幻影④
それから半月ほど、幻影はただがむしゃらにメアリだけを見ていた。観察していたと言ってもいい。
メアリの動きのそこここには、幻影にとっては意味の分からない行動が含まれていた。その都度、質問をする。答えを得る。その繰り返し。
「メアリの髪は綺麗な栗色なのに、緑にあえて染めているのか?」
「いいえ、これは獣の血が染み付いてとれなくなってしまったのよ。最初の頃は吹き出る血のことまで考える余裕がなかったから、頭から被ってばかりで。最近はそうね、あまり浴びることがないから、洗う度に少しずつ元の色に戻ってきているみたい」
「この世界の人の髪は、どんな色をしている事が多い?」
「緑よ。だから余計に都合が良かったのだけれど。五大尊色というものがあってね、髪や目の色のことを指すのだけれど、赤、黄、青、金、銀の髪や目を持つ人間は特異能力を持っていたり、一際優れた才能があったりすることが多いのよ。一つの指標ね。国に仕える官吏にはそういったヒトが多いから、王都などでは目立たないのだけれど、村や小家などにそんなヒトがいたら少し目立ってしまうわね。目立ちたくない者は、髪を獣の血で染めてしまったり、フードを被って髪を隠したりするわ。幻影も国に入る時にはマントを買わなければいけないわね」
こちらの世界に来てから、幻影は髪と目の色が変わった。水色に近い青い髪と紺の目が、水に写って自分を見返していた時、幻影は他人が映りこんでいるのかと何度も背後を窺ったものだ。
「別におかしくないわよ。生まれてから、能力によって髪や目の色が変わる程度の変化は良くあることなのよ。色が変わると官吏に取り立ててもらえる事も多くて、村によってはお祝いをしたりするのよ」
「その、特異能力っていうのは一体なに?」
「これは本当に珍しいからあまり詳しくは知らないのだけれど。特異能力というのは、種族によって必ず何かしらあることらしいの。款族という種族には、時々異常に足の早い子供が生まれる。そういう種族が持つ固有の力を最大限に引き出せた者が、特異能力者といって、高待遇を受けたりするの。要は、普通の人と違う力を種の血によって受け継ぐことができた人物のこと、かしら」
「じゃあ、メアリも特異能力者なんだ?」
「なぜ?」
メアリは目を丸くする。
「だって、一飛びで高い木の上まで跳ねたり、獣のスピードを軽く超えた動きで攻撃を避けたり・・・」
「これは鍛えて身に付いただけのものよ。特異能力ではないわ。でもそうね、種族によってやはり、向き不向きはあるのよ。攻撃型が血に刻まれていない種では、どんなに頑張ったところで限界があったりするのだけれど、逆に攻撃型の種族であっても異常に発達した筋力や脚力を持つ者は特異能力と呼ばれたりもするわ。境界線は曖昧なのだけれど、それは属する種族の長が決めることなのよ。族長が異能だといえば、そのヒトはもう特異能力者になる。こうして獣がいる世界でしょう?戦闘の血というものは、刻まれている種族の方が多いはずよ。ある程度有名な種族のことは知っておくと、得意不得意が分かってとても便利なのだけれど、千もあると中々ね。そうそう、私達が向かっている紅国の王は竜族の長にして特異能力者、戦闘においてこの世界でも五指に入ると言われているわ」
もはや雲の上の話である。
「それじゃあ一つの種族に、特異能力者が何人もいることもあるんだ?」
「族長次第とは言ったけれど、偽りの認定をしたりはしないのよ。特異能力者は国に報告されて証明書を得て初めて周囲に認められるもの。族長が謀りを申しても、証明書がなければ認定されないの。種族によって数が違うから何人とは言えないけれど、そうそう生まれるものではないわよ」
メアリは色んなことに詳しかった。各国の情勢を聞いた時も、テレビでニュースを見たかの如く、遠い地の情報まで披露してみせた。
「今一番不安定なのは雷国かしら。内乱が相次いで国が疲弊しきっている上に、雷国王はご病弱で、ご容態が芳しくないとか。水国でも南方で大きな乱が起こったと聞くわ。紅国は今のところ大きな騒乱はないのだけれど、隣国の雷国が荒れている余波がじわじわと来るでしょうね。今この世界は、残念ながら平穏とは言えないわ。だからきっと・・・」
メアリは続きを紡がず、にっこりと愛らしく微笑んだ。
「メアリは何族で、どんな力があるんだ?」
「私は冰族よ。だから冰国に行くの。冰族の特異能力は、嘘を見破る力だと言われているから、官吏には向いているのでしょうね」
もちろん、私は特異能力者ではないわ、とメアリは付け足すことを忘れない。