陽気なグリエルモと素直ではないセルシウス
普請現場に到着すると、既にノーラさんが早速五名程の男女を引き連れてやってきていた。
「おはようございます。今日も良い天気ですね」
俺は皆に対し、目を逸らさないように頑張って笑顔を浮かべつつ挨拶をする。
皆、口々におはようございますと礼儀正しく挨拶を返してきてくれた。
どうやら基本的には三交替制でまわすつもりらしく、今いる五人は朝の部の皆さんらしい。曰く、夕方が一番人数多くなりそうとのことだった。
自己紹介と簡単な打ち合わせの後、現場指揮をノーラさんに任せ、俺は人足募集に応じてくれたうちの二名と共に、四頭だての荷竜車を使って、粘土の採集に向かった。
「従士副長になって代官様んとこの長屋借りて、妹と二人暮らししてるんだって? おっ前、マジで半端ねぇなー!」
荷台の縁に腰掛けている黒髪の少年が陽気な声をあげている。
彼は俺の幼馴染のグリエルモだ。
以前、ギガントアントの襲撃にあった時に一緒にいた二人の友人のうちの一人である。
鍛冶屋の三男坊なこいつは、小遣い稼ぎにノーラ隊長からの募集に応じたらしい。
家の手伝い仕事もあるだろうに、最低でも一日二交替分は働いて金貨を得るのだと息巻いている。
「成り行きだよ。俺自身はそんなに大層なことはしちゃいない」
マジでな。
凄いのはリーゼさんであって、俺ではない。
「へー……そうなのか」
俺の言葉の調子から、それが謙遜じゃなくて事実であるらしいと感じ取ったのか、グリエルの奴はその一言だけで済ませ、
「つか、その制服いいなー! やっぱ、かっけーわ!」
と話題を転換してきた。
黒瞳をいきいきと動かして、俺が身に着けている装備へと羨ましそうな視線を送ってくる。
眼の輝きを見るに、良いと思っているのは本心らしい。
ソルヴィオドゥルム家の従士及びその直属兵達の制服はなかなか洒落てるからな。村内では何気に人気が高い。
衛兵隊の装備とも農家の作業服とも一線を画している。
同年代の少年達の間では憧れの服装って奴だった。
「こーいう制服着たいならグリエル、お前も竜兵になるか? 俺に仕えてくれるなら俺が竜兵に任命する事はできる。いざって時は命張って戦ってもらうことになる仕事だけどな」
俺はグリエルモとは反対側の荷台の縁に腰を降ろしてかけていた。
荷竜車はガタガタと小刻みに揺れながら、夏の陽射しを反射する白い砂利道を進んでいる。
道がデコボコしているので、かなりの震動だったけれども、この程度の揺れでバランス崩して転げ落ちる田舎村の子供というのは、まぁ、いねーわな。
「えぇっ? 俺、お前の手下になんの?」
命の危険よりも同年の少年的にはそっちのが問題であるらしい。
グリエルモは一瞬、嫌そーな顔をしたが、
「うーんでもまぁ、どーせ誰かに仕えなきゃならねーんなら、上がお前のほうが気楽でいーかもナ!」
すぐに考えを改めたのかカラリと笑う。
「へぇ、俺だと気楽か?」
「だって、お前なら礼儀作法がどーだとか言葉遣いがなんたらとか、くだらねー事はいわねーだろ?」
なるほどな。
まぁ確かに。
「必要な時の最低限はやって欲しいけどな。まぁでも、礼儀作法なんざ俺自身なっちゃいねーし、普段はうるさく言わねーと思う」
俺達みたいな田舎の小僧の立場だと、他に仕えるよりゃ気楽だろうな。
オトナの世界の礼儀作法だとか面子だとかってのはイチイチ煩わしいもんだからなぁ。あれに強く拘る奴が相手だとそっちにばかり労力使って肝心の話のほうが進まねぇ。
「だろー?!」
グリエルモは笑い、そしてまたすぐに表情を変化させて、今度は訝しげな顔をした。
「でも……ほんとに俺でもなれんの?」
どうやら黒髪の少年は自分に自信がないようだった。
まぁ、グリエルも俺と同じ、ただの十五の一般村人少年だからな。おまけに俺みたいにリーゼさんに精気を操る力を引き出してもらったとか、そういうのも無い。
尻込みするのは、当然か。
安心させるように、今度は俺が笑ってみせた。
「従士副長は自分の臣下を竜兵にする裁量が許されている」
白鑞製の小型水筒の栓を開けて口をつけ、中の液体を飲む。
既に生温くなっていた。ちなみに中身は茶だ。
顔を顰めて栓をし、グリエルモへと放る。揺れる荷台に座っている同乗者は、危なげなくキャッチした。
「よーするに、俺がお前を竜兵にするって言えば、お前も明日からでもソルヴィオドゥルム家の紋章入りの外套を纏えるってことさ」
「……マジかよ!」
黒髪の少年は黒瞳を真ん丸に見開いた。
村の鍛冶屋の少年はスキットルの蓋を開き、一口呷ると。
「竜兵っていったら精鋭だって聞いてたけど、けっこー適当なんだな」
レッカー村で平時でもよく見られる兵士には大まかには二種類がある。
もっとも馴染みがあり数が多いのが、村を守っている衛兵隊の衛兵達だ。主な仕事は村の防衛と治安維持と商隊の護衛。
衛兵にはソルヴィオドゥルム家が定期的に出している募集に応募して試験に合格さえすれば誰でもなれる。
もう一方が竜兵だ。
竜兵というのは、ソルヴィオドゥルム家にというよりは、代官様や従士個人に対して、直接仕えている少数の兵士達のことだ。
仕事はこれといって特定されておらず、要人の護衛から伝令、魔物退治まで多岐に渡る。
主君からの命令に従ってなんでもやる何でも屋達だった。
それだけに能力の高い万能屋が多く揃っている。
そのせいか、竜兵とはすなわち精鋭兵なのだと評判だった。
これといった試験などは無いが、代官様や従士から直接声をかけられないとなる事はできない。
ただ実は、声さえかけられれば、誰でもなる事はできる。
なるだけなら、実力は関係ないのだ。
むしろ定められた試験がない分、場合によっては、衛兵より簡単になれる。
「わりと適当みたいだよ。ただ、それでも精鋭揃いだって噂は本当だ。お前、なるなら頑張らねーと、お前一人で竜兵全体の評判をブチ壊すことになるぜ」
「うっへぇー……なんだよそれ、プレッシャーだな……」
蓋を締めつつグリエルモは表情を歪め、言葉と共に腕を振るった。
その手の先より、陽に煌く銀灰色の輝きが放られ、緩い放物線を描いて俺に向かって飛んでくる。
俺は戻ってきたピューター製の小型水筒をキャッチして懐にしまった。
「やめとくか?」
問いかけると少年は片手を五指を広げて――要するにジャンケンのパーの形――で突き出し、
「いやまて、それでも竜兵……! このままじゃ、うだつのあがらねぇ鍛冶屋の三男坊のままだし、ちっとよく考えさせてくれ……っ!」
こいつ、生家の仕事を手伝うのが嫌いらしくて、昔っから家を飛び出したがってたからなぁ。
「焦らないで良いぞ、気長に待ってる。ただ、給料は俺から出すことになるから、少なくとも最初のうちはあんまり高くは払えないってのは、了解しといてくれよ」
「わかってる」
グリエルモは嫌そうな顔をしたが「うーん、でも、親父や兄貴達に顎でコキ使われ続けるよりはなぁ~」と腕組みしてまた悩み始めた。悩める15歳であるらしい。
長男である俺には、あんまりピンとこない悩みだったが、まぁ想像はつく。想像しかできないとも言えるが。
親や上の兄弟が横暴な連中だったら、確かに嫌なもんだろうな。きっとグリエルは鍛冶仕事そのものよりも、上の連中に不当にコキ使われるのが嫌なんだろうな。
俺が悩める少年に関してそんな事を考えていると不意に、
「あぁ、あぁ、グリエルまで、赤い風にのまれてゆくのね……」
妙な呟きが前方から流れてきた。
御者台へと目を向けると、後頭部でポニーテールに結われた栗色の髪が、吹く風と砂利道をゆく荷竜車のガタガタとした振動に揺らされ、ピョコンピョコンと跳ねていた。
なんとなく本能的に引っ掴みたくなる髪を持つこの少女は、幼馴染のセルシウスだった。
以前に俺に対して愚痴くらい聞くわよーとか言ってくれた、御節介だが世話好きな幼馴染である。
同時に、赤い風がどうたらとか以前にも言ってた、ちょっと謎なところもあるヤツだ。
今回、彼女が御者台について、荷竜車を引く四頭の小型竜を操っていた。
というのも、普通は馬竜という名の小型竜を操るには、伝心環という魔導器が必要になるのだが、彼女はどういうわけかそれ無しに馬竜を操る事ができた。餓鬼の頃から竜を操ることにかけては、妙に上手いやつである。
「赤い風ってなんだ?」
俺はゆさゆさ揺れてる馬尾のような栗毛を見つめつつ、少女の後頭部に問いかけた。
ギガントアントの時にもその単語言ってたよなお前。
竜を操る幼馴染は振り返らずに答えた。
「戦いの螺旋、血色の輝き、一つの因果のはじまるところ」
ちょっと何を言ってんのか意味がよくわからない。
けっこー、俺って家で本を読んでたり博識なアリシアさんから色々教わったりしてたから、同年代の少年少女の中じゃ無駄知識は多い方だと思ってるんだが、それでも何を言ってるのか、よくわからない。
こいつ、昔から偶にこうなるんだよな。
「帝国語で頼む」
「帝国語よ」
きっぱりとセルシウス。
うん、使ってる言語はそーなんだけどね?
「ねー、ねー、それよりさーケルヴィン」
偶に謎な幼馴染は話題を転換してきた。
「リーゼちゃんはどーしたの? アンタ達、一緒に働いてるんでしょ?」
セルシウスの問いに、蒼い顔で唸ってた妹の姿が思い出されて、ちくりと少し、胸が痛んだ。
「あぁ、今日はちょっと、体調崩しちまって、家で寝込んでる」
「ふーん……風邪かなにか?」
「いや、昨日、働きすぎちまったみたいでさ」
何の気無しに言うと、これまでずっと行く手を向いたままだったポニテ娘は唐突に振り向いた。
荷竜車が停止した。
振り向いた御者席の少女は、目蓋が半分閉ざされた茶色の瞳で、俺を睨んでいた。
「……なんだ?」
少女のブラウンの瞳の中には、何か剣呑な光があった。
「ねぇケルヴィン、従士副長サマになったのは立派だと思うよ。ほんと、凄いと思う」
発せられた声音も、常より少し、硬い響きを纏っている。
「でも、親の再婚に反対して、妹と二人で家を飛び出すってどうなの? 年長者として、その選択は正しいの?」
……あぁ、そういう事か。
ノーラさんには大人だと言われたが、幼馴染に言わせれば俺はそうではないらしい。
まぁ、そうかもな。
「おいセルシウス、よせ」
「グリエルは黙ってて」
ぴしゃりと栗色の髪の少女。
ただ、俺は子供かもしれんが、セルシウスの言葉は正しくない。
「アリシアさんの再婚に反対なんてしてねぇよ。ただ、だから、あの家は俺達の家ではなくなった。だから、家を出ただけだ」
「なぜそうなるの? 家に戻る気はないの?」
「言葉で説明したらお前は理解してくれるのか?」
セルシウスの家は両親どころか祖父母も健在で兄弟も多い大家族だ。裕福ではないらしいがにぎやかで明るくて円満な家庭だ。
栗色の髪の少女は、どこかが痛んだかのように目元を歪めた。
少し、卑怯な言葉だったかもしれない。
だが、セルシウスはそれについては俺を責めなかった。
「俺もリーゼももうあの家は俺達の家ではないと思ったんだよ。まっぴら御免だ」
「…………あなた達、将来、どうするのよ?」
「どうとでもするさ。俺は従士副長になれたんだから」
「……本当に、従士副長なんて、やっていけると思っているの?」
「やるんだ」
俺は言った。
「セルシウス、お前が俺を心配してくれているというなら俺は嬉しい。だけど、俺はもう後戻りする気は無い。だから、今回の仕事、協力してくれ」
幼馴染の少女は眉間に皺を刻んだまま俺をじっと睨んでいたが、
「……もうっ」
と声をもらして、再び道の先へと顔を戻した。
ぶんと手綱が振るわれ、青い空の下、白い砂利の道を、四頭立ての竜車がガタガタと音を鳴らしながら再び進みだす。
「そんなの、あたしは、募集を受けてここに来ているのだから、言われなくても、きちんと身を入れて仕事するわ。でもそれは、あなたじゃなくてリーゼちゃんが心配だから、だからね」
少女の栗色のポニーテールの髪が揺れて弾んでいた。
俺は視線を移して、グリエルモを見た。
ヤツは苦笑を浮かべて肩をすくめてみせた。
俺は笑った。
「そいつは勘違いしてすまなかった。だが、それでも良い。ありがとよ」




