第八話 今後の方針を決めよう
よろしくお願いしますん。
地獄の入り口を後にして始まりの部屋に戻った俺達は、今後の方針について話し合う事にした。
「まず、今俺が出来る事と、出来ない事の確認をしようと思う」
『はい、主様』
「取り敢えず、魔法は練習すれば使えるようになるんだよな?」
『そうです、主様。主様は中々センスがおありのようですので、近いうちにでも使いこなせるようになるでしょう』
...へへへ、やっぱセンスあるの? やったね! これでモチベーションは最高だ! 誉められて延びる子万歳!! ......とまぁ、そういうことらしいから、魔法に関しては心配要らないということで...
「じゃあ次!」
『はい、主様』
「俺はこの洞窟から出られるのか?」
...…まぁ、あれを見た後で出たいとは思わないけど....
『それは…難しいですね。もし主様が外に出たとして、激しい環境の変化に身体が適応できず、良くても瀕死、最悪命を落とします。上主様でさえ、あまり外では活動されませんでしたので』
……やっぱり、出たらどちらにしろアウトってことか......。まあいいか。取り敢えずこの洞窟から出るのは無しだな。
「ん~、じゃぁあとは~...…」
...…ん~と......あっ! そうそう、一番大切っぽいこと忘れてたわ。
「なぁアイ。食事とかはどうすりゃいいんだ?」
腹が減らないから忘れてた。
『はい、主様。主様は竜種の竜族でありますので食事は不要です。竜族は生命維持に空間内の魔素を使用しておりますので、魔素さえあれば十分生存可能です』
...…ふぅ~ん。やっぱ便利だなぁ、この竜体。しかし、となると...…
「何も食べちゃ駄目ってことじゃないよね?」
『はい。食事が必要無い、というだけで不可能というわけではありません。実際、食材の味を楽しむために食事をする竜族は存在しています。また、摂取した有機物・無機物は体内で分解され魔力に還元されますので、質の良い食事を維持出来るのなら寧ろした方が良い、という考えを持つ竜族も少数ですが居ます。上主様もどちらかというと″食事推進派″でしたね』
..….なるほどね~、まぁ俺は取り敢えず食事の事は忘れようか。前世でも別段グルメって訳でも無かったしな。そりゃ美味しい物の方が好きだけど、基本不味くなけりゃ別に良いよね! って感じだよ。実際、何がどれくらい旨いのかなんて分からなかったし……。
べ、別に味が判る奴が羨ましいとか、そんなこと思ってないから! グルメ番組で芸能人のコメントに、お前本当に味判ってんの? とか僻んでないから!! ホントだよ! 味の好みは人それぞれ、そう、人それぞれなんだ! …………いや、もう止めよう…食に関してコンプレックスがあるのは認めるよ。だって、俺の好きな食べ方とか聞くと皆顔色悪くしてトイレに駆け込むんだぜ?それでキモい!とか、よくそんなもん食えるなお前……って引き気味に言われるんだ。そんな人達の反応を見続けて来た俺の心は、もうズタズタになってしまったよ..….。俺が何をしたってんだ...納豆にイチゴジャムと砂糖を混ぜてご飯と一緒に食べただけじゃないか...。旨いんだからしょうがないだろ...…? ......くそっ、思い出したら涙が出てきた...…。
『...…主様? どうかされましたか?』
「...…アイ…………」
...…そうだ、こんなに優しいアイに心配を掛けて、何をやっているんだ俺は..….。…...そう、これはチャンスだ! コンプレックスを克服するチャンスなんだ! ようし、俺はやるぞ! こうなったら、この世界でグルメ王になってやるぜ!
『主様、それは...…』
「ん? なんだ、アイ?」
『...…いいえ、何でもありません..….』
アイは、主様の目指すそれは、グルメではなくゲテモノ王では…...、という言葉を呑み込んだ。世の中には言うべき事と言わなくてもいいことがあるのだ。今回は後者に当たる。もしそのまま言っていたら、もっと面倒な状況に陥っていた筈だ。時には、主の命令を破ることもやむを得ないのだ。よくやったぞ、アイ!
『...…いえ、それほどでも』
「ん? 何か言ったか?」
『いえ、気にしないで下さい、主様』
「そうか」
...…アイが独り言とは珍しいなあ......ま、気にするだけ無駄か。...…そうそう、それよりも気になることがあって...…
「なぁ、何で食事推進派は少数派なんだ? 話を聞く限りだと、良いこと尽くしじゃないか」
普通に考えればそうなんだよなぁ。..….何で少ないんだろ。
『それはですね、主様。実際、食事推進派は少しずつ増えているのです。主様の言う通り、質に気を付ければメリットしかないので、それに気付いた者達は食事に対して真摯です。しかし、その新しい考え方に反発している者達が居るのです』
...…うわぁ、何かこの後の展開が読めちゃったぞ..。どうせ反発してるのは...…
「..….古参の竜、とかかな?」
『その通りです、主様。その者共は″食事は弱者が必要とするものであり、生まれながらにして強者である竜族がする必要は無い″やら″食事などという低俗な文化にうつつを抜かしとるような軟弱者共は、我ら竜族には相応しくない″等と言い張り、食事推進派の竜族を排斥しようと積極的に行動を起こしています。そのやり方が過激なので、″食事反対過激派″等と呼ばれていますね』
...…うわぁ、やっぱり...…
「...…過激ってのはどのくらい?」
一応聞いておかないとな。俺はグルメ王を目指すんだから。...…冗談かと思った? いいや、今回の俺は本気だぜ!
『...…時には殺害も厭いません』
「マジかよ!?」
……それって本格的にヤバイ奴らじゃん! 関わりたくねえなぁ。
『なにぶん長く生きた竜は力も強大なので、逆らえる者も少ないのです。推進派の大多数が比較的若い竜ですから...』
..….なるほどねぇ。言い換えればつまり、若い竜と古い竜の対立って訳か...…。
『しかし最近ですと、推進派の中でも力をつけてきた竜族達が″急進派″を名乗り、逆に過激派を襲ったり、どちらともつかない″中立派″を仲間に引き入れようと強引な手段をとったりしています』
...…うげっ!? それじゃ、どっちもどっちじゃないか...…。……そのうち戦争とか起こったりして……。
『中立派の一部の竜族は、この闘争が激化した挙げ句の戦争の勃発を恐れて、過激と急進両勢力の闘争をどう静めるかに苦慮しています』
.…..はいはいはい、そうですよねー。戦争起こっちゃいますよねー、そりゃ。..….つーか、よく食事に関する事だけでそこまで盛り上がれるな。もしかして、竜族って実は暇な奴らばっかりなんじゃ...…。
『一般的に竜族は他者の干渉を拒みますので、この件で騒いでいるのは竜族の総数からすると、一割にも満たないですね。基本的に殆んどの竜族は、勝手にやってくれと放置しています』
...…ははは..….それでも一割はいるんだ…...。…...いやまあ、なんていうか...…
「ばっかじゃねーの!?」
『...…主様の心中御察しします』
「...…いや、普通誰だってそう思うよね...…」
くだらなさすぎでしょ! 呆れを通り越して笑えてくるわ! …...しかし、得てして争いとは、部外者がくだらないと感じる理由で起きるものなのかもしれないな。大切なのは当事者がどう思うかであって、そこに部外者の意思など皆無なのだから。...…でも、だからといって関係の無い部外者を巻き込もうとするのはいただけないな。気に入らない。
......とはいえ、俺は当分ここから出られないんだし、もしここに来る奴がいてもその時はボッコボコのケチョンケチョンのヘロヘロにしてやればいいか。でもまぁ...…
「取り敢えずそいつらの事は無視だ。無視! 関わっても良いことなんかありゃしないだろうからな」
ということに決めた。なんか面倒臭そうだしね。
『私もそれが良いと思います、主様。上主様も基本、無関心を決め込んでいましたから』
アイの言葉に、この世界で最初に話した竜の事を思い出す。
......ふぅ~ん…………ま、俺は俺のやりたいようにするだけだ。
……ん~と? ……そうだなぁ。……あとは特にないなぁ。魔法と外出、食事に関することだけか……。うん、中々に少ない。これだけでもう確認が済んでしまったよ。
まあ、これだけの要素で以て判断するならば、やっぱりここに住むしかないんだよなぁ……。
別にそれが嫌だって訳ではないんだけどもね。アイも居ることだし。寂しくはないと思う。
っと、ふとここで思い付いたことがあったので、アイに聞いてみる。
「そういえばさあ、竜はどうやってこの洞窟に来たんだ? 何か特別な手段とかあったりしちゃうわけ?」
『特別とは言いにくいですが、ありますよ』
え、あるんだ!? ちょっと期待しちゃうよ?
『ここの環境の変化ですが、実は半年に一回の周期で平穏な天候が二日ほど続く期間があります。まあ、それでも濃密な魔素が吹き荒れているので、安全とは言いがたいのですが。...…上主様は、外に用事があったときはその日を狙って出入りしていましたね』
「じゃあ、俺がその日に外に出たら?」
『魔素に当てられて気絶します』
即答だった。期待は見事に外れたかたちだ。
……うわ。どちらにしろ、やっぱり外に出るのは無理っぽいなこれは......。取り敢えずはここに引き篭るしかないな...…。
くそっ、身体を乗っ取った手前あまり強くは言えないが、面倒なところに産まれちまったな...…。
…...いや、でもまぁ、悪いことばかりでもないかな。ここに居れば面倒ごとにも巻き込まれずに、静かに安全に暮らせそうだしね。今すぐ外にどうしても出たいって訳でもないし....それに魔法の練習だって邪魔が入らないからやり放題だ。...…あれ? なんか、ここって実はかなり良い住み処なんじゃない? 外の環境に目をつむれば、寧ろ今の俺にとっては良いこと尽くしじゃないか! うん、そうだよ! よし!
良い考えが浮かんだ。というより、それしか選択肢が無かったとも言える。
「アイ」
『はい、主様』
「俺は決めたぞ! この洞窟に篭る!」
……グルメ王は取り敢えず保留だ!
『はい、主様のお心のままに』
……ふっふっふっ、今、なんかゾクッと来たよ。忠実なる僕を従えた感じだ。なるほど、権力者っていうのはこういうのにハマっちゃうのかな?
……でも俺は、アイとはあくまで対等でいたいと思ってる。ちゃんと人格?もあるようだし。それに何より、俺にとっては頼れる相棒だからな!
だから……
「これからもよろしくな、アイ!」
『はい、主様。こちらこそよろしくお願いいたします』
そうして俺は、いや、俺達はここでの生活を、この世界で生きることを決めたわけだ。前世の事をきれいさっぱり忘れた訳ではないが、もう踏ん切りはついている。家族の、悲しみに歪む顔を想像すると心が痛むが、まあ、それでも前向きに生きてくれることを願おう。既にあちらの世界で死んでしまった俺には、それくらいしか出来ないからね。まあ、俺は俺でこっちで楽しくやる予定だから、俺の事を忘れないでいてくれればそれで良いや。
頼もしき相棒も居ることだし、それに何より、俺は竜だからね。
前世とは、確実に違った人生、いや、竜生を歩むことになるだろうが、それは望むところだ。
期待や好奇心、寂寥や不安などがない交ぜになった奇妙な感情が、俺の心を支配する。
だけど俺はその感覚を、とても心地好いものだと感じていた。
こうして、俺達の竜生は始まったのだった。
◇◆◇◆◇
その日の夜。
『ねえねぇ~。誰か忘れてない~?』
「……」
『ねぇったらぁ~』
「……」
『聞こえてるんなら、返事くらいしなよ~』
「……」
『もう……。よし、こうなったらあれを……』
「あー!!うるさい!!お前はまだ大人しく寝てれば良いんだよ!!」
『……くっくっく。なら仕方無いね。また会おう。ばいばい。おやすみ~』
「……」
……わざわざ夢の中にまで出てきやがって……。……竜さんが起きたらまた、面倒なことになりそうだな。
それまでに、出来ることは可能な限り増やしておこうと誓った俺であった。
ありがとうございますん。