第十話 魔法を使う為に
よろしくお願いします
地図に従って歩くこと数分。一応自分の家として使うので部屋を移動するのに何分もかかるのは不便だなと思ったり、それなら直通の道でも作っちゃおうか、なんて考えているうちに訓練所に辿り着いた俺達は、その部屋の真ん中辺りにいた。訓練所はやはり広く広間の二倍は余裕でありそうだった。
壁や天井、地面など所々から生えている何かの結晶が、蒼白い光を淡く放ち辺りを照らす。そのお陰で、ある程度の視界は確保出来るのだが、その絶妙な光と闇の調和具合がとても幻想的に思えて、見入ってしまう。
こういう風景は大好物なんだよな。まさか現実で見られるとは思わなかったけど。転生して良かったぜ。
そう思いながら、感嘆していると
『では、始めましょうか。この前の続きからですね』
というアイの言葉に、ふと我に返る。
そうだったよ。ここに来たのは魔法の訓練をするためであって、洞窟の景色に見とれている場合ではなかったぜ。
そう、自分を戒めながらも若干の胸の高鳴りを感じつつ、初めて魔力というものを体感した前回、と言ってもかなり最近だけど、の出来事を思い出す。
まあ、知っての通りあの様だったわけよ。いやぁ、えらい目に遭いましたわ。……うわ、思い出したらまた吐き気が……。
なんて言うのは冗談なんだけど、やっぱり良いイメージは無いわけで。折角上がったテンションが、いつも通りに下がってしまったよ! HA! HA! HA!
というのも冗談で、実は特に気にしていない。まあだからといってまたあの状態になりたいかというと、そんなわけでは絶対にないのだが。良い教訓になった、くらいの感じで受け止めている。その為の経験でもあったのだしね!
というわけで
「よし!」
と気合いを入れ
「次は何をやるんだ?」
とアイの指示を待つことにした。
『はい、主様。主様は既に魔力の感知は可能ですね?』
「うん、出来るよ」
アイの問いかけに頷く。普段は何て事ないが、意識すれば身体中に仄かな暖かみを感じる。うん、これが魔力だね。
『では、今度はその魔力を眼とその周囲に集めるように意識してください』
「分かった」
次なるアイの指示に、俺は従う。……何となく、この目的が読めちゃう俺。
俺は目を瞑り、集中を始めた。目を瞑ったのは、何となくね。
魔力を眼に集めるということで、取り敢えず漠然と、魔力よ、眼に集まれ~、と暫く集中してみたが特に変化を感じなかった。どうすりゃ良いのかな? と思いながらも集中を続けていたのだが、ふとアイのある言葉を思い出す。
そうか!
閃いた俺は、新たにイメージを構築し、再び集中する。
大切なのは、体内を巡る魔力の″流れ″。そう思い込むことにした。血液のように、循環し、眼に集まるように考える。
すると、今度は眼の辺りに熱さを感じる事になった。と言っても、この前のように熱すぎるということはなく、風呂の温度のような心地よさだ。
暫く待っても変化はもう起きなさそうだったので、目を開くことにした。
そして、次の瞬間俺の目に飛び込んできのは、俺の周囲を取り巻くように、薄くぼんやりとした白いモヤモヤが、フワフワと漂っているという光景だった。
「おっ!?」
突如眼前に現れたそれに、つい驚きの声を上げてしまう。頭も混乱仕掛けたが、それも一瞬の事。
何故なら、俺の予想が正しければこれは恐らく……
「魔力、かな?」
それとも魔素か、その両方か。
そしてそんな俺の予想は
『そうです。それは主様が現在放出している魔力ですね』
というアイの言葉に、証明される事となった。
「なるほど、これが俺の魔力なのか……」
目の前の白いモヤモヤに手を伸ばしてみるも、何かに触っているという感触は無かった。思った通り、触れることは出来ないようだ。
まあ、こんなもんだとは思っていた。目に魔力を集めるって言ったら、目の強化が思い浮かぶわけだ。この場合、魔力が見えるようになるっていうタイプだね。それも知識の出所は今までに読んだ漫画や小説なんだけど。
とここで一つ、疑問に思うことが。
「なあ、アイ。何で魔素は見えないんだ?」
今見えているのが魔力なら、魔素っぽいものは見当たらないんだよね。
俺の質問にアイは
『そうですね……。簡単に説明しますと、この世界には″魔眼″というものが存在します。その名の通り、″魔力・魔素を視る眼″と書いて魔眼と呼ぶのですが、その能力を持つ存在は稀少であり、またその能力は非常に有用でもありました。ですから、魔眼を持たぬ者がそれを再現するために開発したのが、現在主様が発動中の魔力強化というわけです。……しかしご覧の通り、見えるのは魔力だけであり、悪く言ってしまえば魔眼の劣化版、良く言えば魔力さえ扱えれば誰にでも魔力が見えるようになる画期的な発明、ということになるでしょうか』
と答える。
俺は再び、広い洞窟内を見渡す。相も変わらず、俺の白い魔力がふよふよと辺りに漂う以外は、来たときと何も変わった様子はない。
俺は眼を凝らして、何もない真っ暗な空間を眺めてみた。
暫くそうしていたが、まあそこに何かが見えたとかそんなことは当然なく、ただただ暗闇が続くだけだった。
魔素は本当に見えないのかなぁ~、なんてちょっぴり期待をしていたのだが、やっぱり見えることはなかった。俺は魔眼持ちではなかったようだ。まあ、現実なんてそんなもんだ。そう都合良く行くわけではないようだ。
あわよくば……って思ってたんだけどね。
俺は少しだけ気落ちした心を慰め、アイに続きを促すことにした。
『……では次のステップです。今度は魔力の操作する技能、所謂″魔力操作″というものを習得して頂きます。魔法を使う上で、″魔力操作″の技能は必須です。この技能の熟練度で、扱える魔法とその効果が決まっていきます。ここからが本格的な訓練となっていきますので、覚悟はしておいた方がよろしいかと』
そんなアイの言葉から、魔力操作の訓練は始まった。
その前に一つ気になったので、アイに尋ねた事がある。魔力の操作と言うのなら、俺が今までやってきたのもそうなのでは、と思ったからだ。そうであるなら、この訓練も簡単なんじゃね? とか思ったりもしていた。
実際、返ってきた答えによればそうであるらしい。例えば、魔力による身体の強化、俺はまだ眼だけだが、は体内での魔力操作によって発動すると言える。しかしそれは、ただ生物が持つ本能的で無意識的な現象を意識的に起こしただけで、これだけなら難しい事はない。つまり、身体の魔力強化や魔力の放出は生物が必要に応じて無意識に行っているものであり、それを意図的に起こした所で結局それは、俺の意識のもと″必要に応じて発動した″という本能的なものに代わりはない、ということだ。
ならアイの言う″魔力操作″って何なの? ってことになるが、これも身体魔力強化を例にあげて簡単に説明してみよう。
俺の発動させた身体魔力強化は、強化したい部位に魔力を流し巡らせただけで、強化の度合い、つまりどれだけの身体能力の向上が必要なのかが定められておらず、ただ単に強化しただけ、ということになる。勿論、巡らせる魔力が多いほどそれに比例して身体能力も強化されるのだが、″ただ魔力を流しただけ″だとその強化の度合いは不安定で、発動させる度に強すぎたり弱すぎたりするわけだ。それじゃ使い物にならないし、無意識に発動させている方がまだましである。
そこで、アイの言った″魔力操作″という技能が出てくるわけだ。この技能を訓練そして習得すれば、強化の度合いを調節することが出来るし、より効率的に身体魔力強化を発動、維持、解除することが可能となる。そしてその一連の流れを、再び無意識の内に出来てしまえば、それが一番理想的な状態であるそうだ。
つまり簡単に纏めてしまうと、意識的に身体魔力強化をするだけなら簡単であり、それは魔力を操作することに代わりは無いが、技能と呼ぶほどのものではない。そして、その身体魔力強化を自由自在に扱い、また、再び意識から無意識レベルでの発動を可能とするために必要なのが、″魔力操作″という技能というわけだ。
一応、これは身体魔力強化という一例についての説明であり、他の魔法等ではまた、魔力操作に対して違った捉え方をしているらしいのだが、それについては俺はまだまだ知らないことが多いし、勿論これから学んでいくつもりだからその説明はまた後程、ということで。
長々しい説明は終えて、実践訓練といこう。
『まずは、魔力の放出、そしてその停止の訓練です。これは魔法を使うとき、その魔法に必用な魔力を適切に、瞬時に取り出せるようになることが目的の訓練です。体内の魔力を全力で放出し、私の言うタイミングで全力で停めてください……』
俺はアイの言葉に従い、魔力の放出を始めた。これはやったことがあるから簡単に出来た。全力で放出、って感覚がいまいち掴めないが、取り敢えず体内の魔力を全部ドバーッと出す感じでやってみる。
おお! 凄い勢いで魔力が身体から抜けていくのを感じるぞ。あの流出といって良いくらいの減りかただ。……だがしかし、これ、本当に停められるのだろうか。少し心配になってきた。下手したらあの時の二の舞じゃないか。
俺がそう思い始めた時
『……また、始めの内は魔力枯渇になってしまうことも考えられるので、注意しておいてください。……では、始めてください』
とアイが言う。
おい! それを先に言えよ! と思わないでもないが、この言葉はどちらかというと、さっきの続きのように思えた。いや、絶対そうだと思う。
……つまり俺は、完全に先走ってしまったわけだ。
先に言われたからと言って、変わるのは心構えだけで、技術的には何も変わらない。だから大した問題ではないのだが。今更訓練を止めるつもりもないし。
俺は、他者の話を最後まで聞かなかったことを少しだけ反省し、そして意識をすぐに魔力へと向ける。現在進行形で放出中な訳だが、それはもう既に俺の制御下にない。つまりあの時と同じ、垂れ流し状態な訳だ。
正直に言って、これを今の俺が停められるとは思えない。しかし、停めなければ魔力枯渇が待っているのだ。それだけは阻止したい。あんなヘロンヘロンなゲロンゲロンは嫌なのだ。よって俺は、全力で放出を停める準備を始める事とする。意識するだけではあるのだけど。
『主様。放出す時は、放出すことだけに集中してください』
突然アイがそんなことを言う。
いや、原因は分かっている。俺のせいだね、当然。でもさ、そうでもしないと停められる気がしないんだよね。今回は許してくれよ。お願い!
と思うのも束の間
『停めてください』
とアイの声が脳内に響く。
それに俺は反射的に、全力で放出を停めることに集中する。
といっても、停め方なんて分からないからただ、停まってぇ~! と願うだけである。
当然、そんな俺の願いが通じるはずもなく、魔力の放出は停まらない。
そして、あの絶対に慣れたくない感覚が俺を襲い、再び俺は気を失うこととなった。
「……うう……」
『おはようございます、主様』
俺は目を覚ます。そして、身体を起こした。
暫くぼーっとしていたが、それは頭を働かせる準備をしていたのだろう。周りを見回し思い出す。
「……ああ、そうか……」
俺は気絶したのだった。魔力操作の訓練で、制御しきれずに魔力枯渇でこの様だ。
再び寝転がり、遅れてアイに挨拶を返す。
「……おはよう、アイ」
『はい、主様』
何故だか気分は爽快で、さっぱりした気持ち。出すものは出し切ったって感じだ。……まあ、魔力を出し切ったんだけど。
しかしながら体内の魔力は既に元の量に戻っているようで、むしろその生成の激しさは増しているようにも感じる。
……何故だろうか?
「アイ、どうして?」
精神の繋がりは強化されたままだったようなので、そのまま問い掛ける。
『はい、主様。それはですね、生物は個体により体内に保有できる魔力の限界量が定められています。それを越えると身体は魔力の生成を止め、維持する様になります。それが生物が生活する通常の状態です。しかしその限界保有量を維持出来ず、そして生成も追い付かずに体内の魔力を使い果たしたとき、身体はそれを異常事態ととらえより多くの魔力を生成しようと魔素を多く取り込み、そして生命力も多く必要とするようになります。その時に、以前の状態のままではダメだ、と身体が判断して、魔力の生成速度、生成量、限界保有量が増加するのですね。ついでに生命力も上がります』
つまりは、生物の防衛本能のようなものってことか。過酷な環境に身を置けば、生きるための能力は強化される。それと同じことって訳だ。
……ん? ということは俺は生命の危機を二度も体験した、ということにならないだろうか? 要するに、死にかけたって事だろう?
不安になって、俺はアイに抗議の声を上げたのだが。
『心配要りませんよ、主様。竜は生命力は飛び抜けて高いですから。魔力が枯渇した程度で死には至りません』
と言われ、俺にとっては大したこと無いようだった。俺の身体が竜で良かったのか、取り敢えず有難い事であるとは分かった。お陰で気絶程度で済んでいたのだろう。竜じゃなかったら死んでいたかもしれないようなのだけど。
でもさ、それにしたってもう少し穏便なやり方があるんじゃないのかな。……主に俺の精神の安定の為に。少しずつ慣らしていくとかさ。そう何度も魔力枯渇であんな体験を続けていたら、確実に精神が疲弊してしまう気がする。
「そこんとこどうなの? アイさん」
『それは、主様の種族特性故に難しいのです。竜種というのは生命力は飛び抜けているのですが、魔力の扱いに対しては大雑把なものでして、細かな魔力操作が苦手な傾向にあるのです。大半の竜種は魔法を使う際に、その魔力操作に長けていなくとも内に秘める膨大な魔力量でどうにか出来てしまうので、それも彼らの魔力操作の習熟の軽視を助長しています。それに、魔力操作は細かなものより大まかなものの方が簡単でもあります。例えると、前者が小さな石ころで小さな石ころを狙い打つなら、後者は大きな岩で大きな岩を狙い打つ、といういうように。明らかに後者の方が容易です。その事と主様の種族特性に鑑みた結果、私は今回の方法が最善だと判断しました』
……どうやらそういうことらしい。俺としてはアイの事は信頼しているので、さっき聞いたのはただ単に疑問に思っただけで咎める意図はなかった。まあ、魔力枯渇の事が少し気になるがそれは俺が、魔力操作をものにすれば良いだけの事だ。それに辛いけど、デメリットばかりでもないようだし。それもこの身体があればこそではあるのだけど。
そうやってアイと話しながら時間を潰して、どれだけ経ったのかはわからないけれど、そろそろ訓練を再開することにした。
これからの訓練は恐らく、いや、確実に辛い戦いとなるだろう。精神的に。しかし、それを俺は投げ出すつもりはない。
出来るようになるまではね。
ありがとうございます