撒き、乾かし、また叩く。

 ノーラさんの指揮を見つつ、そのやり方を覚えてゆく。遠くない今後、俺も人を指揮しなければならない。

 昼時に飯を食べながら、グリエルモやセルシウスと馬鹿話をして笑った。

 陽が暮れて酒場で皆で飲み、夜になったら家に帰って、こまごまとした事を済ませて寝る。

 目を開ければ、また朝だ。

 朝食を食べ仕度を済ませて表に出て、階段を下りる。


――また視線を感じた。


 その日は曇天だった。

 薄暗い朝、振り向いても、視界の中には誰の姿も映らなかった。

 そこにいるのは先ほどまで感じていた視線の精気ジンから解っていたのだが、建物の陰になっていて姿は見えない。

 しかし、あちらから見えるという事は、こちらの位置からも振り向けば視線が通る筈なんだが、一度もその姿を視界の端にさえ捉えられていない。

 俺が振り向く動作に合わせて、顔を引っ込めてその都度、建物の陰に隠れているのなら、恐ろしく素早いな。


 だがまぁ、無視して現場へと向かう。


 仕事をこなして、家に帰って寝る。

 また朝がきて、長屋前の道の上。


 また視線を感じる。


 日々を繰り返す。


 次の日も、見られていた。

 その次の日も、見られていた。

 その次の次の日も。


 見られている。

 見られている。

 見られている。


――飽きない奴だ。


 何故、俺たちをそう毎日じっと見続ける?

 視線の主は、一体何者なのだろうか?


 リーゼさんは気にするな、といったが、ここまで続くとさすがに気になってくる。


 視線を感知する能力というのは、便利ではあるが、なかなか、便利だけでは済まないものらしい。煩わしくなる。


 その朝、とうとう我慢しきれなくなった俺は、振り向かずにリーゼさんへと告げた。


「ちょっと、見てくる」


 妹からの返事は待たずに精気ジンを足に集中させ、視線の源の方へと振り向きざまに飛び出す。爆発的に加速する。

 唸る風を裂き、俺は数十歩の間合いを瞬く間に詰め、建物の陰に飛び込んだ。


「えっ……!」


 戸惑ったような女の声が聞こえた。

 彼女は、驚いていた。

 俺の速度が予想外だったのか、まさに魂消たまげた、という様子で青い瞳を大きく見開いている。

 俺も、彼女の姿を見て、驚いた。


 そこには、建物の壁に背をつけ、磨かれた鏡を手にし、腕から籠を提げたプラチナブロンドの長い髪の、小柄な女が立っていた。

 一見では二十代半ば程度に見える。

 麻色を基調としたゆったりとした農婦ペザントドレスにメリハリのある身体を包んでいる。

 肌色は透き通るように、病的なまでに白く、瞳は南の明るい海の色。


「アリシア、さん……?」


 そこには、死んだ親父の再婚相手にしてリーゼの実母である、小柄ながらに美しい女性が立っていた。


「ケル、ヴィンさん、足、そんなに、はやかったんですね」


 呆けたように彼女は呟いた。

 そういうレベルの速度じゃないけどね。精気ジンで強化してるから。


「鍛えましたので」

「そうなんですか」

「はい」


 沈黙。

 アリシアさんは手に持っていた鏡を下ろした。

 鏡を使って角度を付けて見ていたから、振り向いても、姿が見えなかった訳か。


 なるほど、工夫されている。

 さすがアリシアさん、賢い。


 小賢しい、といったほうがこの場合、適切なような気もするけどな。

 そんな小道具を持ち出してまで、俺達に気づかれたくなかったのか――とも思うけれど、あんな別れ方したから、顔合わせたら気まずくはなるわな。

 だから、気づかれたくなかったっていうのは、わかる。

 だって、今、現在進行形で、非常に気まずい。


「なにやってんの」


 冷たい声が響いた。

 ござる調じゃないリーゼさんの声だった。呆れた声とかではなく、機械的に無機質に淡々としていた。落ち着いていて、底冷えのする声。

 誰に向けて言った言葉なのだろう?

 アリシアさんに向けてだろうか。

 それとも、放っておけと言ったにも関わらず、正体を確認しにいった俺に対してだろうか。

 振り返ると、アリシアさんをそのまま幼くしたような、さらに小柄な娘が立っていた。表情は無い。


――リーゼ、気づいていたな、視線の主の正体に。


「おはようリーゼ」

「にーちゃん、いこう」


 人形じみた妹は俺の腕を掴んだ。


「皆、あたしたちが来るの待ってる。くだらない事にかまっている暇はない」


 俺は、ああ、と頷いて――視界の端に立つ女性が、微かに悲しそうに表情を歪めたのを見た。

 気づくと、思わず言っていた。


「――悪い、リーゼ、お前、先に行って、ノーラさんに現場の皆をまとめて先に作業を開始させるよう伝えてくれるか」


 無表情の女の子は答えなかった、すぐには。

 遠くから、教会が鳴らす、時を告げる鐘の音が聞こえてきた。

 誰も喋らなかった。

 最後の一打が鳴ってから、リーゼが沈黙を破った。


「バカ」

「有難う」


 妹は不満そうに俺を睨んで、それから、彼女の実母と視線を決して合わせぬまま、漆黒のタバードを翻して、彼方へと去っていった。

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