第七話 洞窟を抜けるとそこは...
よろしくお願いします。
地獄でした!
はい、もう一度言いますね~。
地獄でした!
大事な事なので二回ほど言わせていただきました。
いや~、もう目の前の光景に言葉が出ませんわ。まさに地獄!がわたくしの網膜に強烈な印象を叩きつけて来ております。
アイの案内に従って洞窟の出口に着いたときは、もう驚きましたよ。あんぐりと開いた口を閉じることも無く、涎垂れ流しで言葉も出ませんでした。お陰で今も喉がカラッカラです。...まあ、理由はそれだけでは無いんでしょうけど。
わたくしの懸念していた閻魔大王様の存在は確認出来ませんでした。まあ、出口からちょっと覗いた狭い範囲の捜索だったので、見つからなかっただけかも知れませんが、恐らく閻魔様はここには居ないのでしょう。そして何より、閻魔様がここに居たとしても、生きていられる筈がありません。閻魔様も尻尾を巻いて逃げ出してしまうような場所ですね。わたくしも、もし閻魔様だったとしても、ここには住みたいとは決して思いません。住んだら死ねます。
さて、このわたくし、転生したてで元世界を越えるという世にも珍しい体験をした人間の竜をして、こうも言わしめる衝撃の光景とは何なのか。皆さんは気になりませんか?...気になりますよね?ね?
......う~ん、仕方ありませんねぇ。そこまで言うのなら、教えて差し上げましょうか。
わたくしの見た衝撃の光景、それは............
かドッッギャガアアァァァァンッ!!
「...うお!?」
『...主様?大丈夫ですか?』
「...あ、ああ。大丈夫だ、アイ」
いかんいかん。初めて見る衝撃の光景に意識がどこかにトリップ(別名、現実逃避とも言う)をしていたようだ。何か変なことを口走っていたかも知れないが、よく覚えていない。...まあ、そんくらい外の景色がすごいってことなんだよね。
まあ、あんまり勿体ぶってもしょうがないし言っちゃうけど、なるほど確かにこういうものも地獄って言うんだろうな、って感じの光景なんだ。
一言で言うと、環境地獄、って表現が一番適切かなって思う。さっきも聞いたでしょ?あの音。あれ、多分火山が噴火する音なんだよね。だって、今目の前で真っ赤に燃え滾った灼熱の溶岩と、黒っぽい霧、恐らく火山灰、が俺の目に写る雪景色を絶賛侵食中なんだよね。.....えっ、何で火山に雪景色なんだって?知るかよそんなこと、俺に聞くな。大体さっきなんか雷ゴロゴロ大洪水の大嵐だったし、そのあとすぐに、突然砂が舞い始めたかと思うと辺り一面砂漠になってて、挙げ句の果てには全てを凍らす大吹雪だぞ?目を疑いたくなる現象がこうも立て続けに起きたんだから俺の気持ちも察してくれよ。意識がトリップしたのも仕方無いことなんだよ。俺の精神の安寧を保つにはそれしかなかったんだ。
...って、あ。また天気が変わった。...うわっ、次は蛙が降ってきてるんだけど。地面に当たる度に身体がびちゃっ!て破裂してんの、グロいわ~。...う~ん、そうだなぁ、この天気、名付けるなら蛙雨って所?安直過ぎるかなぁ?俺的には、結構良いネーミングだと思うんだよね................っておい!?何だよ蛙雨って!!何で蛙が空から降ってきてんだよ!そんな天気あってたまるか!!ある意味これが今日一番の衝撃だわ!!そして俺!!何冷静に分析しちゃってんの?!名前まで考えちゃったし!適応早すぎだろうが!!さっきまでの『あー、俺、もう無理、受け止めきれない』的な心の虚無感はどうした?!真っ先に受け止めてんじゃん!それで心の隙間埋めてどうすんだよ!それじゃ本末転倒じゃねえか!!ああ、自分が怖い!今ならどんな環境にも(精神的に)適応出来てしまいそうな、自分が怖いよ!!
「......ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ.........」
『......怒涛の勢いのツッコミでしたね』
「...はぅ?!何で知ってんの!?」
『声に出てましたので』
...なんだとぅ?!くそっ、テンパり過ぎてその辺りの意識が曖昧だったか?...何か恥ずかしいな......
『恐らく、想像以上の出来事を心が受け止めきれず現実逃避を始めましたが、それでもなお予想を上回られたので現実逃避を通り越して、それならもうありのままを受け入れてしまった方が楽になれるんじゃないか、という精神の無意識下の働きがあったものと思われます』
「....えっ、いや....ちょっと......」
...いやいや、そういうのは分析しないでいいから!寧ろしないで!お願い!俺の傷を抉らないで!
そんな俺の内心の葛藤を知ってか知らずか、アイの話は続く。
『で、どうでしたか主様、洞窟の外の様子は?』
....ふぅ―、ふぅ―、ふぅ―................
深呼吸で心を落ち着かせてから答える。
「....まあ、ね。アイの言った通り、確かに地獄っちゃ地獄だったよ」
俺は今までこんな光景を見たことがなかった。......まあ、当たり前か。それこそ見たことがあるんだったら、こんなにテンパることも無かったし。
因みに今の天気は、晴れ渡った青空に桃色の花弁が舞っている。今までの中じゃ、比較的穏やかな天気だな。桜が舞い落ちている様な見慣れた光景に、少し心がほっとする。
しかし、俺の心の安らぎをぶち壊す一言を、アイが俺に放ってきた。
『あれは只の花弁ではありません。あれは″夢幻桃花″という魔食性植物の花弁で、強い幻覚効果を持ちます。如何に強靭な精神を持つ者であろうと、気を緩めれば舞い散る花弁に触れただけで幻覚に堕とされます。効果が強すぎるので脆弱な精神を持つ存在だと、舞い散る花弁を目にするだけで幻覚にとらわれることもありますね。そして幻覚にとらわれたら最後、自力で解くことが出来なければ死ぬまでとらわれ続けます』
..........はい、すみません、一瞬でも和んだ俺が馬鹿でした。地獄をなめてたよ!あれだけ見せられても地獄のことを、なめてたよ!超強力な幻覚作用を持つ花弁?触れたら問答無用で幻覚堕ち?そして解けなかったら死亡確定?なんだそれ、凶悪すぎるわ!!.............ってあれ?俺はガン見しちゃったんだけど大丈夫なのかな?いや、まあ俺が脆弱な存在だとは思わないけど。だって竜だし。
「俺は大丈夫なのか?」
『はい、主様。外の世界とこの洞窟は、上主様が施された結界によって遮断されております。外から受ける悪影響は全て無効化されますから、問題ありません。それに恐らく、今の主様ならば結界が無くても幻覚の影響は無効化出来ると思われます』
...ふぅ~ん、見るのは大丈夫なんだな。だけど気になるのはやっぱり...
「花弁に触ったらどうなる?」
『ほぼ百パーセントの確率で、間違いなく幻覚にとらわれます。そしてそこから復帰できる可能性はゼロです』
...ハァ~、やっぱりなぁ~。つまりは触った瞬間、死、ってことだもんな。...よし、絶対にあの花には触れないぞ!
俺は取り敢えず、心にそう誓った。
「ところでアイ、何で外はこんななんだ?」
『はい、主様。それは、ここら一帯が濃密度の魔素溜まりであることと関連があると思われます。魔素密度が濃すぎることと何らかの他の要因が合わさりあって、天変地異とも呼べる環境の変化が起きていると考えられていますね』
「ふぅーん。...じゃあ、考えられているってことは原因は解明されていないの?」
『はい、残念ながら詳しいことはまだ.....。しかし、それを調査・解明するために上主様はここを拠点として活動し、また、″転生の儀″を執り行ったのです』
.....へぇ~、竜さんって結構凄い奴なのかな、もしかして?
でも、ということは...
「俺がその研究、引き継いだ方が良い感じかな?」
『いえ、主様にそのような義務はありません。これはあくまで上主様の趣味の一環でありましたので。しかし、それでも研究を引き継がれるのなら、お手伝させて頂きますが』
...う~ん、そうだなぁ........まぁ、いっか、別にやらなくても。趣味らしいし、邪魔しない方が良いよね!
「いいや、止めとくよ。...まぁ、気が向いたらって感じで」
....いやいやいや、決して面倒臭いなんて思っておりませんよ?
『承知しました、主様。...では、これからどうなされますか?』
...いやぁ、どうされますかと言われてもねぇ...。流石に外に出るわけには行かないし...。まあ、こうなるとやっぱり...
「戻るしかないよね!」
『はい、主様』
というわけで、俺達は元来た道を引き返し、始まりの部屋へと戻って行ったのでした。