能力発揮です/思わぬお宝ですね/圧勝の可能性なんてありません
「……能力?」
【フィナーレ】王宮____________書庫。
巨大な空間に広がる無数の本棚。見上げると、田舎者が都会のビルを見上げて首を痛めるのがわかる気がする。まるで、壮絶を言葉にした図書館だ……異世界物にとって、知識の宝庫でさえ、テンプレでは《普通以下》か《存在しない》が思わぬ展開だ。
以外と緩いのか?この世界の設定は。
「はい、魔力で呼ばれた召喚者の存在は、それぞれ《魔力を放出できる器》を所持しているのです。故に、魔法に近い【能力】という力を発揮できるのです」
あ、俺らも魔法使えるんだ。エルフなどがいる世界で、俺らが使ってもいいのかよ? まぁ、言い方を考えてみれば魔法より下の位ってことになるみたいだが……やっぱ、緩いなこの世界っ!
「んで、どーやって使うんだ? その能力ってやつは」
「兄様、兄様、本に書いてありました。魔力となる器を所持する者は、大気中のエーテルを体内に取り入れ、それを意思により放出することで、固有する能力、魔法を発揮できる…らしいです」
意思により? それまた、鍛練せずに出来る緩い設定なことで……というか、真面目に緩いな!? もっと頑張れよ、異世界っ! まぁ、なんにせよ無防備でエルフを相手にするのは避けたかったしな、丁度いい丁度いい____________マイシスター、その為にしに撃ってみたいキラキラした瞳はやめろ、本気で死ぬからな?! 完全に死亡フラグ立っちゃってるから。
「…………ウズウズ」
「おいおい、マイシスター、言葉にしたって駄目だぞ? こういうのは理解してからじゃないと」
「兄様……ヘタレ」
「グハバラ……ッ! いや、だってねぇ?! いきなり爆発とかしたら死んじゃうよ? せめて俺の能力が物理保護バリアだと発覚してからにしてくれるっ!?」
「兄様……ヘタレ、ヘタレ」
「2回目+2回言った?! 兄様もう生きてない……!」
論破?された自称最強の双子の兄様が沈没する。
最早、何をやっているのかわからなく、頭の中が混乱状態にあるメイドは取り合えず紅茶をいれていきていた……いつの間に抜け出したのだろうか。
その紅茶を啜り、妹が手の平をグーパーする。
マイシスター……兄の忠告を完全無視ですか、そうですか。
「兄様、兄様、惚れてください」
「……うん? なにそれ詠唱? 魔力使って、炎とか出すの? 惚れて=萌え=炎とかいいたいのですかね?」
だが、異世界は緩かった。
ミコトの周囲が一気に青ざめ、紫音の波動が書庫全体を包み込む。その瞬間____________ミコトがその場から消えた。
「………………なん……だと……」
有りがちな言葉だが、完全に驚愕するアヤト。
気配もない、音もない、体温もない。ミコトが座っていた本のタワーも動いている形跡はない。魔法なのか能力なのか……いや、後者だろうが、これは____________成功なのか? もし、失敗なら…………。
「あん?! マジでふざけんな異世界ぃ! こんな消失感情を一気に抱かせるなんて、レベル高すぎだぞ、てめぇ! 設定緩いくせに、結果は適当か?! 爆発の方がましだぞバカ野郎ッ!!!!」
ふざけた口調だが、盛大に憤怒するアヤト。
キレたアヤトに怯えるメイドだったが、それは勢いよく胸を鷲掴みにされることで「ひゃんっ!」という声で、アヤトの視線がメイドに向く。
「兄様、兄様、このビッチメイドの胸部は破壊力抜群です。兄様なら、悶え苦し____________萌駄え苦しむかと」
言い直した意味は薄々わかる。
だが、今のアヤトにとって、妹が不慮の事故で消えてしまったという思考から解き放たれ「マイシスター!」と叫んで、ミコトを抱き締めてしまった、ついでにメイドも。
「ア、アヤトさん?! ちょ、あっ……って、どさくさに紛れて揉まないでくださいっ!!!」
「なにおぅ! 俺はマイシスターの心配をしただけで、破壊力抜群のメイドの胸など求めてはいなくもないっ!」
「そ、そうですか。とんだ勘違いを…………って、阿呆ナノデスカァァァァアッ!!!!!」
ドストライクッ!と、言えるほどの豪速球で投げられた本がアヤトの額に直撃し、吹っ飛ぶ。我を取り戻したアヤトは即座に立ちあがり、安心した瞳でミコトを見る。
ミコトは兄が心配して抱き締めてくれたことに満足し、今一度、手の平をグーパーし、体の調子を確認する。少し怠く、表情には出さないものの、息も荒い…………能力の副作用だろうか? 何はともあれ、能力が使えるのは事実だと確認できた。ふむ、少しアクシデントがあったがやはり____________緩いな、この世界。
***
「……はむ。んぅ~、はぐっ、はむはむ……」
「今日も良い食いっぷりだねぇ、嬢ちゃん」
【フィナーレ】南部地区____________飲食店『霞ヶ丘』。
南部地区1の名店であり、フィナーレでも上位ランクの飲食店だという店に、狐耳狐尾のロリ着物少女が巨大な海鮮丼に食らいついていた。直径1メートルはあるだろう海鮮丼は、みるみる減っていき、合計僅か3分で平らげるという体には似合わぬ大食いだ。完食し、満足したロリ狐少女はお茶を啜り、「うむ、美味なのじゃ……」と呟く。
「毎度毎度、家に来てくれるのは嬉しいんだが、大丈夫なのかい? フィナーレは現在戦争中……他国の者が見つかったらどうなるか。家も常連のお客様を失いたくないんだが……」
この店のオーナーである、ごつい体の漁師風老人の言葉に「心配せんでもよい」と、お茶を飲み干すロリ狐娘。
「10の国の1つ____________【ビーストレス】。上から4つ目の大国であり、その種族は簡単に言えば【ワービースト】と呼ばれる人と獣が融合した亜種族。しかし、決して【ワービースト】ではない。全ての生命の永久を保存し、トレースできる器を授かった……言わば、『融合幻獣』。そして、お前はその国の王____________『アドラメルク』様だろ?」
唐突で正体を推測された少女が目を細める。
オーナーさえも気がついておらず、そこには【フィナーレ】女王『ミコト』と、その兄『アヤト』がニヤニヤしながら立っていた。
これがミコトの能力____________『ステルス』だ。
書庫での事件後、ミコトの能力について試し調べてみた結果……それは、《小規模の範囲内の生命ある存在を一時的に無効化する》という能力だと理解した。『消す』や『見えなくする』というのではなく、完全に『無効』……つまり、存在すら無かったことになるということだ。しかし、存在の記憶仮定は残り、その時間も3分が限度。人数も3人までが限界であった。
因みに、ミコトが意識すれば服や靴なども《生命ある存在》と仮定し、共に無効化できる。勿論、存在は無効に出来ても、物質の重量や物理的干渉は無効化できない。簡単に使用できた割には便利かもしれないが、それなりのデメリットも見受けられる。
「アドラメルク____________悪魔と融合した獣娘ねぇ……それでもまぁ、獣娘様を欺けたってことは、凄すぎじゃね? マイシスター!」
「兄様、兄様、これなら兄様に気づかれずに夜這いも可能ですね! 早速、今晩お邪魔します」
それ宣戦布告いりますかね?! ほら、オーナーさんも「なんじゃこいつら」みたいな顔をしてるじゃん。それに、妹よ……物理的干渉は無効に出来ないから。興奮しすぎて、自分の能力を忘れるなよ、マイシスター。
「主は、新女王じゃな? 妾の事をよく存じておるの」
「その答えは当たりで、オーケーだな?」
「妾が話しておるのは、女王じゃ。黙れ、道化の愚民」
ぐ……愚民……だと……?!
そりゃ、俺は国王じゃねぇけど、てゆうか、なれないんだけど?! そんなの理不尽じゃん?! こうやって、狐娘の獣っ娘と出会えた興奮を隠して接してるのに酷くない?! 泣くよ、異世界! マジで理不尽だぞ、ゴルラァッ!!!!!
と、またもやノックアウトした自称最強の双子の兄様。
こういうのは兄の領分なのだが、仕方がない……と、ミコトはオーナーにお茶を頼む。
「王宮の書庫で拝見しました。嘗て、【フィナーレ】と【ビーストレス】は戦争した事がある……と、履歴に」
「ふむ、如何にも。じゃが、戦争したのは遥か昔。妾の2つ前の女王じゃな。今は何もないぞ、女王」
「ミコトでお願いします。アドラメルク様」
「ほぉ、では、巫女よ」
微妙にニュアンスが違うことに気づくアヤトに近づくアドラメルク。ノックアウトから立ち上がったが、アドラメルクに手の平を頭に置かれ、まるで重力が増したかのよう地にベッタリする。くっ……ニコニコした顔が可愛いのが悔しい!
「主らは、妾に何の用じゃ? 先程は不覚を取ったが、それ相応の詫びを覚悟してもらうぞ?」
「ぐ……ぉぉ……マイシスター……そろそろ……」
「了解しました、兄様。それでは、アドラメルク様」
ミコトの能力で、アヤトを消し、アドラメルクの力を無効化させてミコトの背後で実体化するアヤト。そして、解放されたアヤトは息を荒くしながらも、高々に……
「俺の支配下となれっ!!!」
紫に光る首輪をアドラメルクに装着した。
***
「…………不覚じゃった……」
【フィナーレ】王の間____________個室。
そこには、自称最強の双子に食事を運ぶ奴隷メイドと……アドラメルクの姿があった。容姿は着ていた着物の上からメイド服 (エプロンのみ)。少し暑苦しいのか、着物は既にはだけてエロい姿になっている。
「兄様、兄様、着物メイドがエロいです! 悪魔なのに女王なのに、エロエロです! エロエロです!」
「大事な事だよな、マイシスター! にしても、2つ前の女王やるなぁ……まさか、悪魔を手懐けるアイテムを作ってたとは。1個しかなかったが、女王を確保したんだ。これはエルフなんて相手じゃねぇなっ!」
この世界の言語を読む為に、フィーネが「それなら、多種の言語を理解するアイテムがあります!」と、そんなのあるなら始めから寄越せよ……と、思いながらも謎の液体を倉庫から持ってきたメイド。確かに、言語はスラスラ読めるようになったのだが……持ってきた謎の液体が入った瓶に、アドラメルクを支配した首輪が紛れていたのだ。
思わぬお宝ですね、はい。
ありがとうございます、2つ前の女王。さぞかし、賢く、美しかったでしょうな! 1度、会ってみたいかも。ほらぁ、またそんな顔しないの、マイシスター。
「早速だが、アドラメルク! 【ビーストレス】と【フィナーレ】を同盟国にしてもらおうかっ!」
「すまぬが、主様よ……それは無理じゃ。妾は既に女王ではない」
…………ワッツ? & ホワイ?
「支配される前に少し抵抗して、女王を剥奪してもらったからの。今頃、新しい女王が出来上がってることじゃ」
「……なっ、それはないだろ!? 王の所有権の移転は口移しじゃなきゃできないはずだ!」
「ふむ、妾は既に接吻をした紙を国に置いてある。場所は妾しか知らんのだが、それも伝えた。悪魔はテレパシーくらいできるぞ? 主様」
「くっ……で、さっきからその『主様』ってのは?」
アヤトの問いに、コツコツと首輪を叩くアドラメルク。
なるほど……完全に忠誠を尽くす感じか。
改めてすげぇな、2つ前の女王。しっかしまぁ、流石は女王ってもんだなぁ……まさか所有権の移転を用意してるなんて。まぁ、態々対策もなしに他国に来ないか、伊達に女王してないってことだな。
「ま、アドラメルクがいるんだし、勝てるよな?」
ハッハッハッ、と余裕の表情で笑うアヤト。
アドラメルク____________【ビーストレス】の民は皆、エルフを基準に比べると、倍くらい強いらしい。一撃でドカーンとやってくれるだろう、うん。
「そう言えば、この首輪。妾の力を半減しておるぞ?」
…………うん?…………ナンデストォ?