修羅の世界 螺旋の章 【一ノ五】
聖アルフ歴1887年
「これが大陸遠征任務に就いて最初に俺が行った任務だ。簡単に言えばロマシア旧皇帝派の生き残りを始末するだけの簡単な仕事だ」
螺旋は、他愛のない世間話でもしたかのようにそう言うと、夜の空に浮かぶ月を眺める。
「中忍に昇格してすぐにそんな任務を請け負ってお前は平気だったのか?」
螺旋の大陸遠征任務中に行った初任務の内容を聞いた白夜は、困惑するようにそう尋ねた。
「一度こなせば慣れる。大体、今の人が増えすぎた世の中じゃもう何人手にかけても、代わりになり得る別の人間が現れる始末だ」
黒髪の隠密は淡々とそう言うと、近くに置かれていた麦茶を飲みながそのまま続ける。
「それ以降の約五か月は大した任務は無かった。滞在先の兵士の代わりに夜中の街を監視して、無法者を捕えたりした程度だ。相手は明日の食い物にも困る浮浪者ばかりだった」
「次の日に自らが生きるための糧を手に入れようとする必死になっている相手を捕まえるだけだったのさ。そのために他人から糧を奪っても構わないわけじゃないがな」
短い黒髪の男は、しばらく考え込むように黙り込むと、再度口を開いた。その口調は先ほどまでの淡々としたものとは少し違う何処か憤りが混じったものであった。
「そうだな。お前が思ったように、俺は平気じゃなかった。内心この世界そのものに絶望した。この世界に俺が子供のころから夢見ていた誰もが幸福な世界なんて無いんだと思い知らされた」
螺旋は淡々と自らの心の片隅にずっと潜んでいた心の闇を吐き出すようにそう言った。その様子を見ていた白髪の男は、重々しく口を開いた。
「お前は、もう国にも、この世界そのものにも何も期待していないのか? さっきお前に遠征任務について話させたのは俺だから、あまり偉そうなことは言えないが……」
「それは一応は違う。あいつが、綾香が生きていた時に言っていた【この世界は綺麗だ。仲睦まじい親子や自然に囲まれた山を見ていれば分かる】って言葉を、俺はやはり捨てきれていないんだ」
先ほどまでのこの世に希望を見いだせないとでも言うような口ぶりだった螺旋が、四年前に死んだ少女が生前に述べていた言葉を口にしたことに白夜は驚いた。
「俺は結局諦めきれない半端者だということさ。国外遠征任務で初めて非武装民を口封じのために始末した時にこの世界は醜いと思ったのと同時に、綾香の言っていた思いまで否定したくないって思ったんだ」
螺旋は、先ほどまでの淡々とした無機質な物とも、憤りが混じったものとも違う、強迫観念に突き動かされているかのような口調で続ける。
「だからこそ、隠密として俺は敵対者は速やかに切り捨てることで、残りの味方を助けるってことしか出来なかった。善悪に関係なくな。それによって救われている命もあると思っていないと、アイツの居ない世界で生きていくのは正直辛い」
螺旋が自分を嘲笑うようにそう言うと、話を聞いていた白夜は、とても気まずそうに口を開いた。
「その、謝って済むもんじゃないが、無神経なことを聞いて済まなかった。そんなことが有ったとは俺も知らなかった」
白髪の男がそう言うと、螺旋は淡々と答える。
「お前が後ろめたく思う必要はない。俺は何だかんだで後悔はしていない。俺は今まで歩んできた道を途中で止めることの方が正直もっと怖い」
螺旋は、一度きっぱりそう言うと、遠くを眺めるような口調で続けた。
「最も、人は繰り返すものだ。実際それ以降に何度か請け負った国外遠征任務でも、自分の利益を守るために他者を蹴落とそうとする連中を何度も見た。まぁそんなものさ」
「だから、俺は今後もただ隠密としての任務を淡々としかし確実にこなし続けるしか出来ないのさ。お前の一族のような特別な適正とは少し違う適性が俺には有るってことだろう」
螺旋がそう言うと、白夜は複雑そうな様子で口を開く。
「そうか。お前が気にしてないのなら良いのだが……」
白夜がそう言うと、螺旋は仕切り直すように、話の内容を先ほどまで話してい任務についての話に変えた。
「それよりも、次の任務だ。次はお前が主体となって動く人材確保を想定した潜入任務だろう?」
螺旋がそう尋ねると、白夜は目を見開きながら答える。
「その通りだ。何故分かった?」
「直感だ」
螺旋はそう言うと、窓から空を眺め始めた。
(綾香。多分俺はそっちに行くのは当分先になりそうだ。最も、仮に天国と地獄が有るならば死んでも俺は地獄行きだろうがな)
螺旋は、自らが隠密として行ってきた汚れ仕事を思い返しながら、そう心の中で思った。
(だが、俺が今までたどった道を無かった事にだけは出来ない。例え俺のエゴだとしても)
次章へ
こんばんわドルジです。
この更新で螺旋の章その1は終了です。彼は戦闘力は血筋相応に高いですが、心は弱く、頑なに昔からこだわり続けている心の中での最後の一線を守り通そうとしている人物です。
そんな彼にとっては、後に詳細を書くこととなる幼い日に夢見た理想を守ることが最期の支えに近いです。
次は白夜を主軸としたお話になります。