ケルヴィンの選択
「う~ん、二人で百人分働くというのはさすがに無茶だろう」
十六歳の時に衛兵となり十年以上レッカーを守って戦い続け、今では衛兵隊長の職を務め、ここ最近では俺の寄騎ともなっているオトナなおねーさんは、リーゼへと意見してくれた。
ノーラ隊長曰く、そもそも、サー・アゼルヴァリスが紙面におこした設計からはかるに、百人も雇う計画ではないだろうとの事だった。常識的に考えるなら、三十人ほどを使うのが妥当だろうと。
「ただ、君達の身体能力を活かして、雇う人員を減らして経費を浮かせようという方向性自体は良いと思う」
リーゼを十五人分、俺を五人分と勘定して、自分を入れて残りの十人程度を雇うことにすれば、現実的に実行可能なラインでかつ、この工事で十分に儲けられるのではないかと彼女は述べた。
「それでもって、長時間をしっかり働ける人員を十人早急に確保するのは結構大変だから、時間単位で報酬を出して、その働く時間を三分の一以下に抑えよう。かわりに雇う人数を三倍に増やす。仕事を本来のものより小分けして分散化するんだ」
うーむ、小分けして分散化、ねぇ。
そうすると何か楽になるんだろうか?
「短時間の日雇いの割の良いちょっとした小遣い稼ぎ感覚でなら、衛兵隊の隊員とか一仕事が終わった後に、手伝ってくれそうな連中が沢山いる」
あ……なるほど、そういう事か。
ノーラさん、仕事だと頭良いな。プライベートだと抜けてるトコもあるけど、さすが隊長っていうべきなのか。
「そういう条件でよければ、私がそいつら引っ張ってくるけど、どうだろう?」
大人なお姉さんはサクサクと現実的に実行可能そうな案をあげてくれた。
ノーラさん、村を守る衛兵隊の隊長なだけあって顔は広いもんな。人を集める為のコネもツテもある。友達は少ないけれどビジネスパートナーは多いってヤツか。
多分、彼女が言っていることは、本当にできるのだろう。地に足がついている。
必要経費に三割足りないがなんとかしろ、とか、一人頭五十人前やりましょう、とか、無茶振りな意見じゃねぇ。無理が無い。
「とても助かります。そのように行いましょう」
思わず笑顔がこぼれた。
俺はノーラさんへと頷き、彼女が提案してくれた段取りで普請工事を進める事に決定した。
そんな折、
「あ、そうだケルヴィン、普通に喋ってくれて良いからね」
ふと気づいたようにおねーさんが言う。
え? 普通にって?
「もう君の方が上司だからな……むしろ、私のほうこそが言葉遣いを丁寧に改めるべきでしょうか?」
あー……そういう事ね。
人間社会っていうか、オトナの世界は面倒くさいな。
でも郷に入りては郷に従えとも言うしな。
ああ、俺も従士副長になって、その世界に足をつっこんじまった。
「それじゃあ普通に喋るけど……ノーラさんも敬語とかは良いよ」
俺は笑った。
「あなたにそんな話かたされても違和感が酷い。まるでまっとうなオトナみたいじゃないか」
「なんて言い草だい君」
桃髪緑瞳のおねーさんは情けない表情を浮かべて天井を仰いだ。
しかし、妥当な評価の筈である。
不服というなら、うちの生家でべろんべろんに酔っ払って醜態を晒した己の過去を嘆くが良い。
「人を雇ってくるのはノーラ隊長にお任せするとして、その雇った人達を現場で指揮するのもノーラさんに頼みたいんだけど、良い?」
「ん、君でなく私が現場指揮をとるのか。理由を尋ねても?」
おねーさんは腕組みして、その状態から握り拳を口元へと運び、小首を傾げてみせた。
「俺が指揮するより、知識も経験も信頼も豊富なノーラ隊長がやったほうが、その人達も安心して働けると思うんだ。効率もそのほうが良いだろうし」
これって多分、当たり前の事だと思う。
だって俺、昨日まで草刈って牛に餌やったり、畑耕してただけの餓鬼だぜ。
普請の事なんて、右も左もわかっちゃいない。それでどうして指揮が執れるのか。指図を受けて働く人達が、その指揮をどうして信用する事ができるのか。
おまけに俺、歳も十五だしな。
リーゼさんを除けば、多分、ほとんど全員、年上相手に指図を飛ばす事になる。
問題が起るが目に見えている。
こんなんだもん、そんな餓鬼がしゃしゃり出るより、普段から隊長務めてるノーラさんにやってもらった方が百倍能率が良いに決まってる。
「確かに私は普請の指揮は前に少しやったことあるから、上手くやれると思う。今回だけの効率を考えるなら、なるほど、もっともだ」
薄桃色の髪のお姉さんは頷き、
「でも、今回のこれは君が経験を積むのに良いチャンスじゃないか? ここで私に全部を丸投げすると、君の成長にならないと思うのだけど」
俺を見つめるエメラルドグリーンの瞳には懸念の色があった。
え。
……そうか、経験か。
今回だけじゃなくて、その先の事まで考えろと。
うむぅ、たまにセンセーみたいなことをノーラさんは俺に対しておっしゃる。
……でも、一理あるなァ。
俺は頭をガリガリと掻いた。
そっちのほうが効率が良いからとノーラさんに甘えてばかりいると、いざという時、自分自身の手で指揮ができなくなってしまう。
「従士というのは、こういうものの指揮ができるのが当然なんでしょうか?」
「当然とは言わないけれど、普請の指揮は大体は皆、最低限はできるね」
うーん、そういう事柄を、他の誰かに頼らないとできない状態のままでいるっていうのは不味い気がする。従士副長として。
ただの従士でもできなきゃ不味いのだろうし、その上、副であっても長って形容がつく一個上の立場な訳だからな。その立場の人間が出来ないってのは。
「兄上様、兄上様はご主君なのですから、そんな細かいことはできずともよろしいのです」
俺が悩み考えこんでいると、小鳥が囀るようなソプラノの、しかし武張った口調の言葉がかけられた。
「それよりも、将の将たる才器を磨いたほうが良いです。君主というものは、仕事ができる人間に仕事を渡すのが仕事であって、それを公平に評価し公平に報酬を分配するのが仕事であって、ご自身で細々とした仕事をやるべきではありません」
戦国の異世で武将を務めていたトラヒメという名の女性の記憶を持っているらしい、ちっちゃな女の子はそう俺に言ってくれた。
「むしろ『私がいないとこの人はやっていけないんだ!』くらいの方が、臣下はやる気がでるものですから、兄上様はできなくてもよろしいのですよ」
なるほど。
リーゼさんの意見も一理あるかもしれない……?
俺は腕組みして考えた。
考える。
考える。
考える。
上を向いて、下を向いて、首をぐるりと捻って、また前を見た。
「……初めての任務だから絶対に失敗する訳にはいかない」
俺はまず自分が現在おかれている状況についてを整理した。
「俺は作業のことが右も左もわかってない。それに五人分は肉体労働しなけりゃならないから、指揮する場合これと平行しておこなう事になる。そんな俺がいきなりこれらを全部うまくこなすのは無理だ」
だから、と言って、俺は頼りになる年上のおねーさんへと向き直った。
「作業に慣れるまでは現場指揮はノーラさんにお願いして、余裕が出てきたら、俺がノーラさんに指揮の仕方を習いながら現場指揮をとるって形で、進めたい」
まぁ要は、折半だわな。
従士副長ってもんの義務と責任を考えるなら、ホントは最初から全部自分で指揮取ってやりたい所なんだけど、残念ながら、そりゃ無理だろうからな。
まず目の前の急場を凌ぐ為に、出来るようになるまでは、ノーラさんに頼る。それで余裕が出てきたら、習いながら自分でもやってみようって寸法だ。
中途半端と言うことなかれ。
良いトコ取りってヤツなのだ。
しかし、
「む……結局、兄上様は普請の仕方をお習いになるのですか?」
リーゼさん的には不満があるらしい。
「おう、リーゼは必要ないって言うけれど、俺はできるようになっておきたい」
白金色の長い髪の蒼瞳童女さんは、センゴクモードの時だとお馴染みの無表情で、じーっと俺を見上げてきた。
彼女は言葉にして問いはしなかったが、なんとなく、理由を聞かれてるような気がした。
「俺は誰かに依存して生きたくねぇ」
私がいないとこの人はやっていけないんだ! なんて人間になるのはまっぴら御免だ。俺は、独りででも立っていられる人間になりたい。
くすっとした笑い声が聞こえた。
見やると、ノーラさんが笑っていた。
リーゼさんが眉根を寄せる。口先を尖らせ、幼い顔に不満をあらわにする。
「兄上様、一人でできることには、限界がございますぞ」
「わかってる。でも、できる限りはな」
リーゼさんの言ってる事も、間違いじゃないんだろうけど、でも俺の趣味じゃねーんだ。
俺は他人に丸投げして後ろで踏ん反りかえってるだけのお殿様的な生き方はしたくない。
「なぁリーゼはケルヴィンを大君主にしたいみたいだけれど、君の兄貴は向いてないぞ、そういうの、たぶん、向いてない」
ノーラさんが穏やかな口調で諭すように、
「そういうのは、多少、怠け者のが良いんだけれど君の兄貴は、なんだかんで自分が頑張ろうとしちゃうからねぇ、気質が向いてないよ」
「うるさいノーラ。兄上様とて根の気質は怠け者でござる!」
リーゼさん、それ庇ってくれてるんだろうけれど、あんまり嬉しくないです。しかも当たってるだけに。
俺は苦笑しながら、ご立腹中の妹の頭をポンポンと軽く叩いてやったのだった。
方針をまとめた後、掘アンド土塁建設予定地へと赴くと、
「では兄上様、穴をば掘りましょうぞ」
プラチナブロンドの女の子が先端が金属で補強された鋤を俺に手渡してきた。
鋤を手に精気を解き放って、ザクザク、サクサクと地面に穴をあけていくリーゼさんに習って、俺も鋤を使って穴を掘り始める。
妹に対してあんまりにも遅れを取るわけにはいくまい、兄として。
くっ、歯先が石を噛んだ。
太陽の日差しがきつい。
汗があっという間に吹き出てくる。
あれち の じめんって けっこお かたい ですよね。
夏の太陽が眩い光線を放ちながら、ギラギラと輝き、俺を焼く。
木製の柄を握り締める。鋤を地面へと突き降ろす。足も使って、ヘラのようになっている部分の後部を蹴り込んで刃先を荒地の土へと喰いこませる。体重をかけて手前へと引き、テコを利かせて土を掘り起す。
掘り起した土をヘラ部分に乗せて、土を集める場所と決めた地点へと運んでゆく。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返してゆく。
き、きつい……でも、妹が頑張るからには頑張らねばなるまい、兄として。
強くなるって約束したしいつかは追い越さないといかんしな、兄として。
ノー・エスケープだ、兄として。
がんばれ、おれー!
かくて俺は、全身から血を吹き出して死ぬ事態にならないように精気の燃焼量に気を配りつつ、炎天のもと、日が暮れるまで、風吹きすさぶ荒野で、汗をたらし、息を切らして、フラフラと鋤を振るい続けた。
大の男が真面目にやってこなす量の五倍をやるってのは、想像以上に、キツい。
骨が折れる仕事だとかサー・アゼルヴァリスが言うだけあって、確かに楽じゃないわこりゃ。
ああ、やっぱり、お殿様みたいに後ろで踏ん反り返ってるだけの方が楽で良かったかなぁ。とほほ。いやいや、バカヤロウ、この程度で挫けてんじゃねーよ。そんなにヤワじゃ、自分が思うようには、生きられないぜ。気合だ気合ー!
夕方、初日の作業が終了した時、さしものリーゼさんもくたびれた様子だった。けれど、さすがというべきか、たったの一日でものすごい長さの大穴を掘っていた。
これには募集の段取りつけて戻ってきたノーラさんも目を丸くしていた。
うちの妹、ほんとにその気になれば、穴掘り五十人力とか余裕でやれちゃうんじゃないか……?
戦国童女、おそるべし。
だったのだが、
「ふ、不覚……」
翌日、リーゼはベッドの上で蒼い顔してウンウンと唸っていた。
そーいえば、技術は無双な戦国武将でも、基礎体力自体は十二才児のまんまだった。
短時間の決戦ならともかく、何時間もの長い間、重労働し続けるには肉体の基礎体力が足りていない。草刈りの、その補助くらいなら耐えられても、荒地での土木工事は肉体への負荷が違う。
短距離走ならよくても、長距離走は駄目なのだ。
本人もその事実をすっかり忘れてたようで、昨日はついつい飛ばしすぎてしまったらしい。
しかし、まさか、こんなになるまでやるとは。
なんで俺はリーゼの体調に気づかなかったんだろう? 兄貴失格ではなかろうか……?
「バカッ、無茶しすぎだ!」
「で、でも、トラヒメならこれくらい……一夜で城つくったりしてたんだよ? ちょっとした仕掛けは使ったけど」
一夜で城ぉ?
なんじゃあそりゃあ。
一夜で城を築くなんて、ありえない。とても信じられない話だ。
まぁその真偽はともかくとして、
「よそはよそ、うちはうち、トラヒメはトラヒメ、リーゼはリーゼなの! 自分の体力くらい、把握してなさい!」
「うぅ~……おせっきょーは、あたまにひびくぅ……やめてぇ~……にーちゃん怒らないでぇ~……」
リーゼさん、涙目である。
おふとん頭からかぶってしまった。
……兄貴失格二乗かもしれない。
「……今日は一日寝てなさい。水、ここ置いとくよ。ちょっと良くなったからって途中でふらふらでかけちゃ駄目だからね? あぁ、そうそう、お粥作っといたから、時間になったらしっかり食べるんだよ?」
「はぁい……」
ふとんから再び顔を出して涙目の金髪童女。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃ~い……おにーちゃん、おしごとがんばってぇ~……」
リーゼの兄貴は駄目な奴であるが、しかし、それでも妹君は健気に応援の言葉をくれた。
俺は、ベッドに横たわるリーゼに見送られつつ石造りの長屋から出て、現場へと向かったのだった。




