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双璧のフォーリナ―

 エヴァンジェリンは豊かな胸ごと、上半身を乗り出して尋ねた。


「それで、それで? 合同誌の件はどうなりましたの?」


 それに対してマノンは、からかうような憐れむような笑みを浮かべたものだ。


「うちが代わりに来てる時点でお察しってやつやろ? ノンや、ノン」

「ががーーーーーーーーんッ!」


 絶叫とともにエヴァはよろめき、そのまま演技女優のような崩れ方をした。両手と両膝を同時に付き、金の髪の房をはらりと床に付けながらガックリとうなだれた。


「そ、そんなあ……。いったい、わたくしの作品のどこがいたらないとおっしゃいますの……?」

「イタりすぎたのが問題なんじゃないの? ていうか、どさくさに紛れてスカート覗こうとするなッ」


 智良ちらが鋭く見下ろした先には、四つん這いになりながら短いスカートの中をチラチラとうかがうエヴァの青い視線があった。

 注意され、変態の英国少女は頭を上げて智良を見つめ直した。キョトンと不思議そうな表情になる。


「何をおっしゃいますの? チラちゃんにとっておぱんつは、見られてナンボのものではございませんの?」

「変態に見せるおぱんつはないってのッ! いい加減起きないとそのまま踏みつぶすよ!」

「いやあん! ぼーりょくはんたいですわっ! ……ハッ! でも、チラちゃんに冷ややかな視線を受けながら踏まれるって、あるいはスゴい快感かも……っ! わっ、わかりましたわチラちゃん! わたくし、やりますわっ! さあ、靴を脱いで思いっきりっ!」

「みゃあッ!? ば、バカなこと言ってないで、早く立てっての!」


 智良がうろたえると、エヴァは「ごめんあそばせ」と余裕の笑みで立ち上がった。フリルたっぷりの純白のワンピースの裾をはたきながら、後輩二人のやりとりをほくそ笑みながら見ているマノン元副会長と改めて正対する。

 智良もエヴァと同じ行動をとり、今さらと思われる疑問を口にした。


「そもそも、なんでマノン先輩が代わりに来たんです?」

「漫研の合同誌を検閲さしたら、生徒会の皆が全滅しもうてな。姫ちゃんが介抱にあたって、うちがとりあえずエヴァちゃんにダメ言うときって頼まれたんや」

「全滅って……会長さんも?」

「モチロンやで。てか、智恵ちえちゃんの反応が特にオモロかったなぁ。ゆでだこさんのような顔でうつむいて、涙目で唇をぷるぷるさせてたわ。ホンマぼんぼりはんなりさんって感じや」


 他の役員もおおよそ似たような症状で、例外は元生徒会のトップを飾ったお二人だけとのことらしい。これでは新生生徒会の前途は険しそうである。


 マノンはにこやかに微笑みながら、エヴァにくだんの合同誌を返却した。智良は怖いもの見たさの心境で、その表紙を覗き込んだ。エヴァンジェリンのイラストは過去に見た(見せられた)ことがあったため、表紙のイラストが誰によって描かれたのかはすぐにわかった。


 少女二人が正面を向いており、以前と違い、今回はきちんと下着が穿けるようになったらしい。もっとも、その事実は大量の劇薬が致死量に変わったていどの慰めにしかなっていない。


 共に学生服とアイドルの衣装をごっちゃにしたような格好をしており、ニーソックスに包まれた足を跳ね上げながら、身体も大きく跳躍させている。フリルとパニエに包まれたミニスカートは大きくひるがえり、横縞模様の下着が惜しげもなくあらわになっており、おへそまでめくれそうな勢いだ。正面を向いているにもかかわらず、お尻の肉まできちんと描き込まれており、これを一般来賓の前に晒すのかと思うと、エヴァの辞書に『反省』の意味に当たる英単語が存在するのかと疑いたくなってしまう。


 エヴァの支配下に置かれたも同然の漫研部員の作品だ。内容をうかがう気にはとてもなれず、智良は視線を合同誌から外した。一方、マノンは逆に興味津々なようすで表紙を眺めながらコメントを残した。


「それにしてもスゴいスカートのまくれ方やな。こんなアクロバティックなパンチラ、智良ちゃんも真似できひんと思うで」

「なんで、そこであたしを引き合いに出すんです!?」


 思わず叫んだ智良であるが、異邦人の少女二人はむしろ不思議そうに青い目を瞬かせた。


「なんで、って……星花女子でパンチラゆうたら智良ちゃんやろ?」

「そうですわ! チラちゃんのラッキースケベはすでに星花女子の名物ですもの。そうですわよねー。河瀬かわせ先輩?」

「なー。エヴァちゃん?」


 いつのまにか外国人同士が結託してしまっている。そんな二人を見て、智良はがっくりと肩を落とした。


「随分と気が合うみたいですね。おふたがた」


 エヴァがご自慢の胸を反らせて応じた。


「だって、わたくしと河瀬先輩は、ご先祖様が百年戦争でいがみ合うほどの仲ですもの♪」


 それは仲がいいって言うのかなあ。智良はそう思ったが、歴史に関してはお手上げ状態なので黙ってことの成り行きを見守っていた。


 変態淑女として名を馳せているエヴァンジェリンだが、実のところ、菊花にすんなり入寮できるていどには成績はいいようである。編入したばかりという理由と、当のエヴァが星花の生徒と多く触れ合いたいと望んでいたから桜花寮に入っているだけに過ぎず、智良としては正直、いい迷惑である。さっさと菊花に行ってしまえという気持ちは日に日に募るばかりだが、とうのエヴァは智良が邪険に扱うたびに、懐いているという始末。

 そのエヴァが、陶然とまた何か言っている。


「わたくしの生まれ故郷は『百合戦争』も存在して、百合に何かと縁がありますの。うふふ、百合戦争、何ともいい響きですわ~」


 だから過去の戦争で恍惚にひたるのはどうなの!?


 これがお国柄か、と智良が愕然としていると、傍らでマノンが服の袖を引っ張っているのに気づいた。

 視線を動かしたとき、なぜか何の脈絡もなく、智良はマノンの制服のブラウスを強く意識してとらえてしまった。彼女の胸はかつての生徒会の栄光に違わぬ『双璧』ぶりを誇っていた。

 智良がマノンの胸に気を取られたのは一瞬のことで、おフランスの少女は気づいていないようだった。そのマノンが小声で耳打ちをする。


「エヴァちゃんの言ってることはウソやで。ホントに言いたいのはきっと『薔薇戦争』や」


 英仏どうしでおこなわれた百年戦争の終結後に発生した、イングランド国の内乱である。二つの王国がそれぞれ赤薔薇と白薔薇の記章を用いているのが名称の由来なのであるが、智良としては歴史はそこまでまだ教わっていないので、マノンの言うこと正しいと断言できる能力はない。少なくとも、夢見心地で言う英国淑女よりは信憑性はあるように思われた。

 そのマノンが智良のもとから離れ、エヴァの肩にポンと手をやった。


「ともかく、りんりん学校では合宿やな。ま、がんばってーな」


 マノンの言う『りんりん学校』とは、来月におこなわれる臨海&林間学校のことだろう。『だろう』と銘打ったのは、そのような呼び方をする人を智良は初めて見たからだ。『りんりん学校』は数日にわたってイベントが目白押しで、智良は中等部のころから毎年参加していた。服飾科の面々とバカ騒ぎした記憶しかないが、もうこんな時期なのかと、智良はガラにもなく月日の流れる早さを思い知らされていた。


 フランス人の先輩に肩を叩かれて、イギリス人の後輩は現実に帰着できたようである。宿題を課せられたことを知り、エヴァは可愛らしく麗しい顔をゆがませた。


「きゅうぅぅう……。初めての林間学校、素晴らしい百合ん百合んパラダイスを築けると思いましたのに~!」


 そういえば、今年度から編入したエヴァにとって、臨海&林間学校は初めての経験であったはずだ。お気の毒に、と言いたいところだが、それなら最初から健全な作品を描いておけば良いものを。

 ワンピースの裾をはためかせながら立ち去るエヴァの後ろ姿を見送ると、菊花寮の国際的才女は、相変わらず面白げな笑みを浮かべながら智良を見た。


「智良ちゃんって、いつもエヴァちゃんにあんな風につきまとわれとるん?」

「ええ、まあ、もうホント勘弁してくださいって感じなんスけど……」

「でも、これでつきまとわれるきよちゃんの気持ちはちょっとはわかったやろ?」


 智良はムッとした。さすがに清歌に迷惑をかけているという自覚はあった。でも、それは清歌の恥じらう反応があまりにも愛らしすぎるから悪いのだ。熱っぽい表情と視線で、下着に包まれた尻を撫でられると、智良の中に麻薬にも似た成分が脳内に炸裂して、もっと見てほしいと感じてしまうのである。


 それに智良は、エヴァンジェリンと違って、相手の肉体を用いたラッキースケベはつとめて行わないようにしていた。御津清歌みときよかを例に挙げるなら、彼女の豊かな胸を羨ましいとは思うことはあれど、事故を装って揉みしだくのは智良の中ではルール違反であった。パンチラも、自分のものは見せつけても、相手にそれを強要する意思はまったくない。泣かせるようなことになれば、智良としてもも後味が悪いのだ。

 もっとも、こんな理論を語っても変態のレッテルが外れるわけでもないので、マイルールとして心の中に刻み込むに留めていた。

 マノンは表情を変えずに、口調だけは真面目さを含ませて忠告した。


「わかったなら、大人しく清ちゃんから身を引いたほうがええで。後悔することになっても知らんからな~」

「なんで部外者があたしと清歌の仲に口出しするんです?」

「口を出すも何も、清ちゃんのほうから困ってますって、うちに相談してきたんやで?」

「ぐっ」

「それに、うちは姫ちゃんにいつでも報告できる自由があるんやで。ま、近い将来その必要もなくなるけどな」

「? どういう意味ですか。それに報告するなら江川えがわ会長でしょう?」

「あ、そやったわ。確かに校内の秩序を保つなら、現会長の智恵ちゃんにチクらにゃあかんか。秩序のためにはなー」


 マノンの笑みも言葉遣いも相変わらず真意が読み取れず、智良の心にはソワソワとかザワザワとかの感覚が独り歩いた。エヴァのような本能と行動が直結している人物も困るが、マノンのような腹芸に長けた人物も、側にいられるのは『ごめんあそばせ』の存在だ。小柄なフランス人少女が含みある笑み以外の表情をとれるなら、それはそれで見てみたいという気持ちは無きにしも非ずなのだが、つくづく星花の異邦人は強者揃いである。


「忠告しといたからなー」と手を振りながら立ち去る元副会長の姿を智良は憮然として見送った。姿が見えなくなると、智良は緊張が解けたように溜息を吐いて、手に持っていたヒャンタの缶の存在に気づいた。もうすっかりぬるくなっていた。


 自腹でもう一本買わなきゃいけないかなあ。さらに落胆すると、二階の階段から足音が鳴り響き、見覚えのある姿が現れた。お使いを命じた智良のルームメイトである。


「智良、ジュース一本買うのにどれだけ時間をかけてるのよ!」

「あ、うらべぇ……」


 占術同好会所属のルームメイトは「うらべぇ言うなッ」と毒づきながら早足で智良のもとに駆けつける。智良は占い師でも預言者でもないが、このときばかりはハッキリと嫌な予感を察知して、身をすくませた。だが、それに気づいたときには、すでに麻幌まほろは智良の手からヒャンタの缶を引ったくっていた。

 無情にもタブが開かれる。


「きゃあっ! 智良、あなた何てことしてくれたのよ……!」


 ……手と袖口を噴き出したヒャンタで汚されたルームメイトを見て、智良はまず真っ先に本日の運勢を占うべきだったと激しく後悔していた。

英国史をきちんと紐解けば百合戦争もありそうですけどね~。

次回から、りんりん学校こと臨海&林間学校編になります。

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