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俺の妹が、おかしくなっておかしな事を言い出した

 目を開けると、澄んだ青い瞳の幼い少女の顔が目の前にあった。

 ドアップである。近い!


「あ、にーちゃん、気がついた?」


 少し驚いたが、己が寝台の上に横になっていて、顔を覗き込まれているのだと気づく。


「あ……あぁ、リーゼ、か?」

「うん、リーゼだよ」

「リーゼ……だよな?」

「そだよ。どうしたの?」


 リーゼさんはおかしそうに笑った。

 確かに、俺は変な事を口走ってしまったかもしれない。リーゼがリーゼ以外の何でありえるというんだ。何になりえるというんだ。わかりきっている、問うまでもない。


「いや、すまん、おかしな夢を見ちまってな……」


 リーゼが青い瞳をパチパチと瞬かせた。

 おかしな夢ってなにそれ、とでも思っているのだろうか。

 俺はベッドの上で上半身を起こしつつ、内容を思い出して、自分でも呆れてしまって、苦笑を洩らした。


「本当に妙な夢でさ、村にアニャングェラが飛来して襲われるんだけど、お前が大鎌振るって一瞬で倒して、何故かそのお前は、昔の爺さん騎士みたいな口調でござる言ったり、俺を兄上様とか呼んだりするんだよ……」


 プラチナブロンドのちっちゃな女の子は再び青い瞳をパチパチと瞬かせた。

 ハハ、あまりにアホな内容過ぎてリーゼさんも戸惑っているようだ。

 疲れてんのかな、俺……


「にーちゃん、それ、夢じゃないよ」


 よくきこえなかった。


「……すまん、なんだって?」

「にーちゃん、それ、夢じゃないよ」

「……すまん、なんだって?」

「……にーちゃん、やっぱり、どこか打ち所が……」


 明るい海色の瞳の幼子は悲しそうに睫を伏せた。

 違う。

 そうじゃないんだリーゼ。

 俺は、認めたくないだけなんだ。


「倒したの? お前が? 首、落としたの? アニャングェラの?」

「そーだよ! にーちゃんだって、見てたじゃない! 凄いって褒めてくれてもいーんだよっ!!」


 えへへーっとちっちゃな女の子は笑った。

 褒めて貰えるのを期待している様子だった。

 俺はとてもそれどころじゃない心境じゃなかったんだが、


「あ、ああ……確かに、凄かったな、偉いぞ、リーゼ!」


 と頭を撫でてやった。妹の期待には応えてやらないとな兄として。

 リーゼさんは上機嫌で俺に撫でられている。


「え、でも、夢だろ? なんで?」


 だがやはり俺は酷く恐怖し混乱していた。


「そうか、これは夢の続き……星の見る夢……」

「にーちゃん」

「俺が夢を見ているのか、星が俺を見ているのか」

「にーちゃん」

「俺は、誰だ? お前は、誰だ?」

「にーちゃあぁあぁぁぁん! ごめんねごめんね、にーちゃがあいつに殴られる前に、あたしが思い出してれば……!」


 ぐすっとリーゼが涙目になる。

 ああ、いつも通りのリーゼ。

 いつも通りじゃないか。

 妹は言葉では否定しているけど、けれど、現実は、やっぱり、


「あれは夢だったんだよ、そうだよ、だって、お前ござるとか言ってないじゃん?! 元に戻ってるじゃんっ?!」

「言う気になれば言えるでござるよ兄上様。兄上様は、それがしがこちらの状態である方が宜しいのですか?」


 現実は言葉よりも豹変した。


「全力でいつも通りでいてください」


 眩暈がした。

 ぐらりと上体が傾く。

 夢ではないらしい。

 現実は、夢ではないらしい。


「に、にーちゃ?!」


 慌てたようにリーゼ。

 その様は、再びいつもと、まったくいつもと変わらないリーゼに見えたのだが、


「お前……お前……どうしちまったんだよ」


 妹を見つめる俺の声は震えていた。


「思い出しただけだよ」


 豹変した現実はなんでもないことのように平然と答えた。


「……何を?」

「前世を」


”前世”ときた。

 これは夢だ。

 俺の妹は明るく元気な働き者で将来有望ないたって常識的な範囲でまともな良い子なんだ。

 けっしておかしくなったりはしない!


「まって! おふとんかぶらないで!」


 妹の悲鳴が聞こえる。

 でもこれ、夢だからな。

 悪いけどにーちゃんは現実に帰るんだ。


「にーちゃんは! にーちゃんだけは、リーゼの事、どうなっても見捨てないでいてくれるって、あたし、信じてたのに……!」


 俺は起き上がった。


「当然だろう」

「やーん、さすがにーちゃ! 大好き!」


 抱きついてきたリーゼの頭を撫でてやる。

 うん、いつもの撫で心地だ。

 少し落ち着いた。リーゼはリーゼだ、きっと、たぶん、おそらく、まだ……?

 落ち着こう。

 そう、落ち着こう。


「……なぁ、前世ってなんだ? どういうこと? おまえ、法皇様だったの?」


 キルクルス・クルクス教の代々の法皇様は、死しては転生して甦り、死しては転生して甦り、姿形は変われども、この世界に在り続け、信徒達を導いているのだという。

 世にあまねく迷える人々を導き救う為に、そうなさっているんだとかナントカ。


 俺は宗教事にはあんまり熱心なほうじゃないが(うちが教会派だったので、物心ついて気づいた時にはキルクルス・クルクス教の信徒であるという事になっていたので、特に改宗する必要性も感じないから、そのまんまキルクルス・クルクス教徒です、ってくらいの熱心さだ)いちおー信徒である。

 無理に改宗して家族巻き込んで村八分な目に遭うのとかヤだしな。


 だから俺は、転生という言葉と概念と、嘘か本当かは知らないが、法皇様がそうであって、そういうものがこの世には存在しているらしいのだと――重ねて嘘か本当かは知らないが――いちおー知っていた。


 正直、そんなもんあんま信じちゃあいなかったんだが。


「んー、法皇様とは違うけど、似たようなものだよ。法皇様と違って、前世はこの世じゃなくて異世界だし、何代も転生してる訳じゃないけど」


 妹君はあっさり頷いた。

 へぇ、法皇様と似たようなものね……法皇様と……


「……あれ、でもトラヒメが知らないだけで、実は何回も繰り返してたりする可能性が存在している……? まぁそのあたりは可能性あるけど、記憶にあるのは一代だけだね」


 なおもリーゼはぶつぶつとのたまってらっしゃる。

 ああ、うん、もう何がなんだか、よくわからん。


 俺が顔にハテナマークを浮かべているのが見えたのか、サラサラした金糸のような長い髪を持つちっちゃな女の子は「こほん」と咳払いして、居住まいを正した。


「つまり……それがしの前世、ナカツクニという戦乱の国に生きた、トラヒメという名の武将にござった」


 俺の妹はそう武張った口調で言って、そして、次の瞬間には、にぱっと愛らしく嬉々とした笑顔を見せた。


「トラヒメってとっても強かったんだよー! だから、それを思い出したリーゼも強くなったの! 気、って凄いの! にいちゃんの怪我を治したのもリーゼの気の力なんだよ!」


 神様――もしもいるのなら。

 法皇様――もしも聞こえているのなら。


 困った時だけ頼りにして大変申し訳ない気はするのだけども、俺の妹が、いや血は繋がってないんですけれど大切な俺の妹が、おかしくなっておかしな事を言い出したんですが、レッカー村に住まう一般村人の俺は、一体、どうすれば良いと思いますか?

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