見上げればストロベリー
閲覧ありがとうございます。斉藤なめたけと申す者です。
星花女子プロジェクト第二弾。私の『理純智良』と、月庭一花様の『河瀬マノン』とのカップリングです。
もっとも、この話でマノンちゃんはまだ出てこないのですけどね……。
星花女子学園は広大な敷地に豊かな自然をたたえた場所である。正門をくぐると幅の広い石畳の道があり、その両脇に手入れの行き届いた茂みと背の高い木々が存在し、それ以外の場所もまた、空白を埋めるかのように緑が植えられている。少女の健康を願った先代がたの配慮が実を結んだ結果ではあるのだが、勉学や部活、はたまた恋に忙しい華の乙女にとって、そのような事象はいちいち鑑みるに値するものではなかった。
華道部の部室は、そのような鬱蒼とした自然の中にあった。本舎から外れた林に飛び石の道がとぼとぼと延びており、その林が開けると、竹を支柱にして作られたぼうぼうの生垣が現れる。その中に活動場所があるのだ。一見すれば、思わず郷愁に浸ってしまいそうな純和風の家屋である。
夏用の制服を着た少女が、その家屋に近づいてきた。淡い褐色のツインテールを揺らし、足どりも軽やかに、生垣の中へと滑り込んでいく。
平然と入り込んだが、少女、理純智良は華道部の部員ではない。知り合いはいるが、そもそも夏休み中は予定がない限り、ここへ滅多に人が訪れることはない。
基本部員以外用のないところであるが、このご時世だ、いちおう施錠はしっかりとされている。だが、智良は建物の内部には興味はなかった。生垣に入ると、建物の外壁をつたって裏庭へとやってくる。
裏庭自体は何もない空間ではあるが、物干し台と安っぽい作りの犬小屋でもあれば、良き昭和時代の家庭を思い起こす人もいるかもしれない。障子のはめ込まれた窓にも当然、鍵はかかっているだろうが、縁側だけは招かれざる人物でも自由に座ることができる。
智良は遠慮無く縁側に小尻を乗せて、腕時計を覗き込んだ。
(そろそろ、あの子がやって来る時間だねぇ……)
可憐な侵入者はほくそ笑んだ。
◇ ◆ ◇
智良は同じ高等部の一年である御津清歌にご執心であった。隣のクラスの商業科の少女で、華道部所属、動物で喩えるならばウサギとヒツジを足してチワワに寄せたような感じである。
智良と清歌は入学して間もない時期に出会ったのだが、その場所もまた、本舎から外れた林の中であった。木々の中で立ち往生していた清歌を智良が発見したわけだが、まさか迷子とも思えず、とりあえず好奇心剥き出しで接近してみた。
清歌は最初は怯えたような反応を示したが、智良の気さくさに心を許したのか、自己紹介もそこそこに、近づいてきた彼女に椀の形を作った手の中を見せた。
「ああ、雛が巣から落っこちたんだ」
清歌の小さな手の中には羽根の生えそろっていない小鳥の赤ん坊がいて、頼りなげに身を震わせていた。清歌は切なげに視線を落として雛を見た。
「は、はい。たぶん、この木の上に巣があると思うんですけど……」
この木、というのは二人の前に映っている、ひときわやかましくさえずりが響いている大きな木のことだ。智良は木漏れ日の天蓋を睨みつけて巣の居場所を突き詰めようとしたが、無数に広がる枝から『きょうだいはどこ行った!』と言いたげなけたたましい非言語の悲鳴が返ってくるだけである。とりあえず、この木に巣があるのは間違いなさそうだが。
人間の匂いのついた小鳥の雛を親は育てないと智良は聞いたことがある。だが、清歌のすがるような視線を受けて彼女は小さな命を助けることに決めた。羽根の生えそろった小鳥ならまだしも、明らかに巣立ち前と思われる赤ん坊を放置するわけにはいかない。赤ん坊なら、親鳥もきっと許してくれるだろう。
かといって、雛を抱えたまま木を上ることなど不可能であるため、何らかの準備が必要であった。幸い、林を抜けてすぐに無愛想な用務員の女性を発見したので、つかまえて事情を話し、梯子を取ってこさせてもらった。木に梯子をかけた用務員が清歌から雛を受け取ろうとしたが、それに待ったをかけた少女がいた。もちろん智良である。
用務員氏が難色を示すのもお構いなしに智良はやや強引に清歌から雛を預かると、それを片手に乗せながらするりと梯子を上り、一番低い枝に足を引っかけることに成功した。
ここから先はとんとん拍子に事が運んだ。雛の巣は智良の乗った枝から手の届く範囲にあり、親鳥も不在だったため、襲撃を受けることなく小鳥の赤ん坊を巣に戻すことができた。
仕事を果たすと、智良は清歌に向けて親指を上げたが、清歌はそれに応じるどころではなかった。
清歌の大人しげな顔に薄い血色のヴェールがかかっていた。口をぱくぱくさせているが、何を言っているかまでは聞こえない。だが、口の動きがどう見ても「ありがとう」と言っているとは思えなかった。
「おい……!」
ことの成り行きを見守っていた用務員の先生が声を張り上げた。響きは苛立っているというより呆れているようだ。
呆れるのも当然だった。現在の智良は、木の枝に手を掴みながらしゃがむポーズをとっていたのだが、脚を開いており、なおかつそれを制服のプリーツスカートでおこなっているものだから、下にいる人たちからはその中身が丸見えなのである。
用務員の無愛想な顔が呆れから憤激に変わる前に、智良は木の枝から飛び降りた。梯子を用いずに着地するさまは忍者のような鮮やかなぶりであったが、片膝をついたときに短いスカートがふわりと舞い上がったため、清歌の顔はますます赤くなり、用務員の顔はますますしかめられるのであった。
その用務員が「もう、あとはご勝手に」と言わんばかりに梯子を抱えて退散したので、智良はまだ顔の赤いままの清歌のようすを観察した。大人しそうな瞳は顔を覗き込む智良を捉えているとは思えず、震えた唇からうわごとのように言葉が漏れ出ている。
「い、いちごさん……いちごさん……」
そういう清歌の顔色も熟れたての苺のようであった。
下手をすると一生棒立ちで『いちごさん』を呟くだけの存在になりそうだったので、鼻先を小突いてやると、清歌は忘我から一気に覚醒して、それから脱兎の如く逃げ出した。
その背中を目で追いながら、智良は奇妙な充実感に包まれていた。清歌の恥じらいぶりに理想を見いだしたと言ってもいい。頬を赤らめ、視線を逸らして瞳を潤ませるさまは同性でも何ともいじらしく思えてしまう。それを味わえただけでも木に登り、スカートの中の『いちごさん』を見せつけた甲斐があったというものだ。
智良と清歌の出会いはここから始まったが、会うたびに智良は清歌を恥ずかしがらせるようなシチュエーションを演じ、彼女はそれに忠実に応えてくれた。顔を赤らめるというカタチで。清歌以外の何人かにも同じことを仕掛けたが、やはり彼女の反応が一番だ。
その清歌が夏休みのこの日、華道部部室に訪れ、一人で自主練に励むということを聞いた。クラス委員の仕事だけでなく、他の人の仕事も引き受け(押し付けられ)ていたせいで、部活動のほうをおろそかにしてしまったらしい。
もっとも、彼女の背景は、智良はあまり考慮に入れていなかった。あの子が一人でここに来て、また素敵な恥じらいを見せてくれる。それだけが智良を奇行へと突き動かしていたのであった。
次話はマノンちゃん大活躍回、の予定です。