第三話 これは現実でした
俺は竜さんの前で正座していた。小さな竜さんは俺の前でふわふわと浮いている。常に羽ばたいているわけではないので、翼は使って飛んでいるわけではなさそうだ。どういう原理だろう……。
『これで分かったかい? これは紛れもない現実なんだよね』
竜さんが諭すように言ってくる。言葉の雰囲気で察するに、その表情は多分したり顔の筈だ。
確かに、さっきのはめっちゃ痛かった。そのことが、これが普通の夢ではないことを証明している。そして、それはつまり、これは夢じゃなく現実と言っても良いわけで……。
俺は俯きながら返事をする。
「……はい」
……正直ショックではある。ショックではあるが、あまり悲しくはない。死ぬ寸前に涙の感触を頬っぺたに感じはしたが、それだけだ。そして、そんな自分に戸惑いを覚える俺がいる。
……俺って、案外ドライな奴だったのかもな……。
死んで新たな自分を発見するとは、何とも皮肉な話だ。
『じゃあ、今から話すことを、ちゃんと聞いておくんだよ。分かったかい?』
先程と同様、優しく語りかけてくる小さな竜さんは、俺に安心感と少しばかりの心の余裕を抱かせてくれた。
「はい」
ここが何処だか分からない以上、竜さんの言うことには従う他無いと思っている。頼れるのは君だけだ! って感じだね。
『よし、じゃあまずはここが何処なのかということだけど、端的に言っちゃえばここは君にとっての異世界なんだよね』
竜さんは先程と変わらないトーンでそんなことを言い出した。
……へえ~、そうなのかー。ここは異世界なのか~。道理で目の前に竜が居ると思ったよ……って。
「え!?」
俺は目の前の竜さんを見据え、驚きに目を見開いた。
異世界!? ここは異世界だと? それじゃ、今の俺ってもしかして俗に言う異世界転生ってやつ!? まじか! まさか本当にあったとは……。
『証拠と言われれば、わたしの存在がそうなのかな? 納得してもらえた?』
竜さんは自分の存在を印象づける為か、俺の前で宙返りやらを駆使して縦横無尽に飛び回る。緩急をつけたアクロバティックな飛行に、俺の視線は釘付けだ。
「おお~!」
確かに印象には残った。可愛いね!
しかし納得は出来ても、というよりするしかなくても現実感が無いなぁ。
そんなことを考える俺に構わず、竜さんは話を続ける。
『それじゃあ、次に行くよ。君は前の世界、あ、君の生まれ育って死んだ世界ね、からひょんなことで魂だけがこの世界に紛れ込んでしまったんだよ』
ひょんな事ってなんだ、ひょんな事って。
ひょんな事、というフレーズに疑問を抱かざるを得ない俺を無視して、竜さんは話を進めていく。
『そしてその時偶々、わたしが転生の儀の準備をしていたんだけどね。本当に偶然出来てしまった儀式のちょっとした綻びを介して君の魂が、本当に偶然わたしの中に入り込んできたんだよ』
……ん? 転生? どゆこと?
「えっと、竜さん? あなたも転生するんですか?」
『ああ、ごめんごめん。言葉が足りなかったね。そうだね、わたしの言う転生って言うのは、古くなった身体を捨てて新たな身体に生まれ変わることを言うんだよ。勿論、同じ世界でね』
竜さんは再び、自分の身体を見せつけるかのように宙を一回転して見せた。
ほうほうほう......う~ん、あれかな? お伽噺の不死鳥みたいなもんだな、きっと。
「分かった、ありがとう」
俺の礼に、竜さんは頷きを返す。
『うんうん。なら次行くよ? それでね、ここからがわたしにとっても君にとっても重要な事なんだけど、これも簡単に言うと、君にわたしが身体を乗っ取られちゃったんだ。ついでに精神も半分くらいね』
「……ほい?」
またもや理解できかねる発言に、首を傾げる。
え~と、俺が竜さんの身体と精神を乗っ取った? つまり、それって憑依ってことか?
「……え~、それはどういう事でしょうか?」
『言葉通りの意味だよ。君がわたしの身体を乗っ取ったんだ。いや、それとも奪われたって言った方がよかったかな?』
その言葉と同時に、竜さんから物凄い気迫が発せられた。
えっ!? まさか、怒ってんの!? これやばくね? つーか誰だって 体を乗っ取られれば怒るだろ! ここは謝罪だ! 土下座で謝罪だ!!
一瞬でその考えに至った俺は、目にも止まらぬ速さで見事な土下座を繰り出した(俺主観)。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 身体を奪ってすいませんでした!」
そうして暫く土下座を続けていると、身体が押し潰されそうにも感じてしまうほどの気迫はフッと消え去った。
恐る恐る顔を上げると、表情は分からないが何となく笑いを堪えているような竜さんが居た。
「……あのぅ、怒っているのではないのですか?」
『くっくっく、いやあ、ごめんごめん。ただからかっただけだよ。凄い土下座だったね。感心したよ』
っておい! からかっただけかよ! 謝って損したわ。マジで。
俺は危機が去ったとばかりに、額の汗を拭う仕草をする。もちろん振りだ。
『ああ、勘違いはしないで欲しいんだけど、君がわたしの身体を乗っ取ったのは本当だよ』
とはいえ、そう簡単にいく筈はなかったようで。
……あっ、そうなの? じゃあ、やっぱり謝っといた方がいいよね?
俺が再び土下座をしようとすると
『くっくっく、いやあもう謝らなくても良いんじゃないかな? わたしとしてはもう十分なんだけどね』
固まる俺。
……うん、そうだね。そういうことにしておこう。俺は十分謝った。それでいいよね?
取り合えず、自分を無理矢理納得させることで解決を図る俺。
『ああ、あとわたしは今回の件について気にしてないし、怒ってもいないから気負わなくていいよ』
......いやぁ、そういわれてもねえ…………まあ、いっか。本人がそう言うなら。
「分かったよ」
『うんうん。それでね。君に言っておかなくちゃならないことがあるんだけど、わたしの身体はもう君の物なんだ。それは良い?』
「ああ。あなたの身体は俺の物。......あれ? ってことはつまり、俺の身体は……」
『そう。君の身体はわたしの物だった。つまり今の君の身体、本体は竜なんだよね』
うそん、まじ? 俺、ドラゴンになっちゃったの? うへぇ~、……あ、いやぁ~。う~ん、…………うん、まあ、そうですかとしか言えないね。
『まあ、そういうことなんだよね。だから君には竜として生きてもらいたいんだけど、いいかな?』
いや、これどちらかと言うと強制だよね。そうしなきゃならない空気だよね。......まあ、身体を奪っちゃったんだから、それくらいはしないとな。うん、竜として生きる、か。良いじゃないか。元人間としては変わってて面白そうだ。
そう思った俺は、肯定の意を返した。
「分かった。俺は竜として生きるよ」
『ふふふ、その答えが聞けて良かったよ。じゃあわたしは寝るから、あとはよろしくね』
......は? 寝る? え? い、今から? あとはよろしくってどういうことだ?
『あ、そうそう。必要な知識は全部送っておいたから、あとで整理しておきなよ。それじゃ、ばいばい。またね』
いや、ちょっ、ちょっと待てよ。話飛び過ぎだろ! 待てって!
「おい!!」
俺の戸惑いを他所に、竜さんは光の粒子となって消えていった。まさにあっという間の出来事。俺は只それを、呆けて見送るしかなかった。今の俺は、さぞかし間抜けな顔を晒していることだろう。
だだっ広い真っ白な空間に、俺一人だけがポツンと残される。
「………………ぅえええぇぇえぇええぇ!!!!????」
俺の魂を込めた絶叫が、何も無い空間に響き渡るのだった。