ソルヴィオドゥルム家の従士副長になるかならないかのご相談
俺はサー・アゼルヴァリスに返事は三日を待って欲しいと答えた。
即断しなかった俺に対し、赤兜の青年は残念そうな表情を浮かべた。
彼はどう見ても軍人肌だから、素早い決断ができない奴は嫌いなんだろうな。
しかし、アゼルヴァリスはフン、と不満そうに鼻を鳴らしはしたものの、
「よかろう。村に戻ってから、三日だな。良い返事を期待している」
と承諾してくれた。
その後、負傷者の手当てを行い、魔物達の骸と巣を焼き払うと、戦死した仲間達の骸を背負って、俺達は北の森からレッカー村へと帰還した。
代官様の屋敷で祝勝会がひらかれ、討伐隊の参加メンバーは豪勢な料理や酒や茶などにありついた。
「にーちゃん、これおいしい!」
リーゼさんの輝く笑顔を久しぶりに見た。美味い食い物ってのは偉大だな。
「あんまり、喰いすぎんなよ」
笑って、料理を頬張ってるちっちゃな妹の頭をぽんぽんと叩いてやる。
宴の最中に誰かが呟いた「あぁ、生きていれば良いことがある」という言葉が、妙に俺の耳に残った。
翌日。
村の食堂兼酒場のテーブルで、俺はノーラ隊長からディナール金貨で50枚もの報酬を受け取っていた。
「なんでこんなに?」
俺が目を丸くすると、
「リーゼの働きの分が入っている」
「リーゼの?」
何故、リーゼさんの報酬が俺に渡されるんだ?
その疑問が俺の顔に浮かんでいたのか、
「うん? あー、そっか、臣下を持つのなんて初めてだよね。説明すると、一般的な帝国の制度だと、臣下や配下や部下の働きというのは、その主の功績になるんだよ」
つまり?
「今回、私は君を雇い、衛兵隊を率いて代官様の討伐行に馳せ参じた。私は今回の衛兵隊の働きを代官様から評価され、その結果、私も評価され、沢山の褒美をいただいたんだ」
へぇー……俺たちの活躍が、俺達を雇ったノーラ隊長の評価になっていたのか。
「で、我が隊の中で誰が一番活躍したかといったら、君の臣下であるリーゼだろう。だから、リーゼの働きの分を加味して、私からリーゼの主である君に渡すのが、私なりに奮発したその報酬ってわけさ」
ふむ、俺の評価や報酬も、同じようにリーゼさんの働きの分が加味されてのものになるのか。
「だから君も、代官様が私にしたように、私が君にしたように、君もリーゼに対して、同じように報酬を渡してやってくれ。それが配下に支えられている主の務めだよ」
桃色の髪のお姉さんはそのように俺に教えてくれた。
「えぇと、つまり…………リーゼさんに報酬を渡すのは、代官様でもノーラ隊長でもなく、あくまで彼女の主君である俺の役目ってことなんですね? 何故なら、俺に渡される報酬には、リーゼさんの働きの分も既に含まれているから。だから、俺が、この50枚の中から、どれだけをリーゼさんへの報酬として渡すかを決めて、リーゼさんに、渡さなければならない」
「うん、そういう事だね。ケルヴィンはさすがアリシアの薫陶を受けているだけあるね。理解がはやい」
出来の良い生徒を褒める女教師のような笑顔をノーラ隊長は浮かべた。
アリシア、という名前が出たので俺は反射的に視線を逸らしつつ、
「しかし、この制度って、もしケチな上についてしまったら、下って凄く悲惨なんじゃないですか? 報酬がどれだけになるのかって、上からの分配しだいなんでしょう?」
ピンハネが我が物顔で横行している予感。
「その通り、だから気前の良い上がもてはやされ、逆は嫌われる。この制度の最大の欠陥はそこさ。配下の運命は主の器量に左右され過ぎる。ただ、主の側としてもケチだって評判がつくと配下に逃げられるし、新たな人も集まってこないからね。場合によっては、主の側が必死に自分の気前の良さを周囲に向かってアピールしたりもするんだよ」
なるほど、だからノーラ隊長も私は太っ腹だからね、なんて自分から言ったりしてるのか。
まぁこの人の場合、単純にそういう性格なだけって可能性もあるけど。
「解りました。色々有難うございます」
「どういたしまして。他に何か疑問点とかあれば、答えるけど……大丈夫かな?」
「それじゃ、お言葉に甘えて一つ、良いですか? 報酬の話とは別件なんですけど……」
「なんだい?」
「この前の、アゼルヴァリス様からのお誘いについて」
「あぁ、あー……その件か……」
緑瞳のお姉さんは少し顔を顰めた。
「私は、ソルヴィオドゥルム家に仕える衛兵隊の隊長なんだ」
「はい。ご無理のでない範囲で構いません」
「そうか、それなら良いんだ」
ノーラ隊長はほっとしたように笑った。
感心したように、
「ケルヴィンくんって、オトナだよね。まだ15歳なんでしょう? わたしが15の時なんて、まだ両親も健在だったし、すんごい自分勝手にのほほんとしてたよ」
「ノーラが歳のわりに子供じみてるだけじゃないかな」
はたかれた。
「で、この、ノーラおねーさんに、一体何を聞きたいんだ少年!」
ノーラ隊長ぷんぷん丸。自覚はあるらしい。
「えぇと、それじゃ、確認なんですけれど、農家の子供がいきなり、従士副長になるって結構、凄いことなんですよね?」
「結構、というか、とんでもなく凄い事だぞ。大抜擢だ。従士副長っていったら、君は私よりも偉くなる」
「そうなんですか?」
「私が従士の身分だ。ソルヴィオドゥルム家で従士っていったら幹部クラスだよ。で、従士副長っていったらその幹部達をさらにまとめて指揮する立場の人間だ。ひらの従士よりも当然偉い」
おー、十年以上衛兵として勤め上げて、村を守って数多くの活躍をしてきたノーラ隊長よりも上になるのかー。
「ノーラ隊長は、なんで俺に良くしてくれるんですか?」
「ん?」
「だって、ふつう、それ、俺みたいなのって、ノーラ隊長達からすれば、すんごい嫌なヤツだと思うんですけれど」
要するに俺は、グレゴリオさんになるわけだ。職場が俺んちの畑じゃなくて、騎士家だって違いはあるけどな。
いきなり横からやってきて、仕事を取られて、デカイ面される訳だ。おまけに主から抜擢されてやってくる訳だから、主からは気に入られてる。
「まぁ、そうだねぇ。その通りだ。私が君に対して友好的なのは、私が君を個人的に気に入ってるからだよ。従士副長への抜擢話が出る前から私は君と縁があるからね。それに、君達のおかげで恩恵に預かった側の人間でもあるし。だからむしろ、周りの従士仲間からは君達と一緒に怨まれる側かもね。でも、そのあたりは結構、複雑だと思うよ」
「複雑?」
「だってぇ、どー考えてもリーゼいなけりゃ私達、あの森で全滅してたじゃないか。リーゼ様様だよ。命の恩人だ」
あ、やっぱり、そうなんですね。
「君たちは恩人で、英雄だよ英雄。まぁそれでも邪魔に思う気持ちが上回るヤツっていうのもいるとは思うけれど、良い人多いから、まー、だいじょうぶじゃないかなぁ」
この『だいじょうぶじゃないかなぁ』は信用できない系と見た。
前にうちでお酒飲み過ぎてぐでんぐでんに酔っ払ってたこのおねーさん、けっこお、抜けてるトコあるからな。
というか、主の意向を汲んで俺とリーゼをソルヴィオドゥルム家に引き入れたいのなら、本当はそれなりにヤバイところを、敢えてだいじょうぶじゃないかなぁ、とか適当言ってる可能性すらある。
俺が疑惑を込めてじーっと見つめていると、
「ほんとだってほんと。一緒に森へといった武官連中はまず大丈夫だよ。そんな陰険なヤツはいない。……屋敷に残ってた内政屋達は、何を考えてるのか、わからないトコあるけど……」
正直、不安である。
「そんな環境で、右も左も解っていない俺が、いきなり従士副長という重責を担って、きちんと仕事できるでしょうか? やっていけるでしょうか?」
「ん~……まぁ、補佐は、つけてくれると思うぞ? あとは君のガッツと能力次第だろう」
君のガッツと能力次第、ねぇ。ノーラ隊長も時と場合によっては実にオトナらしい言い回しをするもんだ。
「その補佐が、本当につけられるのか。つけられるとしても、心から俺達に味方してくれるのかが、心配なんです。表面上はにこにこされたら、実際はどうであっても、それとなく死地に導かれてても、俺には解らないんです。信用できるかできないかわからない相手に、生殺与奪の権を握られることになる。素人の子供達が身一つでひとかどの地位に飛び込むってことは、そういうことでしょう」
臆病だなぁと笑われたり呆れられたりするかと思ったが、ノーラ隊長はそういう反応はかえさなかった。
逆に、
「……なるほど」
と頷いてくれた。
「確かに、仕事で何が大変かっていったら仕事そのものよりも、周囲との人間関係だからなぁ」
薄桃色の髪のお姉さんは、独白するようにぽつりと呟きをもらした。
その後、ノーラ隊長は真面目な表情で口元に手をやって「うーん」としばらくうんうん唸ってから、
「わかった。じゃあさ、逆を言うなら、きちんと信用できる補佐がつけられるなら、君は従士副長になることは、構わないのかな?」
「ええ、話自体は、願ってもない大出世ですからね。なれるものなら、なりたいです」
従士副長になれれば、リーゼさんと暮らす家の獲得にぐぐっと近づく。リーゼさんも天下取りへの第一歩として(あの娘まだ諦めてなかったよ)俺が従士副長になることは賛成らしい。
ただ、高確率で爆死すると解っている場所に徒手空拳で運を天に任せて飛び込みたくないのだ。可能だったら、飛び込む前に、勝ち目を確保しておきたい。
だから、良い知恵はないかとノーラ隊長に相談したのだが、
「では私が君の補佐につくというのでは、どうだろう?」
えっ?
頼りになる? お姉さんは予想外なことを言ってきた。
「……できるんですか、そんなこと?」
ノーラ隊長って隊長だよね? 衛兵隊の。
しかし、
「さしあたり、出来る出来ないはおいといてよ」
と凛々しい表情で戦乙女。
彼女は真剣な光を湛えた緑色の瞳で俺を見据えると、
「で、どうなの? 私でも信用できない?」
「あ、いや、ノーラ隊長なら、信用できますけど……」
「良かった」
にこり、とお姉さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、よし! それじゃー、その方向で、サー・アゼルヴァリスにお伺いを立ててみるよ」
ノーラ隊長は杯の中の茶を飲み干すと、銅貨をテーブルに置いて席から立ち上がった。
「有難うございます。でも、いいんですか? なんでそこまでしてくれるんです?」
「だって、リーゼ、彼女こそ鬼神じゃないか」
立てかけてあった刀を腰に差しつつレッカー村の守護神と呼ばれる女隊長は苦笑する。
「絶対に敵に回したくない相手は、味方につけておくものだよ。最低でも中立の確保だ。もし万一、彼女が敵国へといって、そこで将軍になって、将来この領や帝国に攻めてくる可能性を考えたら、背筋が凍る。だから私は今回のサー・アゼルヴァリスの君達の抜擢に賛成なのだ」
リーゼさんを敵にまわしたくない……なるほど、それは解るような気がする。
「それに……言ったろう。私は君を個人的に気に入っているんだよ」
ノーラ隊長は羽兜を目深にかぶりながら、俺へとそう言い残して、去っていった。




