エピローグ・フラグメンツ Ⅰ 『御津清歌』
衣替えの完全施行は十月からなのだが、移行期間のうちから多くの女子が紺色のブレザーを羽織っていた。星花祭の幕が下りると同時に、残暑日和がさっさと秋空に覇権を譲り渡したからである。
理純智良は最も早く冬服に着替えた星花生のひとりだった。理由は気温の変化もあるが、実のところ彼女は夏服よりも冬服のほうが好きなのである。上半身の露出を抑えることによってスカートの裾とニーソックスに挟まれた太ももの存在を引き立たせるのだ。ラッキースケベにこだわる少女としてはもっともな配慮である。
その智良は十月になってからここ数日、放課後は教室に残ることが多くなった。服飾科の一年六組ではない。お隣の商業科の五組である。
「ありがとう智良。おかげで智恵先輩に早めに渡せそうだよ」
「相変わらず仕事を押しつけられてんだなあ。清歌は」
書類をさばきながら、智良は向かいの席に座っていた御津清歌に呆れたような目をやったが、その清歌はにこやかに首を振るのだった。
「ううん。これはわたしがお願いして生徒会のひとから譲り受けたの」
星花祭以降、清歌は積極的に江川先輩や生徒会の面々から積極的に仕事をもらい受けるようになっていた。していることはあまり変わらないように見えたが、受動的が能動的に変わるだけで、清歌の表情は見違えるようだった。
智良は直接見ることはなかったが、後夜祭の告白コーナーにおいて清歌も参加していたらしい。参加したというよりは、壇上にあがった恋人である元会長・五行姫奏に指名されたのだ。そして、恐る恐るやってきた清歌に姫奏は腕を回して高らかにのたまったのであった。
「私、五行姫奏は御津清歌と恋仲になることをここに宣言いたします!」
会場は阿鼻叫喚の渦に包まれたという。そりゃそうだ。五行先輩には表沙汰してない子も含めて大量のファンがいるのだから。後にそれを人づてに聞かされた智良は「おいおいそんなこと言って大丈夫かよ」と本気で心配したものだ。過去にファンの子どうしのやっかみを聞いていたから尚更だ。
もっとも、智良としても他人事というわけにはいかなかった。星花祭から数日後、智良は清歌に声をかけられてそのまま復縁までいたったのだが、その際、気まずそうな表情で話しかけたのだ。
「これで心置きなく姫奏といちゃいちゃできるけど……」
悲願達成であるはずだが、清歌の表情は冴えなかった。まあ、今の清歌はシンデレラのエンディングで幸せを迎えた後のこれからと言ったところだろう。
清歌は恋人である姫奏からの言伝をあずかってきたらしい。内容は次のようなものだ。
「理純さん、あなたに清歌を守ってくれとは言わないわ。ただ、あの子が危険にさらされたとき、常に私がそばにいられるとは限らない。特に私は、来年は星花を卒業するわけだから、そのとき彼女が思い悩んだときにお気楽に打ち明けられる相手は必要だと思うの」
なんだか智良自身がお気楽と言われているような気を当人は感じたが、それは自意識過剰と言うもので、清歌が声をかけてくれるのなら、過去に熱っぽくつきまとっていた智良としては否やはなかった。
また、清歌は姫奏にこのようにも告げられたそうである。
「私は清歌はそのままでいいと思うけど、あなたでは不釣り合いと感じる人もいるでしょうね。そんなことを言わせないためにも智恵の後に生徒会長の座を継がせたかったのだけど、智恵たちとも話した結果、なかなか無理は言えないものね。仮に立てれたとしても、信用がなければトップの肩書きを得たところで所詮は砂上の楼閣の王さま。いちおう智恵にも手を回しといたのだけど、こつこつと地味に成果を上げて、少しずつ求心力を培うのが一番いいかもね」
「姫奏……」
「私だって自分の一人で生徒会をこなしたことは思ってないわ。マノンや智恵を含めた生徒会の面々、生徒会の外の人たちの力もあって初めて私の高名が輝くというもの。一人で何でもやり遂げようとするのは、自分を侮り、仲間の力を軽んじることに繋がるわ。手始めにりんりん学校で疎遠になった理純さんと仲良くなさい。いろいろといい刺激になると思うから」
刺激ならもうじゅうぶんに堪能しました……と言いたい清歌であったが、ラッキースケベの技倆は置いといて、気さくに人と打ち解けられる智良の才能は自分にはないものだ。すべてを真似することは無理だろうが、取り入れるべき点はあるだろうと清歌は考えをあらためたのであった。
そのことをふいに思い出した清歌は、やれやれという表情を浮かべつつも自分に付き合ってくれるツインテールの少女に感謝を示したのだった。
「ほんとにありがとうね、智良。わたしの味方になってくれて……」
「まあ、もともと清歌とお近づきになりたかったわけだし。それに、清歌には散々迷惑かけちゃったから。罪滅ぼしの一環としてできるかぎりの協力はするけど」
「ホントにごめんね。本当は外の出てアレをするつもりだったのかもしれないのに。……強引に引き止めてちゃったら無理しないでね」
「それがさあ」
嘆かわしげに智良は両手を広げてみせた。
「最近、うらべぇが調子悪いのか知らないけど、そっちが気になってぜんぜんネタが思いつけないの。寮部屋にもいづらいし、こうしてるほうがかえって気晴らしになる」
「占部さんとケンカでもしたの?」
「それがぜんぜん心当たりがないんだな。おかげでここしばらくむらむらしてる状況だし、確かにここで一発でかいの決めないと心の中の何かが爆破しそうだ」
「もやもや、でしょ。相変わらず智良は変わってるね」
最初はラッキースケベの言葉だけで赤面して浮ついていた清歌だったが(もっとも今でもアレで濁しているのだが)、今では苦笑しながら平然とあしらうまでにいたっている。復縁の際、智良はラッキースケベが演技だったことをこっそり打ち明けたのだが、大人しめな彼女は生ぬるい微笑みを浮かべながら「やっぱり」と言いたげのようす。智良は驚きはしなかったが、何を思えばいいのかわからず内心もやついてしまう。何となく、そういう生徒はたくさんいそうな気もするが、おぱんつ見せつけを至上の快楽とする少女は、一般的な星花生相手には意地でも事故をつらぬくつもりだった。
愚痴をこぼしてから、困ったような笑みを浮かべる清歌を見て智良はあわてて取り繕った。
「ああ、もちろん清歌にはする気はないから。さんざん嫌がらせちゃったわけだしね」
「ううん。たまになら、別に……いいよ?」
智良はあっけにとられ、まじまじと生真面目な少女の顔を見やったが、すぐさまキマリの悪そうに顔をそむけた。ここしばらく様々な清歌の笑みを見てきたが、意図してかどうかは知らないが、頰をピンクにしながら目を伏せる彼女のそれは初めて知った。まるで誘い受けしているかのようであったが、そのまま引きずりこまれてアルティメットビューティーの元会長さまの恋敵にされてはたまったものではない。
珍しくどぎまぎさせられるポジションに立たされていた智良だが、扉ががらがらと開かれる音で、注意力散漫の隙を突かれて全身をすくませた。ラッキースケベの秘密を聞かれたのかと反射的に焦ったものだが、やってきた人物を見てその焦りは杞憂に終わった。
「あらあら、随分仲が良さそうなのね。二人で私にラッキースケベを仕掛ける計画でもめぐらせていたのかしら?」
話題の清歌の恋人であった。高等部三年の五行姫奏は後輩の教室にすたすたと足を踏み入れ、二人の脇から仕分けられたプリントを見つめていた。
彼女もいちおう智良のラッキースケベの秘密を知っているものの一人だ。現場を押さえたわけではないが、親友のマノンからの話を受けておおよそ察していたらしい。それでいて智良を追及せずに泳がせていたのは意地の悪いことだが、もう会長職を降りていたせいか、江川会長に突き出す意図はないようである。それどころか、一対一のときは「楽しみにしてるわ」と微笑むものだからいい性格である。仮に清歌が姫奏みたいな生徒会長を目指すのなら、道のりはかなり険しいことが予想される。
その姫奏が恋人の後輩を見すえて言った。
「ねえ清歌。私の家のメイド長の実家から大量のブルーベリーが届いたの。お菓子をいっぱい作ってくださるそうだから、仕事が終わったら一緒に食べに行きましょう」
「わあっ……! はい、是非ともご一緒したいですっ」
たちまち笑みをほころばせる清歌。そこに智良が呆れたように口を開く。
「あの、五行先輩……」
「なぁに、理純さん? あなたも食べに行きたいのかしら」
「いや、あたしは別に……」
正直、メイドさんが作るお菓子に興味がないわけではないのだが、清歌が「え、本気でくるの……?」と言わんばかりの冷めた視線を向けていたので、ここは快く辞退することにした。そもそも話したいのはそんなことではないのだ。
「そういうデートの誘いを部外者を前にして堂々と言っていいんですかね? それに三年は試験勉強とかいろいろ……」
「私を誰だと思ってるの?」
ハアそうですか、としか言いようのない姫奏の態度である。清歌が敬慕の眼差しを注いでいる中、麗しの元生徒会長サマはさらに得意げに語った。
「それに理純さんはヒミツの値打ちをよく知っているはず。ならば、ここで清歌とデートの約束事をしても何ら差し障りはない。そうよね?」
思わずひざまずいて祈りたくなるような思い切りの良さだ。知性と経験と勇気とが、姫奏の美貌を表面以上に輝かせるのだろう。それで艶然と微笑むのだから、ラッキースケベ非行少女の智良でさえも危うく移ろいかけてしまうのであった。
約束だけ取りつけると、姫奏さまはさっさと教室を後にしてしまう。智良は意味もなく安堵感をおぼえながら、急ぎ足で書類を捌きはじめた清歌を見て言うのだった。
「……まったく、清歌も厄介な人に惚れ込まれたもんだよ」
「マノン先輩と付き合ってる智良に言われてもね。それに、わたしも姫奏と付き合って目指すべきものが見つかったから」
「うん?」
「わたしは姫奏が好き。でも、そのためには姫奏に甘えてばっかりじゃ駄目なんだ。だから、周りも納得してくれるくらいに強くなりたい。いや、強くなってみせる。そうじゃないと、姫奏にも迷惑をかけちゃうから……」
書類に取りかかろうとした智良は思わずその手を止めてしまった。清歌の顔は可憐さをそのままに、初めて出会ったときのような弱々しさから脱皮したかのような意志の強さをうかがえたのである。それは明らかに優れた恋人の薫陶を受けた、強い笑みだった。
生徒会長の座はわからないけど、彼女にふさわしい相棒なら、あるいは……。
できるさ、と励ますのも小っ恥ずかしく思い、その友人はいそいそと書類との戦いを再開させたのだった。
長い長い純情チラリズムもエピローグに差しかかりました。ここからは、出演したゲストキャラクターによる後日談を語っていきます。いちおう第八部までの予定。
さて最初の登場人物は、純チラでマノン嬢より先に登場した御津清歌ちゃん。彼女はもともと、第二弾の智良とくっつけたいの第一候補だったのですが、漏れてしまったのでゲストキャラとして無理矢理出演させた感じです。未練たらたらですな。正直、第一話書いていたときはこんなにがっつり絡ませて大丈夫かよと(しかも本来の相手であるマノン先輩を差し置いて)不安になったのですが、指摘されたら直せばいいやと気楽に構えていました(でも、いちおう指摘されたとき用に清歌がモブキャラに変更された第一話もあったのですが)。……大丈夫だよね?
りんりん学校ではちょっと仲違いを起こしてしまいましたが、星花祭の空白期間を経て、親友というかたちでおさまりました。あと、姫奏さまと堂々といちゃつけるように。周りからのプレッシャーに押し潰されないように、ちょっと姫奏さまの影響で強くさせました。気の弱い女の子が精神的に強くなるのっていいよね。がんばれ、清歌ちゃん負けるな清歌ちゃん。
あと、ひめきよの恋愛コンセプトがわかりやすかったので、葉月様に百合テロを二度くらいしました。その姫奏さまもこの話に登場しているのですが、彼女に対するコメントは別の機会でおこなうことにします。
※御津清歌さんは星花女子プロジェクト第二弾、楠富(登美司)つかさ様(https://mypage.syosetu.com/1235430/)の考案キャラクターで、五月雨葉月様の作品『あなたと夢見しこの百合の花』(https://ncode.syosetu.com/n4278dw/)の登場主要キャラです。