異世界無双リーゼ~兄貴はお代官様を守ってる~
駆ける、駆ける、視界が揺れる。
駆ける、駆ける、森の中を駆ける。
森の独特の匂いが鼻腔をくすぐった。
肺に吸い込み、大地を蹴りつけ、回る独楽のように捻りを加えながら、宙返りをするように、俺は大きく跳躍した。
風が頬を撫で、天地が、景色が回る。
柔土に脚から接地する。跳躍前と跳躍後では、百八十度、俺が向いている方向が反転していた。
身を深く沈めてバネを溜め、先程まででは後方、今は前方となっている方向へと飛び出す。
目前には、俺を追ってきている飛蝗人の鍛えられた体躯が見えた。戸惑ったような気配が伝わってくる。意表をつけたかな? 脇をすり抜けざま、ヴェスティール鋼製のブレードを振り抜く。硬いものを断ち切る手応え。精気を脚部へと巡らせ、地を蹴って即座に宙へと跳躍する。
重力を振り切るように一気に跳んで、樹の枝に飛び乗り、振り返り、見下ろす。
さきほど俺が斬った飛蝗人が、血飛沫をあげてよろめき、崩れ落ちるのが見えた。
仕留めた。
――本日、わたくし疾風と踊るケルヴィン・レッカー、北の森で飛蝗人討伐を行っております!
警戒していた代官様達の予想よりも、さらに増える速度が飛蝗人達は異様にはやかったらしく、すんげぇ大量にワラワラと沸いて出てきている。
二桁じゃきかない、確実に三桁の数だ。
緑の木々が立ち並ぶ森の中で、無数の飛蝗人と人間達が大激突している。
押し寄せる飛蝗人という名の洪水の前に、人々という小さな壁が立ち塞がっている。
魔の生き物達の激流を前にして、俺と同じく、張り出した樹の枝に登っている人間がいた。
ノーラ隊長だ。
羽兜をかぶった衛兵隊長は、右手に三本程の矢を一度に一気に引き抜いて保持し、その一本づつを順次、左手に構える鉄弓に番え、矢継ぎ早に連射していた。
普通、弓矢ってのは、そんなに連射できないものだと思うんだが、ノーラ隊長は三本の矢を引き抜いて構えてから、一秒のうちに三連射する。
暴風雨のごとき速射だった。射法が独特だ。番えると同時、左の弓身を押し出すようにしながら放つ。
狙いの精度も抜群だった。
この乱戦の中、樹上から猛連射して撃ち降ろし、飛蝗人達だけを正確無比に射抜いていっている。
俺が見た限りでは、一発たりとも味方への誤射が無い。
普段の抜けっぷりが嘘みたいに、極限に繊細に集中している。
矢が尽きればあらかじめ用意されていたのだろう味方から矢筒ごと矢を受け取って、また猛連射して次々に射殺する。彼女一人で飛蝗人の骸を量産していっていた。
さすがレッカー村の守護神と異名を取るだけある。
が、一番暴れていたのは、やはりセンゴク・メモリーの持ち主だろう。
「あの童は、戦神の化身かなにかか」
先程聞いた若い代官様の呟きが妙に耳に残っていた。
その評価も、あながち誇大ではない。
赤い麦わら帽子に赤いワンピース姿のリーゼさんは、木刀を振り回して、次々に飛蝗人をぶった斬っていた。
今も最前線に立っているリーゼさんに対して、飛蝗人達は三体くらいが一塊になってまとめて飛び掛ってきたんだけど、リーゼさんは無造作に横一文字に薙ぎ払って、一撃でそのすべてを両断した。
二撃でさらに三体をぶった斬った。
三撃でさらにまたもう三体の飛蝗人が倒れる。
森にどんどんと飛蝗人の骸が積みあがってゆく。
なんか、あの子だけ、世界が違う。ノーラさんも鬼のように強かったんだけど、うちの妹はさらに一つ桁が違う。
まさに異世界。異世界無双。
その剣の通る道、悉くを鏖殺してゆく。
縦横無尽にリーゼさんが駆け回って一人で正面を抑えているので、俺達は側面をなんとかするだけで良く、そのおかげで、この洪水のような魔物の猛攻を前にしてもなんとか崩壊しないでいられた。
リーゼさんいなかったら、とっくに俺達全滅してるよね。
飛蝗人達はそれくらいの勢いだ。
あ、そうそう、うん、木刀で斬ってるんだ、リーゼさん。村の丘の上に立つ樫の巨木の枝から削りだしといた手製の一振りだそうだよ。
木刀って斬れるもんなんだなぁ……と思ったけれど、その刀身がうっすらと白い光を纏っているのを見るに、常時気を纏わせて斬りつけているようだよ。
俺がやったらすぐに全身から血を噴出して死にそうだけど、リーゼさんは涼しい顔だよ。
しかし、リーゼさんがいかに強いとはいえ、彼女にすべてを任せて観戦だけしている訳にはいかない。技術はトラヒメでも身体は12歳児のリーゼだからね、体力の限界値は低い。俺が出来ることは俺がやらねばなるまい。
俺は木の枝から飛び降りて、味方と格闘中の飛蝗人の背中へとロングブレードで斬りつけた。飛蝗人が血飛沫をふきあげて倒れる。
「おう、助かったぞ少年!」
翼の無いトカゲのような竜に乗っている、真紅の赤兜をかぶった青年が、鞍上より槍を片手に俺へと笑顔を見せた。ご無事で何よりお代官様。
周囲を固めている護衛さん達に混じって、俺も代官様の守りにつく。
そう、既に代官様の回りにまで飛蝗人がなだれ込んできていた。
精気を操り、夕陽の黄金光にも似た光をロングブレードへと纏わせて近くの飛蝗人へと斬りつける。
一刀で両断し、横から飛んできた飛蝗の跳び蹴りを身を捻ってかわしつつ、返す刀で斬って沈める。
さらに三匹目が拳を突き出してきて、よけられないかと思ったが、矢が飛来して撃ち抜いてくれた。ノーラ隊長の援護射撃だ。
勢いが鈍った敵の攻撃をすり抜けるようにかわしながら胴を抜き、真っ二つにしてトドメを刺す。
「やる! 貴様、名はなんという!」
お代官様が片手で手綱を操って、跨る馬竜をゆっくり歩かせつつ鞍上より槍を振り下ろし、飛び掛ってくる飛蝗人の頭部をカチ割りながら、たぶん俺へと言った。
「レッカー村がケルヌンノスとルテティアの息子、疾風と踊るケルヴィンと申します」
「ほう、疾風と踊るか、おもしろき名だ。その身のこなしを良く現しているな!」
いえ、それ正確には『疾風をカゼと読んで心が大いに踊るケルヴィン』の略だったりするんですが……まぁいいや、これからはそういうことにしておこう、お代官様も疾風、かんじてますか?
「さては、お前達が、衛兵隊長が申していた眠っていた力に目覚めたという村の兄妹だな?」
「おおせの通りにございます」
「ノーラめ、若くして耄碌したのかと心配になったが、事実であったか! ハハッ! この世というのは、存外、おかしなものよな! まだまだ捨てたものではない!」
鞍上より槍を振るい血煙をあげながら代官様が獰猛に笑う。
それは良いけど、まわりに飛蝗人達が押し寄せてきていて、護衛さん達が必死に刀槍を振るってるんだけど、その中で泰然と会話するその謎の余裕はなんなんだ。
あ、俺もその必死に刀振るってる護衛の一人ね。
まぁ無駄に脅えてパニックになられるよりは百万倍マシだけど。えらい豪胆さだ。
この若き騎士にしてレッカー村を治めているお代官様、名をアゼルヴァリス・ソルヴィオドゥルムという。
彼は騎乗用の小型竜の鞍上より森の戦場を睥睨すると息を吸い込み、大声を発した。
「ソルヴィオドゥルムの戦士達よ! 騎士アゼルヴァリスが貴様等に告げる! 北の先頭を見よ! 我々には戦神の化身がついているぞ! 我々がこの大群を相手に勝利を成せば、サーガに謳われる栄誉に沐するは間違いがなく! さらに我々の勝利は戦神によって既に確立されている! 勝って帰れば栄光の宴だ! 生き汚さを誇りとするならば、勝利の美酒を味わう前にくたばるなッ!!」
お代官様の声に応えて『オオー!』と周囲から声があがる。
勝てるかどうかはまだ正直、わからない戦況な気がするんだけど……お代官様によれば、もう俺達の勝ちは確定している状況らしい。
何か、俺達とは違うモンが見えてるのかね?
まぁ勝てるってんなら、より一層頑張ろう。
金溜めてリーゼさんと暮らす家を買いたいので、俺も褒美が欲しい!
うおー、飛蝗人、その首は俺のもんじゃー!
そんな事もあって、これといった確かな根拠はないんだけど、サー・アゼルヴァリスがそばにいると頼もしい。
危なっかしいが頼もしい。
単純な強さだけでいうなら暴風雨的狙撃手なノーラ隊長とかのが強いと思うんだけど、何か違う強さがある。
気合の差か?
身分の差か?
敵に対する殺意の量の差か?
その統率力の源がなんなのか、俺には確かなところがわからなかったが、とりあえず、伊達で代官様ではないらしい。
一時期は飛蝗人の奔流に呑み込まれかけた俺達討伐隊だったんだけど、リーゼの無双やノーラ隊長の援護射撃、サー・アゼルヴァリスの統率力、そして各隊員達の奮戦に支えられて、なんとか飛蝗人達の奔流を押し返し始めた。
あ、俺もけっこう頑張りましたよ。
そうしたら、なんかボスっぽい、超大型の飛蝗人が森の木々を圧し折りながら出てきたんだけど、すぐにリーゼさんが木刀の刀身から白い光を長大に伸ばして振るい、一撃で首を刎ね飛ばして沈めた。
本当にあっという間だった。相手に何もやらせない。まさに閃光の一撃。
あの光、見たことあるぞ、アニャングェラを倒した時の皓い閃光だ。
そうして俺達は壊滅せずに済み、逆に飛蝗人達を殲滅しきって勝利を収める事に成功した。
飛蝗人の無数の骸が転がる森の中、皆で、うおーうおーうおー、と盛大に勝ち鬨をあげた後のことだ。
「娘。俺に仕えろ」
サー・アゼルヴァリスがリーゼさんを即座に勧誘していた。12才の童女をも至極真面目な顔で勧誘するのが我等が村のお代官様であるらしい。
まぁあの無双っぷり見た後なら変なことでもないか。
しかしあんまりにもな無双っぷりだったから、辺境一般農民心理的には「悪魔にとりつかれている」とか思われて褒美どころか逆に討伐されてもおかしかーないんだが。
どうやらサー・アゼルヴァリスはそうは思わなかったらしい。もしかしたら、悪魔でも俺は使ってやる、とか考えてるのかもしれなかったが。
「従士副長の位をくれてやる。これは今すぐに俺がくれてやると約束できる最高の位だ」
従士副長っていうのがどんだけ偉いのかは知らないけれど一般的な兵士がつける、下兵、上兵、什長、兵士長とか沢山ある各種兵士身分の上に、それらとは明確に上と区別された従士身分があって、副とはいえ従士達の長とつくのだから、平民がつける身分としては、もしかしたら結構なものなのかもしれない。
しかし、
「お断り申し上げます」
リーゼさんもまた即座に断った。うちの妹ながらすげぇ。きっぱりである。
サー・アゼルヴァリスは悪ガキがふてくされたような、とても残念そうな表情を顔に浮かべて、
「気に入らんか?」
「いえ。ですが、それがし、既に主君がおりますゆえ」
え、そうなの?!
「ほう、誰だ?」
「兄です」
え、そうなの?!
「それがしめは兄の臣下にござる。ですのでサー・アゼルヴァリス、それがしを使いたい場合は、兄のケルヴィンを通してください」
「なるほど、道理だな」
道理なんだ。
「では、疾風と踊るケルヴィン」
お代官様がセンゴク童女から俺へと振り向いた。
血に染まった赤兜の下から、黄金色の鋭い双眸が、俺を見据えている。ドラゴンみてぇな目だ。
うん、こーいう改まった場面で呼ばれると疾風を感じる名前じゃなくてもうちょっと別の真面目な名乗りをしておいたほうがよかったかな、って気分になるよね。
「俺に仕えろ」
そーなりますよねー。




