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めくれめくデスティニー

タイトルは 誤字じゃないです 念のため(五七五調)

 うるさい勢いで照りつける太陽と折り合いをつけることもないまま、智良は星花女子学園へと帰還した。ふらついた足取りで桜花寮までやって来ると入り口の前で珍しい人物を見た。


 智良のルームメイトの占部麻幌(うらべまほろ)である。


 麻幌も桜花寮生徒であるわけだから、寮の入り口にいるのは決して有り得ない話ではない。だが彼女はたいてい寮部屋にこもって占いの研究をしているか、誰かの依頼で占いをしているかのどちらかであり、一階に降りることがあるとすれば自動販売機でヒャンタのグレープを購入するくらいである。一人で入り口の前でたたずむ姿は智良も初めて見たものだ。


 薄い褐色のツインテールを見て、麻幌が反応して駆けつけた。


「智良! あなた今までどこに行ってたのよ」

「ちょっとした野暮用だっての。そんなことより、うらべぇこそ何だってあたしのことを待ち伏せしてるのさ?」

「あなたを迎えに来たの。ロビーでお客さまがお待ちよ」

「あたしに?」


 智良は面食らった。先ほど天才作家氏のお客さまになったばかりであるが、自分のところにお客さまなど来るいわれなどないはずだ。それに智良は麻幌の反応が気になっていた。『うらべぇ』呼びに反応しないとは、よほど緊迫した事態らしい。


 ルームメイトにうながされて智良は寮のロビーにおもむく。


 落ち着き払った麻幌が緊張するだけのことはあったようだ。待機していたのは二人で、どちらも今の星花女子学園における大物であった。


 現生徒会長の江川智恵(えがわちえ)と、風紀委員長の櫻井莉那(さくらいりな)の両名である。


 智良は一目見て気まずい気分になった。二人の人柄より肩書きがラッキースケベの少女を萎縮させたのであった。趣味で自分のおぱんつを見せたがる少女としては至極もっともな反応である。


 智良は、反射的に関西弁の仏蘭西人形めいた先輩を思い起こした。あのお調子者の元副会長が二人に情報を垂れ流したのではないかと勘ぐり、次に会ったらどうしてくれようと顔をしかめたものである。


 智良と麻幌の姿を見て、星花のお偉い組が反応した。まず莉那が口を開く。なぜか片手をわなわなとうごめかしていた。


「くっくっく……定刻通りだな。どうやら貴殿の占い師の能力ちからは本物のようだ。おかげで待つまでの時間を無駄にしないで済んだ」


 どうやら、麻幌にルームメイトの訪れる時刻を予見してもらったらしい。今の今まで業務にあたっていたのか、二人とも制服である。星花祭前だから多忙なのは当然である。


 智良は学校の風紀を司るものに対してかなり不敬な態度をとった。風紀委員長ってこんなキャラだっけ? と思いながら肩をがっくり落としたのである。なにぶん、しばらく前に別ベクトルで疲れそうな(実際、疲れていたのだが)天才作家に会ったばかりだ。それに、『貴殿の占い師』という言葉も引っかかる。うらべぇがいつから自分のものになったんやとマノン魂でツッコミを入れたくなったが、当のうらべぇは先輩に対しての礼節を律儀に守っているようであった。


 隣の生徒会長が眼鏡を直しながら優しく智良に声をかけた。


「こんにちは。それとも、初めまして……かな? 1年6組の理純智良さん、ですよね?」

「確かにそうですけど、いったい二人してあたしに何の用なんです……?」

「あのね、私たちは五行先輩に理純さんを生徒会室に連れてくるようにと頼まれて……」


 会長が話し終える前に智良はガッ! と動き出していた。三人が呆気にとられたようすで華奢な背中と揺れるツインテールを見つめる。


 智良としては必死であった。人当たりもよく優しい現在の会長さんならともかく、厳格の極みと思われる五行姫奏元会長に個人的に呼ばれるなど、其れ即ち断罪也! のかほりしかしなかったのであった。


 智恵と莉那としては無視できないことであった。慌てて追いかけようと試みたが、結論から言えばその必要もなかった。


「ふぐうっ!?」


 前方不注意で逃げ出した智良は自動ドアの前で誰かと衝突した。勢いがありすぎたのか、智良はぶつかった人物を抱き込むようにしてそのまま床に折り重なってしまう。


「ひゃっ……!」

「うわぁ」


 智恵と莉那は同時に反応した。か細い悲鳴を上げた智恵会長は頬を一気に染め上げ、弱々しくなった表情の下半分を手で覆い隠している。莉那もカッコつけて片手で顔を覆っているが、口からは邪神・ユースティティアではなく素の声が漏れ出ている。


 二人と麻幌は智良が通行人ともつれて倒れ込むようすを一部始終見ていたのだが、その際、智良が腰と尻を浮かせていたせいで、短いスカートの中身が丸見えになってしまっていたのだ。本日のおぱんつは黄色と茶色のチェック柄で、加えて縁に黒いレースがあしらわれていたものであった。なかなか可愛らしいチョイスだが、みずみずしいエロティシズムに満ちあふれすぎていて、とても審美にひたれる余裕はない。


 智恵が困り果てたようすで莉那にささやきかけた。


「ね、ねえ、櫻井さん……私、どうすればいいんだろう……私たち、理純さんの、その、ちぇっくさんを見ちゃったわけだけど大丈夫なのかなあ……」

「いや、そもそも何が大丈夫なのかもよくわからないんだけど……」


 真っ先に『彼女を助けよう』が出てこないあたり、二人の恐慌っぷりがよく現れている。


 もっとも、パニックに陥っていたのは智良も一緒である。受け身も取れず、思い切り地面に叩き伏せられたと思っていたのだが、ド痛い衝撃が迫ってこない。妙にやわっこいクッションに顔を埋めた気分だ。地面を撫でようとすると妙にすべすべな生地が手に当たり、動きに合わせてクッションが柔らかくうごめいていた。


 どういうわけか妙に色っぽいくぐもり声も聞こえてきて、智良は人を押し倒していたことにようやく気付いた。慌てて謝罪の言葉を投げかけようとした瞬間、きらびやかな金髪碧眼を見て凍りつく。


「まあチラちゃん! よーやくわたくしのことを求める気になりましたのね❤」

「どぅええぇぇええッ!? え、エヴァっ!?」


 稀代の変態淑女から逃げねばと反射的に思った智良だが、そのときには既に手遅れであり、浮かせかけていた腰を抱擁(ほーるど)され、エヴァのぱふぱふおむねに密着する。危うく窒息しそうになったが、脳裏に貞操の危機がよぎると、抱きしめられた状態のまま果敢に抵抗した。


「ぐわー! はなせ! はなしやがれってのー!!」

「うふふ……じたばたと悶えているチラちゃん、すごく可愛らしいですわ❤ このまま食べちゃいたいくらい……モチロン、(ピー)的な意味で」


 変態的愛欲で力を得たのか、エヴァンジェリン・ノースフィールドは智良の身体をしっかり捕らえて離さないでいる。


 取り残された三人こそいい迷惑であった。ラッキースケベの少女はしきりに長い脚をばたつかせていたが、そのたびにスカートの裾が跳ね上がり、チェック柄のおぱんつを一同にアピールしていたからである。しまいには風圧に負けてスカートが完全にまくれあがり、可愛らしいお尻をさらけ出してしまうという始末。


 お尻がまるまる空調の風にさらされて智良のパニックはさらに高まった。どうしようもできず、いつぞやのようにまた泣き出したくなってしまったとき、ぴしゃりとした声が一同の動きと思考を封じた。


「エヴァちゃん、なんしよーと! またほかの女の子に手を出しよってから!」


 智良とエヴァは同時に顔を上げた。自動ドアの前で腰に手を当てて立っていたのは、栗色のサイドテールをした純朴そうな少女であった。方言を用いての怒りであったが、マノンの使う関西弁とはまた違うようである。


 その少女は可愛らしい顔に可愛らしい怒気を募らせていた。だが、言い放つ言葉はとことん無慈悲である。


「うちのコト()いとーって言っとったのに、アレはウソやったと!? もーエヴァちゃんのわからんちん! キライ!」


 少女がふんすこと走り去っていき、エヴァンジェリンの端麗な顔がみるみると青ざめていく。


「ふわああぁぁああっ!? ごめんなさいコノハちゃんお待ちになってええぇぇええっ!!」


 智良の身体を払いのけて立ち上がり、金髪碧眼の変態淑女もモーレツな勢いで駆け出していく。汚れた背中を見せながら階段を上がっていくと、唖然とした三人も動き出した。智良のラッキースケベに一番慣れていた麻幌が真っ先に駆け寄り、あられもない状態になっていた智良のスカートを元に戻す。彼女は沸騰を通り越してほとんどふやけた状態で床に這いつくばっていたが、智恵と莉那の呼びかけを受けてようやく立ち上がるほどの活力を取り戻したようだ。


「くっそー……あんの姉ちゃんめぇ……」


 見当違いなぼやきである。そもそも聞いている側からすれば意味が分からなかったに違いない。だが智良からすれば、一連の婀娜っぽい出来事が姉のラッキースケベ菌に空気感染された結果としか思えなかったのである。


 智恵が気遣わしげに声をかけた。


「は、派手にぶつかったねー……あの、理純さん、歩ける……?」

「あっ、あたしは何もしてないぞ! 先輩方に呼び出される筋合いなんかどこにもない!」


 せっかく生徒会長が親切を発揮しても、やらしい非行少女の態度はかたくなであった。先輩に対する礼儀もあったものではない。彼女にとって立ち位置の高い二人は異端審問官の最高幹部でしかなかった。


 いや、智恵会長の反対側で莉那が邪神めいた笑い声を立てていた。


「くははははは……っ! 我らの主と個人的にまみえることができるのだ! この喜びを無下にすることは森羅万象の摂理に背くに等しいと知れ!」

「喜べるかい!」


 奇抜な言動で喜びを押し当ててくる風紀委員長サマだ。どうもあたるといいエヴァといい彼女といい、暴走型人間とぶち当たってばっかりである。


 その範疇に明らかに当てはまらないであろう江川会長がなだめるように言った。


「あのね、五行先輩も理純さんと会うのを心待ちにしてたみたいだから、とりあえず、まずは一緒に行きましょう、ね? 何を話すかは私たちもわからないけど、先輩のようすを見るとお説教をするつもりはないと思うから……」


 最後の「思う」が逆に不安を煽っているようでもあったが、ここまで生徒会長が真摯に声をかけてくれる以上、智良もムキになって抵抗する気にはなれなかった。とりあえず、この先の展開と向き合う覚悟がにわかに構築されていった。


 智恵の話では姫奏は生徒会室ではなく菊花寮の多目的部屋にいるらしい。つまり私服の状態のまま智良を連行することができるというわけだ。


 星花の有力者ふたりに挟まれながら連れて行かれるルームメイトの背中を、麻幌は静かに見送った。










 そして。


 いくらか話をして智良を帰したあと、五行姫奏はそのまま自宅に帰らず、菊花寮のとある部屋の扉をノックした。


「開けなさい、マノン」


 普段の姫奏と違う、冷たく、有無を言わさぬ響きがあった。清歌が聞いたら間違いなく涙目で震え上がりそうなものだが、その声をもってしても扉は沈黙を守護したままである。


 姫奏は肩をすくめた。もとよりそれで出てくれることを期待したわけではないのは明らかだ。

 声音を変えず、さらに容赦なく言い放つ。


「出ないなら、あなたが塞ぎ込んでいる理由を星花の全員に暴露するしかないわね」


 今度は反応があった。扉の向こうから足音が聞こえ、数秒後に灰色髪の少女が顔をのぞかせた。


「……卑怯やわ姫ちゃん、そんな言い方……」


 マノンは恨めしげな瞳で親友の顔を見たものだ。


 顔には出さなかったが、友人のようすに姫奏は息を呑んだ。灰色の髪は手入れが行き届いておらず、肌は透き通るようであった。退廃的な空気は姫奏の好まざるものであったが、何物かによって苦しんでいる彼女のことを考えると同情も禁じ得なかった。


 姫奏は愛おしげにマノンのくしゃくしゃな髪を撫でた。マノンはぶすっとした顔を崩さなかったが、愛撫には逆らわなかった。


「まったく可愛い女の子がこんなにして……ちゃんとお風呂には入ってるの? それに食事は?」

「シャワーは毎日浴びとるで。それに食事もちゃんと摂っとる」

「食堂で?」


 軽い調子で放たれた姫奏の質問に対して、マノンの回答はニアマートで買ったおつまみ用の豆を一日一粒というものだったので、さすがの姫奏も美しい顔に静かな怒気を募らせた。


「……あなた、将来は即身仏にでもなるつもり?」


 早い話がミイラである。険しい姫奏の一瞥にマノンは消え入るように縮こまり、親友の剣幕に震えている。姫奏も弱った彼女をいじめるつもりはなかったので、さっさと本題に切り出すことにした。


「明日、デートをしてもらうわマノン。朝の九時半、星花正門前で待ち合わせ。めいっぱい可愛くして来ることね」


 デートのお誘いというより業務報告みたいな堅さがある。ムードのかけらもあったものではないが、そもそもデートなどただの口実であろう。


 それでもマノンは弱々しく頷いた。弱みがある以上、従うしかなかったのである。姫奏がふさぎこんだ理由を暴露するというのがハッタリとわかっていても、彼女の直感を侮ることなどとてもできない。


 約束の取り付けに成功して姫奏はひとまず安堵するも、最後にしかつめらしくマノンに忠告した。


「それと塞ぎこむのはいいとして、食事くらいはちゃんと食べなさい。どうしても人目が気になるというなら私の屋敷で食べさせてあげるけど……どうする?」


 マノンはうつむいて長い時間考えこんでいたようだが、最後にはまっすぐ姫奏を見て暗かった顔にわずかながらの明かりをともらせた。


「……行く。うち、姫ちゃんちにお泊まりしたい」

「決まりね。正門で待つから準備なさい」


 マノンの一番の親友は優しい笑みを浮かべながら、静かに寮部屋の扉を閉めたのだった。


ちゃんと名前は出ていないですが、らんシェ様の考案キャラである藤宮恋葉ふじみやこのはさんがゲスト初登場です。


恋葉さんは星花第一弾作品【百合の花言葉を君に。〜What color?〜】(N2492DJ)の主人公で、エヴァンジェリン・ノースフィールドとはルームメイトどうしである博多弁の女の子です。


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