決別のバルーンキャッチ
およそ二ヶ月ぶりの更新です。どちらかというと清歌メイン回ですが。
少女たちが宿泊施設に戻り、食堂で夕飯を摂り終えたあと、清歌は理純智良に誘われて人気のないところまで連れ出された。普段ならラッキースケベを見せつけられて、ラッキーらしからぬ気分にさせてくる智良の誘いなどノーサンキューの清歌であるのだが、お昼の一件もあって、今回ばかりは素直についていった。
到着すると、先に切り出したのは清歌のほうであった。
「理純さん。あの、大丈夫……なんですか?」
「そんなの、どっちだっていいじゃん。むしろ大丈夫じゃないほうが清歌にとってはせいせいなんじゃないの?」
「そんな言い方しなくたって……わたしは本当に心配してたのに……」
正直、清歌にとって智良がどのような位置づけの存在であるか、自分でもよくわかっていない。あれだけおぱんつを見せつけられたら、否が応でも意識せざるを得ないのであるが、『友達』と言われると、どうにも首を傾げてしまう。仕事を押しつける他のクラス委員の面々ほど不快感は抱いてないが、仕事よりラッキースケベを押しつけられるほうがマシというのも複雑な心境である。
とにかく、お昼に智良がマノン先輩にひどい仕打ちを受けて心を痛めたのは事実である。言い争いの原因が自分にあるのであれば尚更だ。それを当事者が投げやりに否定するのだから清歌が悶々とするのは当然であろう。
その智良が真面目くさった表情で言った。
「まあ、口論はこのへんにして。もう諦めろ先輩に言われてるから、最後に一つだけ」
「な、なんですか……」
清歌が反射的に身をすくませる中、ツインテールの少女は静かな口調で言ってのけた。
「五行先輩と仲良くな」
「…………」
「今まで散々迷惑かけてきてごめん。もう、清歌と関わるつもりはないからさ。おぱんつ見せたり、姫奏サマとの関係を暴露しようとしたりもしない。だから、心置きなく姫奏サマといちゃいちゃしてなよ」
清歌は憮然とした。言われなくても姫奏とはヨロシクやっていくつもりであるが、このような言い方をされて『心置きなく』なんて無茶な注文である。彼女にしてはケジメをつけたつもりなのだろうが、こちらから言わせれば無用なしこりをわざわざ残しにきただけである。もっとも、彼女が相当の葛藤のすえにこの答えを出したと思うと、あまり強くも言えない。
だが、このまま何も言わないというわけには……。
「理純さん!」
自分でも想定外の大声に清歌自身が一番戸惑ってしまう。智良が普段とは打って変わって泰然としているから、その動揺ぶりも一層鮮やかだ。
何とか気を落ち着かせて、言葉を絞り出す。
「あ、あの、一つだけ聞かせてください。理純さんは、その……」
「あたしが……なに?」
「理純さんは、その……わたしのことが好きだったんですか?」
言っちゃった。こんな質問をして自惚れだと思われていないかだの、『好きだった』って過去形で聞くのはどうなのだの、マイナスの思考が頭の中でひたすら交錯していたが、智良はその点に関しては責めなかった。
「わかんない」
「…………」
「ただ、おぱんつを見せたときの清歌の表情は正直、他の誰よりもそそるものがあったかな。あんなにいい反応、姉ちゃん以来だったし」
清歌としては素直に喜べばいいか、大いに疑問に思うところである。
「でも、それが清歌のことを好きかどうかとなると、あたしも自信がない。マノン先輩の言うとおり、あたしは自分の都合のために清歌のことをオモチャとしか見てなかったのかもしれない。どっちにせよ確実なのは、そんなあたしのことを清歌は嫌ってるってことなんだよ」
「勝手に決めつけないでッ!」
自然と語気が強くなってしまった。確かにお昼は智良と口論になったが、彼女を敵視する意志はまったくなかったし、そもそも、その言われ方では悪者扱いされているみたいで何とも気分が悪かったのだ。
だが、ラッキースケベの権化たる少女は、そんな清歌の想いをも見透かすように言ってのけた。
「別に清歌が悪いってわけじゃないって。あたしみたいな子、嫌われて当然じゃん。むしろ、そんなのに巻き込まれた清歌のほうこそ被害者なわけだし。それにお昼のあの時、清歌だってあたしにキレてたじゃん」
「それは……!」
清歌がさらに言い返そうとしたときである。
「……はっ!」
「ン、みゃんッ!?」
子猫のような悲鳴を上げて清歌は身じろぎした。智良がいきなりこちらに身体を傾いだと認識したときには、彼女は両腕をまっすぐ突き出して、二つの柔らかいものを手中におさめていた。すなわち、清歌のたわわに実ったおっぱいを。
清歌にとって、豊かすぎるはそれは母性の象徴だけでなく、押しの弱い性格を生み出したコンプレックスの根源でもあったのだ。姫奏さまと出会ってからは多少はマシになったものの、無遠慮に揉まれていい気分ということは、もちろんない。
智良はその事情を知ってか知らずか、両手に掴んだものを乱暴に揉みしだき始める。望んでいない刺激と熱に、清歌は全身を身悶えさせる。
「いやぁ! 理純さん、なにするの、やめて……っ」
涙目の訴えに、智良はあっさり手を引いた。おっぱいを揉む目的が、その感触を楽しむためではないことは明らかである。
引っ込めた手を自分の腰に当てると、智良は静かな声で言い放った。
「これで分かったろ? あたしは嫌がる女の子のおっぱいを揉みしだくようなサイテーなヤツなんだよ。これに懲りたなら、もう二度と希望を持たせるようなことは言わないでおくれよ」
そう言い放つと、智良は清歌の前から姿を消してしまった。ひとり取り残された清歌はなんとも複雑な溜息を吐いた。彼女とは好意的な関係を結んでいるわけではなかったが、智良の別れの言葉は清歌の心をギスギスさせた。こんなお別れの形は決して自分が望んだものではなかったのだ。じゃあ、どのような形が最適なのかと問われれば、清歌にとって、限りなく悩ましい問題であるのだが……。
その重たい出来事を心に抱えながら、清歌は夜のイベントである肝試しに臨んだ。二人一組で雑木林の夜道を進むというもので、ペアの相手は当然というべきか姫奏さまであった。彼女が自分から請願したとあっては、どのような思いがあれ、他の人たちにどうすることもできない。
姫奏は清歌を連れ出し、本来のコースから大いに外れて、海辺にある、生徒会専用の極秘の別荘にたどり着いた。戸惑う清歌をよそに、姫奏さまは効率よく彼女をベッドに押し倒し、着ていた浴衣を脱がしにかかった。麗しの生徒会長サマの指と口舌のテクニックで、清歌はされるがままに肢体をよがらせ、望むがままに喘ぎ声を上げさせられる。愛するものどうしで汗ばんだ裸体をひっつき合い、髪を振り乱しながら達し、このときばかりは清歌は智良への懸念は綺麗に吹き飛んでいた。
だが、事後にかけられた姫奏の睦言は、清歌の快感と熱を一気に冷まさせるものであった。
「……行為中に他の女のことを考えるのはあまり感心した態度とは言えないわね」
月明かりのみの暗がりでもわかるくらいに清歌は顔を青ざめた。自分でもよくわからない慌てようで必死に愛する人に弁解した。
「あの! 姫奏、これは……!」
「わかってるわ。あなたが私から他の女に乗り換えるとは考えにくい。あなたが気にしているのはマノンのことでしょう?」
「は、はい……それもあるのですが……」
姫奏は切れ長の瞳に面白そうな光を宿らせ、子供っぽく首を傾げてみせた。
「あら、はずれ? それならそのマノンに怒られた理純さんという子のことかしら? 確かに、私もお昼のマノンの態度は気になっていたものだから」
清歌は頷き、智良の別れの挨拶のことを打ち明けるべきか迷った。内密にと言われたおぼえはないが、彼女に言ったところで困らせるだけではないかと思ったわけだが、最終的に『姫奏ならなんとかしてくれる』という根拠のない願望のほうがまさった。
それを聞いた姫奏は難しい顔で考え込んだ。
「そう……それは残念ね。あなたと理純さんなら、いいお友達になれそうだと思ったのに」
「お、おともだち、ですか……」
正直、その点に関してはかなり懐疑的な清歌であったが、明敏さに定評のある元生徒会長さまは行為をいたした直後でも冷静だった。
「清歌がそのことを私に話した理由を考えてみたの。まず、あなたが理純さんの言葉を信じず、なんらかの形で報復をしてくるのではないと考えたから何とかしてほしいというのが一つ。もう一つは、清歌は実は理純さんのことが気になっていて、この思いをどうすればいいかわからないから私に相談しにきた……どう?」
どう? と言われても、清歌としては姫奏さまの鋭敏さを羨むばかり。もっとも、このまま黙っているわけにもいかなかったので、清歌は何とか自分なりの答えを出した。
「わたしが理純さんのことをどう思っているか。みっともない話ですが、わたし自身もわかっていません。ただ……」
「なあに?」
「確実に言えることは、自虐的な理純さんの姿を見るのがとてもイヤだった……それだけです」
考えに考えたすえにようやく出した回答に、清歌の最愛のひとは優しく笑みながら頷いたのであった。
「わかったわ。あなたの答え、いずれ見つかるといいわね。どうにもならないときは、また私のことを頼ってくれればいいわ。……マノンに関しては私がそれとなく事情を聞き出しておくから任せてちょうだいな」
「……ありがとうございます!」
清歌の表情に活力が戻ると、姫奏は一糸纏わぬ姿のままベッドから下りて、ナイトテーブルに置いてあった電話を手に取った。
「どこにかけるんです?」
上半身を起こして清歌が尋ねると、怜悧なはずの元会長サマは茶目っ気たっぷりの笑顔で応じたものだ。
「智恵の携帯電話にかけてるの。私たちが行方知らずになって騒ぎにならないように、アリバイ工作の打ち合わせね。せっかくだから他の役員の子にも何名か協力を求めようかしら」
「なんだか髪の毛がきしきしになりそうな話ですね……」
もっとも、清歌としてはここはどうすることもできないため、沈黙を保ちながら姫奏の通話しているさまを見守っていた。