第五地区軍事造船所護衛作戦 白夜の章 【二ノ一】
聖アルフ歴1887年
夜の闇が支配する造船所に獅子の面を付けた隠密と狐の面を付けた隠密が佇んでいる。
「今のところは不穏な点は無し。雨も降りそうだから、周りは良く警戒しろ。視界だけじゃなく魔力感知にも気を配れ」
闇にまぎれるように軍港を見渡している狐の面を付けた白髪の隠密は、そう言った。
適度な長さに整えられた黒髪に獅子の面を付けた隠密が瞼を抑えながら白髪の隠密に声を掛ける。
「白夜さん……俺眠いんですけど」
気怠そうな声で獅子の面を付けた隠密がそう言うと、白夜と呼ばれた隠密は、落ち着いた口調で堪えた。
「此処ががんばりどころだぞ、黒。お前は明日休みだろう」
白夜がそう言うと、黒と呼ばれた隠密の青年は、眠そうな口調のまま口を開く。
「そうですけど、午後から朝までずっとですよ……もう、眠くてたまらないですよ」
黒がそう言うと、白夜は周辺への警戒を続けながら答えた。
「辛いだろうが耐えてくれ。この造船所は、国の新兵器建造を請け負っている重要な相手だ。他国の工作員が情報工作や破壊工作を行う可能性は十分あり得る」
「それに、今回の任務中に敵が現れた場合、俺たち以外は、感知能力や遠距離攻撃を得意としている隠密ばかりだ。潜入してきた精鋭を相手にするには、俺たち以外は相性が悪い」
白夜がそう言うと、黒は眠気に耐えるかのような口調で答える。
「この造船所の重要性は、何度も聞いてるから分かってますけど……了解っす」
そう言った黒は、緊張感と眠気をごまかすように話を変えた。
「そういえば、白夜さん装備を新調するって言ってませんでしたっけ? 今の装備前から使てるやつですよね?」
獅子の面を付けた中忍がそう尋ねると、白夜は、僅かに緊張を抑えたような口調で答える。
「今回の任務には間に合わなくてな。今は上忍昇格直後から使っている鎧を代用している」
狐の面を付けた隠密は、空に目を配りながら続けた。
「修繕と改修に出していた父の形見の短刀も、もうすぐこっちに戻ってくる予定だ」
白夜がそう言うと、黒は、納得したように口を開く。
「なるほど。了解っす」
獅子の面を付けた隠密がそう言うと、狐の面を付けた隠密は、空を音が目ながら答えた。
「そろそろ立ち話を切るぞ。雨が降って視界が悪くなる」
百夜がそう言うと、空から水滴が降り注ぎ始める。
「あぁ。雨だと視界悪くなるっすよね。魔力感知はそこまで得意じゃないから、勘弁してほしいですけどね」
そう言った黒は、僅かながらも真剣みのある口調でそう言うと、雨が降り始めた無人の造船所を見つめ続ける。
「南方の海はお前に任せるぞ。俺は、北の市街地を集中してみる。お互い魔力感知が本業じゃないから、気は抜かないようにするぞ」
白夜がそう言うと、黒は無言で頷いた。
時間は、五日前にさかのぼる。第五地区の拠点で、数人の隠密が任務の説明を受けていた。
「君たちには、竜種搭載型騎母の建造を請け負っている造船所の護衛を受けもってもらう。期間は二週間後の進水式まで。よろしく頼むよ」
そう言った紅は、黒い猫の面を付得た隠密に目を向けながら続ける。
「指揮は、黒猫丸に任せる。彼は、今回の作戦で行動する隠密の中では、最年長で腕も確かだ。各員、彼の指示に従って行動してくれ」
赤毛の男がそう言うと、作戦の説明を受けている隠密たちは無言で頷いた。
作戦説明が終わると、黒い猫の面を付けた隠密は、他の隠密たちに、作戦時の細かい段取りを説明し始める。
「今回は、二人一組で護衛を行う。日中は、防人が護衛を行っているが、夜は、我らが請け負うことになっている。表には出ないように心掛けてくれ」
黒猫丸はそう言うと、白夜に顔を向けながら続ける。
「このメンバーの中では、近接戦闘を得意としているのは、お前と黒だけだ。二人の事は、頼りにしているぞ」
黒猫の面を付けた上忍がそういうと、周りの隠密たちも期待の籠った眼差しを白夜と黒に向けた。
期待の眼差しを受けた白髪の隠密は、冷静な口調で答える。
「期待に添えるように最大限力を発揮します」
白夜がそう答えると、周りの隠密は何処か満足げに頷いた。その様子を見ていた獅子の面を付けた隠密は、狐の面を付けた隠密に小声で話しかける。
「俺ら決行期待されてないっすか?」
黒に声を掛けられた白夜は小声で答えた。
「仕方ない。さっき黒猫丸さんが言っていた通り、近接戦闘を得意としている人員は、俺とお前だけだ。飯綱をお前に教えた身としても、俺はお前に期待しているからな」
白夜は落ち着いた口調で続ける。
「黒猫丸さんも、隠行と術式による遠距離攻撃に長けている。他の構成員も似たような能力適正を持っている人員だけだ。万が一俺とお前が死ねば、他の連中は近接戦闘に長ける敵に全滅する可能性があるからな」
狐の面を付けた隠密がそう言うと、獅子の面を付けた隠密は、納得したように答えた。
「要するに、俺らが作戦の要ってことっすね」
黒が小声でそう言うと、白夜は無言で頷く。
二人が小声で会話をしていると、黒い猫の面を付けた上忍が、白夜に声を掛けてきた。
「白夜。少しいいか」
黒猫丸に話しかけられた白夜は、落ち着いた様子で答える。
「どうしました?」
白夜が用件を尋ねると、黒猫丸は、部屋の端に移動しながら真剣な口調で答えた。
「お前は薄々気づいているだろうが、今回の作戦での本当の所有な戦力は、お前と黒だ。俺を含めた他の隠密は、組織としての体裁を整えるために用意された人員に過ぎない」
黒猫丸は仮面ごしでも分かる真剣な面持ちで続ける。
「お前たちは、紅からも信頼されていると同時に期待されているという事だ。特に、お前は後々影の名を継ぐ可能性も有る逸材だ。お前は特別ということさ」
「……すまない。今話したことは忘れてくれ」
黒猫丸は何処か悔しさも混じったような口調でそう言うと、白夜は、意を決したように声を掛ける。
「俺は、特別な人間はほとんどいないと思います。確かに、生まれた時から王族として生まれたり、特別な才能を持つ存在として生を受けた者も居ます。そして、俺が後者に当たる事は、分かります。今例えたような人々が良くも悪くも特別扱いされることで世の中がうまく回っている事も分かっています」
白髪の隠密は、真剣な態度を崩すことなく続けた。
「けれど、俺は、職務を共にする仲間にそう言う考えを持ち込んでともに仕事をすることは、間違いではないかと思います。生意気なことを言っているかもしれませんが……」
白夜がそう言うと、黒猫丸は暫く間を置いて口を開く。その口調は、先程話していた時より幾分柔らかい物であった。
「……そうだな。確かに職務に私情や私怨を挟むことは、間違っていたな。すまない」
そう言った黒猫丸は、今度は真剣な声色に切り替えて話を続ける。
「ただ、先程のお前の主張だと、紅がお前に目を駆けていることまでも、【余計な世話だ】と否定しているように取られるかもしれないぞ。そんなつもりは無いことは分かってはいるがな」
黒猫の面を付けた上忍がそう言うと、狐の面を付けた白髪の上忍は、僅かに目線を逸らしながら答えた。
「すみません。気を付けます」
白夜がそう言うと、黒い猫の面を付けた隠密は、諭すような口調で話し始める。
「いいや。当たるような形になってしまって申し訳ない。改めてよろしく頼む」
そう言った黒猫丸は、今度こそ、他の隠密たちが他の隠密たちの輪へと戻って行った。その後ろを追うように、白夜も隠密たちの輪へと戻って行ったのである。
時間は、冒頭に戻る。
二人の隠密が造船所の護衛を行っている頃、造船所のすぐ近くの街道を、一人の男が歩いていた。外見は、金髪に深緑色の皮鎧に上から黒いマントを纏った明らかに異国の戦士としか思えない姿である。
「ここでこの国の新兵器が開発されているのか……」
造船所を囲う壁を見た男は、小さな声でそう言うと、黒マントのフードを深くかぶり直した。
(同盟国の軍事機密を抜き取るというのもデリケートな事案だ。慎重に任務に当たらなければ)
心の中でそうつぶやいた黒マントの男は、造船所を覆う壁に沿いながら進み始める。
続く
こんばんわドルジです。更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
今回からは、白夜がメインとなるお話になります。今後ともよろしくお願いします。




