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第一話 俺、死亡

 よろしくお願いいたします。


 『明けましておめでとう!今年もよろしく!』



 そんな、当たり障りのない定例句が書かれた友人からの年賀状を、俺は餅を食いながら読み流していた。行儀が悪い、と思う人もいるかもしれないが、生憎今この家に居るのは俺だけだ。家族は皆初詣で、出払っている。


 え、何で俺は行かないのかだって?


 心配しなくとも、俺はもう行ってきたから問題ない。年が明けてから、真っ先に行ったんだから、神様もきっと御利益を授けてくれるに違いないよな、と独りごちる。実際、御利益目当ての不純な動機だが、気にしないで欲しい。


 つけっぱなしのテレビには、正月特番のバラエティーが流れている。今はドッキリコーナーだな。


 あれだよな。なんかドッキリって、やり過ぎると全然面白くないよな。観ていて不快になるのは嫌いだ。やっぱ、仕掛ける側だけじゃなくさ、仕掛けられる側も楽しめるやつじゃないとね。まあでも、どんなやつでも面白いからつい観ちゃうんだけどね。他人の不幸は蜜の味ってやつ? 少し違うかな。


 俺はそんなことを思いながらも、テレビには見向きもせず黙々と年賀状の整理をしていた。


 え、観ないならなんでつけてるのかって? そりゃ、一人が寂しいからだよ!


 今年来た年賀状は、全部で五枚。小学生の頃からの親友から一枚と、高校時代の後輩から二枚。そして今俺が在学中の大学の友人から二枚だ。正直、これが少ないのかが分からない。親とかには結構来てるんだよな。百枚くらい。それに比べて、俺。俺は基本出されたら出し返すスタンスなんだが、他の人はどうなんだろうか。


 まあ、ね。最近の若者はあれでしょ? メールとかL○NEで済ましてしまうんですよね? 楽だし簡単だしお手軽だし。そうだ。そうに違いないよね。


 と言う俺のスマホの、あけおメールの件数は一件。それも妹からだ。これは、悲しむべきなのかどうなのか。いや、貰えることは素直に嬉しいんですぜ? でも、なんかあの、小学生の頃に友達同士で『お年玉いくら貰った?』ってお互いの金額を教え合っているときに、『僕5万!』とか『私4万!』とか言ってるなかで『.....俺、一万』って言うときぐらいの敗北感が、地味にダメージなんだよな。それと同じ感覚を、年賀状の枚数でも受けてしまう。


 まあ、年賀状を送ってくれる友人が、多ければ良いってもんじゃないことは分かってる。俺は俺なりに、この年賀状を送ってくれる数少ない友人達を、大切にしていけばいいのさ。と一人カッコつけてみる。まあ、実際そうであると俺は思ってる。



 それにしても、と向かいの壁に掛けてある時計を見る。家族が出ていって一時間が経過した。遅いな、と思う。家族が向かったのは、ここから片道歩いて十分の近所の神社だ。往復でも二十分。既に三倍の時間が掛かっている。四十分も滞在するにはあの神社は小さ過ぎると思う。何かあったのかな。まあ、近所だからお隣さんとかと話し込んでいる可能性はある。


 俺は少し心配になったので、一応様子を見てこようと炬燵から出て立ち上がった。この時、餅を咀嚼しながらだったのがいけなかったのだが、それに気付くことは残念ながら出来なかった。


 そして、厚手のジャンパーを羽織り、そのまま一階へ階段を降りようとしたその時、運悪く足を踏み外してしまった。


 「うお!?」


 一瞬の浮遊感の後、ガタガタガタっと階段を転げ落ちる俺。ぐるぐると回転を続ける見慣れた景色。そして、そのまま俺の身体は踊り場の壁に、ドンっと大きな音をたててぶつかり止まる。その間二秒弱。あっという間の出来事だ。しかし、その短い間に起きた出来事と、たった一つの不注意が、今後の俺の運命を残酷な結末へと導いていく。


 普段なら、これだけで済んでいたのだろう。最悪打撲や骨折、ただの大怪我で済んでいたかもしれなかったのだ。しかし、この時運悪く、俺の口の中には食べ掛けの餅が入っていた。


 身体中が痛んで、上手く動けない。それに息が出来ない。軽くパニックに陥りかけながらも、必死に頭を回転させれば、その原因に心当たりがあった。


 餅だ、と。


 恐らく、壁にぶつかった衝撃で喉に餅が詰まってしまったのだろう。苦しい。


 食べ物を口に入れてウロウロするな、とは小さい頃に散々言われていた言葉だった。このような状況を想定していたとは思えないが、その忠告を守ってさえいれば、今俺が酸欠で苦しんでいる現状は避けられた筈だった。


 ちくしょう。


 今更悔やんでも、もう遅い。確実に″終わり″は近付いてきているのだから。



 二つのダメージに、急速に意識が遠退いていく。


 ああ、これはマジでヤバイやつかも知れない。死ぬかも知れないな。


 死。その言葉が脳裏を過ったとき、身体中に悪寒が走る。


 それだけは嫌だ。


 俺は意識あるうちに、何とか声を出して助けを呼ぼうとしたが、声は掠れて自分の耳にも届かない。ただ残された力を消費しただけの、無駄な努力だった。寧ろ、只でさえ短い残された時間を、更に短くしただけだ。


 これはもう手遅れだ。俺は悟る。ならばせめて、届かなくても、大切な者達に別れだけでも告げたかった。


 だから俺は、心の中で呟く。


 ごめん、父さん、母さん、(さくら)、ありがとう そして、さよならだ


 と。


 出来れば届いてほしいなあ、と思う俺の頬には一筋の涙がツラリ。



 それが、最後の力を振り絞った結果だったのか、全身からフッと力が抜ける。文字通り、もう力尽きる寸前だ。





 そして暫く、苦痛と確実に迫ってきているであろう死の恐怖に、身体も精神も蝕まれるだけの時間が続いて




 俺の意識は霞んで消えた。


 


 




お読み頂きありがとうございます。


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