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神々の夢  作者: みみみ
第一章「五人の少年少女」
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壱⑦

 彼らの目的は単純明快、翠家の家主の失脚と妃の擁護。

「今の暴君のあまりの残虐非道な振る舞いはもう見ていられない」

「だが、家主を倒せば、その責任を問われるのは妃だ。彼女は逃がす」

「私に力を貸してくれている者達の殆どはイロ村の者なのです。妃を幼少から見てきた者達が、同士として集ってくれている」

 壱は黙って話を聞く。一同の目的は二つに分かれているようだ。藍を中心とする妃を解放しようとする一派、一方ジョウを中心に家主を退位させようとする一派、彼らは各の目的の為に手を組んでいると言った方が正しいかろう。

「それで、同士の数は?」

「全部で五十弱」

 確かに一城の主を落とすには無謀な数だ。城内に辿り着くことすら不可能かも知れない。

「それで、その人数で決行しようというからには、何か具体的な策があるんだろ?」

「前の家主の一周忌が迫っているんだ」

「一周忌?亡くなったばかりなのか・・・」

「ああ・・・前家主は暗殺されたんだ。一周忌は、彼が亡くなった城下町広場で行われる」

 アコダが行われていた、あの広場。

「一般庶民も参列を許される、大々的な一周忌だ。こんな機会はない」

「妃も来るの?」

「いや、妃だけは不参加だ。手薄になった城内から妃を連れ出すにも絶好の機会だろ?」

 彼らの計画はこうだ。人員を二つに裂き、まず妃の救出にかかる。救出後に騒ぎを起こし、家主が動き出し騒然とした中を暗殺、双方が慌てふためくうちに逃げるという単純なもの。

「最も念入りに確認すべき事は脱出ルートと、当日の兵士の数を把握する事」

 藍が地図を広げる。左上の部分を翠家が陣取り、その丁度右手に大きな広場がある。余った部分に百メートル走で使用するトラックのような形に主道が通り、真ん中の部分には家々が立ち並んで隙間もないように見えるが、実際には人一人通れる程の狭い小道がひしめき合っている事はここに来るまでにこの目で確認している。

「当日はこの主道に店は並ばない。逃げ易くもあるが、当然追っ手も我々を見失いにくい。目立たず逃げるなら家々の隙間を通り抜けるのが最善だが、城下町から出るには二カ所の門のどちらかから抜けるしかない。待ち伏せされるのがオチだ」

「・・・普段、門の番は何人いるんだ?」

「四人だ。当日はどうなるか分からない。増えると考えて計画を練っておくべきだろう」

「当日の兵士の数は分かってるの?」

 ジョウが小さく首を振る。

「この翠家の持つ兵士の数は全部で三百人。どう振り分けられるかは分からない」

「・・・城の見取り図とかはある?」

「大まかな部分はな。妃の寝室の位置を現在把握中だ」

 城下町の地図の上に城内の見取り図が広げられる。五階建ての城の大まかな部屋割が記されている。部屋数は大凡七十。

「妃の部屋なら分かる。生憎それ以外は分からないけど」

 壱は城下町の地図と方角を照らし合わせながら慎重を期して唯壱の部屋を割り出す。

「ここだ。ただし、当日この部屋に妃がいるとは限らないんじゃない?」

「いや、家主が城にいない時、妃は自室から出る事はない。事前に家主に許可を取っていれば別だが、人の集まる一周忌に外出を許可するとは思えない」

「・・妃がここにいるなら、助け出す方法はある。わざわざ五階まで助けに行かなくとも一階さえ掌握できれば、いや」

 先の明の騒ぎで、妃が自室から抜け出せる事が判明してしまった。部屋を移動させられた可能性もあるし、窓に鉄格子を填められたかもしれない。

「何となく貴方達のしようとしている事は分かった。ちょっと一人で調べてみるよ。他に何らかの行動を起こしている仲間はいるの?」

「家主の城外での行動を監視している者、城内の様子を探ろうとしている者くらいのものだ」

「城内に入る方法はある?」

「一階には入れる。出店許可申請や、出生届などを提出する役所があるんだ」

 壱は身分証を持っていない。否、それが使えるかも知れない。

「家主が帰ってくるのはいつ?」

「次の明五時の予定だ」

 一度城に入った事のある壱なら、何とかなるかも知れない。壱は城内の見取り図を見つめた。五階の端、窓際の部屋。

 最後に見た唯壱の背中を思い出すと、少し淋しい。

 今日はもう休もう、とヨウが言った先から横になる。彼に続いて、皆気怠そうに身を倒す。光の者は闇に弱い。壱にその感覚は分からないが、皆我慢していたようだ。横になるとすぐに目を閉じて動かなくなる。

「藍ももう休まないと」

「妹は、どうでした?」

 静寂に響く声。藍は柱に凭れ掛かり、天井を見上げる。

「すごく元気だった。藍の知ってる唯・・・彼女はどんなの?」

「どんな、とは?いつも明るく溌剌とした妹でしたよ」

「うん。些細なことでも嬉しそうに笑うんだよね」

 藍は微笑む。閉じた瞼に唯壱の姿が映っているのかもしれない。

「妹を最後に見たのはいつだったか・・・私は兄なので、嫁いでから一度も会わせて貰えなかった。昨年、家主が死んだ時ですら慰める事も出来ず」

「前の家主?彼女、懐いていたの?義父だよね?」

「・・・いえ。今の家主の兄です。妹は元々、前の家主に嫁いだ身でしたが、彼が亡くなってしまい・・・今の家主に引き取られるように、そのまま」

「・・・そう、なんだ」

「可哀相な子です。前の家主ならば良かった。妹は愛し愛され嫁いだのですから。彼が亡くなれば妃の座も消え、妹は再び庶民に身を戻し、藍の姓に戻ってイロ村に帰ってくる筈でした。世継ぎもいなかったので・・・なのに今はこうして囚われの身」

 閉じた瞳に涙が光る。女性の涙よりも、青年の涙には身を拘束する力がある。その悔しさ、苦しみが肌にまとわりついて、手足が痺れる。切ない思いが伝染する。

「助けよう、藍」

「・・・必ず」

「彼女には世話になったんだ。きっと、助けよう」

 助けたいと、心から思った。

 自由を夢見て籠の中で空を見上げる彼女の姿。

 自由を与えたくて苦しみ続ける彼の姿。

 目を閉じると、優しく微笑む唯壱が映る。

 唯壱はどれだけ自分の事を知ってくれていると言うのだろう。自分は、唯壱の何を知っていると言うのだろう。彼女は自分に名を託した。見知らぬ自分に、託せるほど安い名ではないだろうに。

 彼女は訴えているに違いない。

 遠く懐かしい自由な空を眺め、願う。

 

 助けて。

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