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騎士アゼルヴァリスからの俺への初指令は、つまるところ内政だった

 顔が映るくらいにすんげぇ立派に磨かれてる、琥珀の色の執務机に、若い男が一人ついていた。

 彼は椅子に浅く腰掛け、剣を背後の壁にかけ、書類に向かって規則正しくカリカリと羽ペンを動かし続けていたけれど、俺が入室すると、一旦作業の手を止めた。

 透明な水晶窓の彼方の庭から、訓練中らしき兵士達の声が、微かに響いてきている。

 

「穴を掘れ」


 サー・アゼルヴァリスは、ドラゴンみたいな黄金色の双眸で俺を見据えて、命令を告げてきた。

 季節は夏で、既にかなり暑いのだが、この部屋だけは何故か涼やかに感じられた。


 農家時代と変わらずまた土いじりかよー、と俺は一瞬思ったのだが、


「大きく、深く、広い、堀を作れ。土に石と粘土を混ぜ合わせ、塁を築け」


 どうも畑仕事とはおもむきが異なるようだ。


「空堀と土塁、ですか?」

「緑地を広げたい」


 ドラゴンの目が俺を見ていた。

 若き代官様は狙いを語ってくれた。


マギ草を増やせれば、家畜も増やせる。魔草で育てた家畜は高く売れる。我々が開墾した緑地の何割かは、共同緑地として村に開放しても良い。長期的には緑地の使用料、家畜売却の際の税などが見込める。いっそ開発した土地を村の富農へと売却するのも良い。刹那的だがすぐに巨額の収入が得られる。いずれにせよ村の産業が豊かになれば、人が集まり、人口の増加は、諸々の収入増加に繋がる」


 なるほど、万々歳だ。

 まぁそれを理想通りに成し遂げる為には解決しなければならない問題が山ほどあるんだろうけど。


 案の定、サー・アゼルヴァリスは早速、問題のうちの一つを話にあげてきた。


「緑地を広げる事は、我々を豊かにする。だが、ただ単に緑地を広げただけでは、たちまちに魔物の餌食になる。ここは、そういう土地だ」


 よく知ってます。

 帝国南辺境レッカー村、魔力を秘めたマギ草の大産地にしてレッカー牛の特産地にして、魔物どもの群がるところ


「それゆえ、まずは堀と土塁だ。緑地を囲む防御を築く必要がある。骨が折れる仕事だが、意義のある仕事だ」


 代官様が身を後ろに引いた。こちらからは執務机の陰になっていて見えない、向こう部分に手をかける。ざっと、何かがこすれる音が響いた。アゼル様の右手が再び現れた時、そこには、何かがぎっしりと詰まった、重そうな革の小袋が握られていた。

 革袋が机上に置かれた。乾いた硬質な音が鳴る。

 彼は同様に数枚の紙面を取り出し、革袋の隣にそえた。


「堀と土塁を築く予定地の地図だ。厚さと高さと角度、砂利と粘土の混合率、調達場も記述してある。その通りに作れ。袋の中身は大金貨だ。その金が、必要経費であり、お前への報酬だ。人員はノーラをつけるが、他はこちらからは出せん。その金で雇うなりなんなりしろ。期間は一ヶ月だ。一ヶ月以内で仕上げろ」


 そして最後にサー・アゼルヴァリスは無造作に言い放った。


「金は、普通にやるなら、三割ほど足らんが、お前なら問題ないな? 問題があっても、なんとかしろ。以上だ」


 ふむ、報酬が多い少ないの話どころではなく、必要経費にすら足りてない……


 ……初任務がいきなり無茶振り臭が強い気がするんだけど、気のせいか? 気のせいか? 真っ黒くろすけでしたかこの職場?


 とはいえ、普通でも断れる訳がないところへ、さらに家を飛び出して妹と二人、ソルヴィオドゥルム家に世話になっている俺に断れるわけがなく、


「ははーっ!」


 と頭を下げて命令を受諾する以外に、道はないのだった。






 代官様の屋敷の隣には、騎士家が保有する土地があり、そこには三階建ての白石造りの長屋がある。


 けっこお立派な建物だ。

 大きな窓があって、透明な薄い水晶板が入れられてる。フツーの農家の窓にはそんなもんはない。


 この田舎の村においてはなかなか洒落た外装の白石の建物には、ソルヴィオドゥルム騎士家に仕える者達とその家族だけが、月決めで金銭を支払い、住まう事を許されていた。


 大聖典グレート・バイブルの言葉を引用すると『賃貸アパート』とか『社宅』とかいう奴であるらしい。


 俺はリーゼさんに対し、前回の報酬のうちノーラ隊長から俺へと約束されていた金貨2枚を除いた残りの48枚を渡したのだが、その時リーゼさんが俺に返した言葉は「にーちゃん、家を出よう、このお金を使って」だった。

 リーゼさんは人生の挑戦者であり、冒険家であるようだった。

 彼女の瞳は痛みを宿せど光に輝いている。

 たまに妙な方向に暴走するけどな、天下とか。


 紆余曲折あったが、俺は従士副長となり、リーゼさんと一緒にこの石造りの三階建て長屋の一室に転がり込んでいた。


「ふむ……なるほど、版築でなく叩き土塁で良いのですね。それなら、なんとかなるのではないでしょうか」


 琥珀色の木造テーブルを挟んで椅子に腰かけ、代官様から渡された紙面に目を通し終えたリーゼさんは、センゴクモードでそのようにのたまった。


 版築?

 叩き土塁?


 なんぞそれ、という俺の疑問には、同じくテーブルを囲み椅子に座ってお茶を飲んでたノーラ隊長が微笑んで答えてくれた。


「土塁の作り方だね。版築土塁は木で型をつくってそこに土と砂利と粘土を混ぜ合わせたものを入れて、それ用の道具で突いて叩いて固めていくんだよ。手間がかかるけど、その分、頑丈なものができる」


 へー、土塁にも作り方が色々あるのか……

 あ、ちなみにノーラ隊長は寄騎おうえんとしてサー・アゼルヴァリスから俺へとつけられてます。普段は衛兵隊のほうは副隊長でも仕切れるから大丈夫らしい。

 ただ、魔物が襲来してきたら、可能だったらノーラ隊長は村を守りに戻らせて欲しいとのことだった。

 副隊長さん曰く、普段はぶっちゃけノーラ隊長がいてもいなくてもほとんど能率に変わりないらしいのだが、戦闘の時だけは彼女がいるのといないのとでは非常に違うのだそうだ。


「叩き土塁というのは?」

「木型などは使わず、そのまんま大雑把に盛って叩いて固める手法にござる。比較的安上がりですが、比較するとやはり、崩れやすいですな」

「今回作るのは、そんなに頑丈なものでなくて良いんだ?」

「というか、アゼル様は収支のほうを重視したんじゃないかな。安くて頑丈に作れるならそれに越したことはないけれど、頑丈にする為に、湯水のようにお金を使っちゃ意味が無い。緑地の確保は収入増やす為だし」


 報酬兼経費としてポンと渡されたお金、ディナール金貨に換算して1000枚以上もあったんだけど(決して間違いじゃなく金貨1000枚以上だ、半端ない巨額だ)それでもその叩き土塁での必要経費にすら三割も足りてないみたいだしね。

 収支重視っていうのはそうかもしれない。


「それで、あの、話の腰折って悪いんだけど、リーゼって偶に、すんごく話し方と雰囲気かわらない? ちょっと気になってしまったのだけれど……なんでそういう話し方する時あるのかな? それ、趣味かなにかって訳じゃないよね?」

「いや、趣味でござる」

「あぁこいつ、古い騎士道物語にはまってて、その影響なんだ」

「そ、そぉなんだ……」


 リーゼさんの武者口調についてつっこまれた場合、俺達はだいたいこれで押し切る事にしていた。

 というか、このござるな妹に対しその口調表に出すのやめたほうがよくない? って俺からも一度言ったんだけどね。

「気を引き締めると、つい出てしまうのでござる。無理矢理普通に喋ろうとすると、すとれす溜まるんでござる」

 との事だった。

 何かリーゼさんの内部でもリーゼ人格とトラヒメな記憶で葛藤があったりするのだろうか?


「えぇと、だいぶ衝撃的事実だったけれど、まぁそれは置いといて、話を戻すと、代官様が重視なさっているのは、掘と土塁を作って元が取れるかどうかって事だと思うよ」

「ふぅん……元ねぇ」


 まぁ一家のトップとしては、いたって常識的で健全な感覚なのかもしれない。案外きちんと細かい所まで考えてんのだろうか。一見だと、すんごい無造作で豪快そうな印象あるけどねサー・アゼルヴァリス。

 トラヒメの記憶があるリーゼさんほどじゃないにせよ、人は皆、二面性を持っている、って奴なのかもしんない。


「なぁ、俺達自身も、元をなんとかして取れない? 普通にやるとこれ、すんごい赤字な見込みらしーんだけど……」


 この土木工事、扱われる額自体が金貨1000枚を超えるバカデカサだから、三割足りないっていうのはかなりの金額の赤字だ。

 ディナール金貨1000枚っていうのは普通の牛なら10頭まとめて売り買いするのに匹敵する程の金額だ。

『四つ足の宝石』の異名を取るレッカー牛でも、まるごと一頭に相当する。まぁレッカー牛の中でも最高のものだと5000枚とかいくけどな。レッカー牛の価格はそこらの人間の命よりも重い。


 ともあれ、この足りない三割分を自力で補填しなけりゃならないとかなると、従士副長になったは良いがいきなり借金王になってしまう。


 そのように俺が内心焦っていると、金髪童女は落ち着いた様子で紙面を手に、


「兄上様、資料を読むに資源地はソルヴィオドゥルム家が抑えているようですので、材料はほぼ無料にて調達可能にござる。ですから、出費の見込みの大部分は人足への支払いになっています」

「ふむ、なるほど……?」


 何が言いたいのかイマイチよく伝わってこなかったが、話の流れに合わせて頷きつつ、考える。

 そういう条件だと、何か上手い手が、あるのだろうか、トラヒメリーゼ様。


「はい、打開策はございます」


 ちっちゃな女の子は真面目な顔で頷いた。


「つまり、兄上様とリーゼが百人分働けば良いのです。穴掘りは言うに及ばず、土砂や粘土の採集に運搬、混ぜて叩いて、修行にはもってこいですな!」


 至極、真面目に、平然と、彼女はそのようにおっしゃられた。

 つまり、マジだ。

 大マジで言っている。百人分働けと!


 わぁい、サー・アゼルヴァリスだけでなく、リーゼさんまで無茶なこと言ってきたぞー!


 俺は茶杯を片手にふっと微笑み首をめぐらせ、三階にある我が部屋の窓から、遠くの夏の景色を眺める。


 ああ、山が、山が、青々と、青々と、綺麗だなぁ……


「ケルヴィン、今、すっごく、綺麗な目をしてる」


 ほっといてノーラさん。

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