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神々の夢  作者: みみみ
第一章「五人の少年少女」
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壱⑤

 壱の体力回復を待つ間、二人は道端に年甲斐もなく座り込んで往来を観察した。

 緑の髪に緑の目。異世界に来たと最も痛感した瞬間であったかも知れない。自分とは違う、人種。

 道幅は思っていた以上に広かった。城にいた時には壁に隠れて見えなかったのだが、壁沿いにも店が立ち並び、両側を店に挟まれているというのに人が数人横に並んで歩ける程道幅に余裕がある。

 特長のない黄色一色で統一された家々は、区別が付かないほど似た形態をしていた。城からは見えなかった一階部分は空洞になっていた。車を止める車庫のようにぽっかりと空いた空洞には、何もない。人が住んでいる空間は二階部分だけで、実質的には一階建てと変わりない。一階の空洞や見事なる黄の統一には、何か意味でもあるのだろうか。

「雨避けよ」

 質問すると、唯壱はあっさりと答えてくれる。きっと常識を尋ねているであろうに、不審に思わないのだろうか。

「雨が降ると、街を出て、貯水池に水が流れ込むようになっているんだけれど、大雨が降った時に、水嵩が増して街を浸水してしまうの。それで、建物や中のヒトを守るために、一階部分はああして空洞にしておいて水避けをするの。水の流れを邪魔しないための工夫でもあるわ」

「へぇ。これはどこの街でもそうなの?」

「だいたいはそうなっているはずよ。よほど大きな貯水池があったり、土地柄高低差があって街に水がたまりにくい造りの街はその限りではないのでしょうけど。翠家は狩猟区に隣接しているから、背の高い壁がある。水は、他の地域よりも流れていきにくいのよ」

「家が黄色なのは?」

「雷国だから、かな。それぞれの国で推している色があって。強制ではないのだけれど、王を慕う者がその色を使ったりするわね。翠家は、雷国が出来た時の家主が、王への忠誠を誓う意味を込めて、指導して黄色の建物ばかりにしたらしいけれど」

 少しずつ知識を増やしていかなければ、と壱は改めて思う。この世界に早く馴染むためには必要だ。

 店先に並ぶ商品は装飾品や食べ物と様々であったが、中でも目を惹いたのは服だった。民族によって様相の違う服は、同じ服屋でも素通りさせない楽しさがある。城下町というだけの事はあって多くの旅の者がいるのだろう、皆一様に緑の髪をしているというのに服装は面白いくらい多種多様だ。

 唯壱の脚力と腕力で、女性も過分の身体能力を持っている事は証明済みだが、やはり男と女とでは体格に大きな差があった。海の男を思わせる広い肩幅に太い腕、巨体。女性は狭い肩幅に優しく丸いボディライン。しかし、背はすらりと高い。壱が小さく見えるのも頷ける程、この世界の人間は大きかった。確かに自分は子供にしか見えないに違いない。

「・・・みんな、大きいんだな」

「そう?この城下町にいる者達で、どこの街でも平均だと思うわよ」

 壱は押し黙る。では、ざっと見ただけで男性で百八十近くありそうだ。女性でも百六十後半といったところか、百六十二しかない壱は、単純に考えてもこの世の半分の女性よりも背が低い事になる。友人間でも壱はずば抜けて背が低かったが、この世界ではコンプレックスが増長しそうだ。

「髪はみんな、伸ばすものなんだ」

「年の基準とされることも多いから、かな」

 女だけではなく、男も髪を腰の辺りまで伸ばしている事を不審に思った壱の発言に、唯壱はそう答えた。その意味を問おうとした壱の耳に、喧噪が飛び込む。

「おい、またアコダだ!」

 楽しく買い物を楽しんでいた往来の人々及び店主達が、目に見えて動揺し始めた。悲愴な顔付きで、叫んだ男が走っていく方へ列になって歩いていく。賑やかであった筈の空間は不安に満ち、一瞬にして場の雰囲気が一転する。

「な、なに?アコダって・・・」

 離れていく人集りの背を見送りながら、壱は尋ねる。返事がないことを不審に思った壱が唯壱に視線を向けた時、彼女はまた違う表情をしていた。鋭い眼。天敵を牽制する動物のような眼に怒りの色が濃く映る。

 騒然とした雰囲気の中だというのに、酷く落ち着いて彼女の顔を見つめている自分に気付く。一城の妃として威厳に満ちた顔、従順な妻としての顔、遊び心を持った子供の顔、戦鬼のような怒りに満ちた顔。どれが本物の彼女の顔だろう。

「行くよ、壱」

 有無を言わさぬ迫力で唯壱は立ち上がる。その手は微かに震えている。足早に進む唯壱の背を懸命に追いかける壱は、親に捨てられる事を恐れた子供に似ていた。

 二百メートル程走っただろうか、時間にして一分もかかっていまい。

 方々から集まった人の群れで何が起こっているのか良く見えないが、開けた広場の中央に円状の柵が聳えている。人集りも同様に円形、中央部で見せ物でもやっているのだろうか。

 広場は今までに見てきた建物とは少し雰囲気の違う建物に囲まれていた。今まで比較的低い建物が並んでいたが、ここにある建物は平均して五階建て。煉瓦作りで入り口は辛うじて目に止まるが、窓が全くない外見からは塀が連なっているようにも見える。気分が悪い。外部から遮断された空間で、見えない監視をされているような。

「唯壱・・・何かの見せ物?」

「最高に趣味の悪い、ね」

 砂塵が風に舞い上がる。とても愉快とは言えない暗い空気、淀んだ雰囲気、集まる面々の瞳に映る恐怖。

「・・・・まさか」

 唯壱は苦々しく口先だけで笑った。人を掻き分けながら前に進む彼女の背を追う。近づいてくるにつれ広がる視界。前衛に辿り着いた壱は、見た。

 何本もの柱が植物の茎のように地面から上に伸び、複雑に交差している。先の尖った太木の柱は串刺しを想起させるに易く、イメージが悪い。高さにして三メートルはあろうか、本当に生えているのではないかと疑うほど、紐で括られている訳でもないのにガッチリと固定されている。

 その中央部に磔にされた、人。頭から血が流れ、既に意識はないように見えた。方々に伸びる柱がまるで男の羽のように見える。

「・・・処刑?」

 壱は生唾を飲み込んだ。

「信じられない・・・こんな非科学的な裁き」

 血の気が引いていく。無意識のうちに柵を掴み、体を支える。大衆の面前で処刑が行われるなど、まさかそんな事があろう筈もない。壱の脳はそう語りかけてくる。

「このヒトは何をした罪でアコダに?」

 柵の中には三人の兵士。各、槍のような先の尖った武器を所持している。先端部が二つに分かれているのが印象に残る武器だ。唯壱が、兵士の一人に話しかける。

「本日明四時過ぎ、翠家主が中家の会合に出席なさる為に城下町を進行中、この男は事もあろうに一行の足を止める行為を働いた」

 唯壱個人に答えるというよりは、民衆に聞かせる為に文書を読み上げているような機械的な大声だった。静まりかえっていた辺り一面が騒然となる。

「故に、これよりこの男をアコダの刑に処す!」

 わっ、と辺りで悲鳴が上がる。前列の者は揃って眼を伏せ、後方で嘆く声が谺している。その程度の事で処刑されると聞けば、当然の反応だろう。背筋の凍る思いがした。

 三人の兵士が三方に別れて男を囲む。槍状の武器を男に向け、構える。刺し殺すつもりなのだろうか。

「待・・・」

 堪りかねて声を上げかけた壱の手を、唯壱が掴む。きつく唇を噛みしめ、怒りに耐えているように見えた。壱の手を握る彼女の手の震えが伝わってくる。

「あの武器の先を見て。二つに分かれているでしょう?あれを体に突き立てて内臓を引きずり出すの。処刑された者の死に様がアコダという獣がヒトを襲った遺体の状態に似ている事から、この処刑法はアコダと呼ばれているの」

「・・・唯壱?」

 唯壱は青い顔のまま小さく微笑んだ。そして大きく息をつく。壱の手を取るその手が冷たく、前を見据える唯壱の額にはあぶら汗が浮かんでいた。

「ふふ、かっこ悪いところを見られちゃったわね。怖くて堪らないわ」

「唯壱」

「それでもこれは、私の仕事だわ。楽しかった。元気でね、壱」

 ゆい、との言葉は届かなかった。唯壱の手が離れ、体温を感じなくなる。壱の声を掻き消すように、唯壱が声を張り上げる。

「おやめなさい」

 三人の兵士がこちらを振り返る。その二股の凶器を柵の間から唯壱に突き付ける。

「無礼者、家主の法に逆らうつもりか!」

 唯壱は冷たい目で兵士を見下した。背筋が伸び、凛と佇む姿はドレスを纏っていなくとも貴人を思わせる高貴さが漂っている。

「家主の法は翠家に恥じる悪行が遂行された際に、公正なる審判の末に処罰を下すというものの筈。何故正式な手順も踏まず、その者を処罰するのか」

 兵士は、少したじろぐ。辺りは静まりかえり、兵士に逆らう命知らずに視線が集まる。

「・・・審議は必要ない。家主様が既に御自ら審判を下されたのだ」

「そう申すからには家主直筆のサインか捺印のなされた正式なる書類があるのでしょうね?」

「必要ない。家主が仰られた事は絶対だ」

「愚か者。家主といえども、この翠家の掟に背くことは出来ない」

 残り二人の兵士も、見かねて唯壱に切っ先を突きつけた。小さな悲鳴が上がる。

「口は災いの元と申すぞ、女」

 唯壱は笑った。その手で切っ先をはたき落とし、宣う。

「城に上がる事も許されぬ痴れ者がよくも申した。私は翠家、家主が妃なる者。翠家法規の名のもとに、掟に準ぜぬ行いを見過ごすつもりは毛頭ない。お控えなさい」

 兵士達の唖然とした顔といったら見物だった。刹那の間、その後にその場に居合わせた全員が平伏すこととなる。しかし、壱は見た。その足は、手は、小刻みに震えている。

 すぐに騒ぎを聞きつけた役人らしき者達が大勢現れ、青い顔で人垣を押しのけて唯壱の周りに群がった。直ぐ横にいた筈の唯壱に、手が届かなくなる。

「妃様!勝手に出歩かれては困ります。ああ、なんという格好!すぐに城にお連れせよ!」

 柵の一部が扉になっていたらしく、そこから三人の兵士が出てくる。二人は恐怖に震え、唯壱に向かってひたすらに謝罪の言葉を述べていたが、あとの一人は違った。忌々しげに、唯壱を睨み付けながら言う。

「・・・覚えておかれるといい。妃の身の上で城を抜け出し、人前に顔を晒した罪は大きいですぞ。しかも、男と御一緒とは」

 ちらり、と壱を見る兵士の厭らしい目つきに悪寒が走る。

「彼の事は家主も御存知のこと。貴殿に心配して頂かなくとも結構よ」

 唯壱は右手を前に突き出し、平を上に向ける。

「この傷の事は、家主に報告させて頂くわね」

 二股の槍を払いのけたことで、どうやら指先に傷を作ってしまったようだ。それを見たお付きの女性が蒼白になって包帯を巻いている。

「唯壱!」

 壱は城の者達を押しのけるようにして、彼女の名を呼んだ。

 ―――遠い。

 彼女の背はあまりにも遠くて、手を伸ばしても届かない。何人もの兵士に囲まれ、付き人を従えて遠ざかっていく、彼女の背中が次第に見えなくなっていく。

「唯壱!」

 声も、届かない。

 フードを被って顔を隠した彼女の流れるような髪ももう見えない。

 唯壱は一度も振り返る事なく、呆気なく、壱の目の前から消えた。


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