第五地区軍事造船所護衛作戦 白夜の章 【二ノ四】
聖アルフ歴1887年
獅子の面を付けた隠密と深緑色の皮鎧を纏った男が対峙する。
不意打ちに近いタイミングでの攻撃を防がれた黒は、得物を構えたまま、相手の様子を伺った。
(あのタイミングでの一撃に対応できるだけは有るな。俺一人じゃまず勝てない相手だってことは、一撃交えただけでなんとなく分かった。けど……!)
敵の奇襲を退けた金髪の工作員は、双振りの短剣を構えながら相手を見据える。
(この獅子の面を付けた敵は、さっき戦った敵の部下と言った所だろう。こいつ一人なら十分対応可能だが、最初に放たれた矢を想定すると、間違いなく狙撃手が別にいる。用心しなければ)
対峙している二人は、しばらく互いを観察するように睨み合うと、どちらともなく、肉薄して得物を振りかざした。
旋棍と短剣が激突すると、皮鎧を纏った工作員の男が小さな声で呟く。
「……いずれにせよ。こちらもこれ以上時間を取られるわけにはいかない。このままケリを付けさせてもらうぞ」
金髪の工作員は、そう言うと、もう一方の短剣を黒に突き立てようとした。
しかし、それと同時に獅子の面を付けた隠密は後方へと下がる。それと同時に、先程と同じ方向から矢が工作員に襲いかかった。
「さっきの狙撃手か」
金髪の工作員は、矢が空気を切りさいて突き進む音を頼りに矢を回避する。矢を躱した工作員の男は、無詠唱で複数の炎の矢を練り上げると、獅子の面を付けた隠密に向けて放った。
獅子の面を付けた隠密は、トンファーで炎の矢を叩き落とす。そのまま、皮鎧を纏った工作員が矢を躱す際に生じた隙を狙うように、トンファーを振りかざした。
それを回避した工作員の男は、牽制するように短剣を薙ぐ様に振るうと、相手はトンファーで受け止める。
獅子の面を付けた隠密は、敵の放った一撃を防御すると、相手の出方を伺うように距離を取った。
(やっぱ、この程度の攻防じゃ大きな隙は見せないか。かなり強いな。しかも、俺がメインで使ってる雷行は、火にはあまり相性が良くない。俺一人ならまず時間稼ぎも難しいな)
黒が今までの攻防を通して、相手の技術は自分を上回っていることを再確認すると、得物を構える手に僅かながら今まで以上の力が入る。
対峙している金髪の男は、双振りの短剣を構えたまま敵を観察していると、先程と同様の方向から矢が三本飛んできた。
(無粋な)
金髪の工作員は慣れた様に矢を捉えると、無詠唱で炎を纏わせた短剣で矢を迎撃する。
慣れた様に矢を防いだ工作員の男は、流れるような動作で炎の矢を放つための術式を練り上げた。
「四大元素の赤、彼方の我が敵を焼き尽くす紅蓮の矢と成れ」
皮鎧を纏った工作員が術式を練り上げると、高出力の炎の矢が一時の方向へと放たれる。
その隙を狙うかのように、黒が敵の懐に潜り込んで連続で殴りかかろうとした。
しかし、工作員の男は、それすら考慮していたかのように、相手を迎撃するための土の杭を無詠唱で作り出したのである。
辛うじて、杭に突っ込まなかった黒は、杭の横から回り込もうとした。しかし、それまでも迎撃するかのように別の杭が再度形成される。
獅子の面を付けた隠密は、痺れを切らしたように、クナイを杭の隙間を縫うように投げつけた。しかし、隙間を縫うように投擲されたクナイは、簡単に回避された。
(気の早い相手だな。大体、あの状況だと弩の隙間から間接攻撃をしてくるのかも、容易に想定できる。弾速自体は早かったがな)
クナイまでも躱された黒は、今度こそ距離を取るために大きく下がる。それを見据えた皮鎧の男は、一時の方向に目を配りながら思案を続けた。
(狙撃は一時の方向からか。距離が少し離れすぎていてさっきの炎の矢は届いていないだろうが、方角さえ分かっていれば回避するのは難しくない――)
金髪の工作員がそう考えていると、九時の方向から五本ほどの矢が一斉に放たれた。
「何!?」
想定外の方角から放たれた矢に驚きながら。工作員の男は、地面から壁を形成させて矢を防ぐ。
しかし、今度は、三時の方向から三本の矢が放たれた。
「またか!?」
金髪の工作員は、慌てて自らの後方から迫る矢に対応しようとする。しかし、矢を辛うじて躱した次の瞬間。矢に施されていた 別の術式が発動した。
術式が発動すると、矢を中心に複数の水の刃が周辺にばらまかれたのである。
金髪の工作員は、危険を察知したように、大きく後方へと中訳して回避しようとするけれども、脇腹を水刃が掠めた。
木の陰に隠れた皮鎧を纏った男は、三時の方向を見据えながら状況の推察を始める。
(どういうことだ? 狙撃手が三人居るとでも言うのか? だが、魔力の反応は、今まで戦った近接戦闘タイプ二人は別にしても、二人だけのはずだぞ)
木の陰に隠れた金髪の工作員は、三時の方向と、九時の方向に特に石井を配りながら推察を続ける。
(そういえば、この国には、自分の分身体を作り出す魔術に近い術があるということを耳にしたことがあるが、まさか・・・・・)
一方、黒と金髪の工作員が戦っている広場から見て一時の方向に位置する高台では、黒い猫の面を付けた隠密が弓矢を構えたまま、広場を見据えている。
「……相手を欺きながら仕留めるのは、我らの十八番だ」
黒い猫の面を付けた上忍は、高台から敵の姿を捉えたままそう呟いた。
(二体の分身との連携狙撃は厄介だろう、アメスリア人。白夜一人に負担を駆けるわけにもいかない。ここで始末できればいいのだが……)
弓を構えたまま心の中でそう呟いた黒猫丸は、傍に控えていたおかめの面を付けた隠密に話しかけた。
「結界を貼るまであとどれぐらいかかる?」
黒猫丸がそう尋ねると、おかめの面を付けた隠密の女性は、手に持った札に魔力を送り込みながら答える。
「まもなくです。この結界を張れれば、上位の術式を使っても外部に戦闘の痕跡が漏れることは有りません」
おかめの面を付けた隠密がそう言うと、黒猫丸は弓に矢を突かげながら口を開いた。
「了解だ。私の狙撃では妨害こそ出来ても、あの相手を仕留めることは出来ない。最後の一押しを頼むぞ」
そう言った黒い猫の面を付けた上忍は、再度敵に向けて矢を放った。弓から矢が放たれるのと同時に、岡目の面を付けた隠密の女性は札に今まで以上の魔力を練り上げ始める。
「施設の結界との同調完了。いけます」
岡目の面を付けた隠密はそう言いながら札に練り込んだ魔力を解放した。
結界の準備を行っている頃、獅子の面を付けた隠密は、木の陰に隠れている敵に肉薄しようとしていた。
相手の接近に気付いた工作員の男は、意を決したように木の陰から飛び出て相手を迎え撃つ。
黒が右腕に装備したトンファーを振るうと、金髪の男は、炎を纏った短剣で受け止めた。
諸劇を防がれた黒は、素早い動作で左腕に装備した得物を振るう。皮鎧を纏った工作員の男は、半歩下がることで相手の攻撃を回避すると、今度は高熱を纏わせて切断力を強化した短剣で斬りかかろうとした。
「危ねぇ!」
獅子の面を付けた隠密は、体を大きく屈ませて短剣の刃を躱す。次の瞬間、工作員の男は、黒を蹴り飛ばしたのである。
「ガハッ!?」
蹴り飛ばされた黒は、辛うじて受け身を取って体制を整えようとする。
それを遮るかのように金髪の男は、黒に接近しようとした。しかし、それを妨害するかのように、一時の方向から矢が飛んできたのである。
金髪の男が咄嗟に矢を回避した次の瞬間、今までとは異なる何かが空を覆った。
「結界か。今までよりも強固なもの……!?」
それと同時に、通常ではありえない質の魔力が北西の方角から膨張する。
(何だ、今の魔力は。北西、十一時からだが、どういうことだ)
異質な魔力は、一瞬だけ大きくなったけれども、次の瞬間には急速に小さくなった。異質な魔力は、凄まじい速さで広場へと向かってきたのである。
続く
どうもドルジです。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
今回は、戦闘パート兼つなぎパートになります。次でこのお話自体は一区切りつけたいと思います。




