第二話 夢と現実の狭間にて
「……う、うん…………?」
俺は目を覚ました。大分長いこと寝ていた気がする。なんか、階段から落ちてそのまま餅を喉につまらせて全身打撲で窒息死してしまう、という初夢にしてはイヤにリアルで不吉な夢を見ていた気がする。
取り敢えず今何時か確認しようと、壁の時計を見ようとしておかしいことに気付く。時計が無い。というより壁が無い。そしてここは家じゃない。あれぇ、寝ぼけてんのかな、と思い目を擦ってから再度確認するも、目の前にというより辺り一面に広がる光景は真っ白なまま変わることがなかった。
その事実に、ああ、俺まだ寝てんのか、これは夢だな、しかも意識があるから明晰夢ってやつだ、初めて見たよ、やったね、と少し興奮していたら、不思議な声が聞こえた。
『ああ、やっと起きたんだね。おはよう』
頭に直接響いてくる、硝子の風鈴が鳴っているかのように涼やかな声だった。
おや、俺の夢の登場人物が挨拶に来ましたよ。中々いい心掛けじゃないか、と声のした背後を振り返ると、とんでもなく強い光に目をやられた。
「うぐあぁっ!! ……くっ! ……目が! 目がぁ!!」
反射的に顔を両手で覆い、数歩後ずさって膝を折る。
やべっ、チョー眩しいんだけど。くそっ、誰だよこのやろー! と思いっきり睨んでやろうとしたら、また目をやられた。
「うぐおおぉあぁっ!!」
先程の比じゃ無いほどの光量によってもたらされた苦しみに、今度はのたうち回るしかなかった。
光のせいで目が痛いって、どんだけよ。
それと同時に、自分自身の馬鹿さ加減に呆れた。眩しいのに睨んだら、余計眩しくなるってのに。光源を直視した分、今の方が酷い有り様だ。くそ、なめやがって。
今度はちゃんと心の目で声の主を睨む。いや、結局何も見えないんですけどね。
『ごめんごめん。今調節するから』
そんな俺を気の毒に感じたのか、声の主はそう言って、光を弱めたらしかった。顔を覆った指の間から射し込んでくる光が、瞼越しにも弱まっていくのが分かったので、少しずつ目を慣らしながら開いていく。
そうして、ようやく完全に目が見えるようになった俺の目に映ったのは、淡く光を放つ小さな白い竜だった。その姿に、衝撃を受けないほど俺の肝は据わっちゃいない。
は? いや、へ? なんで竜? 小さくて可愛いな、ってそうじゃなくて。どういうことだ? 何で竜が出てくる? 竜が夢に出てくる心当たりなんて……ありましたね。そうでした、俺は異世界ファンタジー物の創作物が大好物でしたよ。その中なら竜が出てくることなんて日常茶飯事でしたわ。成る程、今回の夢はそういう路線なのですね。それは非常に楽しみです。
と疑問は残れど、一人勝手に納得していた俺を無視して、目の前で風船のように浮かぶ小さな竜は話を進めていく。
『いやあ、やっと君と話が出来るよ』
そうですな、何を話してくれるのですかな。
俺は大仰にうなずいてやる。
『っと。ねぇ、一つ訂正しておきたいことがあるんだけどいいかな?』
はいはい、何なりとお申し付け下さいませ。
何処かの執事も恐縮な、完璧なる45度のお辞儀をかます。
『君は一つ勘違いをしているよ』
勘違いですとな? それは何ですと?
続いて俺は、大きく首を傾げた。
『あのね、もしかしたら君にとっては残酷な事実かも知れないんだけどね』
ふっふっふっふ、何をおっしゃる。どんな残酷な事実でも、今の私は無敵! そんなもの、吹き飛ばして見せましょうぞ。
言葉とは裏腹に、全てを受け入れるかのように腕を左右に広げて、渾身のどや顔をここで披露。
『これは、夢なんかじゃあ無いんだよ?』
なんですか。そんなの、どうってこ……と……。
その言葉の衝撃は、そんな俺のふざけた態度を崩すのに十分だった。
「……は?」
考えを巡らせる余裕もなく。文字通り固まった俺に、竜は追い討ちを掛けるかのように繰り返した。
『もう一度言うけどね。これは夢ではないんだ』
「……えぇ?」
思考を取り戻し、混乱を振り払うために俺は頭を左右に振った。
……いやいや待てよ。夢の中で夢の否定をされるとか、冗談キツいぜ竜さんよ。
『......はあ。じゃあもう単刀直入に聞くけど、君、死んだことあるでしょ?』
仕草だけ見ても分かるほどに大きなため息を吐いた竜は、そんなことを言い出した。
「……はぁ?」
意図のわからない質問に、俺は顔をしかめる。
いや何言ってんだ、こいつ。死んだことなんてあるわけ無いだろうが。現に俺はこうして夢を見てる……ん……だか……ら……?
そういえば、と俺は先程の見ていた妙に臨場感のある夢の、鮮明な映像を思い出す。
……あれ? 確かに俺、変な夢を見てたな。確かに死ぬ夢だったしリアリティ満載だったけど、それは夢だろ?
……いや、ちょっと待て。
竜の言葉を信じるならば、ここは夢じゃないと言った。つまりは現実だ。ここが現実なら、俺はさっきまで自分が死んだ夢を見ていたってことになる。そして、もしそうだとして、どうやって俺がこんなところに居るのか説明が付かない。ということは、俺が死んだのも現実? そしてここは天国か何かだと?
え、うそだろ。マジで? 俺、死んじゃったの? まだまだやりたいことがいっぱい……いや、そんなに無いですわ。っていうか、それなら……。
「いや、どっちも夢だろ」
俺は解りきっていたとばかりに、そう結論を出した。
そうだよね。いやあ、普通に考えてそれが一番現実的でしょ。ってうわぁ。夢の中で現実的とか言っちゃったよ。これ矛盾してね? ヤバイ。自分で言っときながらツボにハマりそう。
小さな笑いを堪える俺の様子に、目の前の小竜は脱力したかのように項垂れた。
『……はあぁぁぁ。まさか、こんなにも聞き分けの無い人だなんて。……もう仕方無いね。身体に語って聞かせるとしようか』
その長い首を持ち上げた竜の瞳の奥に、何かを企んでいるような、怪しい光を幻視する。
竜はその場で何度も宙返りをしたかと思うと、翼をはためかせ俺の方へ進路を取った。
......ん? なんか竜さんがもの凄いスピードで突っ込んでくるぞ? もしかして、ヤル気かな? ふっふっふっふ、いいでしょう。受けて立ちましょうぞ。この空間の支配者、無敵である私に敵うとでもお思いかな? 所詮夢の住民。軽くあしらって差し上げましょうか。さぁ、かかって来なさ……!
「ぶべらひょっ!?」
両手を広げて偉そうに胸を張り、全てを受け入れる構えを取った俺に構わず、竜は俺にスピードの乗った突進を喰らわす。
今までに無い重い衝撃は、俺に自動車の人身事故を想記させ、二度目の死を覚悟させた。そしてなんかすごい乱回転をしながら、俺は彼方へと飛んでいったのだった。
とても痛かったです。ふざけてごめんなさい、竜さん。