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修羅の世界 螺旋の章 【一ノ三】

聖アルフ歴1883年


 オリジナルの螺旋は、敵の拠点に相当する建物の最奥に存在する部屋へと向かうために廊下を走る。


 その一方で、自らの影分身体が一向に消えないことを不審に思っていた。


「そろそろ影分身体が消えて、残った魔力が俺に還元される筈なんだが」


「戦闘をしている訳でもなさそうだし、一度視覚を共有してみるか」


 そう言うと、螺旋は目をつぶって自らの影分身と感覚を共有する。


 影分身と視覚を狂した螺旋の目に映ったものは、地獄だった。少なくとも、螺旋には地獄としか言い表せないものである。


 影分身に張らせた高レベルの水の魔術か水行の術式を習得した者でなければ破れない火行の結界を無理やり破ろうとして火達磨になった多くの人間と、それ見て死の恐怖に震えている非武装の民間人の姿が有った。


「なんだよこれ。こんなの幻だ」


 全身から脂汗を吹き出しながら、螺旋は自分に言い聞かせるようにそう口にすると同時に思考を必死で巡らせる。


(嘘だ……俺は非武装の民間人をあんな風に火で閉じ込めて嬲り殺そうなんて思ってなかった。それなのにどうして)


 影分身を経由して地獄の如き惨状は、螺旋の頭の中に流れ込み続けた。


 僅かに生き残っていた炎の結界を突破することを諦めた者たちは、その場で蹲り泣き崩れる。しばらくすると、ボロボロの鎧を纏った兵士の生き残りと思われる男が何処かから現れたと思うと、血走った目を見開いたまま、周辺に居た非戦闘員に対して狂刃を振るう。


「やめろ……やめてくれ……」


 とうとう涙を流し始めた螺旋は聞こえもしない相手にやめろと呟きながら、その場に蹲った。


 そんな中忍の青年が呟いたささやかな祈りを踏みにじるかのように、狂った兵士は最後に生き残った十歳にも満たない子供を惨殺する。しばらく、死んだ少女を眺めていた狂った兵士は、突然雄叫びを上げながら自分の心臓を剣で貫き自害した。


「なんでこんな……」


 螺旋は、半年前の魔物によって蹂躙されたかつての故郷とも呼べる場所を思い浮かべる。建物が崩壊し、血と肉が散乱し、そして人がただの消耗品のように死んでいくという点では今目の前で起きた現状と同じだった。


(俺はただみんなを守れれば良くて、でも何をやっても目の前で大切な奴を守れなくて、全部俺のせいだ。俺が弱いから……)


「どうすればいい? どうすれば俺は誰かを守れるんだ?」


 黒髪の隠密が思考を巡らしていると、先ほどまで自分が走っていた通路から気配を感じ背後を振り返る。


「……敵は三人か」


 自らの後ろで武器を構える三人を見た螺旋は、抑揚のない口調でそう言った。


「何だこいつ。ただのカカシじゃねえか」


 敵の中でも比較的軽装な一人が、短剣を構えたまま黒髪の隠密に距離を詰める。


 それを見た螺旋は、距離を詰められるよりも早く術式が施されたクナイを一本敵に投げつけた。


「短剣一本程度が当たるか馬鹿が」


 敵はあざ笑うように回避すると、そのまま螺旋へと再度距離を詰めようとする。


 しかし、次の瞬間には先ほどまで対峙する形で立っていた黒髪の隠密は、軽鎧を纏った敵兵の後ろに文字通り転移していた。その動作は、かつての螺旋を知るものが見れば驚嘆するほど迅速かつ完璧な物だった。


「何!?」


 螺旋は敵が反応するよりも早く、クナイを敵兵の首に突き立てる。


(そうか。誰かを守ることはそもそも別の誰かを守らないってことだったんだ……)


「まずは一人か。弱いな」


 返り血を浴びた面を付けている螺旋は、頭の中で出された地獄を生き残るために導き出された残酷な答えを押さえつけながら無機質な口調でそう言った。


「何だこいつ?」


「限定的な転移魔術を使うみたいだな。油断するな」


 残った二人の敵兵は、それぞれが持っている戦斧と槍を構える。


(最初に仕留めた奴より防具が重装備だな、加えてこの通路の狭さならば)


「火気、豪炎と成り集う。火行、豪炎弾」


 螺旋が手を前に出して術式を練ると、通路を埋めるほど大きな火の玉が作り出される。


「この通路の狭さじゃよけきれないか。仕方ない」


 戦斧を持った敵兵は前に出ると、西洋魔術の詠唱を始める。


「間に合え、四大元素の氷、我が得物に宿らん!」


 次の瞬間、高出力の冷気が敵兵の得物を覆い、豪炎の魔弾を辛うじて相殺した。


「遅い」


 しかし、それ見越していたかのように螺旋は自らの心につけられた傷を無視して次の手を打つ。


「火行、火炎散連弾」


 螺旋は、詠唱短縮して十近い小型の火の玉を作り出した。


「数が多いか!」


 敵兵が先ほどよりも明らかに出力が落ちた冷気を待った戦斧で、幾つかの火の玉を弾く。次の瞬間、火の玉に紛れて距離を詰めていた螺旋は、甲冑の肩に存在する隙間にクナイを深々と突き立てた。


「先輩!」


 先ほどまで後方で守られていた敵兵はすかさず、狭い通路では扱いにくい槍を投げ捨て腰に差した片手剣を螺旋に振りかざす。


 しかし、螺旋は振り下ろされた剣戟を後方に回避しながら、手裏剣を三つ投げつけた。


「また転移術式かよ」


 手裏剣を回避した敵兵が後方に気を配った次の瞬間クナイとは異なる短刀を手に持った黒髪の隠密は、正面から片手剣を持った敵兵に距離を詰める。


(アイツが綺麗だと思った世界や仲間を守るために、俺は死ねない。そのためならば……!)


 しかし、それを首から血を長柄しながらも渾身の力で再度立ち上がった戦斧を持った敵兵が阻んだ。


「舐めるな!」


 螺旋は、横から割り込んできた戦斧を回避する。敵の横やりを回避しながら返り血を浴びた面を付けた隠密は、肩を傷つけられた敵が無理に長物を使っていることを理解し、そちらから処理しようと考えた。


「木行、大地より猛き槍と成り、我が敵を貫かん。木行、木剛槍」


 螺旋が術式を練ると、地面から一本の太い木の杭が生え、戦斧を得物としていた満身創痍の敵兵を貫く。


「この野郎!」


 激情に駆られた敵兵が、螺旋に再度片手剣を振りかざした。それを短刀で弾いた黒髪の隠密は、敵の顔面に何も持っていない手で殴りつける。


 顔面を殴られた敵兵は、そのまま壁まで吹き飛ばされると、殺意が込められた視線で螺旋を睨んだ


「クソが! だが俺はこんなところであきらめ―――」


 しかし、口上を言う前に螺旋は転移術式で片手剣を持っていた敵兵に距離を詰めそのまま顔面に短刀を突き立てる。


「悪いが、さっきお前を殴った時に転移術式のマーキングを即興でつけさせてもらった。持続力の短い不完全な物でも、この戦いに限れば何も問題は無かったな」


 顔面に突き立てた短刀を武器抜き取りながら、螺旋は淡々とそう言った。


 螺旋が短刀を鞘に納めると、木剛槍のある方向から重々しい声が響く。


「貴様は、何ら恥じないのか? 俺たちが反乱分子として扱われているのは理解できる……」


「だが、俺たちごと民間人を殺すことについて何にも思わないのか……?」


 木剛槍で胴体を貫かれた敵兵は、最後の力を振り絞るように血を吐きながらそう言った。


 その問いかけに対して、血塗れの仮面をつけた隠密は壊れた心が導き出した答えに基づいて答える。それは、あまりにも残酷な物であった。


「ああ。お前たちを切り捨てることで、アイツが好きだった世界を守れるなら、お前らの命なんかどうでもいいんだよ」


 螺旋は、木槍で貫かれた敵兵が事切れたことを確認すると、自らを蔑むように口を開く。


「それに俺はあの爺さんと同じ目的の為なら何人でも人殺しの出来る屑だ。一度民間人を手にかけた以上は戻れないさ」


 螺旋は、先ほど影分身を経由して見た結界から逃げようと死にもの狂いだった民間人や、今殺した兵士のことを思うと同時に、半年前の悲劇を思い出した。


(あいつが死んだ時に俺は地獄で生きているって気が付いていた筈なのにな、それでも……)


「こんな修羅のような世界でも、アイツはこの世界がきれいだって言っていた。それを守るためならば、俺はもう手段は選ばない。どれほどの犠牲が出ようとも、俺は任務を全うしてみせる」


 螺旋は、半年前に故郷で起こった惨劇で死んだ少女が生前に語っていた言葉を思い出しながら一人そう呟く。


 仮面から見えた眼からは、小さな涙が覗いていた。



「隊長この扉の奥です」


 一方で別行動を取っていた三人は、最後の生き残りが立て籠もっている部屋へと突入しようとしていた。


「俺たちだけで本当にやるんですか?」


 翁の面を付けた隠密がそう尋ねると、犬の面を付けた隠密は無言で頷く。


「やるしかないだろう。あの新人には出来る限り負担をかけないようにするには、俺たちだけで連中を始末するしかないんだからな」


 猫の面を付けた隠密は、おどけた口調で冷徹にそう言った。


「そうだ。このまま一気にケリをつけるぞ」


 そう言った犬の面を付けた中忍は、敵の生き残りが立て籠もっている部屋へと向かって術式を放とうとする。


「土気、母なる大地より城門を砕く破城鎚を生み出さん。土行、破城土壌鎚」


 犬の面を付けた隠密が術式を練ると大地から、一つの強大な杭が生み出され、そのまま目の前に存在する部屋への門を砕いた。


                           続く



 どうもドルジです。今回はもともとの想定よりも少し更新が遅くなってしまいました。

 今回のお話の中で、螺旋は自分が結果的に民間人を殺してしまったことを知り、かつての自分が思い描いていた夢と死んだ友の残した言葉を守るために、それ以外を切り捨てる覚悟してしまいます。

 この覚悟は、自分の誓いと精神を守るためのものでもあり、そのことは後に指摘されることになります。指摘された彼がどうなるかはこれ以降の物語によって描かれることになります。

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