リーゼとの約束
空が青い。
南の辺土の夏の空では、今日も太陽が皓く眩しく輝いている。
休憩終わって昼下がり、ザクザクと、あるいはガッと鉄を硬い土に喰いこませる音に混じって、男女の威勢の良い声が響いている。この時間帯だと特に年齢の幅が広い。
下は俺のような十代半ば程度の若者から、上は初老一歩手前という大ベテランまで、無論、働き盛りの青年や壮年も多い。
前日までと同じく衛兵隊関係者が主だが、長子に比べれば村中では暇してると思われる次男以下の農家の人達や、あと普段教会の慈悲の世話になってる人などもちらほらと混じっている。
普請現場には村中から色んな人が集まってきていた。
衛兵隊長はホントに顔が広いようだ。これでなんで友達いないんだ? 人徳?
そんな人々と共に鋤で土を盛って、槌で叩き固めていると、荒野の彼方から、リーゼさんが真っ直ぐに俺のほうへと歩いてくるのが見えた。
俺が気づいたのは、豆粒みたいにちっちゃく見える距離だったが、視線が合った気がする。
俺もリーゼさんも目は良いからな。
まぁそれはそれとして。
さて。
……どうしたもんかね。
「おかえり」
リーゼさんが近くまで戻ってきた時、俺は作業の手を止めて、とりあえず声をかけた。
あまり日焼けしない白肌の妹は硬い表情をしている。
緊張しているのだろうか?
けれど視線は真っ直ぐに俺を見ていた。
背の低い童女は少し息を吸ってから、
「ごめんなさい」
俺に深く頭を下げてきた。
職場放棄していきなりいなくなった事に対して、責任を感じているのだろう。
頭を下げる小さな妹の姿に、俺は我知らず顔を顰めて、右手で己の頭を掻いていた。
「……身体の具合は、どうなんだ?」
なるべく声が硬くならないように気をつけながら問いかける。青い瞳の女の子は顔を上げて、
「もう大丈夫です」
「本当に?」
「本当です」
確かに血色は悪くなさそうなんだよな。相変わらず白いけど、昨日の朝にうんうん唸っていた時のような病的な白さではない。
俺は息を吐き出した。
すると、胸のあたりがすっと軽くなったような感触がした。
「なら良いんだけどさ……一体何があったんだよ?」
どうしていなくなっていたんだ。
「それは」
白金色の髪の女の子は蒼い瞳を伏し目がちに、視線を落とした。
「……言い訳になると思うの。武者として、ううん、帝国女子として言い訳をする在り方は相応しくないと思うの」
俺は目を瞬かせた。
言い訳ときた。
……え、えーっと。
うちの妹って、確かまだ、十二歳、だったよな?
「そ……そこを押して、話しちゃ貰えない、かな?」
俺は努力してへらっと柔らかく軽い感じに笑いかけながら妹へと尋ねた。
リーゼさんが顔を上げ、翳を帯びたサファイアみたいな瞳と視線が合う。
「えっと、今のリーゼさんに、在り方への拘りや信念があるのなら申し訳ないのだけれど……俺は、なんでリーゼさんがそういう行動を取ったのか、知っておかなけりゃならない」
一応、俺がこの現場の責任者だからなぁ。
リーゼさんはもう大丈夫だって言ってるし、問題は既に解決されているのかもしれないけど、どんな問題が起こっていたのかは、最低限、把握しておく必要がある。
正直、言い訳は帝国女子として相応しくないと思います! とかいきなり言われても戸惑ってるところなんだが……これ多分絶対、センゴク・メモリーに目覚めた関係だよな。
だって今までリーゼさん、言い訳がどうとか、そんな事を俺に言ってきた記憶がねーもん。
前の『リーゼは昔から天下系女子だったのです』くらいいきなりだよ! これ絶対、トラヒメの記憶の影響だよ!
で、その前世の記憶を行使するうちの妹も、これでけっこー、頑固なトコがあるからさぁ。
『言い訳は悪いとか良くないとかそーゆーのはいーから、とにかく訳をしっかり話してくれ』
とか言っても話してくれない気がするんだよな。
リーゼさんが俺の言う事にだいたい従ってくれてるのって、俺のだいたいの言動に対して彼女がだいたい好意的で、だいたい納得しているから、受け入れているからに過ぎない。
彼女が納得しない事を俺が言ったりやりだしたら、たちまちのうちにリーゼさんはそっぽむくだろう。マイシスターはおにーちゃんの言うこと聞いてくれなくなるだろう。
実際、前に俺がアリシアさんと言い争って夜に丘上でロングブレード振ってた時、やってきたリーゼさんに「お前は家に帰れ」って言っても「やだ」の一言でまったく帰ってくれなかったしな。
だから、俺としてはリーゼさんの気持ちに出来るだけ配慮した聞き方を選んだつもりだった。
プラチナブロンドの童女は幼い顔を少し不満の色に歪めて、大人のように眉間に皺を入れながら青い瞳で俺を見上げて、
「……それは、主君としての命令ですか?」
と逆に尋ねてきた。
命令ですかと来た。
うちの妹がとっても面倒くさいんですが、どうすれば良い?
この面倒くささは――俺の妹だな! うん!
うーむ、素直に言うなら、命令っていうのは、俺は基本的に嫌いだ。
するのも、されるのも嫌いだ。
兄妹だからきっと、リーゼさんだって嫌いだろう。
だから『いや、命令じゃなくて、お願いだよ』とか答えたほうが角が立たなさそうな気がする。
するんだけども、
「――ああ、命令が必要だっていうのなら、命令する。話してくれ」
ここでお願いだとか言うのは、責任逃れの為の無責任な誤魔化しな気がするんだよな。
現場の責任者として義務に対して最善を尽くすなら、命令が必要だというなら、命令すべきだろうから。
「……わかりました、ケルヴィン兄さん」
ブロンドの童女は硬い表情のまま頷いた。
「朝、あたしがこの場を離れたのは……いざ作業しようと思ったら、精気がまったく操れなくなっていたからです。だから、吃驚してしまって、兄さんや周りの人に知られたら不味いと思って、焦ってしまって、混乱してしまって、とりあえずこの場からの撤退を選んでしまったんです」
淡々とした口調でリーゼさんはそのようにおっしゃった。
……なかなか、太古から生きるドラゴンがその口から吐き出すという爆裂火炎球クラスに、ヤバイ事を言ってくれてるような気がする。
リーゼさんが精気をまったく操れなくなった?
それは、ちょっと、不味くないか……?
というか、普通に不味い。
うん、色々と、極めて不味い……!
だって、サー・アゼルヴァリス率いるソルヴィオドゥルム家が俺たちを引き入れたのは何故だ。
理由が一つでないにしても、その最大は明白だ。
リーゼさんが強いからだ。
そして、リーゼさんの武力は精気によって支えられている。
精気が操れなくなったということは、リーゼさんから武力が失われたという事だ。
今の俺達兄妹の生活は、ソルヴィオドゥルム家によって支えられている。
生家は、飛び出したからな。
食い扶持は、ソルヴィオドゥルム家から貰っている。
住居だってソルヴィオドゥルムの世話になっている。
俺達兄妹は生活の基盤を何から何まで頼っている。
だが、リーゼさんから目当ての武力が消えたとしても、ソルヴィオドゥルム家は俺達への待遇を同じに維持し続けてくれるだろうか……?
疑問だ。
問題はそれだけじゃない。
そういう根本的なこともそうだけれど、まず目先の、この土塁の普請が、リーゼさんの力抜きには、期限内にかつ所持資金以内では完了できなくなるんじゃあるまいか。
もし、そうなると、さらに色々不味い事になる。
うんそりゃ、リーゼさんも焦るわな。ハハッ。
今日は暑いからな……
顔から汗が流れ落ちるのは自然現象だ。
ああ、そうなっても、俺がなんとかするよ、と言いたいし、少なくとも気持ちの上ではそうだが、実際、なんとか出来るかと考えると、少なくとも簡単ではないよな、コレ。
……
…………あれ? でも。
「……『もう大丈夫』ってリーゼさん言ったよな? 今はまた使えるのか?」
「はい、今はまた元通り精気を使えるようになっています」
こくりと童女は頷いた。
深く長い息が、俺の口から吐き出された。
「心配かけてごめんなさい」
リーゼさんはまた深々と俺に頭を下げた。
俺は頭を掻いた。
「うん……いや、良いよ。そこまで神妙にならなくって良い」
リーゼが顔をあげた。
けどそこまでならなくって良いと言っても、この女の子の表情はまだ硬かった。
昔っから家の仕事をよく手伝ったり真面目なとこは結構あったけど、センゴク・メモリーがインストールされてからさらに増強されてるよなぁ。
「それより、なんで精気が使えなくなってたんだ?」
いきなり精気が使えなくなるとか、俺としても他人事じゃない。
今となっちゃ俺も精気使いだからな。
「ん……それは、なんかノーラがごちゃごちゃ言ってたけど、要するにリーゼに根性が足りなかったの」
……精気って根性に左右されるもんなのか?
「なぁリーゼ、それじゃケルヴィンからしたら訳がわからないと思うよ」
噂をすれば影って言葉が世の中にはあるらしい。
ていうかごちゃごちゃ言ってたという言葉から察するに、俺よりも彼女へと先に精気が使えなくなってた事を話したんだろうか。
リーゼさんと彼女の普段の相性を考えると、リーゼさんが素直に彼女へと相談するとは思えなかったけど。
ふむ。
何か、俺が現場で働いている間に、二人の間にはやりとりがあったのだろうか。
リーゼさんの青い瞳が半ば閉ざされ、睨むような視線が向けられた。
「む、ノーラ」
妹の視線の先を見やると、作業服姿の桃色の髪のお姉さんが苦笑を浮かべて立っていた。
ノーラさんトレードマークの羽付き兜は普請現場だと外してるんだよな。
「……と、いうと?」
今までの話は聞いていたんだろう、ノーラさんはさらっと答えてくれた。
「リーゼが一時的に使えなくなっていた理由だけれど、それは、君達が目覚めたその力というのが、生命の根源を操る力だからだよ」
彼女の口ぶりは確信を秘めていた。
うーん……
「ノーラさん、精気について、どういうものなのか、知ってるの?」
「おそらく、知っている」
え、ノーラさん、マジで知ってるの?
精気って異世界の力だよね?
「君達が精気と呼ぶそれは、私達がルーアッハと呼んでいる力と同種のものだと思う」
聞き覚えの無い単語がでてきた。
ルーアッハ?
「ルーアッハというのは、帝国語で言うなら霊気という意味の言葉だ。これを行使する技術を霊技という」
霊技、ねぇ。
「地域によっては、神通力とか、魔力だとか鬼力だとか呼ばれるものさ。神術、魔法、鬼道とね。細かい違いは色々あるけれど、要するに全部、万物を構成する根源たる力を操る技法のことを言う」
神通力だとか魔力だとかは聞いた事がある、というか本で読んだ事がある。
法皇様達が使うのが神通力を用いた神術、魔女や魔法使い達が使うのが魔法だ。
それらは皆同じものであると……ふむ。
「精気も同様に名前が違うだけで、同じものだと?」
「うん、根本的にはね。細かな違いはあるけれど、大元は同じだって考えると色々合点がいくんだ。だから、リーゼがいきなりその力を使えなくなっていた理由も、察しがついた」
レッカー村を守る為にずっと戦いに生きてきたという達人に曰く、
「霊気というのは――様々な名称で呼ばれるそれらは――万物を構成する根源たる力なんだよ。それは生命そのものであると、私は師から教えられた。人を形づくる血、肉、骨、すべてに霊気は宿っている。霊気が宿っているからこそ、それらは形を成せている。霊気を著しく失うと、人は人であれなくなり、壊れて死ぬ」
どっかで聞いたような話だ。
ああ、確かに、リーゼさんが俺に対してした精気というものの説明に似ている。
「つまり、人の身体には霊気が必要なんだ。リーゼは今、成長期だろう? 成長の為に、豊富な霊気が必要なんだ。けれど、君達が使う力は、身に宿る霊気を消耗する」
成長期に生命の根源たる力を消費するというのは、身体に良くないと。
まぁ、当然良い訳がないよな。
「リーゼが体調不良に陥ったのは、一番の原因は、華奢なのに体力を使いすぎたからだと思われるけど、同時に、霊技に似た技を長時間使用し続けて大量の生命力をその小さな身体から失ったからじゃないかな。大人ならまだしも12歳のリーゼの肉体に、それはとても負担だよ。おまけに北の森での激戦から、ソルヴィオドゥルム家に仕えるようになったり、生活環境が大きく変化する中で、それだもの、疲れも溜まっていただろうし、常よりも負担はさらに増大してたと思う」
だから、そんな中で、体力も生命力も著しく消耗したから、リーゼさんはあそこまで体調を崩してしまった、と……
「負担を強いられた身体が、本能的に、本人の理性とは別に、無意識的に生命力の燃焼を抑えようとしたんだと思う。燃焼が過ぎると細胞が壊れて全身から血を吹き出して死ぬからね。身体に備わっている防衛本能だよ。生命力の喪失を恐れて、その力の行使を抑制したんだ。子供のルーアッハ使いだとそういう事が起こると聞いたことがある。子供がルーアッハをそこまで使えるなんてのが普通はないから、とってもレアケースらしいけどね」
……なるほど。
俺は精気も霊気も詳しい訳じゃないので大雑把にしかわからない。だが、理性が精気を燃やせといっても、本能が恐れて拒否する、ありそうな話ではあると思った。
そういう事があるのだとして、
「それじゃ今、リーゼさんがまた使えるようになったのは、体調が回復したから?」
「根本的には、そうだと思う。でも、前例だと、一度使えない状態になると、トラウマみたいになって、結構な期間使えなくなってしまったと聞いたよ。だから、今また使えてるのは、回復したとか成長したとかいうよりも、リーゼが凄く、負けず嫌いだからじゃないかなぁ」
……えぇと。
どういうことだ?
「――ノーラから話を聞いて、もしそれが正しいならって思ったら、腹が立ったの」
リーゼさんがむっつりとした表情で言った。
「トラヒ、物語の中の武者なら絶対にそんな情けない事にはならないの。あたしがリーゼで、あたしの身体の主君はあたしなの。本能とかいうものではないの。あたしが精気を燃やすと決めたら燃やすの」
…………なるほど、これはまさに、気合だね。
ああ、だから、リーゼさんは『根性が足りなかった』って言ったわけか。
根性一発でなんとかしてしまううちの妹を、さすがリーゼさんと感心するべきか呆れるべきか……
俺よりリーゼさんのほうがよっぽど大将っぽい気がするんだけど、なんでこの妹は自分でやらないで、俺なんかを大将に立てようとするのかね? どう考えても俺はそういうのあんまり向いてない気がするんだが……ああ、その理由は前に聞いたか。寂しいって言ってたな。
根性あるのに一人は寂しいから嫌って、イマイチよくわかんねーな。少なくとも俺にはわからん。だって、根本的には人は一人で生きるもんだろう。
兄妹でも、理解できないことはある。
ただ、ともかく、今のリーゼさん、すっごく危ない状態なよーな気がするんだよな。
だって、話を聞くに、身体が拒否してるところへ、気合やら根性やらの意思の力で無理矢理に言うことを聞かせて精気を燃やしてる訳だろう? これこそ、身体に良い筈が無い。
案の定、ノーラさんが言った。
「そういう訳で、リーゼは問題は解決した気になっているみたいだけれど、私としては、成長期途中のリーゼにその力を使い続けさせるのは、あまりお勧めしないね。身体への負担が重過ぎる。身体が伸びきるまで、余裕を見るなら五年。せめて、あと三年は本格的な霊技の使用は控えさせたほうが良いと思うよ」
ですよねー。
そうなりますよね。
ごもっとも。
しかし、リーゼさんはこのノーラさんの言葉を拒絶した。
「ノーラ、大きなお世話なの。用法用量を守って正しく使用すれば、何も問題はないの。あたしは精気の取り扱いに関して専門家なの。今回のことはたまたま知らなかったけれど、精気のことについてはノーラなんかより、よっほど沢山知ってるの。そのあたしが問題ないと言っているのだから、問題ないの」
そう強い語調で言う童女へと、一方のアラサーおねーさんは疑わしそうな視線を向けて、
「えぇ……? すぺしゃりすとってリーゼは言うけどさぁー……そうはいっても君はその力、ついこの間、目覚めたばかりだろう?」
すると、リーゼさんは青い瞳を細めて口元に薄く笑みをひいた。
背筋がぞくっとするような、妖しさと凶悪さが宿ったように見えた。
「……ふぅん? ノーラ、疑うの? ノーラ、あたしの力を、疑うの? あたしの力と知識について、もう一回、あたしは、ノーラへの証明が必要なの?」
目の錯覚かもしれないけれど、12歳の女の子がして良い顔じゃないように、おにーちゃん思うんだけど、妹よ。
気のせいかな。
気のせいだよね。
「ケルヴィン!」
ノーラさんの顔が一気に青くなった。
百戦錬磨のヴァルキリーは存外に小さな肩を震わせながら俺へと訴えてくる。
「君の妹はスペシャリストだ! 目覚めた力を達人のように操れる! 神がかり的に巧みだ!! だから大丈夫だ! 問題ない!」
ええい、根性なしな大人めー!
たぶん、リーゼさんにボッコボコにされた時の事を思い出したのだろうな。
あっさり意見翻したうえにそんな泣きそうな顔するんじゃないよノーラさん!
あんたレッカー村の守護神とまで呼ばれる女戦士だろう!
まるでうちの妹が怖い存在みたいじゃないか。うちの妹はちょっとお転婆さんなところもあるけども、とっても優しくて良い子なんです!
「なぁリーゼさん、身体に悪いのなら、精気使うのは、大人になるまで控えたほうが良いんじゃないか?」
「だ・か・ら! 身体に悪くなんてないの!」
苛立ったように叫ぶマイシスターはギランと眼光鋭く俺を睨んできた。
まるで山ほど人間をゴミのようにブチ殺してきた悪魔のような目つきだ。そう、虎の姫。猛虎だな。
その視線を真正面に立って受けて、俺は、なるほど、こいつはイカンと思った。
「――コラッ、リーゼ! 女の子がそんな目つきするんじゃありません!」
由々しき問題だ。
気合が入る瞬間があるというなら、今この時こそだった。
「そんなんじゃお嫁さんの貰い手なくなってしまうでしょう?!」
「げっ……ああ、もうっ、バカノーラ!!」
この期に及んでもノーラさんを罵るとは。
説教せねば。
「リーゼさん」
「えぇと、違うの、にーちゃん、違うの」
「何が?」
「うん、確かに、ノーラのいうことも間違ってはいないけれど、身体に悪いというのは、精気を使いすぎた時だけなの」
白金色の髪のちっちゃな女の子は、慌てたように話題を大本の所へと戻してきた。
あぁん?
「だから?」
「そ、その、あたしは、こんな失敗はもう二度としないから、だからだいじょーぶなの!」
ふぅん。
それなら良いんだがね。
問題は、
「……本当に?」
真偽が問題だ。
俺はじーーーっと妹を睨み据えた。
「本当なの!」
「適当なこといって俺を誤魔化そうとしてない?」
「してないの。今回は本当に本当なの!」
うーむ。
「にーちゃ、にーちゃは、リーゼのこと、信じてくれるよね……?」
うるうると目を潤ませて上目遣いに探るように童女は俺を見てきた。
むぅ。
「…………それでもやめろっていったら?」
「悪くないのにやめろって?」
リーゼさんは不満そうに頬を膨らませた。
うちの妹は口を尖らせて、しかし、はっきり言った。
「そればっかりはにーちゃんの言葉でも聞けないよ。この力を使わなかったら、家も天下も取れないじゃない。あたしが使うっていったらあたしは使うの。こればっかりは、にーちゃんの指図だって受けないよ」
むぅ、やっぱり、こいつは俺の妹だ。
けどなぁ、
「悪くないとリーゼは言うけどな、お前のその言葉は本当に正しいのか?」
「正しいと、少なくとも、あたしは信じるの。そのようにしてみせるの。だから、にーちゃんも、あたしを信じて欲しい」
リーゼさんは未来を睨む光を宿した青い双眸で、真っ直ぐに俺を見据えていた。
真っ向から見てくるこの青い瞳、リーゼって、やっぱりアリシアさんの娘だよな。
「……無理だけは本当にしないって約束できるか?」
俺は小指を立てて右手を差し出した。
「約束する」
リーゼさんも神妙な顔で小指を立てて右手を差し出してきた。
小指と小指を絡めて、お決まりの文句を唱えながら、ぶんぶんと振る。
「よし、約束だぞ」
「うん」
頷くリーゼへと俺は言った。
「この約束は破るなよ」
人は一人で生きるものだ。
誰だろうが何だろうが依存はしない。
けれど、俺は、リーゼに倒れられて、もし彼女が酷い事態になってしまったら、とても悲しい気持ちになるだろう。
俺の家族はもうリーゼしかいないから。
「この約束を破ったら、あの世にいっても末代まで怨む」
俺を見つめる童女の顔がひきつった。
「破らんのだろ? なら、何故、何を怯む?」
「うん、それは、そうなんだけど」
「天下は取らないし、家なんてのは、のんびり取れば良いんだ。別に五年後から改めて始めるのだって構いやしない。焦る必要はないんだ。その間の生活くらい、俺がなんとかする。するさ。だから、無理はするな」
「……………………うん、わかったの。約束は守るの。無理はしないの」
こくりとリーゼさんは頷いた。
そして小声でぼそっと言った。
「……無理しない範囲では、使うけども」
まぁそういう約束だからな。
やっぱり、だいたい、うちの妹は頑固なヤツだった。
「あー、あとな、仕方ない時もそういうのが必要な時もあるんだろうけれど、なるべく普段は、ああいった、魔物みたいな目つきをするんじゃあありません」
「なんで?」
「リーゼさんは女の子でしょ。さっきも言ったけど、お嫁さんの貰い手なくなってしまうぞ。なるべく、村の人達に怖がられるべきじゃあない」
「……既にすっごい、今更な気がするの。そうね、にーちゃんは、最初からずっと、そーいう方針でいてくれたんだとは思うんだけど、あたし、ノーラ達をやっつけちゃったから」
「それでもだ」
俺はきりっとした顔でいった。
妹をいかず後家にする訳にはいかない。
俺は使命感を帯びていた。
しかし、リーゼさんは顔を顰めて、
「えぇー…………いーよ、あたし、お嫁になんかいく気ないもん」
とぼやくように答えた。
まぁリーゼはまだ十二歳だしなぁ。
どう説得したもんか。
俺は唸り、少し考えてから、
「……でもお嫁にいかないって、じゃあリーゼは将来ノーラさんみたいになるの?」
「やっぱりちょっと大人しくしようと思うの」
「サー・アゼルヴァリス、新しい上司とその妹が私を苛めます!」
ノーラさんの嘆きは聞こえなかったふりをした。うん。ゴメンナサイ。
その後、リーゼさんは作業に復帰した。
無理はしないとの約束通り、初日に比べて勢いはかなり減っていたが、それでも常人とは比較にならない程の速度で大穴を掘ってゆき、周囲の人々を驚かせた。
陽が落ちて、その日の普請作業が終了した後、村の酒場へ行って関係者の皆で飲み食いをした。
その席でふと思って、俺はノーラさんに尋ねてみた。
「ノーラさんは霊技というの、使えるの?」
がやがやとした酒場の喧騒の中、既に半分できあがっている桃色の長い髪のおねーさんは、頬をほんのりと赤く蒸気させつつ酒盃片手に、
「うん。使える。使っているよ。そうでなければ、ふつーは、私みたいな体型の女は、私のようには動けないし、力も発揮できないだろう?」
瞬間移動したみたいに動いて蹴り一発で人吹っ飛ばしたりするもんなこの人。
地味にノーラさんも常人離れしている。リーゼさんが人外過ぎるから霞んでるけど。
素でその身体能力なのかと思ってたけれど、なるほど、ノーラさんも精気みたいな力を使ってたのか。前世に目覚めたリーゼさんだけが知ってる特殊技能なのかと思ってたけれど、そうでもないんだな。
しかし、精気や霊技という呼び名は聞いた事がなかったけれど、神術や魔法とかいう名称となるならば、この世でもそこそこメジャーな存在だ。
使い手がゴロゴロいる訳じゃないけど、存在自体は広く知られている。
馬竜を操る伝心環という魔導器も魔術師達が作ってるっていうしな。
「なるほどー。もしかして、衛兵隊には他にも使える人がいる感じ?」
「かじってる程度の人間はけっこーいるカナ。けど、きちんと実用レベルで使えるのは、私だけだ、隠しているのでもなければね。ソルヴィオドゥルム家全体まで含めても、きちんと使えると言えるのは、私の他にはサー・アゼルヴァリスくらいだと思う。他はぶっちゃけ、実戦レベルじゃ、使い物にならない」
ふむ、純粋にレア技能、というよりも、一定レベルまできちんと使える人がレアって具合なんだろうか。
基本的に珍しいのは間違いがないとは思うんだけど、万人に一人だけ使える、とかそういう珍しさではないようだ。かじってる程度なら結構な人数がいる、と。
大聖典でいうところの希少資格みたいなものだろうか。
希少とは言ってもその分野の技術を少しだけかじっている人間なら結構な人数が存在するけれど、プロとして使いこなせるレベルの人間になると珍しい、みたいな。
「あれは、衛兵隊に入ってから半年くらい経った時だったかな。師匠が村にやってきてね。私はその時に習ったんだ。そこそこの人数が師匠に弟子入りしたけれど、師匠は一冬しかこの村には滞在しなかったせいもあって、結局、実戦レベルで身につけられたのは私だけだった。色々と苦労したけれど、苦労した甲斐はあったなぁ」
師匠ねぇ、そんな人が村に来ていたなんて話、噂でも聞いた事なかったけれど。あまり派手には動かなかったのかな?
ああ、でも、ノーラさんが衛兵隊に入って半年の頃っていうと、俺、四歳とかそこらか? そりゃそういう話なんて聞いてる訳ないわ。
餓鬼も餓鬼だし、例え聞いてても理解できないか、覚えちゃいないだろうな。
改めて考えると歳の差すげぇ。
「ふふふ、霊技は極めれば、若さと健康を保つのに良いからね。いやー、当時は戦いの事しか頭になかったけれど、この歳になるとそういう美容とか健康効果のほうがありがたいよね。そう、何を隠そう、ノーラおねーさんがこのように若々しく美人さんな訳なのは、霊技のおかげなのだよ! だからね、私は永遠の17歳なんだ」
酔っ払ってる年上のおねーさんは、まるで見せ付けるかのようにクネッと身体をひねってポーズを取って片目を瞑ってみせた。
うん、見た目は一応、お言葉通り、きれーな人なんだけどね。
同じ27歳の美人さんであるアリシアさんと比べても若々しく(というか子供っぽく)見えるのも確かなんだけどね。
「わかったかい少年!」
はい、私はその歳になっていないのでノーラさんの実感がイマイチわかりません。
ああ、霊技は見た目の加齢は軽減してくれても、中身の加齢までは、軽減してくれないらしかった。
残念である。




