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コンフリクト・オブ・アンガ―

 マノンがやたらと口にした結果、一日のうちに『りんりん学校』の言葉は星花生の間でずいぶんと定着していった。二日目の朝も、その単語を交えながら少女たちは会話を弾ませ、ロビーから夏の蒼天のもとへと繰り出す。


 大部屋を占拠していた五行姫奏と御津清歌はほとんど最後にロビーを出立した。姫奏は昨夜、後輩らに「夜更かししてはお寝坊さんになるわよ」と忠告したが、それが自分に降りかかったかたちとなったわけだ。急いで身支度を整え、簡単に朝食を済ませ、食堂のおばちゃんからもらった昼食のおにぎりをかばんに詰めてもらうと、二人は昨日遊んだ海とは反対方向にある山の方角へと足を進めた。


 山の斜面を走るハイキングコースはなだらかではあるが距離があり、そのうえ、いくつもの分岐が存在している。その規模はモグラの巣に匹敵するとかいないとか。そのため、各所に休憩用のベンチや四阿あずまやがしつらえられており、少女たちは小休止を挟みながら山頂へ向かうのである。


 山頂、といってもそこにある展望台は一つだけとは限らない。実は、道なりに歩いただけでは決して辿り着けないところにヒミツの見晴台みはらしだいが存在したりもするのだ。


 りんりん学校の宿泊施設は、かつては天寿の社員の保養施設として用いられており、ハイキングコースや休憩所はその当時から維持され続けたものだ。天寿が星花女子学園の経営に乗り出したのを期に、その施設は星花の乙女たちに明け渡され、現在、天寿の社員がそこに携わるのは景観と耐性の維持管理くらいのものだといわれている。


 この保養施設を築き上げたのは現社長である伊ヶ崎(いがさき)波奈はなの祖父であるのだが、なぜ、普通に行けない場所にわざわざ四阿などを建てたかは明らかにされていない。案外、整合性のとれた事情など存在しないのかもしれない。選ばれた人間しか立ち入れない場所。その秘匿性に魅了されるのは老若男女、関係ないということだろう。


 その秘密の場所に、清歌と姫奏が訪れた。導いたのは皆のお姉さまである姫奏さまであり、そのお姉さまのただ一人のお姫さまである清歌は、質素な身なりで高級ホテルに訪れたような恐懼さであたりのあちこちに視線を這わせていた。


 姫奏は先代の生徒会長から継承された情報に基づき、出立からおよそ一時間後に、そこまで辿り着いたのである。他に秘密の場所を知っているのは、同行者の清歌と、信頼できる親友のマノン、それと業務ごと情報を引き継いだ新会長の江川智恵くらいのものだ。もっとも、智恵会長は職務に追われて秘密の場所などにかまけているどころではなく、山のふもとで清歌・姫奏組と合流したマノンも、途中で底意の見えない笑みを浮かべながら「ちょいとそのへんブラついてるわ」と隠し場所での安息を辞退したのである。


 天然の静けさの中、清歌は最愛の姫奏さまにうながされて石造りのベンチに腰を下ろした。座ったとき、お尻にひんやりとした感覚がはしったが、磨かれた氷のような光沢を放つ岩板は実にキレイなものだった。


「誰も立ち入ることのない場所のはずなのに、手入れが行き届いてるのも変な話ですね」


 不思議そうに言う清歌に、姫奏は「そうね……」とだけ頷いてみせた。気のないそぶりに見えたのは、深夜の眠気を朝へと先送りした結果であった。口元を押さえて大きな欠伸をしたが、麗しい元生徒会長さまはその声音まで色っぽいのである。昨夜二人が寝坊をしてまで何をしたかについては『修羅場で弱ったエヴァンジェリンが鼻息を荒くしながら蘇生するような行為』とのみ表記すればじゅうぶんであろう。


 このときの御津清歌の格好は、ギンガムチェックのワンピースの上に半袖のパーカーを羽織ったものであった。黒髪の上には鍔の広い麦わら帽を乗せている。対する姫奏は帽子を被らず、タイトのミニスカートとミニジャケットといういでたち。タイトスカートから伸びる脚は黒いレギンスに包まれており、実年齢より早く、大人の女性の美しさを体現している。


 もっとも、その姫奏は今は子供っぽいおねむの表情をとっており、靴を脱ぎ、岩板に全身を乗り出すと、清歌の柔らかな太ももを自身の枕とした。布越しからでもハッキリとわかる弾力に、その持ち主が一番戸惑っている。


「ひ、姫奏……!」

「身体が熱いわね……。歩いたときはそうでもなかったのに」


 寝そべりながら姫奏は器用に身体をよじらせ、羽織っていたミニジャケットを脱ぎ出した。姫奏の脱衣の行動と、膝上でうごめく頭部と髪の感覚が、清歌の心音を揺らし、顔の色彩を熟させた。姫奏さまはジャケットの下にタンクトップ状の黒いインナーしか着ておらず、魅惑的な鎖骨やら肩やらが剥き出しになっていたのだ。


 清歌の当惑をよそに、姫奏さまは脱いだジャケットを腹部に敷き、まぶたを閉じるとそのまま流れるように寝息を立て始めた。一人取り残された清歌は行き場のない視線を眠りに落ちた最愛のひとに注いだ。

 今さらのように思えるが、姫奏は随分と神さまから贔屓を受けているように清歌は感じていた。肩の形は彫刻めいた造形をしており、肌はきめ細かく、淡い血色を保っている。その肌がわずかに汗ばんでいるのを見て、清歌は昨夜の、浴衣の帯と裾とを振り乱すような情事を思い返してしまった。「あれはスゴかったなあ」と呑気に振り返られるほど清歌は達観しておらず、絡み合った嬌声は、ただひたすら残響として脳裏にちらつき、合わせて身体も熱くうずかせるのであった。


(それにしても、姫奏ったら、ホントに無防備に寝ちゃってる……)


 子供っぽい寝顔をしていられるのは、自分が手を出さないと信用しているからなのだろうか。あるいは、手を出してくれることを期待しているからなのか……。

 昨夜、大浴場と大部屋で立て続けに身体を重ねられた事実を考えると、こちらから反撃することがあってもいいのではないかという欲求に駆られてしまう。かつての清歌ならそのような大それたことは考えもつかなかっただろう。しかし、姫奏の舌と指によって、大人しめな後輩の精神構造はゆるやかに変貌しつつあったのだ。


(ちょっとだけ、少しくらいならバレないかも……)


 清歌の心に見えない悪魔の翼が生じた。おそるおそる手を伸ばし、自分のそれと匹敵する大きさの片方を手のひらに重ねた。黒いインナーが汗で湿っているのがはっきりとわかる。

 興奮と背徳感が、夏の暑さより強く清歌をのぼせ上がらせた。頭の回転が鈍り、喉が干上がる。額から珠のような汗がしたたったが、それを拭おうともしなかった。


「ひめか……っ」


 どこか熱っぽい声で呟くと、清歌は取り憑かれたようにおっぱいに当てた指に力を込めた。ゼラチンを多量に含んだような弾力が脳に直接伝わってくる。


「……んっ、ううん……っ」


 か細く、同時に甘い声。それは寝息か、あるいは揉まれていることを寝ながら感じてくれているのか。その答えを知りたくて、清歌はおっぱいにやった手をさすりはじめた。ゆっくりと大きな円を描くように。姫奏はさらに悩ましげな声を上げ、わずかに身体をよじらせた。


(ああっ、ひめか、ひめかっ……!)


 自制も忘れ、狂ったように姫奏の胸をさすろうとしたときだ。突然、清歌の理性は現実に引き戻された。秘密の場所に近づいてくる足音を聞きとがめたからである。


 場所を知っているマノン先輩が様子をうかがいに来た可能性も考えたが、万が一のことを想定して清歌は姫奏の寝顔に自分の麦藁帽子を被せた。

 それと同時である。


「清歌……」


 姫奏の声ではない。名前を呼ばれて、清歌は悪感情をたたえた驚きで声の主と向き合った。


「理純さん、どうしてここに……?」


 非難めいた問いかけになったのは、姫奏とのやり取りを邪魔されたという利己的な理由もあったのだが、智良がどうやって秘密の場所を知ったのかは重要な疑問だった。

 だが、理純智良はその疑問に答えてくれず、驕慢ともいえる足どりで座っている清歌に近づいた。


 智良はいつも通りのツインテールで、いつものような格好をしていた。フリルを縦に重ねた白のキャミソールに、軽めな素材の紺のミニスカート。ほっそりとした脚には黒のニーハイソックスに包まれていて、そのあざとさ全開が智良にはよく似合っていた。むろん、明らかにラッキースケベを演じますと言いたげな格好に、清歌が好感をおぼえるはずがなかった。


 もっとも、智良もスカートの中身を見せつけてやろうとする顔をしていなかった。珍しく真剣な表情を浮かべて、麦藁帽子で顔を覆った人物に鋭い視線を投げかけた。


「誰が寝てるのさ?」


 問いながら、麦藁帽子を剥ぎ取ろうとしたので清歌は慌てた。


「やめてください! 彼女は、日射病で休んでて……あっ!」


 清歌の決死のごまかしもむなしく、智良は帽子の下の顔を見てしまった。五行姫奏先輩の寝顔。智良としては、これが元会長さまとの初めての対面だった。


「やっぱり、姫奏先輩だったんだ」


 平淡な口調に、清歌はとっさに言葉を返すことができない。


「清歌、ホント最近、姫奏先輩と一緒にいることが多いね。まるでお付き合いしてるみたい」

「違います! ひめっ、五行先輩とは、ただ文化祭の作品について話してるだけで……」

「嘘吐きッ!!」


 智良の口唇から激情のほとばしりが飛散した。

 青ざめて言葉もない清歌に、智良はさらに畳みかける。


「だったら、こそこそ隠れるように話してないで堂々と打ち合わせりゃいいだろ! なにさ、膝枕なんかしてデレデレしちゃってさあ! 『お花について語り合ってた』なんてどうせ嘘っぱちなんだろ!?」

「お願いだから静かにして! 姫奏が目を覚ましちゃいます……!」

「ひぃ~めぇ~かぁ~だぁ~?」


 智良は最大級に据わった目つきをし、清歌は反射的に自分の口元をおさえた。


「清歌、いつから姫奏先輩を呼び捨てできるようになったのさ? やっぱり、姫奏先輩とデキてんじゃん。大部屋で二人きりなのも、どうせよからぬことをしようと考えてたんだろ」

「あなたには関係ないでしょうッ!!」


 今度は清歌が激昂する番だった。ラッキースケベの権化にせっつかれただけではなく、今まで心ない者に溜められた鬱憤が可視不可能なマグマとなって智良の精神を押し潰しにかかったのである。


「ずっと言いたかったことだけど、あなたこそ一体なんなのッ!? 私は嫌だ嫌だとずっと言ってきたのに、ぜんぜん話を聞いてくれないしッ! 私のことなんかほっといて、さっさとどっかにいってよッ!!」


 自分で言った「静かにして!」の言葉を無視し、殺意にも似た剣幕を浮かべる清歌。今度は智良がそれに気圧されたとき、一触即発の雰囲気に静かな声が割って入った。


「およしなさい。清歌」


 眠たげながらも、ささやかな威厳をたもった声は姫奏のものである。切れ長の黒い瞳を音もなく開けると、その瞳で、優しく清歌を見上げた。


「あなたに荒々しい声は似合わないわ。心配しないで。あなたのことは私が私が守るから」


 確固たる口調だ。彼女がそれを口にすると、どのような困難なことでも達成されるように思われた。実際、生徒会長をつとめていたときも姫奏は自分の発言に対して逃げるようなことはしなかったのである。

 清歌がわずかに安堵したことを確認すると、姫奏は硬質な視線をラッキースケベの少女に向けた。


「こうして会うのは初めてね、理純さん。あなたのことは清歌とマノンから聞いたわ。清歌にラッキースケベをしかけることを生きがいにしてるとか」

「……………………」

「本来なら私が掣肘せいちゅうをほどこすべきなのでしょうね。それが、元生徒会会長の職務として、という意味ではなく。でも……残念なことだわ。昨日、あなたのことをすべてマノンに託した以上、手出ししたら、逆に私が怒られてしまうわ」


 笑いさえ含まれた姫奏の声。ただならぬ余裕に智良はムッとしたが、それに応じる前に新たな足音が聞こえた。先ほどの智良と同じ方向から、ただかなりの慌ただしさのある駆け足。


 三人は同じ方向を見た。新たに秘密の場所の入り口に現れたのは、智良の処理をすすんで引き受けた河瀬マノンである。


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