エピローグ・フラグメンツ Ⅲ 『エヴァ・恋葉・凜花』
釣りにおいてまず一番に求められるのは、腕前や道具の質よりも魚がかかるまでの集中力であることは容易に想像できる。いくら他が優れているとは言え、魚は人の都合で泳いでいるわけではない。だからこそ、大自然の不条理さに対する忍耐強さこそが要になってくるのである。
それを踏まえると、エヴァンジェリン・ノースフィールドは釣り人の才覚はないのかもしれない。金髪碧眼の美しい彼女は、獲物を見つければ即刻仕留めにかかる狩人であり、『待て』や『おあずけ』に向いている少女ではなかったのだ。
釣りと言うが、彼女は実際に海や釣り堀で竿を振り下ろしているわけではなかった。舞台は彼女の通う星花女子学園であり、釣り竿は用いず、エサも獲物も星花女子学園の少女だった。実際の釣りと時間の観念を一緒にするわけにはいかないが、エサを仕向けてから三日で音を上げるのは辛抱的にどうなんやろ……と、藤宮恋葉もすべてが終わった後に思い返すのだった。
「ああもう! どうしてぜんぜん引っかかってくださいませんのッ!?」
正門通りの脇にある茂みから勢いよく飛び出したエヴァは美しいかんばせをピンク色に憤慨させながら、驚愕の表情で立ち尽くす太刀花凜花をきっと睨みつけていた。
「な、なんだお前たちはっ」
『お前たち』にはエヴァに続いて現れたルームメイトの恋葉も含まれていたのだった。栗色のサイドテールについていた葉っぱを取り払っていると、黒髪ポニーテールの剣道少女の一瞥を受けて縮こまってしまう。だから、説明をするのは虹色のオーラを撒き散らすエヴァの役目であった。
「なんだもかんだもございませんわっ。リンカ先輩に張り込めばチラちゃんのおぱんつを拝み放題という話はどこにいってしまいましたの!?」
「チラちゃん……だと?」
凜花は長いポニーテールを揺らしつつ首を傾げたものだが、おぱんつのくだりが脳裏をさすったとき、すっきりとした美顔に赤みが広がっていった。
理純智良が剣道部の先輩をつけ回しているという情報を独自に入手したエヴァは、智良という小魚をとらえるために、剣道部の新星サマを格好のエサとして辛抱強く注視していたのであった。なにぶん、ラッキースケベ娘自体は金髪碧眼の変態淑女のことを露骨に避けぎみであったのだ。
そして、そんな変態ルームメイトと行動を共にしている恋葉の目的は、彼女の監視かつ制止であった。常日ごろ暴走しがちなエヴァちゃんが、うちの知らんところでカワイコちゃんを囲っていると思うと、居ても立ってもいられなかったのである。
事情をひととおり把握した凜花は、明らかに不徳者を見るような目つきをしながら自分の顎を撫でたのであった。
「ああ、あのふしだらな少女とは何度か鉢合わせたが、彼女に会うために私をつけ狙っても無駄だ。彼女には絡んでこないよう言ってある」
「なっ……まさか、真剣で脅しつけたと言いますの?」
「馬鹿を言うなッ。頭を下げてお引き取り願ったに決まっている」
一週間で三回も智良のおぱんつの洗礼を受けた凜花は、そのはれんちさに耐えきれず、名前を調べ上げて彼女を校舎裏へ呼び出したのであった。今どき果たし状など流行らないだろと思いつつも智良は調子に乗りすぎたかなと緊張しながらその場所へおもむいたものだが、ツインテールの後輩を出迎えた凜花の対応は普通の女の子のそれとは異なっていた。
「きみとの度重なる出会いがただの偶然なら続けて謝罪するが、もし意図的に私をはずかしめようとするのなら、早急に身を引いてほしい。私はこれからも武道のみで生きる身。それをゆがめる気なら、君のことを可哀想な目に遭わせなければならないんだ。……頼む」
ポニーテールを大きく揺らしながら頭を下げた凜花。礼節のきわみとも言える真摯な態度に、智良としてもさすがに気まずさが先立って、へどもどしながらも先輩にもう二度と関わらないと確約したのだった。
顛末を聞いた二人のうち、恋葉は太刀花先輩の高潔さにひたすら感心しきりの状態であったが、エヴァンジェリンは理純智良捕獲大作戦の失敗をさとってほぞをかむばかり。ハンカチを噛みちぎらんばかりの勢いで叫んだ。
「チラちゃんのいくじなしーーーッッ!!」
名前を出された智良と、聞かされた凜花こそいい災難である。暴走の予兆をさとった恋葉がそっとルームメイトの袖を引っぱろうとしたが、当のエヴァンジェリンもラッキースケベ娘を引っかけられないとわかった以上、先輩に対して固執するつもりもなかったようである。
呆れたように太刀花先輩が立ち去ると、恋葉とエヴァも桜花寮の部屋に戻ったが、室内の空気は澄み切った秋空とは裏腹にずいぶんと重苦しかった。
よどんだ空気の発生源である恋葉は自分のベッドでうつぶせになり、以前購入した雑誌を読み返していた。何気ないように映るが、背中はルームメイトの干渉を受けつけないというべき空気を放っている。
もっとも、待ての苦手なエヴァがこの空気を甘受できるはずもない。悶々としながら恋葉に呼びかける。
「もー、コノハちゃんったら、いったいどーしてつれない態度をとっちゃいますのー? 悩みゴトならこのルームメイトにどーんと打ち明けてくださいな♪」
「むー、なんでもない。エヴァちゃんに言ってもしょーがないことやし」
声は怒っているというより明らかにふてくされている。英国からの編入生のかんばせを振り返ろうともせず、ただつまらなさそうに脚をばたつかせているだけだ。
エヴァはルームメイトの不遜な態度に頬をふくらませかけたが、そんな彼女をしばらくして青い瞳がいたずらっぽくまたたいた。今の恋葉はプリーツの付いたデニムのミニスカートを穿いており、上下する脚の動きに合わせて柔らかなスカートの生地もなんともなやましげに揺れ動いている。しかも絶妙な具合で足が開いているのをエヴァの慧眼(?)は見逃さなかった。意図してのことではないだろうが、見えそうで見えないの極致である眺めが英国変態淑女に吹きこぼれんばかりの興奮を与えるのだった。
「ふふふ、コノハちゃん……。どうやらそういうことですのね。チラちゃんのおぱんつばかり追っかけるわたくしに構ってもらおうと、コノハちゃんもラッキースケベで対抗した、と」
図星を突かれた恋葉は、みっともないくらいに声をうわずらせた。
「ち、違うもん。うち、エヴァちゃんが他の女の子に目移りしとるのはもう慣れとるし、へ、平気やもん……」
「ふふふ、強がりをほぐす機会をくださって感謝ですわ。コノハちゃん、だーいすきっ」
恋葉はルームメイトのようすをうかがうことができなかった。表情が限りなくみっともないことはわかっていて、顔色も、ヘタをすれば首の後ろまで色づいていることが容易に想像できたからである。
「ていっ」とばかりに英国少女はルームメイトの背中に飛びかかった。見た目ほど勢いはなかったから恋葉もうめき声を上げることはなかったが、代わりに色香に包まれた吐息を放った。いきなり感度の高いおしりを布越しから鷲づかみされれば誰でもそうなるだろう。
ルームメイトの背中に柔らかな金の髪を添えながら、エヴァは心地よさげにささやいた。
「寂しい思いをさせた埋め合わせ……今、ここでおこなっても構いませんわよね? うふふ、コノハちゃんがわたくしにとっての一番であることを改めて教えてあげますわ」
いっつも他の女の子に手を出しているくせに……と、つい意地悪な考えがよぎってしまったが、恋葉は何も言い返すことができなかった。なんだかんだで、金髪のルームメイトが嘘を吐かないことを知っていたからであり、いろいろとこみ上げてくるものを抑えるために、恋葉はほてり上がった顔を自分の枕にきゅっと押しつけたのだった。
エピローグ第三回からは複数のゲストキャラを解説していきます。
エヴァンジェリン・ノースフィールド(Evangeline Northfield)
キャラクター考案:百合宮伯爵様(https://mypage.syosetu.com/466096/)
主要登場作品:百合の花言葉を君に。〜What color?〜(https://ncode.syosetu.com/n2492dj/)
エヴァちゃんは非常に書きやすいキャラでした♪ 変態淑女的な欲望に忠実なキャラがなめたけの執筆モチベとマッチしていたものと思われます。実はらんシェ様の作品と二人称が異なっていて『名前カタカナ表記』+ちゃん付けになっています。マノン嬢も智良ちゃん呼びだからごっちゃになっちゃうと思いまして。失礼いたしました。
同人作家設定はらんシェ様が更新停滞の時期に勝手に付けた(爆)設定なのですが、とある小説で、お嬢様学校に通う一国の王女様が小説(百合小説ではない)を連載しており、そのときのペンネームが『エヴァンジェリン』だったのを由来にしています。
ちなみに、第三期の『はこにわプリンセス』にも登場する予定です。
藤宮恋葉
キャラクター考案:らんシェ様(https://mypage.syosetu.com/243568/)
主要登場作品:同上
本来、恋葉ちゃんはエヴァちゃん初登場と同時期に登場させる予定でしたが、なにぶんなめたけの博多弁がへっぽこであるが故に見送ってしまったしだいでございますなのです(第五話あたりで、怪獣の着ぐるみを着て登場させるつもりでした)。うっかり名前を間違えたりしたりもしちゃいましたが(汗)書いているうちに可愛らしいと思えるようになりました。もっといちゃいちゃするがいいさ!
ちなみに掲載する予定だったボツ会話。
「まあ、コノハちゃん。夏休みなのだからもっとゆっくり休みなさいな。昨日の晩はわたくしと一緒に徹夜したのですから」
「な……夜通しで何やってたのさ!?」
「もちろんペン入れやトーン貼りですわ。うふふ、チラちゃんったら何を想像していましたのかしら?」
よくよく考えたら、エヴァちゃんは恋葉ちゃんの美容と健康に気を遣いそうだから「気持ちよくなったのなら、さっさとねんねですわ!」と言いそうな気もしなくもないですね(笑)
太刀花凜花
キャラクター考案:百合宮伯爵様
主要登場作品:クチヅケホリック ~マスカレードの少女たち(https://ncode.syosetu.com/n1876dj/)
今回のごめんなさい大賞です(土下座)
いや、本当はもっとかっこいい登場の仕方させたかったのですよ。初期案では、ワンピースの濡れ透けラッキースケベをしようとして智良が海に溺れる→太刀花先輩が颯爽と泳いで智良を陸へ引き上げる→人工呼吸しようとして鼻血ぶー(あれ、カッコ悪い……?)というものでしたが、いろいろ都合があって取り止めることに……。
今話の彼女は『どこまでもまっすぐ真面目で、その堅苦しい実直さこそが周りに愛されている和風少女』というイメージで書かせていただきました。