エピローグ・フラグメンツ Ⅱ 『占部麻幌』
占いをたしなんでいるせいもあってか、占部麻幌の勘は他の人間よりもずっと鋭いと言われてきた。もっとも、麻幌自身は自身の能力を勘の範疇を超えているものと思っており、さしずめ『運命の力』『第六感』あるいは『星の導き』と称すべきと感じている。とはいうものの、常人にとってあまりにも根拠として共感しにくいシロモノなので、この秘密めいた力のことはルームメイトの智良にしか打ち明けていない。
そのくだんの神秘にいざなわれるように、麻幌は星花女子学園の図書館に向かった。そしてお目当ての先輩を発見した。
「お、まほっちゃんやない。久しぶりやな」
先に気配を察されて声をかけられてしまった。いちおう図書館というわけで、声をひそめて麻幌に呼びかけたのは、ふんわりした灰色髪の河瀬マノン元副会長である。青く澄んだ目を彼女に向けながら広げていたノートを閉じる。受験勉強の途中だったのだろうか。
麻幌とマノンが出会ったのは、星花祭の前日が最後である。智良の追跡から逃れるために、彼女からの占いの依頼が来ても断るようにと告げたのだったが、結局、麻幌がその約束をやぶったために、ちんまい仏蘭西少女の逃走劇はおじゃんとなったのだ。もっとも、マノンの表情を見るに、そのことについて責める意思はなさそうである。
星花祭の終わった翌週、マノンは父の容態を確かめるために一週間フランスに帰省していた。このときにはすでにマノンの父親のことや、本当は黙ってフランスに帰るつもりだったという情報が星花女子学園に出回っており、その衝撃はある意味、姫奏&清歌カップル成立をしのいだ。特に関西弁を使ってない頃のマノンを知っている生徒らは涙ながらに引き留めようとしたものだが、当のマノンはけろりとしながら、もうそういう意思はないことを告げた。
それでも、一時帰省と聞かされて、残されたものは気を揉むばかりである。家族の反応しだいでは最悪、永住も有り得るのではないかと囃されていたが、一週間後には仏蘭西みやげを大量に抱えてマノン嬢は帰還し、進路も星大を希望することに決めたのだった。
しばらくは名残惜しいとばかりに同級生とくっついていた元副会長さまであるが、これもお導きなのか、それとも単に周りの熱がおさまっただけなのか、今のマノンに取り巻きはいなさそうだ。それでも彼女は、麻幌の事情を察してか、ささやき声で聞いたのだった。
「ここで話すん? それとも、もっと人のいない場所に行こっか?」
「そうですね……お願いしてもよろしいでしょうか」
こうして、二人は図書館を出て、ほとんど人の訪れない校舎裏へとやってきた。元副会長のマノンは言うに及ばずだが、占部麻幌もラッキースケベのルームメイトと違って品行方正の少女だから、そこまでこそこそと移動することもないだろうが、これから話すことは当面人には知られたくなかったのである。
お互いに歩みを止めると、まず麻幌が先輩に対して頭を下げた。
「星花祭の件は……申し訳ありませんでした。重ねて、今日まで謝罪の機会を逸してしまったことをお許しください」
「そこまで仰々しく謝らんでええよ。うちは平気や」
ひらひらと手を振ったマノンだが、そこから少し首を傾げてみせる。
「うちはむしろ、まほっちゃんがそれでよかったんかと気がかりでな。せっかく智良ちゃんを独占できるチャンスやったのに」
普段から無表情気味であった麻幌の顔が初めてゆがんだ。自分の智良に対する想いは、智良当人にすらさとられていなかったはずなのに。あのとき協力を呼びかけたのは、この元副会長さまは最初からそのことを明察していたはずである。さすがはちんまくても星花の栄華を飾った英雄である。
麻幌は唇から声を震わせた。
「……確かに、先輩の仰るとおりかもしれませんが、もし私が智良を欺いて、それによって河瀬先輩が永久に失われるようなことがあれば、智良は一生、私のことを許さないでしょう」
「そうかあ? 智良ちゃんのことやから『あーせいせいした』と言わんばかりにおぱんつあっぴろげてると思うけど?」
「……先輩」
麻幌は鋭い非難の目つきを先輩に向けた。いくらおきゃんでおぱんつな少女相手でも言っていいことと悪いことがあると責めているかのようであった。それは同時に、麻幌の中にある智良に対する想いの片鱗を表明するものであった。
ものものしい占い少女の態度に、マノンは早々に両手を広げた。
「あはは、ごめんて。でもこの際だから、うちもまほっちゃんに思いのたけを語らせてもらうかな。うちは何やかんやで智良ちゃんのことが大好きやから、これからも卒業後も、智良ちゃんに絡んでいくつもり。でも智良ちゃんがまほっちゃんとつるみたがるときもあるやろうし、そのときはまほっちゃんもうちのことなんか気にせず存分に遊べばいい。そもそも、あのおぱんつの子のしたいことをいちいち妨害しようとしても、するだけ時間の無駄や」
麻幌が無言で肯定の意を示すと、マノンは持ち前の大きな青い瞳を興味深げにまたたかせた。
「一つ気になってたんやけどな。まほっちゃんはなんでも中等部のころから智良ちゃんのルームメイトしてたって話やん。うちが聞いちゃうのもあれやけど、うちがやってくる前に智良ちゃんを独り占めしたいとは思わんかったん?」
『うらべぇ』呼びで通っていた少女は心底言いにくそうにしていたが、最終的には重々しく口を開いた。
「しなかったんじゃありません。できなかったんです」
「できなかった?」
「私と智良が結ばれてはならない……。それが三年前に出た恋占の結果でした。たかが占いで、と思われるかもしれませんが、私の占いが外れることは決してありません」
「まほっちゃんがそう言い切るならそうなんやろな。それで智良ちゃんのことを諦めたん?」
「私はただ……ルームメイトでいられるだけで幸せだったんです。智良はご存知のとおり少々アレな性格ですが、へこたれないし、見てて飽きないし、不思議と愛嬌に満ちあふれていたんです。私はいつしか彼女のそんな魅力に惹かれてて……そのそばで憎まれ口を叩いているだけで満足だったんです。……あなたがやってくるまでは」
麻幌の表情に強い意思がうかがえた。切れ長の瞳に訴えたげな光を映しながら、ちんまい先輩を逃すまいとしていた。不思議そうに首を傾げるマノンに、麻幌は一呼吸おいてから宣告した。
「あなたのせいです。あなたが智良のもとに近づかなければ、私はここまで焦りに身を焼かれることもなかったのに……。あなたが私と智良を共有すると言ってくれましたが、それではだめなんです。あなたがいる限り、いつ奪われてしまうのかと怯えながら過ごさなければならない……」
恨みがましさを思わせる声を受けて、マノンのひょうきんな顔も真摯なものに変わった。
「そんなこと言われてもなあ……。そもそも、うちはむしろフランスに帰るつもりでまほっちゃんに智良ちゃんのことを託そうとしたくちやで? それを止めたのは他ならぬまほっちゃん自身とちゃう? まあ、智良ちゃんにゴーインに押されて占らされたわけだけど、そうしたいのが智良ちゃんの意思ならうちらが止める権利もないし、それがわかっていたからこそまほっちゃんもうちと智良ちゃんを会わせようとしたんやろ」
「そんなことはわかってます!」
声を荒げた。マノンが慌てて口に人差し指を当てるも無益で、麻幌は肩をわななかせながら自前の冷静さをかなぐり捨てた。
「私は智良の願いを叶えたかった。それが最終的に私のためにもなると信じて……。でも、そうはならなかった! そんなことをしたところで智良は私にそういう目を向けるはずがない。だって、そう仕向けたのは他ならぬ私なんだから! それでも誰も智良に目をつけてないと思ってたから安心でいられたのに、あなたのせいで……! こんな気持ちになるとわかっていたなら、私が智良を奪えばよかった! 占いなんかできなかったら、先を視ようなんかしなかったら、誰にも智良を奪わせるようなことがなかったのに……!」
心が叫びとなってはじけて、麻幌は自分の顔を手で覆った。その手が熱く濡れているのを実感する。身体の震えと嗚咽が止まらない。
マノンは一歩進み出た。ちんまい先輩だから、長身の麻幌の頭を撫でるにはかなり肩を上げる必要があった。
「うちがこんなことする資格はないかもしれへんけど、どうしても感謝をかたちにしておきたくってな」
「うぅ、ぐすっ、占いなんて大っ嫌いだあ……っ」
「まほっちゃん、そんな心にもないこと言っちゃアカンで」
嘘を吐いたつもりはない。だが確かに、この言葉が自分の内情のすべてとするには不十分だろう。超常的な力に振り回されることも多々あったが、その力によって星花の女子から笑顔をもらえたから、自分はいまだにそれを隠さずに生きていられる。
何とか顔を上げると、マノンは暖かく優しい笑みを浮かべながら、泣き腫らした少女の顔をまっすぐ見すえた。
「……前に清ちゃんに言われたことなんやけどな」
「清ちゃんって……商業科の御津さんですか?」
「せや。その清ちゃんがうちにいきなり謝ってきてな。『姫奏を取っちゃってごめんなさい』ってなぐあいで。うち、最初聞いたときサッパリ意味がわかんなかったんやけど、きっとあれやな。うちが姫ちゃんのことを所有してると思ってたみたい」
「……………………」
「だからうちはこう言っといたんや。『姫ちゃんが望んどるなら好きなだけ甘えてもええんやで。その代わり、うちも姫ちゃんを拒むつもりはないから』とな。どうしたいか何をしたいかを決めるのは姫ちゃん自身やしな」
マノンはその壮麗な親友ばりに、おしゃれな感じで腕を組んでみせた。
「仲間、友達、親友、恋人……。ふたりの関係を表す言葉はさまざまやけど、お互いが楽しんでいれば、それらの関係に優劣なんて本来あらへんのや。カレーとハンバーグとお寿司とラーメンは味は違えど、美味しいことには変わりない。どれが上とか下とかなんて、所詮、それぞれの好みの違いの問題にしか過ぎないんやと思う」
「そう……そう、ですよね」
目元を拭いながら麻幌は口元に微笑みを取り戻した。切れ長の鋭い瞳もずいぶん柔らかいものになっている。その顔が鮮やかな美しさを秘めていたので、マノンもその笑顔に影響された。
「はは、元気が出たみたいで嬉しいわあ。うちもまほっちゃんもお互い、智良ちゃんのためのいい『なにか』になりたいわな」
元副会長さんは灰色髪をふわふわ揺らしながら去っていき、麻幌も桜花寮に引き上げようと動き出した。
風が吹き抜けた。艶やかな黒の長髪を揺らした風はすでに残暑の欠片すら残しておらず、変化を告げるその風の清涼を少しでもあずかろうと、少女は瞳を閉じ、ゆるやかに両腕を広げてみせた。
第二弾は、第四弾でまさかの名前被りが発生したうらべぇこと占部麻幌。智良のルームメイトを出そうと試みるも既出の星花っ子だと「その子の担当さんが整合性ほにゃららなどで大変そうだなー。あのらっきーすけべのルームメイトだもん」と感じて、オリキャラでいくはこびとなりました。当初は仕方なしでありながらも智良のラッキースケベのためにいろいろ助言させるつもりでしたが、なめたけが占いの知識がぽんこつだったため、まっくすテキトーな描写でごまかすことに。あと関西弁のマノンちゃん、博多弁の恋葉ちゃんに対抗して『感情が高ぶると東北弁になる』という裏設定があったのですが、調べれば調べるほど読む人が意味わからなくなりそうだったので断念しました(実家が青森なのはその名残だったり)。クールな子がいきなり方言かますのって萌えませんかね。しませんかね。
実のところ、彼女のエピローグ正直どうするか迷ったので、智良に対する恋愛感情が完全に後付け感になってしまったような気がしますが(実際後付けなのですが、てへっ)、けっこうキャラとしていきいきしているのではと思えてきてこれもまたよしという気がします。まあ、純チラのお話は基本いきおいと行き当たりばったりで作られたようなものなのでね。こうなった以上うらべぇにも恋する乙女として頑張ってもらいたいものです。