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赤い糸のルーザー

ゲストキャラとして、『君の瞳のその奥に(登美司 つかさ様作)』から須川美海、『百合の花言葉を君に。〜What color?〜(らんシェ様作・第一回星花女子プロジェクト作品)』からエヴァンジェリン・ノースフィールドが登場します。


『須川美海』はしっちぃ様考案、『エヴァンジェリン・ノースフィールド』は第一回星花女子プロジェクトに参加された百合宮 伯爵様考案のキャラクターです。


 ぎょう元会長ほどではないが、かわマノンのことを苦手としていた。小柄な身体に秘められた底知れぬ実力のせいもあったが、それとは無関係に、ある出来事が原因で智良は異邦人そのものに対して強い警戒心を抱いていたのである。


 その出来事はゴールデンウィークの休み中に起こった。起きたというより、半分以上は智良が自分で引き起こしたようなものではあるが、社交辞令として断っておくと、このような結果は智良の望むものでは決してなかった。


 ゴールデンウィークの期間はほとんどの生徒が帰宅して、桜花おうかにせよ菊花きっかにせよ、寮に残っている生徒は多くない。家に帰ることを選ばなかった智良は、きよに続くターゲットを罠にかけるための準備をした。このときはまだ冬用である制服に着替え、校内に訪れ、文芸部の部室の前に辿り着く。いずれターゲットである菊花寮の彼女がやって来るはずだが、休みの今はまるで冬に逆行したかのような静けさをたたえている。


 智良が手にしていたのは真っ赤な毛糸玉だった。いちおう智良は服飾科の生徒で、入る前から多少の洋裁の技術を心得ていたが、編み物自体は母親がやっていたのを見ただけだ。もっとも、このせきばくとした場所で急に母の真似をしたいという意思は智良にはまったくない。


 ほとんど原色に近い紅の線を、智良は自分の身体に巻き付けた。無造作に赤い紐をはしらせているようにみえるが、誰の力も借りないで後ろに回した両腕を絡みつかせ、タータンチェックのスカートが完全にまくれ上がった状態で肢体に食いこませるさまは、もはや神業としか言いようがない。ルームメイトのほろが「その熱意と器用さをもっと有意義に使えばいいのに」と呆れ果てるほどの、見事な自縛ぶりである。


 かくして五分もしないうちに、智良は自分の全身を拘束したのであった。


 スカートの中身を晒しつつ、智良は冷たい床の上に横たわった。受け身もとれず、鈍い痛みが床の冷たさとともに染みわたり、純白の下着には生ぬるい風が吹き抜ける。自力で起き上がるのはまず不可能だから、智良としてはターゲットがさっさと訪れることを願うばかりだ。


 その願いが叶ったのか、大して待たされずに智良は迫り来る足音を聞くことができた。曲がり角が視覚を邪魔して、判断がつきにくいがターゲットが来たと踏んで問題ないだろう。

 智良は身体を左右にもっさりと揺らしながら悲鳴を上げた。


「助けて! 糸が絡まって身体がまったく動かない!」


 手芸部でもない部室の前で毛糸に束縛されている少女。事象の整合性はともかく、この状況を無視できるような生徒は星花女子せいかじょしには存在しないはずだ。実際、悲鳴に対する返事はすぐにあった。


「ほいきたがってんしょーちのすけですわっ!」

「うぎゃわあぁぁあぁぁあッ!!」


 けったいな叫び声が智良の口から発せられた。心臓が一瞬止まったような錯覚に陥り、それが去ると、必死に身体をくねらせ声の主から離れようとする。

 むろん、飽食したイモムシにも劣る移動速度では人間の足に敵うわけがない。たちまち曲がり角から人影が現れ、悦びに満ちあふれた声をかけられてしまった。


「まあ! あなたが噂のチラちゃんですのね? 出会った生徒に片っ端からおぱんつを見せてくださるという。ああ~、わたくしずっとチラちゃんとお会いしたいと思っていましたの!」


 限りなく曲解された情報をおぬかしあそばした少女は、その場でしゃがみ込み、陶然とした表情で下着に包まれた智良の小尻をまじまじと見つめている。


 唯一自由な頭部を動かして、智良はうんざりとしたようすで相手の顔を見た。


 声の主は、智良の狙っているターゲットではなかった。金髪碧眼の四字熟語そのままの、美しい少女。制服に包まれた体躯は、智良と同い年に関わらず外国人の女性らしい抜群のプロポーションであり、特にバストは強い主張を誇りながら濃紺のベストとブレザーを押し出している。

 プレイボーイ誌の表紙を飾るにはいささか清楚すぎる印象の美少女だが、その外見を裏切ような情報はたくさん入ってくる。わざわざ情報収集をかける必要もないほどだ。


 金髪の英国美少女――エヴァンジェリン・ノースフィールドは、日本のサブカルチャーに憧れて留学し、高等部一年より星花女子学園に編入された。エヴァの愛称で親しまれている少女は特に百合文化に傾倒しており、自身も同性の少女に対してスキンシップをはかっている。


 その成果たるや、実に華々しいものであった。


 まず手始めに桜花寮にて一緒に住まうルームメイトを陥落。漫研に入部すると、今度は先輩たちが彼女の毒牙の餌食になった。放課後になると、漫研の部室はキスの音が絶えなくなると言われている。いちおう百合抜きで真面目に振る舞うこともできるらしいが、そんな彼女をわざわざ手紙で呼び出して「私を召し上がって❤」と欲望を刺激させようとする娘もいるから困ったものだ。


 この手の性に対して積極的な少女は、智良のラッキースケベの対象としてはふさわしくない。むしろ、逆に襲われそうな危惧が頭をもたげて、彼女とは極力関わらないようにしていたのだが、まさか一番会ってほしくない状態で出会ってしまうとは。


 智良は自分の情報収集の甘さを痛感していた。実を言えば、漫研の部室は文芸部の隣であったため、エヴァがここに訪れる可能性は十分にあったのだ。ターゲットを気にかけすぎて部外者の行動予定を想定に入れなかったのは完全に自分の失態であるが、これから起こる出来事はその代償としてはあまりにも大きすぎるのではないか……。


「ひゃふぁッ!?」

「うふふ、チラちゃんったら可愛い声を上げますのね♪」


 智良の全身がビクッと跳ね上がる。舐め回すように尻を眺めていたエヴァが我慢の限界を迎え、白い繊維に包まれたそれに手を触れたからである。最初はウサギの頭を撫でるように優しくさすっていたが、段々と動きが大きくなり、大きな円を描くような揉み方に変わっていく。

 縛られた全身を大きく揺らしながら、智良は変態英国淑女に対してわめいた。


「くううっ、エ、エヴァ、やめろっての! この変態ッ」

「うっふっふ。この程度で手を緩めては変態の名が廃りますわ。そーれっ」


 エヴァはむしろ楽しそうだ。今まで出会えなかったフラストレーションがはちきれて、その欲情を智良の尻にぶつけているようであった。罵倒に混じり、智良の口から嬌声が漏れ出して、それがさらに英国少女をアブナイ精神状態へと加速させていく。


「それでは、こちらはいかがらかしら? ふーっ……」

「ふにゅうッ!?」


 奇声とともに、智良は激しく身体をよじらせた。揉むだけに飽き足らず、外見だけは清楚な金髪少女が智良の太ももの付け根に熱い吐息を落としたのだ。全身が吐息よりも遙かに熱く火照り、意識に官能の靄がかかりだす。


 このようなエヴァの甘い攻めは五分ほど続いたが、このとき智良は、ついに自身の現状に耐えきれず泣き出してしまった。さすがのエヴァもうろたえ、相手が本気で泣かれた以上、追撃を断念せざるを得なかった。


「あわわわ、チラちゃん……。どうか泣かないでくださいまし……」

「うぅ……ぐすっ、知らない。エヴァのバカバカぁ……」


 小学生低学年のような泣きじゃくりをしながら智良は罵る。実のところ、エヴァはこの智良の反応にもただならぬ愛らしさをおぼえたものだが、さすがに可哀想と思い、絡みついた赤い糸をほどくことにした。

 ただ、これがなかなか容易なことではなかった。


「くう……どうすればこんな複雑怪奇に身体を束縛できますの? とりあえず、これを引っ張ればよろしいのかしら? ……ええーいっ!」

「ん……っ! ちょっ、おっぱいに食いこんでる! エヴァ、わざとやったでしょ!?」

「こ、こ、こればかりはわざとじゃありませんわ!」


 半泣き状態の罵倒と信憑性のない弁解の応酬が、しばらく繰り返されていると、


「……何してるの」


 冷ややかな問いかけに二人はぎょっとした。赤い毛糸との格闘に集中しすぎて、やってくる足音にまったく気がつかなかったのだ。


「あの、あなたは……」


 誰何の声をエヴァは発したが、智良は彼女のことを知っていた。しかつめらしい猫顔の少女は、智良やエヴァと同じく高等部一年で、文芸部の新たな綺羅星と名高いがわ。智良の本来のターゲットであった。


「何をしてるのかって聞いてるの」


 詰問が鞭となって静寂に打ち付けられる。美海のハードな態度にさすがのエヴァもたじたじになってしまう。ちなみに、このときの美海はエヴァのほうに視線を固定しており、智良の痴態を極力見ないようにしていたのであった。


「……それに、何者かなんて聞くまでもないでしょ。部室に用がなければ声なんかかけなかったわよ」


 ここで、ようやくエヴァが口を挟んだ。


「あ、あの~。もしよろしければ何か切るものを持ってません? この子が毛糸に絡まっちゃって大変ですの」

「何してたのよ。本当に……」


 心底うんざりしたようすでぼやくと、美海はペンケースの中からカッターナイフを取り出し、智良に絡みついた毛糸を切り裂いた。拘束が解かれると智良は泣きべそをかきながらエヴァと美海の元を去ったのであった……。


 出来事としてはこれで終わりだが、智良にとっての試練はむしろここからが始まりであった。この出会いを期に、エヴァは智良に対して日英変態同盟の兆しを見いだしたらしく、積極的に絡んでこようとしてくるのだ。智良としては煌びやかな金髪を見るたびにお尻に受けた感触が蘇りそうで、彼女のことを冷たくあしらうのが常であったが、当のエヴァは気に病むようすもない。


 ちなみに、赤い糸がもたらした痴情は生徒会や教師陣の耳には入れていない。面倒ごとは避けたかったし、敗北を思い出話として笑って語るには智良の精神はまだ若すぎた。そもそも笑って話したところで、聞き手にとって笑える内容かは微妙なところだ。

 エヴァは「二人きりの秘密ですわね❤」と勝手に決めつけるも口はいちおう閉ざしてくれ、英国少女にハブられてしまった美海は気分を害したようすもなく、むしろ不要で不快な記憶はとっくに抹消済みのご様子。智良は唯一、口外無用の条件でルームメイトの麻幌には打ち明けたが、そのときのコメントが、


「類は友を呼ぶとはよく言ったものだわ」


 と、じつに容赦のないものであった。


本当は話を進めるつもりでしたが、思った以上に過去話で内容を使ってしまった……。

次回から現代に戻ります。

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