寄稿作品(芝井流歌様より)
同じく星花女子プロジェクトで活躍中の芝井流歌様からいただきました!
「ちぇっ、しゃーねぇからやってくか……」
ぼくはため息と同時に立ち上がり、賑わう放課後の廊下へと足を進めた。足は進めても気は進まない。
「何でぼくだけ……」
心の中でブツクサぼやくけれど仔猫ちゃんたちへのスマイルは忘れずに。「また明日ね」と手を振って家庭科室へと急いだ。
本校舎とは少し離れているのでだんだんと人気もなくなってくる。こんなにも静かなところなら汐音にバレずに女の子たちを口説けるのに……。
「……あれ? 智良ちゃん先輩じゃーん」
家庭科室にはすでに先客がいた。薄い褐色のツインテール、小柄な背中、ぼくの仔猫ちゃん名鑑に載ってるかわいい先輩ランキングでも上位の先輩だ、後ろ姿と言えど間違える訳がない。
カタカタというミシンの音で聞こえなかったのだろうか。智良先輩はぴくりとも反応しない。無視されてる? 集中してるだけ? それとも見間違い? いやいや、ぼくに限ってそれはないはず。
どれどれ、ちょっと脅かしてやろう……。
「ちーらちゃんせんぱーい!」
「ひゃっ!」
やっぱり集中していただけだったのか、こっそり近付いて背後から抱きしめると智良先輩は大げさ過ぎる程ビクンと肩をすくませた。
ふふん、やっぱりかわいい……。
「だーれだっ」
「そ、その声は……」
智良先輩はミシンを止め、ぼくの腕を容赦なくひっぺがして振り返った。わなわなと拳を握りしめて睨み上げている。
気の強い女の子は嫌いじゃない。メロメロに溶けてくれちゃう子も好きだけど、こうして反発されると奇襲しがいがあるってなもんだ。汐音は極端な例だが、抵抗してくれる智良先輩のリアクションも堪らなくくすぐられる。
「またあんたかっ。何の用だよ、人が集中してんのに」
「怖い怖い、睨まないでよ。ぼくは課題をやりに来ただけッスよ。そしたら智良ちゃん先輩がいたから挨拶しただけじゃないスか」
「挨拶だと? 不意打ちでハグするののどこが挨拶なんだよっ。やめろって言っただろ、こないだも」
そうだっけ? としらばっくれるぼくに呆れたのか、智良先輩は鼻を鳴らしてミシンのスイッチに手を掛けた。なんだ、もっといいリアクションしてくれると思ったのに残念……。
仕方なしにぼくも隣のミシンをセッティングする。一瞬チラッと視線を感じたので振り返ると、またもプイッと逸らされてしまった。
バッグから作りかけのクッションカバーを取り出してミシンの上に設置する。改めて見るとこりゃやり直しさせられるわな、という出来栄えに苦笑が洩れた。
「……何笑ってんのさ、気持ち悪い」
「あぁ、違うッスよ。これ製作の課題で作った作品なんスけど、提出期限忘れてたんで慌てて昨日作ったんスよ。適当に四方縫って隅っこに髑髏のステッチ入れただけで提出したら、見事にやり直しくらっちゃって……」
智良先輩は「ふーん」と言いながらぼくの手元をジッと見つめていた。さすが服飾科の先輩、観察する目が鋭い。
「智良ちゃん先輩は? やっぱ課題?」
「……うるさい。あんたに関係ないだろ」
「つれないなー……。何ならぼくが手伝ってあげるのにぃ」
「……」
「せーんぱいっ、無視しないでよー」
二人きりの静かな家庭科室にはミシンのカタカタという音だけが響いている。ぼくはチラリと扉の方を見た。誰も来ない、汐音もいない。智良先輩の横顔を身ながら、ぼくはくすっと口角を上げた。
「先輩ってばぁ」
「な、何すんだよっ。離れろってっ」
ぼくが後ろから覆いかぶさると智良先輩はじたばたともがきながらぼくの腕を払おうとした。本来なら嫌がるリアクションだけで満足してしまうぼくだけど……。
「いいじゃん、誰も来ないからさ……ちょっとだけ、ね?」
耳元で低く囁くと先輩の顔が一気に赤くなっていく。
「ちょ、ちょっとだけって何だよっ。離れろってばっ。こんの……っ」
「嫌がる素振りもかわいいなぁ、照れちゃってさ……。ほんとは先輩もこーゆー事好きなんじゃないの?」
ますます赤くなる姿がいじらしくて頬に唇を寄せる。耳まで真っ赤な先輩の頬はその色と等しく高い熱を帯びていた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いきなり叫び出したかと思うと勢いよくぼくを突き飛ばし、制服の袖でごしごしと頬を擦りながら立ち上がる智良先輩。よろけたぼくが尻もちをつくと、涙目になった先輩がものすごい形相で見下ろした。
「き、貴様っ、許さん!」
「……そんな怒る事ないじゃないッスか。愛情表現、愛情表現。ね?」
「……くぅー……」
反論するのかと思いきや、先輩は言葉にならないのか涙目のまま唸り出した。そして唇を噛みしめ「帰る!」とミシンの上の物をかき集めだした。
「ま、待ってよ先輩! まだ終わってないんでしょ? 帰る事ないじゃないスか」
「うるさいうるさい!」
これが汐音なら間違いなくここで半殺しにされてるだろう。床にへたりこむぼくがのろのろ立ち上がろうとした瞬間……。
「……あ……」
「……わ、わぁ!」
……智良先輩のスカートは、お見事という言葉だけでは表現出来ない程見事に見事にまくり上げられていた。その下に覗く蝶々柄のショーツも、バッチリこちらを見下ろしている。
「せ、せんぱ……」
ぼくは最後まで言えずに顔を叛けた。パニックになっている先輩も慌ててスカートを押さえているようだが、どうやら布と一緒にスカートも縫ってしまっていたらしい……。
むっちりとした太腿が脳裏に焼き付いてクラクラする……。
「み、見たな……貴様、見たなぁぁぁぁぁ」
「み、見てな……」
叛けたままプルプルと首を振ると、ぼくの鼻からつぅっと一筋何かが垂れていく感じがした。
「だぁー! せ、先輩、ティッシュ、ティッシュー!」
「し、知るかよ!」
お互いに背を向けたまま教室の隅っこへ駆け出す。幸か不幸か手元には作りかけのクッションカバーがあったので、ぼくはやむおえずそれを鼻にあてがった。
おいたを過ぎるとろくな事が起こらないのだと学習した放課後のお話……。
登場人物の獅子倉茉莉花さんは、芝井流歌様の星花第四弾作品『百合色横恋慕』(https://ncode.syosetu.com/n0241ep/)で活躍する少女で(考案者は黒鹿月 木綿稀様)、服飾科である智良の後輩にあたります。獅子倉さんは高等部一年なので、この智良は純情チラリズムから一年ぐらい先の話になりますね。
寄稿、ありがとうございます!