聖域監視任務 木猿の章 【二ノ三】
聖アルフ歴1887年
五名の隠密は、翌日から任務に取り組んでいた。朝方から夕方までは、神社の関係者が監視を行い、夕方から朝までが隠密の主だった監視時間である。
「今日から任務開始だか、何もなければいいのだがな」
神社から山奥に続く道の入り口に立っていた三味線丸は、空に浮かんだ月を眺めながら、そう呟いた。
その傍らでは、熊丸が気だるそうに立っている。
刈り上げ頭の中忍がやる気の感じられない様子で、立ち尽くしていると、猫の面を付けた隠密が彼に声を掛けた。
「今回の任務は、比較的危険度が低いが油断はしないようにな」
三味線丸がそう言うと、熊丸はぶっきらぼうな口調で答える。
「分かったよ。だったら俺は神社の外を見回ってくる」
そう言った熊丸は、肩に得物を担ぎながら神社の入り口に向かって歩いていった。
その頃、神社の入り口に若い二人組の影が在る。二人は腰に市販されている粗悪品の刀を差していた
「やっぱり帰ろうよ。奥に見張りもいるみたいだし」
少し小柄な少年がそう言うと、大柄な少年は苛立ちが混じった口調で答える。
「うるせぇな。どうせ大人が、勝手にビビってるだけで大したことないんだからな」
大柄な少年はそう言うと、神社に向かうための階段に足を踏み入れようとした。
「もういい。俺だけでも行くからな。お前は帰ってろ」
そう言いながら大柄な少年が神社に向かっていこうとすると、大人しそうな少年は慌てて彼に駆け寄る。
「駄目だよ。危ないよ」
二人が言い合っていると、前から熊の面を付けて鉞を担いだ男性が階段を降りて来た。
「あっ? ガキがこんな時間にどうした?」
熊の面を付けた男がそう訪ねると、小柄な少年が咄嗟に前に出ようとする。しかし、それよりも早く大柄な少年が口を開いた。
「俺はこの奥に用事があるんだ。この奥にある聖域なんか大したことないって馬鹿な大人たちに見せつけてやるんだ」
少年がそう言うと、熊の面を付け男は、親しげな口調で答える。
「なるほどな、分かるぜ。規則だ風習だと大人に縛られるのは腹立たしいよな」
親しげにそう言った面を付けた男は話を続けた。
「俺に付いて来い。上にいる奴に見つからないように案内してやる。こう見えても気配を消したりするのは得意なんだ」
面を付けた男が自慢気にそう言うと、二人はしばらく顔を見合わせた後に無言で頷く。
二人の少年は、熊の面を付けた男に案内されて木が生い茂る獣道を進む。
足を進めていると、小柄な少年が面を付けた男に尋ねた。
「あの……本当に見つからないんでしょうか?」
少年がそう尋ねると、男は機嫌の良い様子で答える。
「問題ねぇよ。能ある何とかは爪を隠すっていうだろ? 普段は手を抜いてるからな」
(くそ親父に無理矢理入れられた隠密からな。やる気なんか出るわけねぇだろ)
心の中でここには居ない誰かに悪態を突いた面を付けた男がそう答えると、今度はガタイの良い少年が彼に尋ねた。
「あのよぉ。さっきから気になっていたんだけど、さっき言ってた【分かるぜ】ってどういうことなんだ?」
少年がそう尋ねると、男は片手斧を持っていない手で頭を掻きながら答える。
「俺もガキだった時に、仕来たりがどうだって言われてたからな。大人に縛られるのはうんざりだからな。何が先祖代々の責務だ」
熊の面を付けた男がそう言うと、大柄な少年は目を輝かせながら答えた。
「分かるっす。俺もクソ親父と言い合いになって、それであのクソ親父や他の大人達の顔を潰してやろうと思ったんだ」
「だから、この聖域なんて呼ばれて大事にされてる所を暴けば、アイツ等の馬鹿げた掟も無くなるかもしれないって訳だよ」
大柄な少年がそう言うと、鉞を担いだ男は愉快な様子で、仮面の口元に手を当てる。端から見ていたもう一人の少年からも、彼が仮面の下で笑っていることが分かった。
そこから暫く進むと、山の雰囲気が急に冷たくなる。
「そろそろだな。聞き忘れてたんだけどこの先にいる奴に遭遇したらどうするつもりだ?」
熊の面を付けた男がそう尋ねると、大柄な少年は自信に満ちた口調で腰に差した刀を撫でながら答えた。
「もちろん退治するに決まってんじゃん。どうせ大人が勝手に有り難がってるだけの魔物だろ?」
大柄な少年が自信に満ちた口調でそう言うと、面を付けた男は顔を僅かに歪める。
(考え無しかよ!?)
隠密の男が困惑していると、山の奥から高密度の魔力が膨れ上がった。異常な魔力の増大を感知した三人は、山の奥に目を向ける。
「ちょっと待てよ! 何だこの魔力聞いてねぇよ!」
大柄な少年が唖然とした口調でそう言うと、熊の面を付けた男は咄嗟に二人の手を取った。
「何で!?」
小柄な少年が困惑した様子でそう言うと、鉞を担いだ男は焦りを隠せない口調で答える。
「馬鹿野郎、逃げるんだよ。あんな魔力を持った化け物、俺も勝てねえんだからな」
二人の手を取った熊丸は、心の中で自分に悪態を付きながら走り始めた。
(ちくしょう。やっちまった。よりにもよって本当に化け物級が居たのかよ)
同じ頃、神社の境内で監視を続けていた三味線丸は、異常な魔力が山奥の聖域から発せられたこてに気付いた。
(どういうことだ? この道は誰も通らなかったし、外は熊丸が監視しているはずだ)
思案しながら山奥に目を向けた中忍は、意を決したように山奥に続く道に向かって走り出したのである。
山道を走っていた三人は、整備された道にたどり着いた。
「ここまで来れば、後は山を下るだけだ。走るぞ」
熊丸がそう言うと、小柄な少年が顔を青くしながら叫ぶ。
「魔力の塊がすぐ近くまで来てるよ!?」
小柄な少年か叫んだ次の瞬間、木の間から毛むくじゃらの人のような何かが飛び出してきた。
「下がってろ!」
熊丸がそう叫ぶと、飛び出してきた何かに目掛けて鉞を薙ぎ払う。
鉞で弾き飛ばされた何かは、空中で体制を整えると、そのまま着地して三人に顔を向けた。
その姿は、猿の顔に狸の体、虎の手足に蛇そのものを尻尾とした伝承に出てくる鵺そのものである。
三人と目が合った鵺は重々しい口調で口を開いた。
「ここはワレの山。信仰無き者が足を踏み入れる資格は無し。その畏れ無き愚行、汝等の血肉と命で償うべし」
そう言った鵺は再度三人に目掛けて飛び掛かる。それに対応するように熊の面を付けた隠密は術式を練り上げた。
「土気、外敵を塞き止める壁と成る。土行、土壌壁」
術式によって作り出された土の壁が鵺を遮ったことを確認した熊丸は、二人の少年の手を取って山を下ろうとする。
しかし、鵺は全身から雷を放って土壌壁を破壊して三人に肉薄した。
(やべぇ)
熊丸は咄嗟に二人の少年を山を下る道に放り投げると、二人を庇うように一歩前に踏み込んだ。
続く
お久しぶりです。ドルジです。
また更新が遅くなってしまいました。申し訳ありません。




