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悩める少女とストライプ

 七月終わりから調子に乗っていた太陽もさすがに小休止が必要と見え、八月初めの某日、輝かんばかりなのは、むしろ少女たちのほうだった。


 星花女子学園の大きなイベントの一つ、臨海&林間学校。課外授業の一環と銘打ってはいるものの、実質は授業とは名ばかりの生徒主体のプチ旅行である。生徒会によって多くのイベントが開催され、それ以外はだいたい自由時間なので、生徒のほとんどは嬉々として参加する。例外は大学受験に不安を抱く最上級生と、一大イベントを率いる生徒会の皆様ぐらいだろう。


 特に生徒会は、新しい会長が擁立されてからの初めての大きな学校行事であった。今後の生徒会の評価に影響する重要な行事ということもあって、新会長の江川智恵えがわちえの緊張も大きく、責任の重さで前日は良質な睡眠にめぐまれなかった。集合時間が早朝ということもあって、何度も欠伸を噛み殺していたが、その間抜けなさまを、よりにもよって元生徒会長に目撃されてしまう。


「ふふ、智恵。朝から随分と余裕そうね」

五行ごぎょう先輩……からかわないでください。正直うまくやれるか、とても自信がないんです」

「過去の課外授業の情報は与えたでしょ? 途方に暮れたら、とりあえず先代のやったことに従えば、少なくとも『不可』を押されることはないわ」

「ですが……」

「それに、今回は元生徒会のサポートもあるから安心なさい。困ったことがあれば何でも相談に乗るわ。私だって去年は右も左もわからなくて、先輩方におんぶにだっこの状態だったのよ」


 元会長の辣腕らつわんぶりをよく知っているだけに、姫奏ひめかの発言はにわかに信じられなかった。不審げな顔をすると、姫奏はさらに楽しげに笑みながら智恵の肩を軽く叩いた。


「少なくとも、そんな顔は生徒の前には見せるべきじゃないわ。自信を持ちなさい、自信を。生徒に指示するなら、もっと堂々としなきゃだめ。私がついてるんだからこれほど心強いことはないでしょう?」


 実績に基づいた自信である。確かに心強いが、智恵としては先のことを考えて、やはり不安を抱かずにはいられなかった。五行元会長が余裕なのは、経験よりも生まれもっての素質のほうが大きく、同じように振る舞うことなど、できるはずがないのだ。来年、果たして自分は次の生徒会長に対して何を言い残すことができるのだろう。

 後輩の役員が助言を求めに現れたので、元会長は会話を打ち切り、現会長は後輩の言葉に耳を傾けた。とりあえず、今はできることをするしかなさそうである。


 学校の前はてんやわんやだった。てんやわんやなのは毎年のことであり、これをさばくことが最初にして強大な関門になってくる。十台以上のバスが配置されており、生徒たちは自由に座ることができる。むろんバスには定員というものがあり、いっぱいになった時点で生徒会はあぶれた生徒を他のバスに送り込むのである。


 それはまだ楽な仕事だ。生徒が自由に座られて一番厄介なのは点呼であり、座った後に出欠をとるのは莫大な時間の浪費である。そのため、生徒はまず正門前に待機しているクラス委員のチェックを受けてから、バスに乗り込まなければならない。


 高等部一年五組の御津清歌みときよかももちろん、クラス委員としてその業務に当たっていた。クラス名簿の大部分にレ点を入れたとき、六組のクラス委員から声をかけられた。


「みっちゃん、ちょっと悪いけど理純りずみさんを寮から引きずり出してきてくれない?」


 同学年のクラス委員から清歌はそう呼ばれていたが、その清歌は釈然としない顔で相手を見返した。それも当然で、理純智良とはクラスは違うし、清歌はそもそも寮生ではないのだ。同じ桜花寮生で、なおかつ同じクラスである彼女が何を言っているのかと思ったのである。それを問いただそうとしたが、その前にクラス委員の子が悪びれないようすで言ってきた。


「別にいいじゃん。みっちゃんと理純さん、仲いいんでしょ? ホラ、行ってきてよ」

「もしかしたら、理純さんからおぱんつのおこぼれをもらえるかもよ~」


 別のクラス委員の女子までからかい始め、清歌は悪意に満ちた笑い声を背中で受け流すかたちで高等部桜花寮へ駆け出した。目頭が熱くなるのを感じながら、叫び出したくなるのを必死にこらえた。


(あんなやつら、姫奏さまに皆やっつけられちゃえばいいんだわっ)


 清歌の怒りは桜花寮から出てこない知人にも向けられていた。あくまで知人であって、決して友人ではない。意識したくもないのに恥ずかしい光景ばかりが思い起こされて、どこ構わずに赤面してしまうのである。


 理純智良りずみちら。どういうわけか、ラッキースケベに異常に執着している少女。執拗にターゲットにされている清歌は、いったいどれだけ彼女の下着を見せられたのだろうか。いちおう見せつけるだけの価値のある光景ではあるが、清歌にはその価値観の共有を認めないものだった。姫奏さまのラッキースケベならともかく。


(……って、わたしったらいったい何考えてるの!?)


 思わず、智良の痴態を憧れの元会長さまに置き換えてしまい、清歌は両頬を叩いて艶やかな妄想を追い払った。

 階段を駆け上がり、廊下に出ると、ちょうど遅刻者が寮部屋から出てくるところであった。


「理純さん、何やってるんですか! もうバス出ちゃいますよっ!」

「ごめんごめん! 準備に手間取っちゃって。それにしても、わざわざ清歌が迎えに来てくれたの?」

「いいから早く出てくださいっ!」


 智良は「ごめんってば~」と誠意を感じさせない謝罪をしながら、清歌の隣を横切った。やれやれと思いながら清歌は振り返り、その瞬間、表情と足が凍りついた。


 制服のプリーツスカートと白のポロシャツという格好をしている智良。それ自体は別に衝撃を受けるに値しない。背中に大きなリュックサックを背負っているのも、まあいい。

 問題はリュックサックと背中で、まくれ上がったスカートをくわえ込んでいるという点だ。


 どうして気がつかないの!? というレベルでスカートの中身があらわで、青と白の横縞のおぱんつが清歌に対して爽やかにご挨拶をしている。肉感的に動く小尻とそれを包む薄布に、清歌はまたしても立ちくらみを起こしそうになった。忠告するのも気が引けるが、それを無視できないのが清歌の真面目さであった。


「理純さん! うしろ、うしろっ……!」


 決死の呼びかけは、残念ながら智良に届く前に立ち消えてしまった。魅力的なストライプを晒しながら廊下を曲がり、清歌は慌てて追いすがる。

 清歌は智良に追いついた。予想よりも早く、さらに予想外の形で。


「ぎゃんっ!」という奇声とともに、智良は床につんのめった。廊下を曲がろうとした清歌のふくらはぎにゴム鞠を軽く蹴ったような衝撃がある。後に智良の語ったことでは、どうやらスニーカーの靴紐を結ぼうと屈んだところに、清歌が後ろから衝突したそうである。


 清歌は反射的に「ごめんなさい」を口にしようとしたが、床に這った智良がしまぱんに包まれたお尻をさすりながら、品のない恍惚の笑みを浮かべているのに気づいたとき、頭の中で何かがはじけた。ただでさえ同僚たちになじられて気が立っているのに、そこに散々やめてやめてと繰り返してきたはずのおぱんつのご登場である。累積した怒気が臨界を突破し、自らがよろめくほどの勢いで清歌は大声を放った。


「もう知らない! 理純さんのバカああぁぁああッ!!」


 笑えないレベルの憤怒にさすがの智良もぎょっとして立ち上がった。先に駆け出していく清歌を慌てて追いかけようとしたが、ほどけた靴紐を踏んづけて再び奇声と共にひっくり返ってしまう。それを無視して、清歌は桜花寮を飛び出し、何度も入り口を振り返りながら呼吸を整えた。クラス委員の仕事を放棄してしまった形になるが、本来自分がすべき仕事でもないし、ふしだらな少女もすぐに追いかけてくるだろうから罪悪感もそこまで深くはならなかった。


 正門のところまで行くと、もうほとんどの生徒はバスに乗り込んだあとであった。桜花寮に向かった清歌に代わって高等部一年五組の出欠をとっていたのは、なんと元会長の五行姫奏であった。

 清歌はさまざまな要素で心臓がばくばくになっていたが、清歌に気づいた姫奏も批判めいた驚きを示した。


「清歌さん、どうしたというの? あなたのクラスの残りの出席者は私が全部チェックを入れちゃったわよ」

「ひめか……じゃなくて五行先輩! 少しの間だけ、か、か、かくまってくださいぃ!」


 いきなりの申し出に姫奏は面食らい、清歌に対して二回ほどまばたきをした。


「どうしたの、清歌さん?」

「いえ、その、あのぉ……」


 説明するにしても、どこからすればいいのやら。思わず言いよどんでしまうと、背後から聞きたくない声が響いてきた。


「きよかーっ! ちょっと待ってってばー!」

「ひっ……」


 清歌は反射的に姫奏の背後に回り込み、姫奏は背後の後輩と、汗だくで駆けつける智良の姿を見て、おおよその事情を察した。「こっちよ」と手を引き、一緒にバスに乗り込む。

 慌てたようすで座席に着く二人を見て、目を丸くしたのは向かい席にいた河瀬かわせマノンであった。


「どうしたん? 姫ちゃんも清ちゃんもそんなに慌てて……」

「せ、先輩! ちょっとだけ静かにしてくださいっ」

「ん? 何かあったん? ……あぁ、そういうこと」


 バスの入り口から覗かせる褐色のツインテールと、縮こまって怯える清歌の反応を見て、マノンは合点のいったように頷く。姫奏は震える後輩に「じっとして」と小声で命じると、席を立ち、切りつけるかのような一瞥で不逞な後輩を見据えた。


「そこの貴女、今来たようだけど、クラス委員にちゃんと出席の報告はしたの? していないなら、課外授業の参加は認められないわ」

「げっ、五行姫奏……先輩。それにマノン先輩も……」


 座席の陰から、小柄な元副会長も顔を覗かせていたのであった。


「ほれ、怒られたくなかったらはよお戻り」

「は、ハイ! ソウシマス……」


 なんとも間の抜けた体勢で智良は撤退し、少女たちの失笑が彼女を後押しする。姫奏が「もう大丈夫よ」と小声で告げると、清歌は安堵の息を吐き、思い人に対して改めて敬慕の視線を向けるのだった。

 

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