修羅の世界 螺旋の章 【一ノ四】
聖アルフ歴1883年
破城土壌鎚によって砕かれた部屋の門へと三人の隠密が入ると、部屋の奥から氷で出来た槍が三人に目掛けて飛び掛かってきた。
「いきなりかよ!」
猫の面を付けた隠密は、悪態を突きながら氷の槍を回避すると、仲間たちの方へと目を向ける。
「隊長。そっちは無事ですか!?」
「こっちは大丈夫だ」
犬の面を付けた隠密がそう答えると、先ほど氷の槍が飛んできた方向から若い女の声がした。
「やはり今の魔術は避けましたか」
三人が声のした方向を見ると、貴族が切るような豪華なローブを纏い、魔術師が好んで使う魔力を増幅する杖を手に持った若い女が立っている。
「私を慕ってくださった使用人や兵士を一方的に蹂躙したあなたたちには、此処で死んでもらいますわ」
貴族用のローブを纏った女魔導師の言葉に対して、犬の面を付けた中忍は腰からクナイを取り出しながら答えた。
「確かに非武装の一般人まで始末したことに関しては心苦しいが、生憎我らにも為さねばならないことがある」
犬の面を付けた隠密の言葉に対して、女魔導師は杖を翻し魔術術式を練り上げることによって答える。女魔導師の顔には今にも湧き出そうな怒りが秘められていた。
「殺された罪の無い使用人たちの苦しみを味わいなさい。四大元素の氷、我が敵軍を射抜く無数の弓と成れ」
杖を媒介に魔術式が練り上げられると、氷で作られた巨大な矢が複数生成される。
「不味いな、土気、外敵を塞き止める強固な壁と成る。土行、土壌剛壁」
犬の面を付けた隠密は、敵の女魔導師が作り上げた氷の矢に対応するために通常よりも強固な土壌壁を作り上げた。
「その盾だけで私の氷の魔弾の斉射を防ぎ切れると思わないでくださいまし。一捻りで黙らせて差し上げますわ」
怒気の混ざった口調で女魔導師がそう言った次の瞬間には、空中に浮遊していた氷の矢が一斉に隠密たちが隠れている土壌壁へと斉射される。
複数の氷の矢に土壌壁が徐々に削られていくのを見た猫の面を付けた隠密は咄嗟に補助術式を練り始めた。
「金気、土塊を鉄へと変化させる。金行、鉄鋼変化」
猫の面を付けた隠密は土生金の法則に従い、傷だらけになっていた土壌剛壁を、より強固な鉄の壁へと変化させる。
「防ぎ切った!?」
女魔導師は鉄の壁に変化した土壌壁によって自らの氷の矢が防ぎ切られたことに驚愕した。
「素人同然の反応だ。水気、我が敵を打ちのめす猛き激流とならん。水行、激流水波」
女魔導師が自らの魔弾を防ぎ切られたことに驚いている隙を突くように、翁の面を付けた隠密は金生水の法則に基づいて強化された、強力な激流を作り出す術式を練り上げた。
「お前たち、助かった」
犬の面を付けた隠密は、自らの補助と敵への反撃を行った部下にそう言うと、二人は臨戦対背のまま答える。
「隊長。今はこのまま木行を頼みます。俺は万が一討ち洩らした時に備えます。武装封印術・解」
翁の面を付けた隠密は冷淡な口調でそう答えると、巻物に封印されていた鎖鎌を解放し構えた。
「まぁ。隊長の水生木と、俺の木生火で一気に終わらせましょうよ」
猫の面を付けた隠密はヘラヘラした口調でそう言いながらも、敵を見据えながらそう答える。
犬の面を付けた隠密は、部下の心強い言葉に答えるように術式を練り上げた。
「ああ。木気、連なり、敵対者を捕える腕と成らん、木行、多重木椀」
水生木の法則によって強化された、通常の十数倍におよぶ数の木椀が女魔導師を襲う。
「舐めないで。四大元素の氷、樹木を凍てつかせる」
女魔導師がそう詠唱すると、次の瞬間には樹木は凍り付き、それ以上成長しなくなった。
「砕けなさい!」
女魔導師がそう言いながら杖を振るうと、凍り付いた多重木椀はそのまま砕け散った。
「あの女思ったより出来るなぁ。火行、我が敵を燃やし尽くす壁と成らん。火行、紅蓮壁」
多重木椀を相殺されたことを確認した瞬間、猫の面を付けた隠密は素早く炎の壁を作り出す術式を練り上げる。
「その程度の出力では、私と魔術戦をするには足りませんわよ。四大元素の氷、我が敵を凍てつかせる怒涛の嵐と成る」
杖を前に掲げなら女魔術師がそう言うと、紅蓮壁よりもはるかに高出力の吹雪と呼ぶにふさわしい高出力の冷気を発生させた。
「まずい。紅蓮壁じゃ出力不足だ」
猫の面を付けた隠密は悪態を突きながら、自らの術式を打ち破り迫ろうとする冷気の嵐を睨む。
今にも冷気の嵐が三人の隠密を飲み込もうした次の瞬間、冷気の嵐と隠密たちの間に一本のクナイが割り込み、そのまま冷気の嵐は突然消え去った。
「敵の魔術がいきなり消えた?」
翁の面を付けた隠密がそう言った次の瞬間、高出力の冷気で凍り付いたクナイの落ちている場所に帰り血まみれの面を付けた四人目の隠密が突如現れる。
「間に合ったか」
血塗れの仮面を付けた螺旋は、味方を見てそう言うと懐からクナイを新たに取り出して構えた。
「何者ですの!?」
「この廃墟に結界を貼った暗殺者の仲間だ。お前達旧皇帝派の残党には武装の有無関係なく全員死んで貰う」
螺旋が淡々とそう言うと、犬の面を付けた隠密が慌てた様子で脳天の模様以外無機質な面を付けた中忍に話しかける。
「お前。どうしてそのことを!?」
犬の面を付けた隠密に問いかけられた螺旋は、淡々と答えた。
「此処に向かう途中にも何人か始末しただけだ。最初は武装した兵士が相手だったが、この部屋に突入する直前に始末したのは俺よりも年下のガキだった」
返り血を浴びた面を付けた隠密が淡々と話していると、先ほど以上の強い感情を秘めたような口調で女魔導師が口を開く。
「今あなたが言った【年下のガキ】と言うのは……!」
怒りで顔を歪ませた女魔導師はそれだけ言うと、そのまま杖を振るい再度魔術式を構築した。
「四大元素の氷、我が敵を切り裂く冷気の剣と成る」
女魔導師が怒りに駆られたまま杖を振るい、魔術で作り出した強大な氷の剣を螺旋に向けて放つ。
それを見た螺旋は、足元に転がっていた凍り付いた転移術式のマーキングが施されているクナイを氷の剣へと向けて蹴り飛ばした。
「短剣一本でこの魔術を防げると思っているのかしら?」
女魔導師は嘲笑うようにそう言う。しかしクナイと氷の剣が衝突した次の瞬間には【クナイと氷の剣】の両方が消えうせていた。
「おいおい。さっきからどうなってだよ」
後ろで隙を伺うように金行で作った刀を構える猫の面を付けた隠密がそう言うと、翁の面を付けた猫の面を付けた隠密と同期の中忍が補足するように口を開く。
「おそらくさっき俺たちを助けたのも、今の氷の剣を消し去ったのも以前から噂されている【陰行、転移・飛天車】の効果だろう」
翁の面を付けている隠密が、後の第五地区担当影である紅から螺旋が伝授された術式の解説を続ける最中にも戦闘は続いていた。
女魔導師はもはや螺旋以外は眼中にないのか、彼一人に対してのみ攻撃を続け、螺旋は犬の面を付けた隠密の援護を受けながら転移を行う必要の無い攻撃を最低限の動作で回避し続けていた。
「事前にマーキングを行った場所に術者が転移出来ると聞いているが、そもそもこの術式は百年近く前の大狂騒直後に作られた習得者の少ない法術だ。あれがどれほどの術かは俺にも分からん」
女魔導師が、広範囲をカバーできる冷気の術式を放つと、犬の面を付けた隠密が作った土行の防壁に螺旋は身を隠し、ほとんど攻撃されていない犬の面付けた隠密は、咄嗟に手裏剣を数本ほど投げつける。
「さっき行ったのは、恐らく二回とも事前にマーキングした場所に敵の攻撃を飛ばしたんだろう。二回目の時には恐らく細かい加減をする魔力を惜しんでマーキング済みのクナイごと飛ばしたんじゃないかと俺は思う」
焦った女魔導師の放った強大な氷塊を大きく後退することによって回避した螺旋は、敵の魔力を察知できる方向へと、六本の転移術式のマーキングが施されたクナイを一斉に投げつけた。
「説明は此処までだ。幾ら隊長の援護が有っても螺旋の体力と魔力が切れるのも時間の問題だ。そろそろ俺たちも動くぞ。」
翁の面を付けた中忍がそう言うと、先ほど巻物から解放した鎖鎌を手に持ったまま、前線へと向かう。
「まぁ。そうなるかぁ」
猫の面を付けた隠密は気怠そうに手に持った金行の刀を構えて翁の面を付けた隠密の後を追った。
「これで終わらせる」
六本のクナイを敵が回避したことを確認した螺旋は、短刀を
手に敵の女魔導師に突撃する。
「気が狂ったの? 前から直進するなんて死にたいようですわね」
女魔導師は先程までとは違い、冷静に無詠唱で小型の氷の塊を作り出して、螺旋に向けて放った。
しかし、氷の塊が正面から突撃してくる螺旋に当たろうとした次の瞬間、返り血と脳天の模様以外何も描かれていない面を付けた隠密の姿が消える。
「何処に行ったの!? まさか転移術式なんて高等魔術を忍者が習得しているなんて言うの!?」
慌てた様子で後ろを振り向いた女魔導師は、自らの首に短刀を突き刺そうとする隠密の姿が存在した。返り血を浴びた仮面も相まってその姿はあまりにも無気味な物である。
「ヒィ!」
今までほとんど動くことなく魔術を撃つだけだった女魔導師は、遂に杖を投げ捨て悲鳴を上げながら這うように逃げようとした。
しかし、這うように逃げる女魔導師を翁の面を付けた中忍が鎖鎌の反対側に付いている鎖分銅を利用して捉える。
「木気、敵対者を捕える腕と成らん。木行、木椀」
犬の面を付けた隠密は、鎖で拘束された女魔導師をさらに木行の腕で二重に拘束した。
「殺す! お前だけは私の手で絶対殺す!」
杖も無く抵抗することも出来ない女魔導師は、怨敵を罵倒するようにそう口走る。
「そうか。敵に恨まれるなら上等だ。今後の俺にとってもな」
螺旋は素早く、鎖分銅と木椀に拘束された女魔導師に近づくと、そのまま短刀を振りかぶった。
「何で? 私や使用人たちが何をしたというの? 彼らはただ私やお父様たちを信じて着いて来てくれただけなのに!」
「私が旧ロマシア皇帝派貴族の血を引いているのが悪いの!? 何でそれだけの理由で、こんな未開の地で処刑されないといけないの!」
女魔導師は、自らに降りかかる理不尽な出来事と巡り合せを嘆くようにそう叫ぶ。
「甘えるな。そもそもこの世界そのものが理不尽なものだ」
「今までこの世界で起きてきた二度の大戦は魔族との戦いだったり、人間同士に利権争いだったりしてきたが、簡単に言えば、勝者が敗者を蹂躙するだけのことだ。今も昔もな」
無機質ながらも何処か憤りも混じった口調で螺旋は短刀を掲げたまま続けた。
「お前は旧皇帝派の貴族だったんだろう? ならばお前を区分するならば間違いなく敗者だ。実際、ロマシアにお前の居場所は無いだろう?」
「だから俺は、俺の守りたいものを敗者にしないためにお前たちのような足手まといや、敵対者は全て排除する。後にどれほどの罪人になろうとな」
螺旋がそう言うと、口を塞がれてはいなかった女魔導師は目を見開きながら口を開いた。目は血走りもはや正気を保ってはいないことは明らかである。
「呪ってやる! この世界もお前も全部呪ってやる! 私の家族と居場所を奪った全てを呪って――」
女魔導師の呪詛の言葉を遮るように、螺旋は短刀を首に突き立てた。
「お前も自分の身内の為なら人殺しぐらい出来るだろう。だから人から争いは無くならないのさ」
続く
こんばんわドルジです。
今回は少し長くなりました。簡単に内容をかみ砕くと、やっと見つけた居場所を潰された上に、家族同然だった使用人たちまで殺された亡命没落貴族をいかにして任務に則り始末するかという話です。
政変で国を追われた彼女に同情する方が多いでしょうが、実際に彼女のような境遇の人間を全て助けようとするのは物理的に不可能です。
現実でも世界は残酷です。人は所詮自分の意見や待遇のためなら平気で裏切ったり、一方的に罵倒してきます。それを最近ひどく痛感したことも今となってはこの小説を書くのにあたって参考にはなりました。正直授業料は高かったですが。




