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暁に響く雷電 白夜の章 【一ノ二】

聖アルフ歴1887年


 白夜が少女と初めて接触した日の夜、白夜は町はずれで定期連絡を行うために、隠密としての装備である白銀の軽鎧を纏った状態で、伝令役の螺旋を待っていた。


「そろそろ時間だが、螺旋の奴はまだ来ないのか……」


 西洋からの輸入品である懐中時計で時間を眺めている白髪の隠密は、川に掛っている橋の手すりに体を預けたまま少し苛立った様子でそう口にする。


「隠密になってからは遅刻癖も治ったとばかり思っていたが……」


「俺ならお前が来る十分も前からにここにいたが」


 川の向こう岸に一本だけ立っている木から声がしたことに驚いた白夜は、背中の忍者刀に手を伸ばしながら木から離れた。すると、木の表面から能面のような面で顔を隠した隠密が浮き出てくる。


「何で木表隠れの隠行術を使って隠れていた?」


 木から聞こえた声の小隊に築いた白夜は、クナイ片付けながらそう言った。


「この辺りを嗅ぎまわっている鼠がいたからな。姿を隠していた」


 当たりを見渡しながら能面のような仮面を付けた隠密がそう言うと、橋の下で金属でできた何かを落としたような音がする。


「そこか!」


 螺旋は、先ほどまで持ってなかった筈の手裏剣を物音がした方向に投げつけた。


「ヒィ!」


 すると悲鳴のような声と同時に、手裏剣が地面に刺さったような小さいながらも何処か鋭い音がする。手裏剣を投げつけた張本人でもある螺旋は、そのまま端から飛び降りた。


「……どうやら衣服を上手い具合に地面にうまく縫い付けたらしいな」


 橋の下に躍り出た螺旋が手裏剣が刺さっているであろう場所を見てそう口にする。僅かに遅れて後を追った白夜が橋から降りて奥を見てみると、そこにはボロ布で出来た袴を手裏剣で縫い付けられて動けなくなっている男が倒れていた。


「やはりシン国の回し者がここに来ていたか。」


 男の足元に転がっているシン国の工作員の下っ端が使う粗悪な柳葉刀に目を向けた螺旋は淡々とそう言うと、そのまま腰が抜けたのか動かないでいる男の頭部を鷲掴みにする。

 

「情報を少しもらっておくか。陰気、我が敵の心を読みほどく。陰行、思考回想」


 螺旋が陰の力を込められた術式で、スパイと思われる男の記憶を読み取った。


「だめか。こいつも書類か何かで指示を受けているだけで、直接上司に合ったことが有るわけではないか」


 忌々しいとでも言いたげな様子で螺旋はそう吐き捨てる。それまでの流れを見ていた白夜は、短い黒髪の隠密に声を掛けた。


「お前、随分対人戦闘に慣れたな。尋問の真似まで出来るようになっていたのか」


 白夜からの指摘を受けた螺旋は、一瞬ためらうように黙った後に淡々と答える。


「そうだな。この手の連中の無力化や事後処理全般はもう慣れて当たり前なぐらいこなしたさ」


「本来の連絡内容は二つ有ったんだが、一つ目はこいつらのような内通者に関係することだ。やはりシン国の工作員が複数人第二地区に潜入した痕跡が発見されている」


 螺旋はそう言うと、懐から巻物を取り出してから続けた。


「もう一つの連絡事項はこの巻物に記録されている。俺独自の調査だが、この第二地区の隠密の中に内通者が恐らく居る」


 螺旋の言葉を受けた白夜は、目を見張りながら口を開く。


「裏切り者が隠密の中に居るのか!?」


「別に珍しいことじゃないさ。大狂騒以前の大和皇国に巣くっていたシン国の域が買った連中が100年近く行っていた工作の影響は今も根深い。あの国を地上の楽園だなんて本気で考える馬鹿が出てきてもおかしくは無いさ」


 螺旋は何処か憤りの籠った口調で続けた。


「そう言う手合いは今まで何度か見てきたし始末もした。あの国に感化されているような連中には全うな議論は不可能だ」


 螺旋は、普段とは違う怒りと侮蔑が混じった口調でそう口にする。その言葉を聞いた白髪の隠密は話の流れとは不釣り合いな言葉を口にする。


「やっぱり根は変わらないようだな。安心したよ」


 白夜の言葉を受けた黒髪の隠密は、我に返ったように淡々と答えた。


「俺はただ、裏切りや勝手な都合で平気で自分の立場や主張を平気で変えるような奴が嫌いなだけさ」


 黒髪の隠密は複雑な様子でそう言うと、背中を向けて去ろうとする。そして、橋から去ろうとした直前に僅かに顔を振り向き口を開いた。


「今回の任務は恐らく対人戦も想定できる。お前も気を付けろよ」


 それだけ言った濃紺の衣を纏った隠密は、そのまま転移術式でその場から消え去ったのである。それを見届けた白髪の隠密は、そのまま潜入先である村へと向かった。



 それからも伊織と白夜は何度も会話をした。村唯一の学校から伊織が帰ってから、二人はほぼ毎日会話をしていた。


「あの、お兄さんの中には何かがいるんですか?」


 自らの触れられたくない部分を10代半ばの少女に指摘された白夜は、頭に浮かんだ嫌な光景を無理に抑えつけながら口を開く。


「伊織ちゃん。人には触れちゃいけない部分っていう物もあるんだよ」


 白夜の言葉を受けた少女は、慌てた様子で答えた。


「ごめんなさい。嫌なこと言ってしまったみたいですね」


 申し訳なさそうに頭を下げる伊織の姿を見た白夜は気まずそうに口を開く。


「いいよ。俺も少し過剰に反応し過ぎた」


(我ながら語気が荒くなったな)


白夜も少し後ろめたく感じていると、伊織は自分のことについて話し始めた。


「私、小さい頃から人の心の中や、人の内側に潜んでいるうまく言葉に出来ない何かを知覚できるんです。それだけじゃなくて、絶対に当たるわけじゃないけど、次の日に何が起きるかが分かったりもするんです」


「本当は、このことを一度母に話したら他の人には言っちゃいけないって言われたんですけど……」


 白夜は伊織の話したことに目を見張る。少女が話した内容は、任務を受ける際に説明をある程度受けていた少女の持つ特異な能力と同じものだった。


「何故俺に話した?」


(任務で聞いていた【心を読む】力と【予知夢】の力か)


 白夜は純粋な疑問を少女にぶつける。なぜあら自分自身も人から疎まれる力を持ち合わせている彼にとって、他者にはない力を平然と話す少女のことが理解できなかったからである。


「お兄さんは信頼できるからです。心の奥底に居る何かは無気味だけど、お兄さんの心はとっても温かいように感じたから」


 少女の言葉を受けた白夜は複雑な様子で口を開く。


「信頼か……俺も高く買われているようだな」


 複雑そうにそう言った白夜は、かつての自分の嫌な思い出を思い出したかのように尋ねた。


「学校で孤立したりはしないか? 特別な力を持てばそういうことも多くなるだろう」


 白夜の問いかけに、伊織は首を横に振ってから口を開く。その様子は何処か達観したようにも見える物であった。


「大丈夫です。私が生まれつき持っている能力は上手く隠せてますから」


「こんな風に心配してくれるのは、ひょっとしてお兄さんもそういう経験があったんですか?」


 伊織の問いに対して苦笑いしながら白夜は答える。


「ああ。嫌な思いは何度かしたな。でも友達は居たからあまり気にはしていないよ」


「そろそろ伊織も家に戻った方がいいぞ。お母さんもあまり遅いと心配するぞ」


「そうですね。いつも話し相手になってくれてありがとうございます。最初は私が色々この村の事を教えてあげようとしてたのに、今ではすっかり私が逆に助けられてますね」


 少女は、寂しさと嬉しさが混ざったような笑みながらそう言ってそのまま家の方へと歩いて行った。



 少女の特別な力を体感したその日の晩、白夜は以前螺旋から渡された内通者に関する情報が記された巻物を、白夜のバックアップを目的としている木猿とともに眺めていた。


「やはり第二地区の中忍が不審な連中と何度も接触していたのか」


 白夜は淡々と巻物に記されている、内通者の可能性がある一人の隠密の経歴と、かなり細かく記されているここ数か月の不審な行動について目を通していく。


「凄いですね。まさか怪しい人物の目星を付けているなんて。これ全部螺旋先輩一人で調べたんですよね……」


 巻物に記された詳細な内容について、木猿はただ驚嘆するようにそう呟いた。


「あいつは空間転移術式だけが全てじゃない。元々隠行術や火と木の五行属性と陰行を得意としている。おまけに土行の術式も多少は使える。加えて、この辺りの術式を応用した戦闘術も大したものだ」


 白夜は螺旋が単独で調べたであろう巻物の詳細な内容に驚いている木猿に対して、螺旋自身の才能を一通り上げる形で追加の解説を行う。


「なるほど、何処からともなく暗器を無数に呼び出していたのは金行の術式で武器を作っていたんじゃなくて、転移術式をあらかじめ施した武具を何処かから逆寄せしていたんですね。金行使いでもないのにあんなにたくさんの暗器や武具を同時に扱えるわけだ」


 木猿は、螺旋の戦闘スタイルを冷静に分析するようにそう言った。その顔と口調からは白夜や螺旋とは何処か違うより完成された隠密特有の冷徹さが見受けられた。


「まぁそうなるか。ただ、巻物の最後に書かれている情報の通りなら、シン国の工作員が今回の一件の為だけに少なくとも6人は潜入している可能性も考えられる」


 白夜の言葉を受けた木猿は、冷静に答える。


「そうですね。今からじゃ補充要因を第五地区から派遣することは困難でしょうし、第二地区の隠密の中の裏切り者が、この巻物にまとめられているだけだとは限らないとなれば、僕らだけで対処せざるを得ないですね」


「後ろを取られる可能性も考えればそれが賢明か。戦力は俺を含めて三人でも何とか対処可能だろう」


 白夜が冷静にそう言うと、木猿が何かを思いついたように口を開いた。


「なら、最終日に先輩たちが橋で落ち合うときには、僕がこの村を監視しておきますね。万が一先輩たちがいない時に村を襲撃された場合に対応が出来ませんからね」


 木猿の申し出を受けた白夜は、思わぬ申し出に目を見張らせながら答える。


「済まない。正直村長との交渉で村に損害は出すなと注文されていたから、かなり助かる」


「いいいえ。ただ、螺旋先輩には伝えなくて大丈夫ですか?」


 木猿がふと気になったことを尋ねると、白夜は冷静に答えた。


「そこなら問題ない、中央大陸から取り寄せた連絡用のマジックアイテムで事前に伝えておく」


「そうですか。なら問題は無いですね」


 そう言った木猿は、周辺の気配を探った後に続ける。


「それでは、僕はこれで失礼します。最終日には再度この村に来ますから」


 それだけ言った猿の面を付けた隠密は、そのまま部屋の窓から飛び出していった。



 そして、時間は任務最終日の夜に戻る。


 先程よりも弱まった雨の音だけが響く夜の中、ふと二か月の村での潜入生活を思い返していた白夜は、隠密としての任務に頭を切り替えた。


(確か螺旋と、第二地区の中忍との待ち合わせ場所が村はずれの川に掛っている橋だったな。村の近くで既に待機している木猿と合流して明日には彼女たちに直接事情を説明して連れ出せば任務完了か)


 事前に村との交渉も終えた白夜は、村の出口から出ようする。


「あの、お兄さん」


 隠密としての装備をしている白夜に、なぜか傘をさして村の入り口で待ち構えていた伊織が話しかけてきた。


「伊織、何でこんな遅い時間にここに居る」


 白夜は隠密の上忍としての冷静さを保つことを意識しながら口を開く。すると、伊織は真剣な表情で答えた。


「お兄さん。今から向かう場所に仲間が居るんですよね?」


「ああ。だが、なぜお前がそれを知っている」


 狐の仮面で表情の見えない白夜は、冷淡な口調でそう言ったが、伊織は真剣な口調で続ける


「お兄さんの仲間が三人ぐらいの男の人に殺される夢を見たんです。今なら間に合うと思って」


 少女の言葉を受けた白夜は一瞬驚いたが、すぐに少女が生まれ持っている【予知夢】を思い出し、頭を戦闘向けに切り替える。その眼は赤く輝いていた。


「ありがとう伊織」


 一言だけそう言った白髪の隠密は、肉体を活性化させる術式を練る。


「雷気、木気より変じ、我が身を循環し、天に轟く雷の如き速さを生む。雷行、雷迅・飯綱」


 自らの肉体に雷の衣を循環させ反応速度と身体能力を強化した白夜はそのまま大地を蹴った。



                           続く


 お久しぶりですドルジです。

 今回はリアルでもいろいろあって遅くなってしまいました。大変申し訳ありません。

 今回は物語における変化への繋ぎに相当する話になります。

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