第五地区軍事造船所護衛作戦 白夜の章 【二ノ三】
聖アルフ歴1887年
金髪の工作員が大気中の魔力を取り込み始めた。得物を構えた白夜がすかさず斬りかかると、工作員の傷が凄まじい速さで治癒し、狐の面を付けた隠密の一太刀を弾いたのである。
「何!?」
攻撃を防がれた白夜は、すかさずもう一本のクナイを振りかざした。
しかし、黒マントの工作員は、クナイの一撃を紙一重で回避すると、赤熱化したナイフで白夜の胴鎧を貫く。傷そのものは深くないが、白夜は腹部に走る激痛に苦悶の声を漏らした。
「グっ!?」
腹部を負傷した狐の面付けた隠密は、籠手に封印していた複数のクナイを投げつけながら、後方へと下がる。クナイには微弱ながら電撃が付与されていた。
黒マントの男は、焦ることもなく魔術式を練り上げる。
「四大元素の赤、我が身を守り、我が敵を飲み込む炎の壁と成れ」
金髪の工作員が魔術式を練り上げると、炎が地面から吹きして壁のような形になって、電撃を纏ったクナイを焼き尽くした。
距離を取り直した白髪の隠密は、白銀の短刀とクナイを再度構え直しながら相手の観察を始める。
(西洋の魔術相手でも、雷行で火行を相手するのは不利なことに変わりはないか。いくら弱まっているとしても、雨で鎮火しない出力も厄介だな)
(おまけに、さっきの回復速度と直前の急速なマナ吸収は恐らくブライトン式のマナ吸収法で間違いない。アメスリアがブライトンから独立した国だという経緯も考慮れば珍しくは無い)
白夜が分析をしていると、黒マントの男は、落ち着いた様子で口を開いた。
「少し動きが鈍くなったか? 雨も止んできたが、まさか、雷使いは水辺じゃないと戦えないなんて言わないよな?」
そう言った金髪の工作員は、双振りの肉厚な短剣を構える。対峙している白夜は、相手同様の落ち着いた口調で答える。
「お前こそ、簡単に手札を晒していいのか?大気中の魔力を吸収するのは、ブライトンやアメスリアの戦士の十八番だ。何処の国の回し者化を自分で話しているようなものだぞ?」
狐の面を付けた隠密がそう言うと、黒マントの男は、マントの首元にある留め金を触りながら答えた。
「問題ない。大体、死人がどうやって俺の事を話すというんだ?」
金髪の工作員がそう言うと、黒マントが風にたなびいて中の鎧が僅かに表に出る。マントの下は深緑色の皮で出来た軽鎧が装備されていた。
「お前との戦いは正直楽しいが、此方もあまり時間が無い。本気で行かせてもらうぞ」
金髪の工作員はそう言うと、先ほど以上の速さで白夜に接近すると、右腕に持っていた短剣を振りかざす。
しかし、白夜は、先程まで以上に遠くへ跳躍すると、小さな丸い球を投げつけた。
(まさか、火薬式の爆薬!?)
皮鎧を纏った工作員が、咄嗟に返す刃で球体を切り裂こうとする。しかし、短剣が切り裂く直前に、球体から煙が吹き出した。
(目くらましか? 雨が弱まりだしたこの状況下でどういうつもりだ?)
金髪の工作員が煙にまかれて敵の姿を見失うと、煙の向う側から、白夜の声が響く。
「生憎、俺の師匠から最初に教わったことは、どんな状況でもまず生き延びる事と、引き際を見極めることでな。仕切り直しは得意なんだよ」
白髪の隠密がそう言うと、黒マントの男は、武器を構えたまま答えた。
「逃げる気か?」
黒マントの工作員がそう言うと、煙の向う側から狐の面を付けた隠密の声が響く。
「いいや。あくまで仕切り直すだけのつもりさ。雨も止み始めて、基本的な視界も少し良くなってきたしな」
白夜がそう答えると、霧の向うから殺気が消えた。敵の気配が近くから消えたことに気付いた金髪の工作員は、周囲を警戒しながら状況の整理を始める。
(……おそらく罠だろうな。仲間を呼ぶつもりか?」
敵が退いた理由をしばらく交錯した黒マントの男は、意を決したように顔を上げながら呟いた。
「だが、今こそ任務を全うするチャンスだな」
そう呟いた工作員の男は、黒マントのフードをかぶり直しながら、建造中の騎母が存在している方向へと足を向ける。
煙幕に紛れて建物の陰に隠れた白夜は、魔力探知に神経を張りながら、連絡用のマジックアイテムを起動させている。
(今の本気を出せない状況では、アイツの魔力回復とそれに伴う治癒に単独で対応しきれない。結界をもう一重多く展開できれば話は別だが、そんなことの出来る術者は、今は居ない)
懐から取り出した水晶型のマジックアイテムを起動させながら、白夜は思案を続けた。
(黒を呼ぶか。幸い、今の煙で援軍を呼ぶだけの時間は稼げた。このマジックアイテムを使えば、外部に魔力をほとんど出さずに連絡が出来る。傷の手当は後だ)
狐の面を付けた隠密がそう思案しながら連絡用のマジックアイテムを起動させる。
『どうしたんすか? 結構デカイ魔力の反応がしてたんですけど、何があったんすか?』
連絡がつながると、口調こそ砕けているが、真剣さ伝わってくる口調で、獅子の面を付けた隠密がそう言った。連絡がつながったことを確認した白夜は、心の中でわずかながら安堵しながら答える。
『ああ。侵入者と一戦交えた。援護を頼みたいんだが、今どこにいる?』
『今は騎母の建造所の手前の海に面した広場に居ますけど、もう少し、状況を教えてくださいよ。じゃないと俺一人の頭じゃ対策立てれないっす』
黒がそう言うと、白夜は、落ち着いた口調で答えた。
『相手は、アメスリアの工作員でかなりの手練れだ。おそらく、相手は騎母のところに向かっているだろう』
白髪の隠密は落ち着いた様子で続ける。
『済まないがお前足止めを任せたい。騎母のところに向かうなら、お前の居る場所は絶対に通るはずだ。俺も魔力と傷の回復を終えたらすぐに追う』
白夜がそう言うと、黒は慌てた様子で口を開いた。
『白夜さん怪我してるんですか?』
獅子の面を付けた隠密がそう尋ねると、狐の面を付けた隠密は少し気まずそうに答える。
『……ああ。脇腹に短剣を一発貰った。だが、幸い毒は縫ってないみたいで命拾いしたところだ』
白夜は、落ち着いた口調で続けた。
『俺の事は気にするな。今は任務の事だけに集中しろ』
白髪の上忍がそう言うと、黒髪の中忍は、意外な速さで答える。彼の性格を考慮すれば、ありえない反応だった。
『了解っす。侵入者の相手は俺たちでやるんで。白夜さんは手当に集中してくださいっす』
白夜は、黒が二つ返事で引き受けただけではなく、【俺たち】と言ったことに驚いたように目を丸めながら黒に尋ねる。
『【俺たち?】』
白夜がそう尋ねると、黒は、何処か余裕が感じ取れる口調で答えた。
『白夜さんが偵察に入ってすぐに、黒猫丸さんから定時連絡が来て、状況を説明したらこっちに来てくれたっす。結界を貼れる中忍も一緒っす』
『そいつは、大掛かりな防音、魔力漏れ防止用の結界を貼って貰っている途中で、あと3分で張り終えるらしいっす』
黒の言葉絵を受けた白夜が、映像をよく見ると、彼の後ろには、黒猫の面を付けて手には長弓を持った隠密の男と、おかめの面を付けた女性の隠密が立っていた。
思わぬ援軍に驚くと同時に、黒が比較的落ち着いている理由を理解した白夜は、冷静な口調で話し始める。
『それなら好都合だ。こっちも思っていたよりも早く追いつけそうだ。よくやったぞ黒。黒猫丸さん聞こえますか』
白夜がそう言うと、黒い猫の面付けた隠密は、真剣な口調で答えた。
『状況は分かっている。足止めは俺と黒でする。お前は、結が結界を貼り次第、力を一段階解放して傷を癒すと同時に奴を仕留めろ』
黒猫丸が司令官のようにそう言うと、白夜は水晶ごしに答える。
『了解しました』
白髪の隠密がそう答えると、獅子の面を付けた隠密は余裕もうかがえるようなフランクな口調で話しかけてきた。
『それじゃあ、俺たちもそろそろ相手を迎えるっす。この場所は騎母の建造所に向かうなら絶対通らないといけない所っすから。すまないですけど、通信切りますよ』
黒がそう言うと、水晶に写っている映像が消える。それを見た白夜が空を見ると、雨雲はすっかり消えて、空には僅かながら星が光っていた。
(まだ希望はある。まずは傷を治さなければならないな)
その頃、黒マントの工作員は、騎母の建造所手前の広場に到着していた。
(近くから魔力の反応が三つ。うち一つは、何かの術式を練っているのか魔力を隠していない。何かされる前に抜けた方が良いか)
黒マントの男は、意を決した湯に広場を駆け抜けようと走る。しかし、広場の半分ほどまで走ったところで、彼の足を狙うように一本の矢が飛び掛かってきた。
金髪の男は咄嗟に後方に下がって矢を躱す。しかし、矢は彼が纏っている外套を縫い付けた。
(マントはもうダメだな)
工作員の男がマントを脱ぎ棄てると、獅子の面を付けた男が。物陰から飛び掛かってくる。
金髪の工作員は、素早い動作で腰に差していた短剣を抜刀すると、敵が振りかざしてきた旋棍を防いだ。
奇襲を防がれた黒は、素早く後方に跳躍して距離を取ると、得物を構え直しながら口を開いた。
「悪いな外人の兄さん。ここからは通行止めだぜ」
続く
こんばんわドルジです。
今回は、戦闘パートその2と第二戦闘パートの導入までを描きました。今後とも更新頑張っていきたいと思います。




