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エピローグ・フラグメンツ Ⅴ 『諸美・玲・菜翠』

 料理部が大量のクッキーを作ったときに、星花女子学園のOGである理純諸美が訪ねてきたのは、まるでその香ばしい匂いに釣られてきたかのようなタイミングの良さであった。もともとこの日、星花に用事があったのは諸美とルームシェアしている架葉あたるのほうであったが、諸美としては彼女ひとりに母校へ行かせるつもりはなかった。今にも雨の降り出しそうな曇天の中を進み、二人はそれぞれ部長だった頃の活動拠点に向かったのである。


 突然の先輩の来訪に、部員のみんなは驚きつつも歓迎した。諸美も後輩たちの出迎えに対して笑顔で応じた。実妹の智良に対してはとげとげしい態度をあらわにしていたが、それはラッキースケベ・コンプレックスを妹によって逆撫でされていたからであり、後輩たちにとっては慕われるべき良い部長さんであったのだ。須川美海に敵視されている文芸部の元部長とはエライ違いである。


「こんなにいっぱい太っちゃうわぁ」ともだえつつも、諸美は乙女の健啖を発揮させ、後輩の作ったクッキーをひょいぱくと平らげていく。語り出すと止まらないであろうあたるが迎えに訪れるまで、その恋人は引き続き家庭科室でおしゃべりに興じることにした。


 ほとんどの部員が部室を後にした中、残っていた部員は諸美のお気に入りである筧菜翠だけである。もっとも、部屋に二人きりというわけではなく、料理部の部員でない筑波玲がルームメイトの菜翠にひっつく勢いでそばに控えていた。


 お持ち帰り用に袋に詰めてもらったクッキーを大皿に広げ、用意してもらったミルクココアにそれぞれ口をつける。玲はお手持ちの子犬のぬいぐるみの口にクッキーを模したストラップを当てている。玲の『家族』については菜翠も諸美もすでに知っており、それに対して特別不思議感を抱くこともなかった。


「このたくさんのクッキーは部員の共同作品だけど、菜翠ちゃん自身はちゃんと玲ちゃんに手料理振舞ってる? きちんと胃袋を押さえておかないと駄目よ」


 あたるとの恋愛関係が使命感に作用しているのか、諸美は他人の恋愛事情に関してはかなりお節介なほうである。特に玲と菜翠のエモノどうしの関係を気に入っているので、話すこともどうしても増えてしまうというものだ。


 先輩のアドバイスに菜翠は恐縮そうに頷いた。


「月に二回ぐらいはレイに手料理を振舞っているんですけどね。レイはどんな料理でもオイシイって言うだけで、いや、それもモチロンうれしいんですけど、そればっかりだとホントにそう思ってくれてるのか不安になってきて……」


 本人のいる前でこぼすのもどうかと思うが、玲は気に障ったようすも示さず、ハチコと名付けている犬のぬいぐるみを撫で回しながら言い返した。


「本当に美味しかったんだからしょうがないの。でもね、どんな料理よりも一番美味しいのは菜翠のお味なんだから」


 菜翠はクッキーを喉に詰まらせかけた。慌ててココアを一気にあおり、口の中を甘味でべたつかせながらルームメイトをいさめる。


「れ、レイ。ベツにそんなコト今言わなくたって……」

「本当のことだから仕方ないの。いつも手料理を振る舞ってくれる菜翠のお礼に、玲が菜翠のことを料理してあげるんだから」


 菜翠は顔を真っ赤にして頭を抱えた。諸美先輩に自分たちの情事を打ち明けたことは一度ではないのだが、回数によって羞恥心に耐性がつくかと言えば大違いだ。しかも玲の言葉で菜翠は自分がとろとろに調理され、そのままいただかれちゃった記憶を呼び覚まし、それが彼女の頰の赤みに拍車をかけたのであった。


 恋愛に精通している(風をよそおっている)諸美はおデコを光らせる玲の言わんとすることを精確に理解し、蛍光ピンクな笑みをむくませたのであった。


「ふふふ、相変わらず甘くてお熱いようで安心したわ。あなたたちのことはわたしも気に入ってるわけだから、しっかり……ね」


 何をどうしっかりすればいいか、いまいちピンときていない菜翠であったが、これ以上自分たちのことについて晒されるのも恥じらい以外の何物でもないため、急いで話題を変えた。


「それにしてもモロミ先輩、よくその格好でココまで無事に来られましたね……」


 失礼な言い方を菜翠はしてしまったものだが、このときの星花OGさんはアイボリー色のワンピースと紅茶色のフード付きケープ、そしてミントグリーンのタイツという、森ガールを多少あざとくしたような格好をしていた。


 秋の荒野にみずみずしい春の息吹をうかがえそうな可憐さであるが、そのような格好で外に出歩こうものなら、たちまち美の女神の反感とラッキースケベの神の興奮を買ってしまうことを、二人はすでに知っていたのであった。実際、空は今にも強烈な雨なり風なりが吹き荒れそうな曇天だが、そのラッキースケベ体質の卒業生は、後輩の懸念に対して芳しすぎる笑みをたたえたのだった。


「その心配なら大丈夫よ。確かに行く途中に強風にスカートがあおられて危なかったけど、これが終わったらあたるさんとゴチソウなの」


 レストランで食事でもするならずぶ濡れになるのはなおマズイのでは……と菜翠は思うのだが、玲はぬいぐるみの口元をハンカチで拭ってみせながら、菜翠よりもさらに失礼な風情で言い放ったのであった。


「来たのが平日で良かった。菜翠とデートする日だったら絶対に許さなかったんだから」


 会話はこの後もしばらく続いたが、恋人がいつまでたっても迎えに上がらないことに諸美はしびれを切らし、文芸部室まで押しかけにいったことによって、菜翠とそのルームメイトは解放されたのだった。余ったクッキーを再び袋に詰めて、清掃を済ませてから家庭科室に施錠をする。職員室に鍵を返却すると、桜花寮へ向かう途中で玲はぽつりとこぼした。


「菜翠」

「うん……どうしたの、レイ?」


 もったいぶったようすで言うものだから、菜翠も思わず恋人の顔を覗きこんでしまった。玲の二言目は、菜翠を驚き呆れさせた。


「おなかすいた」

「…………は!?」


 彼女は諸美先輩ほどではないが、それなりによく食べていたはずである。料理部非所属・筧菜翠専属のつまみ食い担当を他称されているゆでタマゴおデコの少女はそれでは済まないというのだろうか。しかも、なぜか食べたものが身体のおにくに結びつきやすいのは食べている量が少ないはずのこっちなのだから、理不尽なことこの上ない。


 悩めるお身体の菜翠がジト目になっていたが、その瞳が盛大に見開かれるまで時間はかからなかった。表の感情が乏しい少女が、乏しい感情のままルームメイトにじゃれついたからである。後ろ肩にしがみついて耳元に顔を寄せる。感度の高い耳に訪れる優しい甘噛み。熱っぽいささやき。


「ひゃふ……ッ」

「味見」


 耳の後ろに芳しい息が当たり、菜翠は感電したように背中を震わせた。今までさんざん汗だくになるまで身をよじらせていたわけだが、それはあくまで密室でのことであり、他人に快くさらけ出していいものではないのだ。


 ひっくり返る寸前の声で、菜翠は暴走する玲をなだめようとした。


「ダメだよお……レイ。雨が降ってきちゃったら、ボクたちビショ濡れになっちゃう……」

「どっちみちベッドでビショ濡れになるじゃない。それにっ、お互い濡れ合って、そのまま身体を重ねたら、すごく、すっごく、興奮、するかもしれないのっ……」


 やばい。カンゼンにスイッチが入ってしまっている……!


 玲が慌てふためく菜翠の後背に前身を押し当てる。生々しい柔らかさが、菜翠にさらに焦りを募らせた。何とかしなければ、と感じ、思いつきで叫ぶ。


「レイっ! こんなトコロ、生徒会長さんとかに見られたら、ボクたち一生、エモノごっこできなくなっちゃうよ……!」


 これが効いた。玲はふて腐れたような鼻息を飛ばしながらも、ルームメイトから離れる決心がついたようである。柔らかな感触が去ると、お隣に移った玲がハチコを抱きしめながら愛らしく頬をふくらませている。


「菜翠のくせに玲に『おあずけ』させるなんて……。その分、今夜は菜翠のこと、たっぷりとご馳走してもらわなきゃ駄目なんだからっ」

「え、ええと……」

「お返事」

「う、ウン……」


 明日、カラダを痛めずに起きられますように……。


 そう密かに願っても、夜の玲の激しさを知り尽くしているせいか、菜翠は条件反射に息を呑まざるを得ない。それでいて、身体の中がまるで何かを期待しているかのようにうずいている。


(ボク、ココロもカラダもレイのエモノになっていくのかなあ……?)


 そのことを今さら後悔するつもりはない。だが、こうして考える理性すら完全に立ち消えてしまったらどうなってしまうだろうと、気にせずにはいられなかった。


 まあ、とりあえず、何よりも先に気にかけねばならないことは……。


 こっそりと、菜翠は自分の胴回りをさすって内心、息をこぼす。


(運動、しなきゃダメだなあ……)



理純諸美りずみもろみ

キャラクター考案:斉藤ぶなしめじ(https://mypage.syosetu.com/483210/)

主要登場作品:純情チラリズム(https://ncode.syosetu.com/n7015dw/)


 智良の姉は当初は設定だけで、本編に登場させる予定のなかったキャラでしたが、あたるを登場させるにあたって、ちょうど恋人役としてちょうど適任だったので救済されるはこびとなりました。もともと名前は現実主義のリアリズムからとって『りあ』にする予定でしたが、第三弾の栗橋さんと被ったため、チラリズムの上位互換っぽい『モロだし』から諸美という名前になりました。料理部の設定にしたのは、オムニバス風のエピローグを考えた際、あたると一緒に文芸部室にいさせたら肩身が狭そうと思ったのと、菜翠ちゃん所属の料理部との関連キャラが欲しかったらです。

 あたるをイケメンにしたかったので、諸美はフェミニンに振らせていただきました。智良がパンツの日(八月二日)生まれに対して、姉はブラジャーの日(二月十一日)になっております。



筑波玲つくばれい

キャラクター考案:斉藤えりんぎ(https://mypage.syosetu.com/483210/)

主要登場作品:はこにわプリンセス(https://ncode.syosetu.com/n8399eg/)


 おデコヘアバンドが当時のなめたけトレンドでありました。淡白な言葉遣い、好きな子をぬいぐるみのように見立てて、相手もわけもわからず愛欲に呑み込まれてしまう共依存めいた関係が、まあいつものなめたけの変態ぶりを物語っているような(汗)。ちなみに夜は涙しながら激しい声で啼きます。

 もともとの名前は『這いつくばりな』というドSワードから、筑波リナというものでしたが、邪神サマと被ったため、こちらも変更に。おかげで家族の名前が数字になぞらえることができた、と美味しい思いもすることができました。玲はゼロの零ですね。

 りんりん学校の雑木林で情事をおこなうゲストキャラが決まらなかったがゆえの登場でしたが、第三弾の主要キャラでもあってれいなみは当初エピローグに出す予定はありませんでしたが、あたるの付き添いになる予定の諸美が料理部に回せたので、三人一緒くたに書くことができました。いや、本当に話の巡りってわからないものですね。



筧菜翠かけいなみ

キャラクター考案:らんシェ様(https://mypage.syosetu.com/243568/)

主要登場作品:同上


 お気に入りのキャラですね。ボクっ娘は書いたことなかったですが、いざ書いてみると愛着がわいてきました。もともと玲はキャラ設定時に学年を決めてなかったのですが、菜翠ちゃんに合わせて中等部三年にしたという裏話がありまして。今話は甘ロリを着せられなかったのは非常に無念でなりませんが、はこプリでいくらでも書く機会はあるはずですので……。ノクターン不可避のエモノごっこも書きたいですが、甘ロリ着衣えっ(ぴー)は菜翠ちゃん抵抗がありそうなのが歯がゆくて歯がゆくて。


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