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センチメンタル・ジャーナー

星花女子プロジェクト第三弾作品『ユースティティアにおまかせあれ!』の主要キャラ、黒の邪神・ユースティティアさまこと櫻井莉那さんがゲストとして登場しています。

櫻井莉那さんは五月雨葉月様考案のキャラクターです。

 空はまだ青かったが、一秒ごとに暮色を濃くしつつあるようだ。遊び疲れの乙女を乗せた貸切のバスは、りんりん学校の施設を離れ、列を成しながら星花女子学園へと向かっている。走行中は、少女たちは遠景を眺めながら思い出に耽っている……ということもなく、非日常を満喫した際の疲労を睡眠で昇華していたが、見覚えのある街並みが並び始めたころには、すっかりと目を覚ましており、思い出話と先に控える文化祭の話とで盛り上がっていた。


 バスが星花女子学園の正門に並び、生徒たちが次々と降りていく。自宅に帰るもの、菊花・桜花の寮に戻るものが入り交じり、バスが去った後もなお、残っていたのは三名の生徒だけだった。


「智恵、莉那りな。本当にお疲れさま。あなたたちのおかげで大きな問題もなくりんりん学校を終わらせることができたわ」

「フッ……これしきのこと、黒の邪神・ユースティティアにかかれば造作もないこと……。と、言いたいところですけど、一番頑張ったのは智恵会長ですから!」

「わ、私はそんな大したこと……。でも、ありがとう、櫻井さくらいさん」


 やや戸惑い気味の笑顔を浮かべながら、江川智恵は隣にいる少女を眼鏡のレンズ越しから見やった。


 櫻井莉那さくらいりな。黒の邪神・ユースティティアの名を常日ごろ自称しているが、現世では星花女子学園の現風紀委員長をつとめている。剣劇の主人公めいた言葉遣いがやたらと目立つ少女だが、成績は優秀で、周りからの評判もかなりよいらしい。ねぎらいの声をかけた先輩、五行姫奏とは親の仕事絡みでの交流も多く、莉那はその美しい先輩にひたすら懐いている。そこに邪神サマの威厳は欠片も感じられないが、そのぶん年相応の女子らしい愛らしさに満ちていた。


 智恵と莉那は、生徒会長と委員長の関係として、また、同じクラスかつ高等部菊花寮に所属するものどうしとして、接する機会は多かった。智恵としては莉那の荘厳すぎる言い回しについて、語彙と表現技法を駆使して即興であんな風に言えるなんてスゴいなあと思う反面、真似をしたいかと問われると、それに対してはとても開口する勇気が湧いてこないのが現状である。


 夕涼みの空気の中、五行元会長がにこやかに会話を続ける。


「ここからがあなたたちの腕の見せどころね。相談事はむろん受け付けるけど、もう私たちは必要以上にあなたたちに力を貸すことはできない。文化祭からは私たち先輩はお客様だから、是非ともよろしくお願いね」

「は、はい……」

「くくく、このような大役を任されるとは……仮の姿であれど、こ、この身体、比類なき喜びで疼いておるわ……!」

「ふふ、莉那ったら、震える手でポーズを決めても『じゃあくなぱわー』は完全に発揮されないのではなくて?」

「だ、だって私たち姫奏さんじゃないですし、うまくいけるかどうか全然自信がないんですよお!」


 莉那が顔を赤くして両腕を上下に振り回す。さすがの邪神ユースティティアといえど、先輩方のお力添え無しで今後の学校行事を運営することに強いプレッシャーを感じているようであった。智恵としても荷が勝ちすぎる案件であり、先のことを考えると息が詰まりそうになってしまう。


 後輩たちのこわばる様を見て、姫奏はすうっと目を細めてみせた。


「……あなたたちも他の皆も、私のことを神の如く崇め奉っていたようだけれど、周りの皆の協力があったからこそ、最高の生徒会を作ることができたの。大丈夫よ。すべてをうまくやろうなんて考えず、問題になりそうな事態を一つずつ対処していけば、それでじゅうぶんだから」


 二人がなおも緊張の面持ちで頷き、姫奏は感慨深げなようすで可愛い後輩の顔を見やる。


「ふふ、頼もしい後輩たちを持てて私は幸せね。ところで、いきなり話が変わるけど……」


 姫奏の美しいかんばせが引きしめられたものになる。


「あなたたち、マノンのことについて何か知らない?」


 智恵と莉那はそれぞれ顔を見合わせた。川瀬マノン先輩のようすが今朝からおかしいということは知っていても、その内情までは知らないという顔だ。そもそも、彼女の親友である姫奏さまですら窺い知れぬということを、後輩二人が把握できるはずもないのである。


 二人はしどろもどろに応じた。


「確かに、朝から元気がなかったみたいですが、心当たりを聞かれると正直なところ、ちょっと……」

「うム。貴殿の盟友は『機関』を偉大たらしめた立役者の一人。寂寞たる遠景を眺めながら、思い出に耽ることもあるだろう……」

「それならいいんだけどね。あの子、バスから降りるなり、周りの呼びかけも聞かずに一目散に菊花に戻ったと聞くじゃない。まあ、いくらあの子でもさすがに翌朝の食事の時間には出てくると思うけど、もし姿を見かけたら……」

「心得ている。我が秘術を用いて、彼女の頑なな心より真実の言霊を……」


 ポーズを決め、顔面にやかましげな喜色をみなぎらせる莉那を姫奏がやんわりと制した。


「気持ちはありがたいけど、秘術はまたの機会にしましょうね。とりあえずマノンを見かけたら、それとなく様子を見て何か気になることがあれば私に連絡してくれればいいわ」

「それだけでいいんでしょうか?」

「もともと私とマノンの問題だからね。そのせいであなたたちの仕事に支障が出ることは避けたいの。まあ、私のほうでも調べておくから」


 ここで姫奏が腕時計を覗き込んで姿勢を改める。


「じゃあ、清歌を待たせてるから私はこのあたりで失礼するわ。……いろいろ言ったけれど生徒会長をやれて本当に良かった。あなたたちが来年、私と同じ気持ちを味わえることを切に祈っておくわ」

「ありがとうございます。五行先輩、今まで本当にお疲れ様でした……!」

「我々に課せられし誓約、必ずや成就してご覧に入れよう……だからこれからも応援してくださいね、姫奏さん!」


 最後に後輩二人はそれぞれ姫奏さまに肩を抱かれ、爽やかな笑みを浮かべる彼女の背中を見送った。夕刻に染まった背中が見えなくなると、智恵と莉那はそれぞれ目頭を熱くしながら正門をくぐり抜けた。


「くっ……魔眼の奥の奥までを焼き尽くさんばかりの黄昏の光め! 我が可視空間をこうも歪ますとは……」


 照れ隠しか平常運転か分かは不明だが、この期に及んでも芝居がかったポーズは欠かさない莉那であった。智恵は対応に困ってしまい、当たり障りのない回答をするしかなかった。


「本当にここから私たちだけの力で学校行事を回さなくちゃいけないんだね……。うまくできるのかな……」

「ふっ、臆することなかれ黒き同胞よ。姫奏さんに認められし我らが合わさればいかなる困難も苦にはならぬ。……それよりも問題はマノンさんのことだ」


 はからずも黒き同胞扱いされた智恵は、莉那の顔を見てはっとなった。ユースティティアを自称する少女は、今はその邪神の印象をかなぐり捨てており、思いつめた表情をとっていたのであった。


「私、ずっと姫奏さんとマノンさんの関係に憧れてたんだよ。タイプの違う二人の秀才がトップになって星花を動かしている……それがとても眩しくて、とても羨ましかった。あの二人の関係が私の理想だから、理由もわからないまま……仮にわかってても嫌だけど……このまま二人がバラバラになっちゃうなんて耐えられない」

「櫻井さん……」


 智恵としても先輩の二人がここに来て離反するなんて考えたこともなかったし、考えたくもなかった。姫奏自身にその気がないのは救いではあるが、彼女の相方がどこに向かいつつあるのかと考えてしまうと、自分たちの帰るべきである菊花の寮を見つめながら何も言えなくなってしまうのだ。


 一方、星花女子学園のトップ陣からこぞって心配されたマノンは、寮部屋に帰還するなり、夏用の制服姿のままベッドに転げこみ、そのまま死んだように動かなくなっていた。旅先と精神的な疲れが相まってそのまま寝落ちしてしまい、目を覚ましたときは夜中であった。


「あかん……夕ごはん完全に食い損ねたわ……」


 うめきながら小さな身体を起こし、まとわりついた汗をシャワーで洗い落とす。髪と身体をタオルで拭く気力だけはまだ残されていたが、そこで尽きてしまい、寝間着どころか下着すら付けるのも億劫に感じていた。カーテンを閉めそびれていたため、月の光が寮部屋にダイレクトに降り注ぎ、一糸纏わぬ肢体を淡い光で濡らしていく。


 備えつけのミニ冷蔵庫のフタを開け、その中から飲みかけのミネラルウォーターを取り出して一気にあおる。乾ききった喉がキンキンに冷えた液体で生き返り、唇が冷水で濡れているという認識が、マノンに昨夜の出来事を思い返させた。


(智良ちゃんの唇、あったかかったなあ……。そんでもって、とってもやわらかくて……)


 智良からすれば苦い思い出かもしれないが、マノンにとっては内側から湧き上がるほてりが蘇るようであった。弄られまくった腹いせからのキスであろうが、それでも嬉しかったのである。おそらく決して忘れることのできない思い出になるだろうが、その分、来るべきときが重く、辛いものに感じられるのだ。


 空になったペットボトルを放り投げ、重量の感じさせないようすでベッドまでふらつき、そのまま飛び込む。さらさらとした感触が洗い立ての柔肌にとって心地よい。そのまま意識ごと底に沈みたい気分である。


(あの子にはホンマ、ヒドいことをしちゃったわな。でも、このほうがかえって好都合かもしれへん……)


 最高の文化祭にしてくれという約束など、とうに無効だろう。そもそも、彼女が自分の言ったことを覚えてくれているのかも疑わしい。そのほうがいい、のかもしれない。自分のワガママに振り回されるより、好き勝手にラッキースケベを振りかざして魅力的なお尻を見せつけるほうが彼女も幸せだろう。


 最初は、おぱんつ見せたがりの少女の存在がほんのちょっと気になっただけのはずなのに、いつの間にか頭の中はスッカリ彼女に夢中になっている。自分からラッキースケベを示すときはあれだけ小悪魔ぶっているともっぱらのウワサなのに、想定外のラッキースケベが起こると、途方もなく恥じらってくれる。その姿が何とも可愛らしく、ついいぢめたい気持ちにさせられるのであった。


 とは言っても、いぢめたい気持ちがあったから、清歌と別れさせるようなキツい言い方をしたわけではない。運命のイタズラ、と片付けてしまったら無責任と、運命の女神さまに咎められるだろう。


(……姫ちゃん……)


 毛布に顔を埋めながら、心の中で最愛の友の名を呼ぶ。莉那などからは、姫奏と合わせて星花における至高の二柱と讃えられることもあるが、マノン自身は姫奏と対等と思ったことは一度たりともなかった。そもそも、姫奏と出会わなければ今の自分は決して存在しえないはずだから。


(今まで、本当にありがとうな。これからは清ちゃんと幸せな関係を築いていってーな……)


 ……うちのこと、完全に忘れちまうくらいに……


 窒息する勢いで毛布に顔を押しつけ、キュッとまぶたを閉じる。

 夢など、とても見られそうになかった。

これにてりんりん学校編は終了です。な、長かった……。

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