乙女チックなノーラと「今週のうちの流行語は『幼女こわい』で決定だよ」の巻き
俺は所詮、人なのか。
目を覚ますと、そんな言葉が脳裏をかすめたが、一つ首を左右にふって、追い出した。
うだうだと悩むのは、詮がない。
そんなことより仕事だ仕事。
着替えて、顔を洗って、飯喰って、妹と一緒に牛や山羊や鶏や、畑の世話をしにゆく。グレゴリオがきたので視線を逸らしつつ挨拶する。彼は気を悪くしたふうもなく、笑っていた。
陽が傾いてきたので、作業を切り上げる。
黄金に燃える夕陽を背負い、リーゼとともに夏の風が吹く緑の丘に登った。
丘の上の樹の下で、リーゼは俺に剣の握り方と振り方、そして、気を刃に纏わせる方法を教えてくれた。
妹は「にーちゃん、グレゴリオくらいならもう余裕で斬れるよ」と物騒なことを輝く笑顔で言ってくれた。無論、俺に斬る気は無い。
「ノーラ隊長相手だとどうだ?」
「にーちゃん、ノーラ嫌いなの?」
「いや、嫌いじゃないよ。むしろ好きなほうだ」
「に、にーちゃん年増好きだった……?!」
なぜ、そこで、そんなにショックを受けたような顔をする?
「そういうわけじゃないし、そーいう意味でもない」
「そっか、そーだよね、うん、ノーラとかありえない」
衛兵隊長ひどい言われようである。
一応、美人さんなのに。
ていうかあっちの側にこそ好みってもんがあるだろうよ。
「リーゼを除けば、この村で一番強いの、隊長だろう?」
「あぁ、なるほど……ノーラは、ちょっとまだ、無理かなぁ。試合形式の正々堂々とした接近戦なら勝ち目はあると思う。でもあの人、本命は弓だよ。ギガントアントの時の立ち回りかた見ても、彼女が本気になったら、絶対正面から戦ってはくれないよ。ノーラは一応、戦闘の専門家だと思う」
「そうか、一応、専門家か……」
実に『一応』って形容がつくことが多い人である。これが人徳か。
そんな事を話していた日の夜、噂のノーラ隊長が武装を解いて紺のワンピース姿で酒瓶を手に家にやってきた。武装してないと薄桃色の髪のお姉さんは結構、可愛らしい。結構というか普通に魅力的だ。さすが黙ってれば美人。
ノーラお姉さん曰く、
「三日後、出撃するから、用意しておいて」
とのことだった。
それを俺に伝えたあとは、アリシアさんと一緒にケラケラと笑って雑談しながら飲んでいた。アリシアさんのほうはお茶だったけどね。先日の一件で旧交が温まったりしてたのだろうか。二人とも、楽しそうだった。
そしてハメを外し過ぎたのか、あられもなく、ぐでんぐでんにだらしなく酔いつぶれて、げろげろ吐いて、前後不覚になって、あの晩に俺に大太刀をくれたおねーさんは泊まっていった。
うん、やっぱり、駄目なオトナだ。ありえない。もう少しスマートに生きてください隊長ぉ。
レッカー村の守護神な筈の女隊長の狂態をリーゼも目撃していたのか、翌日の昼の休憩時、
「にーちゃん、あたし、なんだか、不安」
と麦わら帽子の下の幼い顔に憂いを乗せて、たいそう不安そうに俺を見上げてきた。
「よくよく考えてみたのだけれど、あたしも討伐行ついてっちゃ、駄目?」
え?
「あたしが行けば、戦いでの犠牲者は減らせると思うの。それに……ノーラってなんか色々不安だし……にいちゃんに、万一が起こったらと思うと」
俺ってまだまだ信用ねーんだなぁ……という考えが脳裏を一瞬よぎったが、まぁ必ずしも、そうとは言えないよな。討伐っていったら集団戦だもんな。多数対多数がぶつかるところでは何が起こるかわからない。それくらいは俺でも解る。戦国武将の記憶を持つ、本物の戦場の記憶を持っているリーゼが、俺の身を案じるのは道理だろう。
それに、そもそも、リーゼから見れば俺なんてまだまだ弱すぎる筈だ。心配になるのも、仕方が無い。
ノーラ隊長も魔物の襲来時とかやる時はやってくれるんだけど、普段の姿があれだもんな……リーゼとしては不安になるか。
だが、
「それ、お前、力を隠すのやめるって事か?」
「うん……前世の記憶については話さないし、進んで広めはしないけど、一緒に戦う人達に対しては、戦う力がある事は隠さないことになると思う」
俺は己の眉間に皺が寄ってゆくのを感じた。
「……良いのか?」
「うん、あたし、今の生活を捨てる事になっても、にーちゃんと一緒にいられれば、後悔は少ないと思うの。見えない危険に脅えて、受身になって、ただじっと身を小さくして今を守ろうとしてもきっと駄目。そばにいないと、きっと遠く離れてしまうから。じりじりと、すべてを亡くしてゆくだけだから。だから、危険でも動くの。あたし、あたしとにーちゃんの家が欲しい」
リーゼさんは思い切りが良かった。
少し前まで俺の後ろに隠れているような、結構臆病な子だったような気がしたんだが。
トラヒメの記憶の影響なのだろうか。
俺は少し、心に怯みを感じないでもなかったのだが、
「……わかった」
考えた末、結局、頷いた。
案ずるよりも産むがやすし。なるようになるだろうよ。
だから、持っていくのは、覚悟一つで良い。
覚悟を決めよう。
きっと、ただの百姓ではいられなくなるのだろう。
けれど、ああ、そうだな――あの家には、もう後悔は少ないのかも、しれなかった。
あそこは既に、俺達の家ではない。
翌日の夕方、
「ケルヴィン、驚かないで聞いて欲しいんだ……」
ノーラ隊長が珍しく真剣な面持ちで俺へと言ってきた。
「君の妹のリーゼなんだが……彼女も、君と同じく、力に目覚めている。しかも、恐ろしく強いんだ……!」
うん、知ってる。
「な、なんだってーっ?」
棒読みにならないように努力しながら驚きの言葉を叫んでみる。
リーゼさん今朝から「衛兵隊の皆のところにご挨拶にいってくるね。だから今日はにーちゃんのお手伝いできないの。ごめんね」って言って姿を消してたから、こういう事態になるんじゃないかって予感はしてたんだ。
我ながらヒヤヒヤものの演技力だったが、この時のノーラ隊長は平静ではなかったのか、あっさりと俺の驚きようを信じてくれて、
「信じられない気持ちは解る! リーゼは12才のとってもちっちゃな女の子だもんな。わたしも、初め、自分の正気を疑ったよ! けれど、これが、これが、現実なんだよっ!!」
俺に事実を認めるようにと力説してきた。
ごめんなさい のーらたいちょう。
俺はこれまでの27年間の常識を木っ端微塵に粉砕されたであろう彼女へと心の中で謝った。
「めっちゃボッコボコにされたよ! この村を守る為にずっと戦いに生きてきた、この私がっ!! この私が……! あんなちっちゃな女の子に……っ!!」
薄桃色の髪のヴァルキリーが、緑色の瞳にうっすらと涙を滲ませて、ふるふると小刻みに身を震えさせている。恐怖が骨の髄まで刻まれた者の反応だった。そうとう手ひどくコテンパンにされたようだ。あの気丈なノーラ隊長をここまでにするとは、なにをやったリーゼさん。
いろんないみで ごめんなさい のーらたいちょう。
俺は重ねて心の中で彼女に謝った。
「大丈夫ですノーラ隊長。リーゼが力に目覚めたのだとしても、ずっとこの村を守ってきた貴女の強さや、その功績が失われた訳ではありません」
俺は己の中の持ちうるかぎりの真摯さと勇気を振り絞り、真っ直ぐにノーラ隊長の瞳を見据えて、努めて優しい口調で慰めるように言葉を紡いだ。
「貴女は変わらず、尊敬されるべき人です」
「お……おぉ……」
涙目になって震えていたお姉さんは、俺の言葉にエメラルドのような緑瞳を大きく見開いた。
そして、カァァァッとその頬に朱色を鮮やかに浮かべた。
彼女は少しの間、呆けたように俺を見つめていたが、やがて我に返ったか、ごほ、ごほんと、咳払いした。
「そ、そ、そうだな! 私としたことが、恥ずかしい! 小娘じゃあるまいし! あまりの事態に少しばかり気が動転していたようだ! 修行が足りないな!」
あははははと声をあげて、ノーラ隊長は笑った。
俺はじーっとその顔をみつめる。
うん、良かった、涙はひっこんだようだ。
ただノーラ隊長、相当、不甲斐無い思いが強かったのか、まだ顔が恥辱の色に染まっている。
できれば、それを恥だと思って気に病まないで欲しいものである。リーゼさんは色々規格外だからな……
「……あの、ケルヴィンくん、あんまり見ないで……」
赤い顔のノーラ隊長がぼそぼそと消え入りそうなか細い声で恥ずかしそうに呟いた。
「っと、失礼」
俺は慌てて視線を逸らした。
しかし、赤い顔を見られるのはまぁ恥ずかしいんだろうけど、それにしたって、やけに乙女な反応だな。ちょっとびっくり。まぁ実際乙女らしいけど。アリシアさんと同じ歳とはとても思えん。
ともかく、ノーラ隊長曰く、そんな訳でリーゼも飛蝗人討伐に参加する事になった、とのことだった。
「あぁでも、他の衛兵隊の皆さんは、リーゼまで討伐行に参加する事を、納得してらっしゃるんですか?」
「うん、そこは大丈夫だ。リーゼ、番に出ていた者以外の衛兵隊員をわたしも含めて一人で全員ぶっとばしたから。今週のうちの流行語は『幼女こわい』で決定だよ」
……なにやってんのリーゼさん?!




