繰り返す過去/逆転の意地/それでもミコトは巫女音じゃない
____________お兄ちゃん。
過去なんて物はくだらない。
積み上げてきた実績も、上げてきた実力も、生まれてきた才能も、それは時間の流れ行く摂理によって元に戻っていく。
青春で言い直そう。
作り上げてきた友達も、纏まってきた人柄も、重ねてきたスキルも、たった1つの疑惑でそのタワーは崩壊へと進行していく。
……あのとき、あの場所、あの《嘘》さえ無ければ____________『俺達は世界を嫌ってはなかったのだろう』。
「お兄ちゃん、帰ろー?」
「ん、あぁ、悪い。今日はマジマートのセールあるしな……よし!帰るか、ミコト」
「りょーかいなのです!」
キラキラ靡く蒼がかった長い黒髪。
純粋そうな声で頷く愛らしい一面。黒髪には珍しい白玉模様のリボンつきカチューシャ……『朱逆 巫女音』。
同じく黒髪、赤がかった短髪。
少し目付きの悪い青年だが、性格から出る馴染みのオーラは、少し緩さを感じさせる。妹を隣に運動場から下校していく兄……『朱逆 綾取』。
「お、今日の豚肉超安いぞ! 巫女音!」
「おー! ミコトは肉じゃがが良いのです~」
タイムセールスのチラシを確認しながら下校していく兄弟。
高校へ入学してから1ヶ月が経過した。
周りからはあまり似ていない双子に違和感を持つ人は多数いるらしいが、この2人は立派な双子である。二卵性双生児なのだから、多少似てないのは仕方がないし、やはり同じクラスとなれば接し方にも困るらしい。
だが、小学生、中学生では友達が出来たのだ。
今度の高校でも問題なく接してくれるだろう。時間の流れなんてそんなものだ。
「なぁ、巫女音。高校、楽しいか?」
「んー? 巫女音はお兄ちゃんがいれば、楽しいよ?」
そういって、抱きついてくる巫女音。
単なるスキンシップだと分かっていても、巫女音は美少女だ。大丈夫、問題ないぞ俺は。
「……っと、しまった。明日の部活提出の書類忘れてきちまった」
「ほへぇ……お兄ちゃん、もう歳?」
「ハッハー、マジでへこむからやめような? 取ってくるから正門で待ってろ、すぐ戻ってくる」
そう言って、急ぎ教室へ走る綾取。
「はーい」と返事した巫女音は正門へ歩き出す。するとその先、嫌な雰囲気を醸し出している女子生徒がたむろっているのが、見えた。巫女音は目を細め、避けようと振り返り綾取の元へ戻ろうとする……しかし。
「どっこいくのかなー? 不純物質さん?」
アニメなら「クックックッ」とでも、効果音が出ていただろう女子生徒に鞄を掴まれ立ち止まる巫女音。既に周辺には合計4人の女子生徒が囲み、逃げることのできない展開と化していた。
「……なにかようかな?」
「うーん、率直に言うとさー、ウザいんだよねあんたら双子。顔は似てないのに綾取くんにベッタリ、最早カップルにしか見えないわけよ?」
疑問系で言われても意味が全く伝わってこない。
まぁ、年ごとの女子高生あるあるなのだろう……自分は彼氏いないのに、周りのイチャイチャしているのが腹立つ。それが成立されたカップルならまだしも、兄弟というカテゴリの分類……所謂、不純異性交遊に近いものには、余計な怒りが込み上げてくる物なのだろう。
「私とお兄ちゃんは双子の兄弟。兄弟が仲良くして悪いの? それって、人間的にどうなのかな」
「ナニソレ? 調子のってんじゃないよっ!」
論破されればこれだ。
大した言葉も交わしていないのに、目線だけで繰り広げられる会話に途切れ作った方……つまり、論破された方は一方的になる。
巫女音は鞄を引っ張られ、そのまま校舎裏へと引きずられていった。
そして、待っているはずの正門で……。
「……巫女音?」
***
「オラ、オラッ! どう? もう口聞けなくなった? まだならその綺麗な髪も切ってあげようか? キャハッ」
楽しそうに戯れる女子高生達。
水をかけられ、服を切られ、蹴られ……既に巫女音はボロボロになっていた。
校舎裏……という場所から、本校の影となりあまり生徒が通らないで有名な場所であった。声が響いたとしても周囲は住宅地、聞いている人がいたとしても『演劇部』か何かだろうとでも思ってしまうのだろう。
この学校に目立った悪い噂もない……巫女音は声を上げるのも体力の無駄遣いと判断し、ずっとされるがままにされていた。
「こいつ……うんともすんとも言わねぇ……なぁ、面白くなくなってきたよ」
「あ、それ私も思ってたー」
「そういえば、綾取くん戻ってくるんじゃない?」
お兄ちゃん……? あぁ、そうか。お兄ちゃんがいたんだ……声、上げればよかったかな。まぁ、飽きてるみたいだし……このまま。
「ほんじゃ、最後に裸にして写真取っときますか。口封じ~」
……鮮明な稲光が体全体に信号を与えた。
それは駄目だ。
そんなことをすれば……そんなことになれば、私は不自然な行動ばかりになって、お兄ちゃんに迷惑を……嫌だ! それだけは……!
「……やめ……て」
しまった、声が出ない!?
ううん、声は出てる。蹴られたときに声帯が……もしくは、内心怯えていたの? どちらにせよ、何とかしなきゃ……ケータイとか出してるし、この人達は本気でやる……!
そんな反抗も空しく、巫女音の服がハサミによって切られていく。チョキチョキ……チョキチョキ、と、キャハキャハ。本当に楽しんでる。悪魔だ……こいつらは悪魔だ。悪魔、悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔………………お兄ちゃん……!
「さぁ、笑ってー? はい、チー____________
シャッターが切られる寸前。
切るはずだった指は放れ、その女子高生は浮遊するように壁に吹き飛んでいった。
「このクズ共ガァァッ!!!!!!!!!!!」
見たこともない兄の砲口。
走り回ったのだろう、その息の荒さは尋常じゃなく、目付きも何時もより悪い。綾取は、もう1人の女子高生の胸ぐらを躊躇なく掴み、ハサミを取り上げ、同じく壁に投げつけた。そしてハサミをもう1人の女子高生の首に当て逃げられないよう確保する。
「何故、俺じゃない……何故、妹に手を出す!? 巫女音が女の子だからか……てめぇら、同姓なら何やってもいい……数で勝ってるとでもふざけた理由の元、楽しんでいたのか……?」
「……お兄ちゃん……やめ……て」
「黙ってろ、巫女音。言葉は悪いけど、その姿なら見つかっても俺らは最悪謹慎で済む……」
そういって、自分が着ていたブレザーを巫女音へ投げ、今一度、矛先を女子高生達に向ける。最初に吹き飛ばされた女子高生は気絶、残り2人は怯え、1人は綾取に拘束されている……巫女音から見れば、綾取も悪魔に見えた。
「1人、1人だ。その気絶しているやつを除いて1人助けてやる。ほら、早く話し合えっ!」
巫女音の視線に気づいたのか、綾取は拘束していた女子高生を解放し、3人となった女子高生に怒鳴る。すると、ビクビクしながら少しの話し合いに入ったのち____________その3人は躊躇なく逃げていった。
「……お兄ちゃん、わざと……?」
「……どうだろ。帰ろうぜ、肉じゃがが待ってる」
「…………うん」
ラッキーなことに今日は体育があった。
ズボンと上着を巫女音に貸し、ブレザーを着ればなんとかなるだろう。親がいない双子にとって問題沙汰は厳しいリスクだ。何としても避けたい。
そんなこんなで正門。
先生にも見つからず、生徒にも「妹にコスプレ?」くらいに思われているくらいだろう。濡れた髪はタオルで拭いたし、明日弄られるのは覚悟の上だ。
「部活は……無理っぽいかな」
「ごめんね……巫女音のせいで……」
「はぁ? 巫女音のせいじゃないだろ。次にやったやつがいたら、キレるじゃすまない」
「……ありがとう、おに____________
巫女音? おい、なんで、そんなとこにいるんだよ……? なんで不意に押された顔、そこは道路だ____________「ブォオオオオオオオオ」。
「ミコトォオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!!!!」
***
「お前も……この世界も、同じなのかっ!」
魔法弾の雨を掻い潜るアヤト。
能力の応用……放たれた追尾魔法をピンポイントで気配と魔力を入替え流す技法だ。フィラルでさえ、その技量を克服することは出来ず、人間相手に苦戦を強いられている状況であった。
早く決着をつけてミコトを……だが、どうする?! 冷静になってみれば、女王相手に、エルフ相手に1人で勝てるのか?! 無理だ、アドラメルクでも、勝てなかった相手だぞ?! どうする、真面目に考えろ! どうするんだ、アヤト!
「兄だろうが……妹を守れなくてどうするっ!」
走り回っているアヤトが倒れた兵士付近の剣を拾う。魔力耐性を持った剣を使用しているとフィーネは言っていた……これを使えば、フィラルに一撃を……。
「【シャイン・スパイラル】」
「____________ぐっ!?」
不意のフィラルの魔法を剣でガードする。
しかし、その威力はシャイン・アローよりも高く、軽々しくアヤトの体は吹き飛び、正門の壁に直撃する。
なんだよ、それ……!? シャイン・アローの進化?! 魔力耐性ある剣で防いでなきゃ死んでるレベルだぞっ!? ぐっ……右足が……これじゃ、走れねぇ……ぞ。
「終わりです。もう、諦めてください」
「……理不尽だな、おい。妹はあんなめに合わせておいて、俺はこの程度か? 血も全然出てないぞ、エルフ様……」
苦し紛れの挑発じゃ、どうにもならねぇ……。
何か、何か無いのか?! 妹が守ってくれたこの体でできることは……頼む、このままじゃ俺は、またあのまま……あのときと同じじゃねぇかよっ!!??
「……降参はしないのですね」
「エルフ様こそ、正門を破壊して街を殲滅すれば勝利だぜ? 何故、そこまで降参をすすめるってことは内心、反対側だったんじゃないのか?」
「…………意味がわかりません」
……この反応……こいつが突破口かっ!
痛みを堪えて踏ん張るアヤトが立ち上がる。
そして、得意の歪んだ笑顔を振り撒いて畳み掛けるように口にする。
「反対側だったが、上からの圧力、国民の安全の確保。国王様ってのも大変だな、俺はなってないどころかなれないから、わからないけど……あんたも、頑張ってたんだな」
なんで優しさなんだ。
あのときもそうだ……あの女子高生を許していなければ、ミコトは……巫女音はあんなめにあう必要はなかったんだ! なんで、優しさなんだ! なんで、俺はこうなんだ!
「……それが兄様だからですよ」
心が安らぐ身近な存在の声。
跳ね上がるような気持ちを殺し、アヤトはフィラルの背後で笑うミコトの姿を凝視した。傷もない……血は確かに目の前で見たはずなのに。
「………………あぁ、そういうことか。なんだよ、マイシスター。教えててくれたって良かったじゃないのかよ? 真面目に兄様くたばりそうだわ……」
「なっ……どういう……」
「お主の敗北ってことじゃよ」
気づくことには遅いフィラル。
ミコトに向いた視界は歪み、そのまま眠りへと向かって倒れる。アヤトの前にはボロボロの主を眺めるニヤニヤしたアドラメルクがいた。
「なんとも簡単で複雑な終わりだ。まぁ、助かったのは事実。ありがとな、マイシスター、アドラメルク」
「ほぉ? 主様に感謝を伝えられるとは、これはかなりの快感じゃのぉ!」
「兄様、兄様、撫でてくれてもいいんですよ? 奴隷メイドに最悪の場合の1手を考えておいたミコトを、もっともっと褒めてください」
最早褒める前提だな、マイシスター!
まぁ、褒めるけども。……うん、褒める。褒めまくってやる! 今日は寝かさないぜ、マイシスター____________だから、振っておいて引くのはやめよう? ただでさえ体も心も痛いんだから。
「じゃが、主様よ。妾が助けに入らなくても、勝つ……と、巫女は言っとったのだが、どういうことかの?」
「ん? あぁ、予定が狂ったから忘れてたけど、既にエルフの捕虜は確保してある。契約書には【攻撃するのはエルフ側】と明記してたが、そこに《絶対》は含まれないし、何より俺らは【防衛出来れば勝利】だ」
とまぁ、防衛するに当たっての縛りはない。
女王が不在+騎士みたいな実力派のエルフが出向いているなら、大半の兵士を送れば1人くらいは確保できる。最悪、盾にして勝つつもりだった。
いや、本当に最悪だからね?
クズの戦法だもん……まぁ、やってないから問題なしでしょ。
「全く、エルフに勝てんのに大半の兵士を進軍させるとは……侵入されたらどうするつもりだったのじゃ?」
「負けだな、確実に」
「アドラメルク、言ったでしょ?」
足をやられて動けないアヤトにミコトが駆け寄り、笑顔で勝利の誓言をする。エルフは強い。人間が勝てるわけがない。だから、どうするか……簡単だろ?
「「勝てなきゃ勝たなければいい」」
まぁ、結果、アドラメルクが勝ったけどな。
そんな顔で見るなって、マイシスター。ワカッタワカッタ、帰って宴にしよーな? そうだな…………。
「肉じゃがでも作るか」
なぁ、巫女____________ミコト。
***
「御所望は奴隷ですか?」
「終わりかけに何言ってるんですかね?! うん、契約内容だよね? 奴隷とか響き悪いんで簡単に済まそうぜ。そう、簡単に____________自由奔放に俺らの支配下になってくれ?」
【契約内容】
・エルフルクスはフィナーレへの宣戦布告を含む、戦争要素項目を満たさない事を宣言する
・今回の戦争被害者の治療
・フィナーレはエルフルクスの生活権は奪わないことを宣言する
ざっとした契約内容ですみません!
エルフとの契約はネタを含みたいので、番外編か何かで書きます! 他にも番外編ネタを考えてますので1章終わった後にでも。宜しければご感想お願いします。